「自分は時折頂いておりますので
思いつかぬ場合は辞退するかと思いますが」
あまり迷わずそんな答えをくれたのは、主の説明によるととある経緯を得て
たまに主の手を握らせてもらうという不思議な公約を結んでいる蜻蛉切だ。
不器用ながらもちゃんとした距離を置き、主の許可を得つつ少ないながらも小さく自分で行動しているその堅実ぶりは、あれこれの欲丸出しの提案をことごとくはじかれた長谷部にとっては少々眩しいもので。
「・・・・・お前は、良い、近衛だな」
「?恐れ入ります」
自分のやましい部分をあぶり出されたような気分で漏らしたその言葉にすら
よくわからないながらも素直な返事が来て追撃で良心がえぐられた。
「・・しかし辞退か。それも選択肢の一つかもしれんが
はたして主は、それで納得してくださるだろうか。
むしろそれで主の顔に泥をぬる事になりはしないだろうか。
(注:ここから先長くて意味ないので読まなくていいです)
寛大な主の事『そうか?じゃあないならないでいいか』と済ませてしまいそうだが、主より賜りしこの機会をみすみす手放してしまうというのも愚行に値するのではないだろうか。むしろこの機会、主のために活用すべきではないのか?褒美とは言え選択権はこちらに委ねられているのだし、俺の望みは主と共に有り、主そのもので主のためにある事他ならん。しかし主は自分で考え自分のために選べ、それがお前のためだと仰られたのだし(そこまで言ってない)。主を取るべきか主命を取るべきか、俺の褒美は主も同然、主のためになりなおかつ主命も遂行できる選択肢はあるのだろうか・・」
などと色々考えすぎて思ったことを全部口に出しはじめた長谷部を
蜻蛉切は呆れる様子もなくしばらくじっと見ていたが
ふと目があって言葉が切れた瞬間、なぜかふわとやわらかく微笑んで。
「・・長谷部殿は本当に、主のことを好いておられるのですな」
などという豪速直球ド真ん中な言葉をこぼしてきて
長谷部は少し驚いたような顔で固まり、じゅ〜という鍛冶場で聞くような音をたてて赤くなった。
蜻蛉切としては思った事を素直に言っただけなのだが
その飾り気のない真っ直ぐな言葉は色々ガチガチに固まった長谷部のあれこれを貫通し、深部の真ん中に突き刺さったらしい。
外装を無視して正確に深部にぶち当ててくる腕はさすがに槍だ。
ただ蜻蛉切としては元からそんなつもりはなかったらしい。
数秒後、長谷部の様子から自分の発言の意味に気付たらしく。
「・・・あ。え、あ・・いえ!あぁああいえああのその!
じッ、実に真摯にお慕いされていると言いますか!
心の底から切に思い焦がれておられると申しましょうか!
主としても個人としても実に大切に考えられておられると言いましょうか!
何よりも主を心から愛されておられる素敵な心根をお持ちであるとか・・!」
「・・・ぁえ・・あ・・・うん、そう、だな。なにも・・悪くない、真っ向事実。
まったく、間違って、ないな。うん」
あわあわしながらさらに追撃をかけてくる蜻蛉切と
そこに自ら当たりに行く長谷部のグダグダっぷりはともかく
そもそもの元をたどると蜻蛉切は今回の夜戦では留守組だったため
その間の様子と褒美の参考もかねて声をかけただけなのだが
まさかそんな返し方をされるとは長谷部も想定していなかったわけで・・。
「と、ともっかく!それはその、その通りだが、そうではなく!
えぇと、ともかくお前は主と留守を守っていたわけで
その間主に何か変化・・と何か、参考になる事がなかったかと」
「そ、そう、ですな・・」
なんとか持ち直した蜻蛉切は留守中の記憶を掘りおこし、要点を話し始めた。
「まず池田屋夜戦の出陣中ですが、主は始終良い顔をされておられませんでした。
『負傷前提の進軍なんて当たり前なんだろうが
正直わしにはつらい。指の薄皮をちょっとづつ剥がれる気分だ』と・
あ!お待ちください長谷部殿!比喩!比喩ですので!
実際には剥がされておりませんのでおやめ下さい!」
自分の指に歯を立てて何かを始めようとする長谷部を止めつつ蜻蛉切は慌てて。
「それに関しては山姥切殿が付いておられたので
そう思いつめられる事はないかと思われます!」
その言葉に長谷部の動きがピタと止まった。
そういえば主が気まぐれを起こさない限り近侍に任命されている山姥切からは
帰還後何の報告もなかった事を思い出す。
「・・奴、いや、山姥切は何をしていた?」
「主のおそばに始終付き添っておられました。
影のようにずっと黙し、ただひたすらに」
なるほど。色々と不器用なあいつらしいと長谷部は思う。
長谷部は行動する事で主の役に立とうとしているが
彼はそれとは別の形で主の支えになっていたらしい。
しかしその報告にはまだ続きがあって。
「ただ出陣の後半ごろ、外套を巻き込んで
床を転がりまわっておられたのをお見かけしました」
・・ん?
「力なくですが主が笑っておられたので
おそらくは場を和ませようとされたのではないかと」
「・・そう、か」
あれがそんな奇行に走るほど気落ちされていたとは・・
俺がもっと迅速に任務を遂行できなかったばかりになんという失態。
そもそも今回の一件、一度はもういいと主が放棄されていた事案を
俺の自尊心や体裁や我儘のために続行していただいたにも関わらず
そんなお気持ちにまでさせていたとは・・不甲斐ないにもほどがある。
「そのような主を差し置きのうのうと恩恵にあずかろうなどと何という浅ましさ。もやは褒美よりも鉄拳を選択すべきでは・・いや、それでは主の拳も痛めてしまうので却下としていっそ主専用ふとん叩きに任命していただくというのも・・」
などと再び思ったことを全部口に出しはじめた長谷部に
・・やはり随分と悩まれるのだな。さすが主への忠誠心が陣内随一と称される長谷部殿だと蜻蛉切は真素直に感心する
とは言え、その厚みが六法全書かコミケのカタログ並みにぶ厚くて、もはや鈍器なところまでは想像できていないのだが、それはともかく蜻蛉切は少し考えてある提案を出してみることにした。
「ではいっその事、主の御時間を拝借するというのはいかがでしょう」
「時間を?」
「その中で主のためとなり、なおかつ長谷部殿にも納得されるような行動を
例えば主に休暇を提供する、街への気晴らしへ出かける等
お時間を頂くという名目で提案できるかと思われますが」
「・・なるほど!確かにその方法もあるな!」
急に活気づいてメモをとり出す長谷部に蜻蛉切は少しほっとするが
この何気ない助言が後になって主にどう影響するかまでは、彼の予想できる範囲ではない。つまり蜻蛉切に罪はない。
「しかし常日頃から主のために忠勤を尽くしてきたつもりだったが
こうして機会を与えられ、自発的に相談に来なければ知り得ない方法もまだあるのだな」
そう言ってしみじみと書き溜めたメモを見る長谷部に
蜻蛉切はなぜ主が長谷部に褒美を選ばせたのかが何となくわかった気がして表情をゆるめた。
いつだったか刺す事しかできないとぼやいていた御手杵に
『じゃあまず、知ることを知れ』と笑いながら主が言い放ち首をかしげられていたものだが、おそらくその答えの一つがこれなのだろう。
それが顔に出ていたのか、長谷部がふとこちらに気付いて『なんだ?』という顔をしたので蜻蛉切はさっきと同じように微笑んで。
「・・いえ、長谷部殿は主に愛されておられるのだなと、感心いたしましたもので」
「・・・・・。え」
思わぬ方面からの攻撃(二度目)に長谷部は再び固まった。
「あまり表には出されませんが、長谷部殿が主に対し献身的な分
主もまた長谷部殿の事を大切にされておられます。
此度の夜戦で心痛めておられた事、褒美の件を長谷部殿に託された件も然り。
それとこれは自分の私的見解なのですが・・」
あれ?このパターン、さっきもなかったかなと思う長谷部をよそに
蜻蛉切はふと表情をゆるめこんな事を続けた。
「何度かお見かけしたのですが、長谷部殿の頭を撫でておられる主のお顔は
それはもう、実に穏やかでお優しいのです。
うまく表現できず恐縮ですが、無骨な自分ですらもうらやましく感じるほど
それはもう、良いお顔をされておいでなのです」
それはたまにあるほんの数秒のご褒美なのだが
全神経を頭に向けていたので気が付かなかった事例であり
同時に嘘偽りのまったくない蜻蛉切による真っすぐで真っ向の真実だ。
なんだそれは是非に見たかったなどと思うのも飛びこして
長谷部はさっきとまったく同じようにじゅ〜と赤くなった。
「ですのでご心配なさらずとも、長谷部殿が主を愛されておられる分
主もまた長谷部殿を愛されておられるかと思います。
したがってその長谷部殿の懸命に熟考された案ならば
主も上手く受け止めて下さるかと・・」
と、そこまで言ったところで蜻蛉切もまた、さっきと同じく発言の意味に気付き
一人であたふたと慌てだした。
「・・あ。いえ!あ、その、出過ぎた発言ではあるのですが!
主が心痛めておられたのは事実ですし、長谷部殿が主を思うお気持ちもとても眩しくかつうらやましいものでありまして!それがすれ違われるのはもどかしいともうしましょうか歯がゆいと言いましょうか・・!」
「や・・そ、わか、わかた、から」
わかったからもうやめて。俺の良心これ以上刺さないで。
そもそもお前は俺と同じ感情を主に持つくせにどうしてそんな話ができるんだ。聖人か何かなのか槍なのに。
本人にそのつもりはないのだろうが、油断していると的確に急所を一突きされる。
妙なところで槍の特性を出してくる槍だ。いや実際槍だが。
まぁともかくこの時のやり取りが参考になったかどうかは冷静になったころに考えるとして、今度から蜻蛉切と二人きりでこの手の話をするのは避けようとだけ、長谷部はメモに取らずに心に刻んだ。
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