ぴんと張りつめた空気の中、円陣を組んだ男士達は
この召集をかけた隊長、つまり現在の二番隊の隊長である長谷部の動きを待っている
召集の理由はわかっていた。おそらく先日主から言い渡されたあの件だろう。
「・・では始める。集まってもらったのは他でもない、先日主より賜った
池田屋夜戦の制覇報酬、つまり恩賞についてだ」
部屋の中にさらなる緊張が走る。
まぁ長谷部の用事のほぼ全ては主関係なので予想はしていたがやはりらしい。
そしてこの長谷部。普通ならちょっと口うるさくて厳しいだけの真面目な青年なのだが、主が絡むといろんな面でやたら怖いことで有名なため、皆一様に緊張しているのだ。
「まず率直に聞こう。内容はさて置き、すでに案のまとまっているものは挙手しろ」
そう言われてぱらぱらと上がった手は5人分。
つまり長谷部以外は何を褒美としてもらうかは決まっているらしく
その長谷部はなぜかそれを確認して残念そうなため息を吐き。
「・・・やはり、俺以外はもう確定しているのか」
という意外な事を言い出し全員が『えッ?!』という顔をした。
こと主の事についてはやたら厳格な彼の事だから
てっきり全員の意見を聞いて各内容の事前チェックとダメ出しと修正とその他いちゃもんが入るものかと思いきや。
「今回召集をかけたのは恩賞の事前確認もあるが、俺の個人的事情により
まだどのような褒美を進言するか決めかねているので
皆の意見も聞いて参考になればと・・・なんだお前達、その顔は」
えっ?主のことで決まらないから他に相談??
誰?この人。長谷部の皮かぶった別の何かなの?
などという思惑と視線が円陣内を飛び交う中、ただ一人、声を発した刀がいた。
「・・君がご主人様絡みで相談を持ちかけてくるなんて、どんな風の吹き回し
と、言いたいところだけど、ご主人様以外にも目が行くようになってきた、というところかな」
それは 今回の行軍でなぜか妙に被弾率が高く
耐久力のない短刀達にかわってそこそこ敵の攻撃に耐えてくれ
『わざとか?』と主におかしな面から疑われた亀甲貞宗(主呼称エムお)だ。
この冗談みたいな呼び方をされている男士は、主に対する価値観が長谷部と似ているので話はそこそこに合うらしい。ただし常識的範囲のちょっと外でだが。
「馬鹿を言うな。俺はいついかなる時も主の事を考え主を見ている。
ただ今回の件、まず先に提案した分が全て却下されそうせざるを得なくなっただけだ」
「え?そうなのかい?」
「詳しくは話せんが、簡略的には戦働きの報酬のため
戦の最中に思い出しても支障のないものにしろとの御達しだ」
「あ、それはわかる。戦の最中の考え事って危ないからね」
とか話しているのをよそに短刀たちはさささと集まって不思議そうにひそひそしだす。
「あの奔放な主さまに全て却下されるような案件?」
「想像もつきませんが、一体どのような難題を・・」
「まさか真剣で手合せしろとか言い出したんじゃないだろうな」
などというささやきをよそに、何かをうっすら察した骨喰(主呼称シロ)だけが
遠い目をし『・・ツッコミ不在の恐怖』と小さくこぼした。
「君の事だからご主人様に関する権利を真っ先に、と思ったんだけど
そうかぁ、ダメだったんだ」
「嬉しそうな顔をするな。そもそも最上位の頂き物はもうすでに頂戴して、いて・・」
思わずもらした言葉は一瞬後、失言だった事に気付くものの
出てしまった言葉は取り消せない。
亀甲は数秒笑顔のまま固まって。
「ヱ??」
突然背中に氷水を流し込まれたような顔をして
がざがざと長谷部を部屋のはじまで引きずっていき小声でまくし立てはじめた。
「うそッ!?いや君が嘘をつくとは思えないけど、一体いつ!?」
「・・そ、いや、その・・お前が入る前、正しくは刀数41の時に・・」
「うっっわぁ・・」
長谷部とはそう長い付き合いでもないけれど
まさか主とそこまでいっていたという事実に亀甲はさすがに引く。
「・・君、それで今までなにくわぬ顔してご主人様のそばにいたんだ。
ある意味すごいツラの皮だね」
「主の懐と御心が広大すぎるがゆえの状況だ。当然だか・・他言無用だ」
「そりゃあそうだけど・・」
しかしそれにしても主の態度が普通すぎやしないだろうか。
いくら他に刀が多くいたとしても、そこまで進んでいる刀が近くにいるのに
甘いとかもどかしいとか切ない的な空気がほとんど感じられない。
ん?ちょっと待って、それって・・。
「・・あの、すごく差し出がましいようだけど
もしかして主人様、その事あんまり気にし・」
ぐがっき
言葉の途中で顔の上半分を結構な力で掴まれる。
それはまだ誰にも指摘されたことのない彼の逆鱗なのだろう。
眼鏡ごと頭蓋骨を握りつぶさんばかりの力をゆるめないまま
長谷部は許可されていたのなら迷わず首を掻き切ってきそうな鋭い目で。
「・・亀甲、眼鏡の予備はあといくつだ?」
みりみりと眼鏡が妙な音をたてる中、やたらと低い声でそれだけ言ってきた。
「・・・ゴメン、悪かったよ。解答としてはあと二つあるけど
これはご主人様直々に調整してもらったやつだから何卒ご勘弁を」
チッという小さな舌打ちの後、手が離れ亀甲は眼鏡をなおしながら苦笑いした。
多少の理解があるとは言え、やはり主がからむと極端だ。
「・・うん、そうなると、確かに選びにくいね。
なんならいっそご主人様に考えてもらうというのは?」
「まずは自分で考えろとの御達しなのでそれは最後の苦肉の選択だ。
他の案も一応書き付けてはいるが、案は多いに越したことはない。合流」
「はいはい」
褒美のはずがいつの間にか試練になってるとは、さすがご主人様
などというズレた事を考えている亀甲と共にはらはらしながら遠巻きに見守っていた短刀達と、もう帰りたくなってきた脇差の元に戻る。
「・・ともかく、各自考えた褒美内容と選定基準も加えて報告してくれ。
では前田から順に」
「あ、はい」
急に会議らしくなった空気に戸惑いつつ、この中では一番年下に見えるけど
実はこの中では一番の古株な前田(主呼称クッキー)が口を開いた。
「僕は以前お話で聞いた香草入りのクッキーをお願いしようと思っています。
材料が手に入るかどうかはまちまちだとのお話でしたので」
「畑にある材料では作れないものなのか?」
「そのようです。ですので大量生産がきかないので皆には内緒だと・・あっ」
そこで失態に気付いたらしく、はっとして口を押さえたが
夜戦を何度もくぐりぬけたこの隊はさすがに連携がとれていて察しがいい。
まず長谷部がすっと手を上げ。
「そうだな、柿よりもみかんの方が向いている」
「え、えっーと、薄い所から削るしかないんじゃないか?」
「そうだね、つねられる場所によるけど」
「・・普段着にしても、気付かれないと思う」
「水の確保も大事になってきますね」
続けざまにまったく関係ない言葉を連ね、話題をあちこちに散らしまくり
聞いてなかったよの意思表示をする面々に前田は小さくなりながら
『・・すみません』と小さく頭を下げてその話題は完了だ。
そして次はこの中では比較的新しく入った厚(主呼称もあつし)で
一つ咳払いをして微妙な空気を追いはらってから迷いなく話し出す。
「俺は変りだねの厚焼き玉子を作ってもらうつもりだ。
ぱっと思いついただけの簡単なやつだけどな」
「変りだね?」。
「普通のやつはたまに出るけど、そういう変り種っていうのは好き嫌いがあるから
大人数用には作らないらしいんだ。
聞いた話だと紅しょうがとか塩麹、たらこってのもあるらしい。
それで作れそうなのを頼むつもりだ」
「・・成る程」
つまり主による個人的な手製の料理か。
だがそうなると選別が難しくなるな。なにしろ・・。
「でも見慣れたものから未知の品まで
ご主人様が食卓に出してくれるもので美味しくなかったものはないよね」
「だよな。かあちゃんの作るものは大体ハズレなしって・・」
長谷部の心中を代弁してくれた亀甲に同意した厚は
一瞬後、あ、という顔をするが、それは前田が冷静に。
「あぁ、そのうっかりは短刀内での周知の事実なのでお気になさらず」
「ぅえ!?なにそれ!?初めて聞いたんだけど!?」
「・・すまない、それはたまたま耳に入っていて、俺も知っている」
「ちなみに主さまには笑われて済んでいますので」
「ならばよし。主に支障がなければ何も問題はない」
「じゃあ僕も聞かなかった事にしておこうかな」
「え・・えぇ??」
何だかあれよあれよと言う間に押し流された気もするが
厚は多少釈然としないもののそれ以上何か言うと新たな墓穴になりそうなので
『じゃあ・・お願いシマス』という自分でも何言ってるかわからない台詞で次に回すことになった。
ただ長谷部が問題ないと言いつつ、すごい勢いで何か書いていたのが気になるが
そこは彼にしかわからない領域なのだろうという事で見なかった事にしておく。
で、その次は今回実は一番の功労者だったと思われる亀甲の番だ。
「僕はご主人様の一日携帯馬になろうかと思ってるんだ。
急ぎの用事や短い距離なら必要ないだろうけど
それ以外のあらゆる移動に対応できる従順な馬になりたい」
そしてそこでいきなりの路線変更が入り
馬?え?ウマ?と短刀達がいっせいに不思議そうな顔をした。
だが残念ながらこの手の事に関するツッコミが今おらず
かろうじて骨噛が何か言いたげにするものの話はそのまま進行してしまう。
「肘置きとどちらにしようか、かなり迷ったんだけれど
そちらは動けないし馬の方が実用性がありそうだし
あ、でもただじっとしていないといけないという束縛感も悪くないし
馬の時には周囲から蔑んだ視線をあびせられるのも悪くないし
うーん、やっぱり迷うなぁ・・」
実に楽しそうに話すその様子に短刀たちが再びひそひそ話し出す。
「・・褒美・・なのですか?罰ではなく??」
「前々から思っていましたが、この方、少々変わっていますね」
「あ、でも前に大将からデコピン受けてむしろご褒美がどうとか言ってたけど・・」
短刀たちも主の事は好きだけど、その域にまで達していないのでその気持ちはわからない。
ただその域をすでにブチ抜いてしまった長谷部だけは反応が別で。
「なるほど、そういった趣旨もあるか。参考になる」
などと一人真面目に長めのメモを取って斜線を入れたり
余った箇所に走り書きで何か書いていたりする。
そんなんだから事前に書けとか言われるんだよ
という真っ当なツッコミを入れる者は今ここにおらず
一見してわからないが、実はこの中でその位置に近い骨喰がだんだんと居たたまれなくなってきた。
なのでその次がちょうど骨喰の番だったのは幸いだったのかもしれない。
「では次、骨喰」
「・・・・・・。短めの、物語の朗読を頼むつもりだ」
「本を借りるのではなくか?」
「・・読み方が心地よくて、頭に入りやすいから」
「あーあれな」
「あれも良いですね」
「入り込みすぎて寝物語には向きませんが」
「へえ、それは僕も初耳だな」
そうして短刀たちが同意しているところを見るに、それは以前にあった事例なのだろう。
確かに短刀たちに本を読んで聞かせる主というのも構図として違和感がない。
それに一見それは子供のような要求だが、労力も時間も物資もそう消費しないエコな提案で、個性的な連中に紛れてしまうと目立たなくなる骨喰だが、言い出すこともやっぱり地味・・いや、そこは今気にするところではないなと長谷部は思い直し、最後の平野(主呼称委員長)に目を向けた。
「それでは最後に平野だ」
「あ、はい。僕は主さまの一日付き人を提案するつもりです。
山姥切さんが以前していたのをしてみたくて」
「近侍とは別枠の世話係だな」
「はい。それであの・・差し出がましくないのでしたらこの件、お譲りしましょうか?」
「・・いや。お前の発案を横から奪うわけにはいかん。あくまで参考だ。
もしそれで決定し日程が決まれば報告してくれ。
こちらも日取りの重複がないよう調整をかける」
うーん、やはり主が関係すると真面目で融通がきかないなぁと
実は長谷部よりも先輩な平野は苦笑するが
それは長谷部的に山姥切の真似をするのが少々シャクなのもあっての意見だ。
しかし付き人とまではいかずとも、主と一日を過ごすというのも案だな。
近い案のいくつかは却下されてしまっているが、それなら通せるか。
いやどうせならもっと限定的な事に絞り込めないだろうか。
何しろせっかくの機会だ。有効活用せねば俺に悪い。
たまには自分で俺を愛せとの主のお言葉、今使わずしていつ使う。
などと思いつつさらさらメモをとってざっと見直してみると
自分では到底思いつかない様々な観点がある事に気付かされる。
「こうして一通り聞いてはみたが・・やはり興味深いな。
同時にこのうちの誰かと重複しないためにも
まだ考案の余地ありという事も視野に入れねばならんか」
「あ、ちょっと待ってくれないかな。
どうせ皆に聞いたんだから、誰かの案に同伴という手もあると思うけれど」
「む、いやしかし・・」
「じゃあ聞くけど、この中で同伴拒否な刀は遠慮なく挙手してみてくれないかな」
そんな亀甲の意見に誰の手も上がらない。
それどころか皆にこにこしてたり黙ってうなずいていたりする。
そういえば、主が少し前、こうった連中がいることを覚えておけ
それが今回の成果だと言ったのを長谷部は思い出し。
「・・ではそれも、一案ということで」
新しい紙の上に小さくてたよりない字で『隊員との同伴も可』と書き付けた。
が、ちょっと動揺していたため可の部分が何になっていたのにこの時気付かず、後になってなんだこれはと一人で首をひねる事になるのだが、まぁそれはさておき。
「あ、でも同伴っていっても馬とかでもいいのか?」
「一向にかまわん。むしろ有力候補だ」
「うん、その時は歓迎するよ。肘置きもまだ迷ってる最中だしね」
「その路線で考えるとなると、座椅子という手もあるな。もしくは座布団」
「あっ、それもいいなぁ。というかそんな事を言われると余計選べなくなる、困るなぁ」
などとまったく困ってない顔で笑う亀甲と
真面目な顔で応対する長谷部に共通するのはただ一つ。
方向性は違っても、同じ主を敬愛する部分・・なのだが・・。
「・・だい・・じょうぶ、でしょうか。いろんな意味で」
「そもそも主君がその選択を二人分許可する意味がわかりません」
「でも大将もちょっと変わってるところあるしなぁ・・」
などとまたひそひそやりだした短刀たちをよそに骨噛は遠い目をしつつ
ここにいたのならちゃんとしたツッコミを入れてくれただろう鯰尾の顔を思い出し
『いや生きてるから!まだ死んでないから!ここにいないだけだからね!
真新しい記憶で殺さないでね!あ、ちょっと後光もやめて生きてるから!』
などとと思い出し映像にガンガンツッコミを入れられ、なぜかちょっとだけホッとした。
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