それはとある天気のいい昼下がり。


「教ーー官どのおぉぉおーーーー!!」


なんの気なしにスクラップ置き場に足を運んでみたアティは
ここでしか聞くことができない音声のでっかい断末魔に足をすべらせ
あやうくすっ転びそうになった。

あわてて体勢をたてなおし、ばたばたと声の方に走っていくと
いつもの場所に黒と青の機体がスクラップにうもれたまま
必死になって後ずさりしようとしてもがいているのが見えた。

「ヴァルゼルド、どうしました?!」
きょ!教官殿!教官殿!きょーかんどのお!!

現在修理中の機械兵士ヴァルゼルド。
アティの姿を見るなり片手を助けを求めるようにわたわた向けてきて
もう片手を前に向けて何か必死に指差した。



指した先にいたのは


「・・・ナー」


ちょっと太めの白い猫だった。

「・・・猫?」
猫!猫であります!肉食目猫科の哺乳動物!
 爪、歯は鋭く捕食生活に適応し野性的性質を保有し
 長毛種短毛種に大別される四足歩行の・・・!!」
「・・・ちょ、ちょっと、落ち着いてください・・って、あ・・・」

そういえば以前、彼は寝ぼけて猫が苦手だと騒いだ事があったはずだ。

アティは急いでのんびり鎮座していた白猫を抱き上げ
ヴァルゼルドからできるだけ離れると召喚術でライザーを呼んだ。

呼び出された丸い機体がふよふよ浮いたままアティのところにやって来ると
アティの抱いていた猫が丸くて動いているのが気になるのか
鳴いて軽く暴れたので遠くにいたヴァルゼルドがびくっと身じろぎする。

「この子メイメイさんのお店にいた子だと思いますから
 お店までつれていってください。場所はわかりますね?」

ライザーはブーンと音を立ててうなづくと、しっぽのようなコードを
猫の前でふって見せて猫の気をひいた。
白い猫は丸くて動く物体に興味を持ったのか、アティの腕をするりと抜けだし
ふよふよ飛んでいくライザーの後を一生懸命追いかけて行き、すぐに見えなくなった。

どがちゃん

大きな物が倒れる音がする。
見ると大きな体が大の字になっていて各部少しだけ放電しているのが見えた。
よほど怖くて疲れたのだろう。

「・・・・・助かったであります、教官殿」
「びっくりしちゃいました。あんな大声だすんですもの。
 はぐれ召喚獣にでも襲われているのかと思っちゃいました」
「・・・すみません。あれと遭遇してすぐセンサーに教官殿の反応があったので
 恥を忍んで助けを呼ばせていただいたのであります」
「ほんとに猫が苦手だったんですね」
「・・・・・お恥かしい話であります」

それにしても・・・とアティは周囲を見回す。

あたりには鉄とガラクタが積み重なるだけのこの無機質な場所に
どうして猫がやってくるのだろう。

「ヴァルゼルド、今まで猫とかネズミに遭遇したことありますか?」
「いえ、教官殿に会うまで自分は必要最低限のエネルギーで
 活動していましたが、センサーにそれらしい反応はまったく」
「うーん・・・」

確かにこんな鉄ばかりの所にネズミがいるわけでも
誰かの食べ残しがあるわけでもないのだろうが・・・。

アティはヴァルゼルドの周囲を調べてみたが
いつも見るスクラップが広がるばかりで、別に変わったところはない。

「・・・別に猫さんを呼びそうな物なんてないですね」
「不思議であります。ここへ来て自分の知るがぎり
 ロレイラル以外の動作反応を確認したのは
 教官殿をのぞいて先程で初めてでありました」
「・・・うーん・・・」
「・・・教官殿」
「?」
「あれは・・・またここへ来るのでありますか?」

不安そうなヴァルゼルドにアティはちょっと困った。

猫は気まぐれで自由奔放。
またここにあらわれるかもしれないし、もう来ないのかもしれない。
そんな不安に一人で置いてけぼりにされるヴァルゼルドのことを考えると
このままにしておくわけにもいかないのが教師の性分。

だがつきっきりで見張ってあげるわけにもいかず
だからといって猫の気持ちがアティにわかるはずが・・・。

「・・・あ!そうだ!」

いや、猫といえば一つだけ召喚術に関係のある術がある。

「うまくいくかわかりませんけどいい方法がありました!」
「ホントでありますか教官殿?!」
「はい!ネコさんの気持ちになってみるんです!」
「・・・・・・・は??」

自信満々に力説されたヴァルゼルド、一瞬言葉を失った。

「えっと、ヴァルゼルドはこれをかぶってちょっと待っててくださいね。
 あとなにか聞こえてもあんまり気にしないでいいですから」
「・・・?・・・え?」

きびきび言いつつかぶっていた白い帽子を
アティは目隠しするようにヴァルゼルドにかぶせた。

「・・・・あの、教官殿?」
「とっちゃだめですよ?」

白くなってしまった視界からアティの声がする。
それから足音が離れていき、呪文詠唱の声と何か召喚されたような音がした。
ヴァルゼルドには見えなかったが、センサーには相変わらずアティ以外の反応はない。
一体何を召喚したのだろうか。

「じゃあちょっと散策してきます(にゃー)」

いつもの声の後にありえない音声が聞き取れてしまい
ヴァルゼルドは白い帽子をのっけたままガタガタと後ずさりした。

教官殿!?今!今何か教官殿以外の音声が聞こえたのでありますが!?」
「・・・あ、えっと気にしないでください。すぐ戻りますから(ニャ)」
教官殿ぉ!!やっぱり何か教官殿以外の哺乳動物の声が・・!!」
「い・・・行ってきます(ニャン)!」
「きょ!教官殿おぉーーー!!?

ナックルキティを憑依させたアティはうろたえまくるヴァルゼルドを残し
憑依召喚をかけてから気になる臭いへ向かってあわてて走り出す。

残されたヴァルゼルド。
結局近くにまだネコがいるかいないかで怯えて
アティの帽子を顔にかぶったまま、しばらくガタガタふるえる事になった。





「・・・ヴァルゼルド〜〜」

しばらくしてかけられたいつもののんきな声に
ヴァルゼルド、これ以上ないほど安堵する。

「・・・教・・・官殿でありますか?」
「はいそうです。ごめんなさい、怖かったですよね」

恐る恐るたずねると、優しい言葉とともに視界がクリアになって
帽子をかぶりなおしているアティがうつった。
しかしよく見るとその腕には少し大きめの白い水鳥がしっかりと抱かれている。

「・・・教官殿、それは?」
「けがをして近くで休んでいました。
 多分飛べなくなってさまよっていたのをあのネコさんに見つかって
 あちこち逃げ回ってここに隠れていたんでしょうね」
「なるほど、それで・・・」

鳥にすれば誰もいない安全な場所に隠れたつもりだろうが
ヴァルゼルドにすればちょっとした迷惑だったのには変わりない。
しかし鳥も悪気があってこの場所を選んだわけではないのだ。

「では・・・もう猫に怯える必要はないのでありますか」
「はい。さっき治療はすませましたからもう飛べるはずです」

言いながらアティが水鳥を地面に下ろすと
白い水鳥は少し歩いてアティを見上げ、2・3度羽ばたいて
海のある方向へ少しふらついた後飛び去っていった。

「気をつけてくださいね!もうネコさんに追いかけられないように!」

アティはそれを見えなくなるまで手を振って見送った。
ヴァルゼルドもだまってそれを見送っていたが
少ししてからアティにギチョンと頭を下げる。

「・・・・いつもいつも、もうしわけありません教官殿」
「いいえ、できそうな事をしただけですから気にしないでください」
「教官殿はなんでもできて、うらやましいのであります」
「そ、そんなことないです。私できない事の方が多いですし・・・」
「それは自分にお手伝いできる事でしょうか?」
「え・・・?」
「教官殿にできない事が、自分にできるかはあまり保証はできませんが
 自分は教官殿の力になりたいのであります」
「・・・・・」

おそらくできる。
機械兵士であるヴァルゼルドなら
アティのできない事を十二分に遂行してくれるだろう。


けれど・・・


「・・・いえ、気持ちは嬉しいですけど
 それはきっと、できないままの方がいいと思いますから・・」
「?・・・そうなのでありますか?」
「はい、できない方がいいです。きっと」


好まない戦い  無意味な傷付け合い
そんなものたとえ平気でできたとしても、いい事なんかないから。
ましてそれを代理でさせられるわけがない。

アティは少し悲しそうな表情を心の底に押しこんで
そっと微笑んで見せた。


「あぁ、ところで教官殿」
「はい?」
「先程教官殿の音声にまじって別の音声が聞き取れたのですが
 あれは一体・・・」
「え?えっとあれは・・・」

アティはちょっと困ったような顔をした。

「あれは憑依召喚術といって、身体を召喚獣に憑依させて力を発揮してもらう
 召喚術の一種なんです」
「ふむふむ」
「私のさっき使ったのはその憑依召喚で、ナックルキティっていう・・・」

ガチャとヴァルゼルドの身体が緊張して固くなった。

「・・・教官殿」
「はい?」
「ナックル・・・キティのキティとはつまり・・・」
「・・・ネコさんのことですね」


ずがーーん!!


とヴァルゼルドの脳裏に意味のない効果音が鳴り響く。


「じ!自分は急に親戚の不幸を思い出しましたので失礼いたします教官殿!」
「あ、ちょっとヴァルゼルド。もう憑依はとけましたから心配ありませんよ」
「洗濯物!洗濯物を取りこまないとカビの臭いが残るのであります!」
「え?ちょっとヴァルゼルド??
 あの、あんまり暴れると身体に悪いですから!」

「猫は!猫は苦手でありますーー!!」



昼下がりの晴れた空に機械兵士の悲痛な声が吸い込まれていく。



本日猫と絶叫日より。










下書きなしで書きました。
バグ中のヴァルをユーモアに書くのは難しいっス。
戦闘参加後のヴァルは憑依OKでも生身はまだ苦手希望。

帰る