「降参に御座います」
「・・・・・・。へ?」
長谷部がそんな事を言い出したのは
主が日本号や御手杵と一緒になって畑仕事をしていた時のことだ。
全員が農作業用のラフな格好をしていたため
見た目が完膚なきまでに農家のおっちゃんにいちゃんなのはともかく
長谷部がきっちりした格好でそんな所にやってきて
急に跪きながら沈痛な面持ちで何を言い出すかと思えばだ。
さすがに何の事かわからず、主は手についていた土をはたいてしばらく考え。
「あ、もしかして褒美のあれか?・・って事は、決められなかったのか」
「はい。思案選考の結果、端的に申し上げるなら
私には荷が重いと判断しました。申し訳ございません」
降参というのはつまりそういう事らしく
考えたけど何も選べなかった長谷部はすまなそうな様子でさらに続ける。
「隊員に意見を聞き、別箇所にも参考意見を聞きまわりましたが
やはり数ある選択肢から一つに絞るのは難しく、主直々の采配を拝借したく恥をしのんでこの無能と罵られ褒美を剥奪される覚悟も決めてまいりました。・・主、何卒ご判断を」
「・・いやいや、そこまでわし気ぃ短くないぞ。
選べないなら選べないで仕方ないだろそんなもん」
まぁこいつの嫌いな方の前の主なら言いそうだなと思いつつ
主は腕を組んで少し困ったような顔をする。
「しかしなぁ、他の連中にあってお前になしってもの心苦しいし
かといってお前の褒美になりそうな事っていうと・・」
そもそも褒美と言ってもへせべには元々色々とやっている・・というか、勢いで取られたりかっさらわれたりしているし、それ以外での何かとなると・・。
あ、そうだ。そういえばシンプルな部分でやってない事はあったなと思い立ち
主は畑のど真ん中で跪いていた長谷部に目線をあわせてきた。
「・・今ここでできる簡単なやつでいいか?」
「主命とあらば何なりと」
「じゃあ主命ってほどでもないが・・簡単なやつをひとつ」
そう言って主は草や土のついた服をばたばたとはたき
使い込まれた軍手をズボンのポケットにつっこんでその手をこちらに伸ばしてきた。
ん?なんの動作だと思った次の瞬間、長谷部の目の前にあったのは草と土のにおいのついた主のシャツで、ぎょっとして息をのむのと同時に強すぎず弱すぎずの力加減で頭を抱き込まれ、頭の上から聞きなれた、しかし芯に染み入るような暖かみのある声がふってくる。
「よしよし、えらいぞ。よくがんばったな。
がんばってくれて、ちゃんと皆と生きて帰ってきてくれて、ありがとうな」
布のにおい、土のにおい、汗のにおい、そして何より主のにおい。
それらすべて鼻から入ってきて心身全ての何かをやんわりとこじ開けられ、そこからあらゆる心地よさを凝縮したような不思議な感覚が染み入ってくる。
「お前はよくやってくれてる。けどわしにとっての何よりは
皆やお前が無事でいてくれて、きちんとわしの所に帰ってきてくれることだ」
抱き込まれていた長谷部の顔は誰にも見ることはできなかったが
それは例えるなら、心構えも何もしてない時に道端で突然な巨大な白熊に遭遇したくらいの表情で。
「だからありがとうな長谷部。お前も皆も、誰も欠かさず帰ってきてくれて、ありがとうな」
至近距離からの確かな言葉のあと
頭のてっぺんに少しやわらかい感触がふれて離れる。
それが頬なのか口なのか、判断する余裕などもはや長谷部にはない。
少し硬いがほどよい温度と強力な包容力をもったそれは
追加でよしよしと背中を撫で、名残おしいと思う寸前でふっと離れた。
「・・てな具合でいいか?安上がりですまんが」
しかし長谷部は答えない。
それははたから見れば本当に安上がりな褒美だったが
長谷部にとってはそうではないらしく、驚いたように主を見たまま石のように固まるばかり。
その様子を少し離れたところから見ていた御手杵が何やってるんだろうという風にながめ、ある程度事情を知る日本号がものすごく気の毒そうに見守る中、妙な時間が少し過ぎ去り。
「?おいへせべ?大丈夫か?おー・・」
あまりの無反応に心配になってきた主が声をかけると
長谷部はふいにすっくと立ち上がり、なぜか数歩後退して直立したまま前にぼーんと前に倒れた。
危ない。実にあぶない。そこが耕した土の上だったからよかったが、砂利とか岩場だったら悲惨だった。
「うお?!なんだ急に!?何の表現だ?!」
「・・・・・主」
「ん?」
うつぶせに倒れたままの長谷部が起き上がりもせず地べたに顔を埋めたままくぐもった声をよこしてくる。
「それは、褒美ではなく、攻撃です」
「?ん?」
倒れた時に驚いてそこらへんから飛び出てきたらしい小さいバッタが
土にめり込んだ長谷部の頭を踏み台にびょいーんとどこかへ飛んでいく。
「たいっっっっッッへんに嬉しく!この上ない至上の褒美、なのですが!
不意打ちと攻撃力と精神殺傷力と熔解力と反則と包容力が過ぎます!
もはや小判をギチギチに詰め込んだ袋で脳天を殴りつけるか こぶし大の砂糖の塊を口にねじ込むに等しい攻撃です!身に余る光栄と思いつつも頭と欲と感情と身体のあれやこれやの整理がまともに追いつきません!どうしてくれる御身をお大事にありがたき幸せと錯乱不可避!」
「え?えと・・??・・すまん?」
普段あんまり動じない分、ヘンな時に防御力がマイナス補正なのはなんでだと思いつつ背中をなでると『至極光栄の極みィィ!』という謎のうなり声をもらい、じゃあちょっとづつ撫でたらいいのかと、主は指先で埋まったままの頭をちびちびなで始める。
それを遠くから見ていた御手杵は不思議そうな顔をして。
「・・攻撃?」
「超特殊例だ。参考にならんぞ」
ある程度事情を知っていてなおかつ関わり合いになりたくない日本号。
付き合ってられるかとばかりにそれに背を向け
収穫物をもくもくと集め始めた。
が、数分後。
長谷部が『このまま主の足元の大地と地盤と影と蛋白質になる』とか意味不明な事を言い出し、砂にもぐるヘビみたいに倒れたままじわじわ土に潜ろうとし始めてしまい
御手杵に『うわこえぇ!』というキモイのさらに上の感想をもらいつつ
半分土に埋まった長谷部は農家風のおっさんにいちゃん連中にえっちらおっちら素手で発掘され、遠くから見ていた薬研に長芋の収穫でもしてるのかと思われたとかなんとか。
「うえぇああ!こわい!なんなんだなんで埋まろうとするんだよ真面目にこわいぃ!」
「がんばれお杵!かみついたりしないから!
こらたけし乱暴にしない!はじからうまく掘れ傷つけるな!」
「ちくしょう!やっぱりさっさと逃げときゃよかった!
あとたけしはやめろって何回い、ってぇ!?はたかれたー!」
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