廊下の先から調子のおかしな鼻歌が聞こえてくる。
聞いた事はないがそこそこに間違っているとだけわかるそれは
主が手作業をしていて機嫌のいい時に聞ける、長谷部にとってはある意味幸運の鈴の音だ。

それをなるべく邪魔しないよう足音を立てないように歩き
日当たりのいい縁側にさしかかったところで
かごにつまれた野草を拾い上げ、手際よく葉をむしっていた主と遭遇した。

それはおそらく畑のすみで主が独自に栽培している香辛料のたぐいだろう。
その近くには手伝いなのか何かをすり鉢でゴリゴリしている山姥切がいたが、それに集中しているのか顔を向けてはこない。

まぁいい。いようがいまいが俺の決意は変わらないと
長谷部は意識を目の前に集中し口を開いた。

「主、今お時間はよろしいでしょうか」
「ん?おう、かまわんが」
「以前ご提案いただいた褒美の件でお話が」
「お。決まったのか?」

しかしまずは紙に書いて提出しろと言ったはずなのに、その手にそれらしいものはない。

「?手ぶらで来たってことは口に出しても大丈夫な内容か?」
「いえ、これは書面で提出するには不作法と判断しました。
 よって口頭による報告をする事お許しください」
「?不作法?」

褒美に作法も何もあるのかと思っていると
長谷部は何やら神妙な様子で正座をし、がっちり居住まいを正すと。

「主。正式な嘆願として申し上げます。
 何卒この長谷部と、婚姻していただきたい」

ゴッ パス

山姥切の持っていたすり鉢から何かの実が飛び出し、近くの障子に穴があく。
集中していたのはそれがそこそこに堅かったかららしいが
ともかく、褒美とは言えあまりに唐突な話に主は少し驚いたような顔をしてから。

「・・あ、そうか。そこに着地したのか」

という何とも言えない表情で意外と冷静な言葉をこぼすが
長谷部はかまわずさらに続けた。

「他者の意見も取り入れ考えに考え考慮を重ねました。
 ですがどう考察しようとも辿り着くのは主に関する事案ばかり。
 その余りある思いの丈を書にしたため提出する事も考えましたが
 ですがその最中気付いたのです。この件、主に婚姻していただければ全てが解決する」

ごとりと重たいすり鉢を置いた音がする。
山姥切がいるのをわかってて言ってるのか、それとももう眼中にないのか。
とにかく確かな殺意をもってこちらを向いた山姥切にかまわず長谷部はさらに畳みかけた。

「よって主、どうかこの長谷部と生涯結ばれ
 良き時悪き時健やかなる時病める時も共にあることを切望したく!
 何卒!なにとぞご決断のほどを!」

あらん限りの気概をこめてそう言い切った長谷部だったが
渾身のプロポーズをされた主の方はというと、顎に手を当てて少し考えた様子を見せ。

「しかしなぁへせべ。それって今とほとんど変わらなくないか?」
「・・・は?」

予想外の返しをされてヘンな声を出した長谷部に
主は持っていた野草をふりふりさせながら説明してくれた。

「良い時も悪い時も体調が良かろうが悪かろうが
 同じ屋根の下にいて同じ釜のメシ食って仕事して寝起きして
 お互い面倒見合ってるも同然だし、どっちも男だとかどっちが旦那か嫁かだとか、一夫多妻とか一妻多夫がどうとかってのを考えないなら、ほぼそういう状態じゃないか?」

そう言われてみればその通りな指摘に今気がついたとばかりに長谷部は固まり、それとは対照的に近くの机を掴んで殴りかかるタイミングを計っていた山姥切からぷしゅーと殺気がぬけていく。
それを知ってか知らずか主は少し笑ってカゴの中から持っていた物とは別の野草を少しつまみ、何かを編むように手を動かしながらさらに続けた。

「それにお前だけの話じゃないが、わしはお前達を戦いから無事に帰ってくるのを待ってるってのもあるし、手続きや書類や形式なんかをのぞくと、その褒美はもう済んでるみたいなもんだ。だから・・」

そしてよいせと腰を上げてこちらに来たかと思うと、ひょいと長谷部の手を片方とり、手早く編んだらしいそれをその指にきゅっとはめる。
それは小さな白い花のついた草の指輪で
驚愕に見開かれた長谷部の目にうつったのは。

「一応、お気持ちだけ・・ってな」

照れたように顔をほころばせた主のその表情を、長谷部は生涯忘れないだろう。

今の今まで考えていた何もかもをその一瞬に吹き飛ばされた長谷部は
すうと息を吸いながら主の方へ両手をのばし

ぐどしゃ

て、何をしようとしたのかは不明だが
手が到達する前に斜め後ろから正座の状態でとんできた山姥切に潰された。
なぜ正座の状態なのかというと『座布団と間違えた』と言い訳がしたかったらしい。無理がある。



そしてその後、主がくれたお気持ち指輪
長谷部としては、主から賜わりし神聖なる至上の証しは
『本体がしょっちゅう目の前で動いてるのに』とあきれる主をよそに
長谷部自らが作成した小さな神棚に飾られ、皆の目につく、けど手の届きにくい場所に設置されることとなった。

山姥切としては肌身離さず身につけておくか
桐箱に入れてがっちり厳重に保管しておくものだと思っていたが
誰の目にもつく場所に設えられたそれを一緒になって見上げる長谷部の表情に後悔や曇りはまったくない。

「やらんぞ」
「・・わかっている」

誇らしげに飾られているそれは確かにうらやましく感じるものではあるが
仮に自分の元にあれがあったとしても、きっと扱いに困っていただろう。
だからこんな形で落ち着けたのかと思いつつ山姥切はぽつりと聞いてみた。

「・・見るな、とは言わないんだな」
「主がそのお気持ちを形にして下さったものだ。誰にどれほど見られたところで変わりはしないし、確固たる事実が曲がるものでもない。それに・・」
「?」
「・・俺の元だけに留めておくには、少しばかり眩しいからな」

そこは少しわかる山姥切は『・・そうか』とだけ静かに返し
本当に眩しいのか目を細める長谷部と一緒にそれを見上げた。

明るい調子でたまに自己評価の低い主だが、それをもってもまだ余りある陽な部分があるのでそれはわかる。
・・と、思ったのは一瞬で。

「なにしろあのようなお顔で手ずからはめて下さった至極の一品だ。
 身に余る嬉しさが度を越しているのは元より俺の元にその時の心境を置いておける場所がない。主の御心は寛大すぎて褒美にしておくには褒美が過ぎ、もう一生分の幸福を一括で渡されたにような気分だ。手に余り受け止めきれないとはまさにこの事。きちんと全部受けろとの主命であっても無理な気が・・いや主命ならば命にかえても遂行すべきところだがっふ」

うっせぇこの野郎結局のろけかふざけんなとばかりに入れられた肘鉄に、長谷部ののろけは中断された。

そうしてその後、うれしそうな長谷部と口がへの字の山姥切との間でぺちぱちと手のはじきあい喧嘩が始まったのを、物言わぬ主の形あるお気持ち指輪が穏やかに、ただじっと見つめていた。


だがその主の形あるお気持ち様。
見つめるだけで口も挟まないし当然止めにも入らないので
お互いの意地の張り合いも込められたその喧嘩はいつまでたっても勝負がつかず。

「・・あのな、喧嘩するなとは言わないが
 手がパンパンに腫れあがるまでがんばる事ないだろ。
 へせべ、ほめてないないからな。まんば、こっち見なさい。
 負けられない勝負があるのはわかるが、これたぶんそれじゃないと思う。
 まんば、すねるな。へせべ、わし今説教してるんだが」

などという軽い説教と手ずからの手当てまで頂いてしまった長谷部。
しばらくの間ホクホク顔が元に戻らず、事情を知らない男士達からひそかに怖がられたそうだ。





もどる