それはあるフリーバトルの終わりかけになったころの事。

敵もあと数体というころになって、後方で一息ついていたアティが
少し前まで一緒にいたヴァルゼルドの姿が見えないのに気が付いた。

確か少し前まで銃を撃つ音が聞こえていたのに・・と周りを見まわしても
目のとどく範囲にはヤードとその護衛をしていたペコしかいない。

「・・・ヤードさん、ヴァルゼルドを見ませんでしたか?」
「え?あ、そういえば・・・見当たりませんね。ペコ、見ましたか?」
「ププー」

そばにいたペコも見ていないと
あるのかないのかわからないような小さい手をぴこぴこ器用にふった。

「先に行ってしまったのでは?」
「でもあの子後方支援係だからあまり前には出ませんし
 行ったとしても銃声で位置はわかるはずなんですけど・・・」

まるで生徒を心配するような面持ちに
あんなゴツイ機械兵士でもアティにかかれば小さい子供同然だと
ヤードはそっと苦笑をもらした。

「ペコ、見てきて下さい」
「ププッ」

そこは少し足場が悪くそれなりに高低差がある場所だったが
ペコは浮遊しているので影響がない。
後から見ると丸っこい玉のような愛嬌のある後姿は
少しして段差の影に見えなくなった。

「どこかで転んで怪我でもしたとか・・・ないですよね?」
「機械兵士は頑丈な装甲がありますから大丈夫でしょう」
「道に迷ったとか、迷子になったとかだったら・・・」
「彼らの電子頭脳は優秀なようですから、そうそうないですよ」

博識な召喚師にあるまじき低レベルな心配をするアティを
ヤードが苦笑混じりになだめすかしながらしばらく待っていると
ほどなくペコがふよふよと戻って来た。

「ププ」
「見つかりましたか?」
「プユ」

見つけたらしい。
こっちこっちと手招きらしい事をやっている所を見ると
どうやらこちらに来れない事情があるようだ。

「怪我をして動けないんですか!?」
「ププユ」

手を振った。違うらしい。

「おちついて帰って来たという事は事故ではないようですね。
 とにかく行ってみましょう」
「あ、はい」

おろおろするアティをうながし、ペコについて行ってみると
そこは人が手をかければ登れる軽い段差のそば。

その下の段に、問題の機械兵士は銃を片手に
なにをするでもなくただずーんと突っ立っていた。

見た限り取り立てて問題があるようには見えないが・・・

「あ!大変!」

そのアティの声に今まで微動だにしなかった機械兵士が反応して上を見上げる。
しかし見上げただけでこちらに来る様子がない。

あぁ、そう言えば高い段差を移動できないのだと思い出したヤードの横で
アティがあわててポーチの中を引っかき回しだした。

「えっと・・!メモリーデスク、メモリーデスクは・・」
「連れて行くつもりですか?彼ならここで待機させておいても・・・」
「ダメです!一人にするとさみしがるじゃないですか!」
「・・・は?」

ヤードが下を見ると、相変わらずこちらを無言で見る機械兵士がいるのだが
普通に見ても目をこらして見ても、あまりさみしがっている様子には見えない。

むしろヤードには「・・・ナニ見てんだよ」とガンをくれているようにさえ見える。

しかしそんなことはおかまいなしにアティはメモリーデスクを召喚し
はやく上がってきなさいとばかりに機械兵士を手まねいた。

「ヴァルゼルド!」

言葉と同時に黒と青の機体が動き出す。

がしゃり

ぎぎ・・・ぎぃ

重さに耐えかねて召喚された机が悲鳴を上げる。
しかもあまり段差移動に適していないのか、ヴァルゼルドの動きがかなりぎこちない。

「ヴァルゼルドはやく!」

アティが見かねて手を出すが
それはどう考えても重量差からして助けにはならない手だ。

しかしヴァルゼルドは・・・

「・・・・」

その自分より遙かに非力で小さく細い手に
鋼鉄の手を伸ばした。

しかし



手まであと数センチという所でヴァルゼルドがバランスを崩した。

「・・あ!」

思わず手を身を乗り出したアティの手を、あわててヤードが掴む。

「ペコ!」
「プゥ!」

とっさに叫んだヤードの意志でペコが飛ぶ。
素早く背中に回り込んだ丸い召喚獣にささえられ
ヴァルゼルドはなんとか転倒だけはまぬがれた。

「・・ふう、間一髪ですね」
「す、すみません」
「心配するのはわかりますが、もう少し落ちついて行動して下さい。
 被害が拡大してしまいます」
「・・・はい」

しかしここまであの機械兵士に執着しているところを見ると
アティの話す以前のヴァルゼルドというのは一体どんな機械兵士だったのか
少し興味深くもあるのだが・・・。

そんなことを考えながらヤードは持っていた杖を近くに突き立て
両手を使えるようにあけた。

「ともかく私たちだけでは非力ですね。あと一体召喚しましょう」
「そうですね・・じゃあライザーを出します」

そうしてアティがライザーを召喚してから引き上げ作業は再開する。

ペコとライザーが背中を押し
アティとヤードが2人がかりで腕を引っぱる。

召喚獣2体はそれなりに力はある方だが
なにしろ力業になれない召喚師2人はかなり非力。

丸っこい召喚獣が機械兵士の背中を押し
一本の腕を召喚師が2人がかりで必死になって引っぱる姿は
横から見れば微笑ましい光景だったろうが
実はこの時、別に手を貸さずとも本人が両手を使って上れば楽だったのを
誰一人気付いていなかったりするのもまた微笑ましい。

そうこうするうちヴァルゼルドがようやく段差を上がりきり
召喚師2名は戦闘で無傷だったにも関わらず
なんだか余計な体力を消耗してしまった。

「・・・す・すみません・・ヤードさん。・・・つき合わせちゃって・・」
「・・・・いえ、なかなか・・貴重な・・・経験でしたよ」

へたりこんでゼエゼエ息をしながら言うヤードの背中を
ペコが心配してポンポン叩いてくれた。

「えと・・・ヴァルゼルドは平気ですか?」
「各パーツ異常なし。戦闘続行可能」
「そうですか、よかったです」
「・・・・」

聞かれたことには答えを返すが
それ以上のことを言葉にしないのが今のヴァルゼルドの特徴だった。

ただ、はたで見ていたヤードにはある疑問が残る。

「・・・ところでアティ、先程ヴァルゼルドがさみしがると言いましたが・・・」
「あ、あれですか?あれは・・・私の思いこみなんですよ」
「え?」
「ヴァルゼルドは何も言いませんけど
 私が勝手にそう思って慌ててるだけ・・・なんですよね、実は」

てれたように笑うアティに、ヤードとペコは顔を見合わせた。

「じゃあそろそろ行きましょうか。もうみんな戻ってきますし」
「え?えぇ・・」

そう言って何事もなかったように歩き出したアティの前をライザーが飛び
アティの後をごく当たり前のようにヴァルゼルドががしょがしょ重い足音をたてて追う。

ヤードはその姿をペコと一緒にしばらくぼんやり眺めていたが。

「・・・思いこみ、にしては
 ・・・少しホッとしていたように見えませんか?彼」
「ププ」

ヤードのもらした言葉にペコが同意するようにうなずいた。

最初は不思議がられた組み合わせの後ろ姿も
アティの言うことを聞いてから見れば
淡泊なヴァルゼルドがアティに絶対的な信頼を置いているように
見えてくるものだから不思議なものだ。

海賊、護人、異界の住人達、そしてあの感情のないはずの機械兵士。

「・・・本当にあの人は、色々なものを引きつけてやみませんね」

それは私も含めた話なのですが。

「プ?」

心の中でつけたした言葉にそっと照れ笑いをしていると
ペコが不思議そうに身体をくるんと傾けた。

「ヤードさーん!おいていっちゃいますよー!」
「あ、すみません今行きます!」

慌てて杖を取り、ぱたぱた走り出すヤードの後を
ペコがさらに慌てたように追いかける。

この時、ヤードはおいていかれてさみしそうだと言われた
ヴァルゼルドの気持ちがちょっとわかったような気がして
疲れた身体にむち打ち、少し急いでアティの後を追って走った。










ヤードも好きです。
下りたら上がれないヘタレなヴァルも好きですが。


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