「うッえぇえぇ〜〜??それ、オレらのところに聞きにくるのかよ??」
話を持ちかけるなり隠しもせず嫌そうな顔をしたのは
とある件から対長谷部用主の臨時護衛になった愛染と
同じ経緯で同じような立ち位置になった、というかほぼ巻き込まれた五虎退だ。
「・・そこまで露骨に嫌そうな顔をするな。主にはすでに予防線は張られているし
これ以上主のお手を煩わせないためにこうして相談に回っている。
それと前たちは今回の池田屋の件で参加賞を授与しているだろうから、その視察もかねてだ」
というのもこの二人。今回の池田屋夜戦で何度か出陣はしていたが、なぜか敵に狙われやすく怪我も頻発するので途中で別の刀と入れ替えた経緯がある。
なので最後までは参戦はしなかったものの、途中まではがんばってくれていたという事で参加賞をやっておく、と主から聞いていたのだが・・。
「うーん、そりゃまぁ・・そこは確かにもらってはいるけど・・」
「ちなみにそれって外堀をうめにきたとかじゃないですよね」
五虎退の何気に鋭い指摘に長谷部は一瞬たじろぐが
この二名は主が関係する場合、飛び越えなければならない外堀であることに変わりはない。
「・・そうとも言うが、他者の見解は自らを見直すためにも必要なものだ。
よってその外堀、埋めるよりも先に知りに来た。・・と言えば納得するか?」
そう言うと愛染と五虎退は顔を見合わせ
長谷部の予想とは逆になぜか表情をゆるめてきた。
「へせべの兄ちゃん、丸くなったよな。
はじめのころは目に付くものなんでもぶった斬りそうだったのに」
「そうですね。その時のことを思い出すと
こうして相談に来るなんてこと、なかったとおもいます」
「・・それはつまり、良い事なのか?」
「おう」
「はい」
そうなのかと長谷部は心の中で反芻する。
長谷部にあまり自覚はないが、出会ったころの彼は誰であろうと主以外は全処断なところがあり、主の言葉でなければ大体の事は重要視しなかったが、こうして誰かの意見を聞く耳をもち、相談に来るというのは実に大きな進歩でもある。
だがそれがよいか悪いかの判断は、主に一応の確認は取っておくべきだろうな。
と、結局最後は主に行きつく長谷部だった。
「えっと、で、とにかく褒美があるなら俺らだったらどうするかって話だよな」
「あぁ、思いついた範囲でかまわん」
「んー、俺はやっぱ祭りだな。
近くであったら連れて行ってやるって言われたことあるから
もしあったらそれにする!」
「・・お前らしいと言えばそれまでだが、それは主に実行可能な褒美なのか?」
「そうなんだよなぁ。そこが問題なんだってさ。
『あれは人の力が多くいるから、わしの力だけではどうにもならん』って言ってたし」
「しかしそもそも祭りに行ってどうするつもりだ?」
「えーと、騒ぐ!」
「・・もっと具体的に頼む」
「そんなの行ってみないとわからないし
まず行かなきゃどうにもならいから、行って騒いで、そっから考える」
「前向きなのはかまわんが・・いや、確かにそうかもしれんな」
長谷部も行動しないのは何もしないのと同義だというのは経験済みなので
そこもメモに書き足して五虎退の方に向き直る。
「それで、五虎退の意見は?」
「え?えと・・ぼくは・・なでてもらうのは、すき・・ですけど・・・。
たぶん、言えないと思います。だから誰かと同じにするかも・・しれません」
そう言われて長谷部はふむ成程といった風にうなずき
それをさらさらと書きつけつつ。
「わかった後で主にそれとなく通達しておく」
「ひぇ・・」
「心配するな。俺も好きだ。大好きだ」
びびる五虎退に一切の躊躇なく真顔で断言する長谷部に
横で聞いていた愛染が首をかしげた。
「?だったらもうもうそれでいいんじゃないか?
頭くっしゃくしゃになるまで力いっぱい撫でほしいとか」
「・・まぁ、確かに悪くはないが、似た事例をすでに却下されている」
「ふーん」
愛染はそうなのかと普通に聞き流したが、その直後
話の邪魔をしないように部屋のすみで大人しくしていた五虎退の小虎たちがいっせいにこっちを見たのに五虎退だけが気づく。
「それで参加賞とやらはどうなっている。
俺も主からは詳しい内容までは聞かされていないが」
「えっと、俺はこれもらったんだ。すず」
そう言って愛染が無造作に突き出してきたのは編み紐のついた金色の鈴だ。
紐の部分はおそらく主が編んだものだろうが、鈴の部分にはまったく関係のない方向で見覚えがあり長谷部は眉をひそめる。
「・・この鈴、別の場所の別の状態で見た記憶があるが」
「あ、これ楽器の再利用。俺がふりまわして壊したやつの」
「愛染!!」
やっぱりか!と声を荒げる長谷部からぴゃっと距離をとり
愛染はその鈴をチリチリさせつつ言い訳をはじめた。
「ちゃんとあやまったよ!
でも元々使い方わからないから別にいいって言われたし!
あと倉庫にしまっとくよりはこのほうがいいって!
それとその・・」
「?なんだ」
「ケガしやすいお前のかわりに壊れてくれたんだろうから
これでいいんだよって、言うもんだから・・」
ぷしゅーと音を立てんばかりの勢いで長谷部から怒気がぬけていく。
そんな主らしい主を聞かされてはもう怒るに怒れない。
それを見計らってか五虎退がおずおずと何かを差し出してきた。
それは野花を押したものをはり付けた小さなしおりだ。
「ぼくは・・これを。試作品だけどって、いただきました」
しかし差し出されたそれは全部で六枚。
つけられたリボンも全部色が違うし、五虎退一人が使うにしては数が多いなと思っていると。
「虎たちにもって・・『五虎隊だからな』って、くれたんです」
などと嬉しさと照れくささがまざった笑みを見せる五虎退に
さっきの愛染がやんちゃした件が長谷部の中から豪快に吹き飛んだ。
あぁ、主だ。主である。この場におられずとも、まごうことなき主だ。
ただの参加賞だというのになんという主ぶり。文句なし100%完璧な主だと長谷部は他人が聞いたら首をひねるような感動の仕方をする。
やはり今回の件、俺が選ぶよりも主に考案していただくのが最善な気がしてきた。考えろとは言われたが、もうそれで全てが解決だろう。
そもそも主から始まり主によって全てが決定し全てが終結する俺から主をとったら何が残るというのだ。
それでもダメだというなら一度却下された案をもう一度考え直してただけないだろうか。たとえ戦の最中に思い出し、その間にうっかり折られようともそれはそれでもう良いのではないだろうか。
などとここに何しに来たかも忘れて主との妄想あれこれに浸りかかっていると。
「・・あのさ、褒美のことはとやかく言わないけど
主さんいじめるのはナシだからな」
それを読んだに近い愛染の台詞に結構な勢いで現実に引き戻された。
もちろん長谷部としてはそんなつもりなど一切ないが
愛染達からしてみるとそうは見えないらしく。
「馬鹿を言うな。俺が敬愛する主に悪さを働くなど・・」
「こないだ内緒で行った視察のあと」
何か言いかかった長谷部の口がその状態でぴたりと止まった。
「あー!やっぱ自覚あるじゃん!ダメだろそれ!
護衛についてったのになんでそんなことになってんだよ!」
「あるじさま、大丈夫だって言いはってましたけど・・しばらくつらそうでしたよ?」
というのも、その時の件は主が転んで足をくじいて
長谷部がどうにかしようとして悪化させた事になっているのだが
普通に転んだとは言わず、いくらかの責任を長谷部に押し付けているあたり
主もやっぱり少し怒っていると考えるのが妥当だろう。
まぁ大体それらは隠そうがどうしようが完全に長谷部のせいなので当たり前といえば当たり前なのだが。
「いや、あれは主の合意を得て・・いたのだが、俺の不注意というか
俺が・・悪い・・?の、だろうか。いじめたというより、少々調子に乗りすぎたと、いう・・ことなのか・・?」
「なんかやたらグズグズな言い方してるけど・・
とにかく!まじめはいいにしても、やりすぎはダメ。そこはきちっと」
「いたわってあげて下さいね。あるじさま、若く見えますけど
そうじゃないところたくさんありますから」
「つうかそもそもその時、ちゃんとあやまったのか?」
「それは・・・・俺が謝るべき・・なのか?」
「べきだ!」
「べきです」
二人とも、具体的なことまでは言及してこないが
長谷部が主に何かやらかして、身体を悪くしたというのはわかるらしい。
いやもしかしたら全部わかった上での話をしているのかもしれないが、それはそれで聞くのが怖すぎる。
しかしあれを謝れというのはあまりではないのか?
冷静に考えれば確かに初回から飛ばしすぎたもの事実だが
あれはあれで俺の大切な思いと経験と夢であって
それを今になって『すみません俺が悪かったです』と謝罪するのはいかがなものだ男として。
それに謝るにしても『もうしません』という保証はできないし、悪いことをしたわけでも・・あ、いや、確かに多少はしたかもしれないが、もう主には怒られているし、今頃それを蒸し返すなどしたら・・
・・・・。
主は一体、どんな顔をするのかが楽しみではあ
どだだだ ヴ〜〜
る、と思ったその時、話の邪魔になるからと部屋のすみで丸くなっていた五虎退の小虎たちがなぜかいっせいに走ってきて長谷部を取り囲み、うなり声をあげはじめる。
「な、なんだ急にお前達。おい五虎た・」
「・・何かわるいこと、かんがえましたね」
思わず助けを求めた先で見た五虎退は、なぜか今まで見たこともないような無表情。
どうやら小虎ごしに邪(よこしま)な思考がもれ見えたらしく
それで何かのスイッチが入ったらしい五虎退と小虎5匹の視線が長谷部に集中する。
いつもと違う雰囲気の五虎退と、小さいとはいえ虎5匹に囲まれ
さすがに怯む長谷部に追い打ちをかけるように愛染が背後からどんと追突してきた。
「よっしゃー!言ってきかないやつにはほふく攻撃(正しくは報復攻撃)だー!
いじめられる気持ちおもいしれー!つぶせつぶせー!」
「うわ!こらお前ら!数で押すな!五虎退!黙ってないでなんとか・・
いやお前もかー?!」
で、その騒動とは全く関係のないほぼ同時刻の庭先でのこと。
ちょうど内番も遠征もなかった左文字兄弟たちが
池の近くを散歩がてら近状をのんびりと話し合っていて。
「実は近頃・・行商にむいている気がしてきたのです」
などと突然おかしな事を言い出したのは
ここ最近遠征に続く遠征続きで遠征先が仕事場になりかかっていた江雪(主呼称坊さん)だ。
元々戦事に関して消極的な彼は、ここへ来た当初
それとは真逆の同田貫とまったく身にならないゆるぅい言い合いをしていたものだが、遠征ならあまりしぶらないという主の見立てから遠征に出される事が多くなり、上記の不思議発言となったわけだが・・。
「それはつまり・・もしかせずとも遠征のし過ぎですね?」
あまりに遠征に出し続けるので、さすがにどうかとやんわり止めた宗三(主呼称宗さん)も最近はあまりそれに関して咎める様子はない。
主のやることは多少ズレ気味で奇抜だが、悪い方に働くことはあまりなく
実際少し前まで色々と憂い気味で消極的だった江雪も
自分にむいているものを口にするようになったのだから悪い事ではないのだろう。たぶん。
「そう・・なのかもしれません。遠征と一口に言っても、それは見聞を広める機会でもあり自分や周囲を見直す機会でもあり、何より幾度となく繰り返される戦事から離れられる有意義な時間でもあるのですし・・。ではいっそ同時に世の益にもなる行商というのも、悪くないのかと思い始めていまして」
見ない間に色々と感化、というか変質されていたのですねぇ。
と口に出して言わないが、方向性はともかく前向きになったのはいい事なのだろうと、若干なま暖かい目でつらつら話す兄を見ていると、ふと歩きながら小夜(主呼称お小夜)がじーと江雪の方を見ているのに気がついた。
「どうかしましたか小夜。おみやげの希望でしたら今のうちにがよさそうですよ。
もう少しすると身内割引きありいくら以上で送料無料と言い出しかねませんから」
「・・何を人聞きの悪い。そこまで金銭にがめつく・・・なるのでしょうか将来的に」
「自分で言ってから不安にならないで下さい。冗談です」
「・・あ、そうじゃなくて・・」
あまり自分から進んでしゃべらない小夜のその何か言いたげな様子に
兄たちがぴたりと黙り、視線だけでその先を促してくる。
小夜は少し躊躇した後、ぽつぽつと静かに話し出した。
「・・主が前に・・言ってたんだ。
復讐とか血なまぐさい事については、べつに止めないけど
たまには他の事も見て知ると・・いい事あるんじゃないかって」
思わず足を止めた兄達から少し遅れて立ち止まった小夜は
下を見ながら江雪の袖を少しだけ掴み、さらにこんな言葉を続けた。
「その・・他の事とか、いい事っていうのがどんなことなのか
それを見つけた方がいいのかどうかも、僕にはまだ・・よくわからない。
だからもし、それが僕一人で見つけられないなら・・」
え?まさかと驚いた顔をする江雪を見ないまま、小夜は少しばかり自信なさげに。
「その、邪魔、しないから・・一緒に、見つけにいっても・・」
いいかなという言葉は消え入りそうなほどに小さかったが
その言葉と袖を掴んだその手は確かに小夜の意思によるもので
江雪は一瞬ぶわと背後に花が舞い散りそうな顔をしてから。
「えぇ、もちろん。是非に。歓迎しますとも」
ここ一番のいい笑顔でうつむいていたその頭をぽんと撫でた。
おや、やはり妙な方向でですが不思議とよい方へ行くのですね。
などと宗三が一人で感心していると、その何かを見つけに行く予定の兄弟たちは、相談したわけでもないのになぜか一緒になって宗三の方をじっと見てくるので。
「・・あれ?もしかして僕もそこへ組み込む流れですか?」
「無理に、とは言いませんが・・」
うんとうなずいて同意する小夜とその頭に手を置いたままの江雪に
宗三は少し困ったような顔をした。
断りにくい雰囲気極まりないのもそうだが、宗三としては遠征であちこちを歩き回るよりも、ここで良く言ってのんびりと、悪く言ってダラダラしている方が気が楽だった。
というのもここの主は無知でのんきで固定観念がなく
気楽で話しやすく干渉もほとんどしてこない。
典型としては宗三の知る歴代の天下人を『なんか有名オッサンズ』でくくって
宗三の経歴を『へー、見た目によらず物持ちいいんだな』で終わらせたところか。
そんないい加減な主なので、宗三はこの現状をそこそこ気に入っていたりするのだが・・しかし兄弟そろってみんなで旅、というのもなかなかに悪くない話だ。
主の許可が出るのなら・・いや絶対に出るだろうが、それもこれからの在り方なのだろうか。手も足も口もあって過去のしがらみもなくある程度の自由のきく身だ。人に縛られない在り方というのも確かにあるには・・
と、思っていたその時、何かがどどどと走ってくるような音がして
それはそのままの勢いで走ってきたかと思うと
ハードルを越えるような見事なフォームで近くにあった池の上にとんだ。
それはどういったわけか長谷部だった。
腰と足にはなぜか五虎退の小虎達をぶら下げていて
足にいた一匹はとんだ拍子に近くのしげみに落ち、もう一匹は腰にしがみついていたためズボンがずれ、そこから通常ならば絶対に見ることのない下着と半ケツが見えた。
それはほんの一瞬の光景のはずだったが
見てはいけないものほど見えてしまうものなのか
そのリアルかつ昔の漫画のような愉快な光景はスローモーションのように三人の視界を通りすぎ、ぼばーんという派手な音をたてて池に落ちた。
そして数秒後、最後までくっついていた小虎があわあわとネコかきで岸に上がってきて、ギャウと抗議の声をあげてからびびびと水をふり落とし、もう一匹と合流して走り去っていく。
その唐突でカオスな光景に三人は無言で顔を見合わせ
宗三と江雪がなぜか同時にさっと自分と小夜の目を手で隠し
小夜も少し迷ってからその上に自分の手を重ねる。
それは彼らの直感だ。
見たらたぶん、呪われる。
正しくは今見たことを他にしゃべって主の耳に入ろうものなら
『あ、いいなぁわしも見たかったなぁ』などと言い出し
呪いレベルの恨みをかうという直感だ。
そして三名の耳から入ってきたのは、ざばーという水音と
べっちゃびっちゃという何かの歩く音で、おまけにそれはだんだんと近づいてきて目の前まできたかと思うと、コフ〜〜という聞いたことのない不気味な息遣いをよこしてくる。
見えはしなかったがおそらく敵大太刀とEV初●機の暴走時の顔をたして忖度で割ったような顔で『しゃべったらどうなるか・・わかっているだろうな』と睨みをきかせているのだろう。
突然のホラー展開に宗三と江雪の眉間にしわが寄り
小夜がその両名の手の感触からどうしようかと探りを入れる。
だが最初から目を隠していたのが功を奏したのか
誰も口を開かなかった事が幸いしたのか
それはあまり時間を取らず、べったびっちゃと水音を立てながら、何も言わず何もせず、三人から遠ざかっていった。
そしてその音が完全に聞こえなくなったころ。
残された兄弟たちは手を下ろし、少しだけアイコンタクトをとってからのろのろと円陣を組んで手をつなぎ。
「見ませんでした」
「何もまったく」
「見なかったよね」
などとつぶやきながらくるりとひと回りし
何事もなかったかのように散歩の続きを再開した。
ただ見なかったことにしても彼らの脳裏によぎるのは
一瞬見えた下着に刺繍されていた仕分け用の名前。
それは刀の数が増え始めたころ、混ざるとややこしいだろうとの主の配慮で主がそれぞれの名前を見える場所に縫ってくれたもので、当然長谷部には長谷部の名前が縫ってある・・はずだったのだが・・。
「・・・・・主の名前だったよね」
「「シッ!」」
まぁそのあたりの真相は、主がたまにはいてないほどに無頓着だったし
見てしまった全員が見なかったと主張するのなら、もう心底どうでもいい話である。
で、話はかなりそれたが、ところ変わって屋敷の縁側付近。
戻ってきた小虎たちの誘導で長谷部を発見した愛染はというと。
「そ・・・そこまでイヤか。いじめないのも、謝るのも」
それで捕まえる気だったのか、なぜか玉ねぎを入れる網袋を片手にどん引いていた。
びしょぬれのまま所々に藻をひっかけ地べたに正座した長谷部は
無言の肯定を貫くままで反論も言い訳もしてこない。
だがそこまで意地になるということは、長谷部にとってどうあっても引く事のできない何かが主との間にあるのだという事だけは愛染にも、そして小虎をふきふきしている五虎退にもわかった。
「・・よくわかんねぇけど、それってへせべの兄ちゃんには大事なことなんだな?」
黙ってうなずいた長谷部に拭く手を止めた五虎退が静かに話し出す。
「・・わかりました。じゃあもういじめないでとはいいません。
そのかわり、あるじさまにその分のうめあわせはしてください」
「え?いいのかよ」
「それでいいと思います。たぶん。
きっとこれ以上は僕たちのできるはんいをこえると思うから・・」
「・・かーもなぁ」
そう言われるとそんな気がする愛染もそれ以上は追及せず
網袋を腰にねじこんでぱんと両手をあわせて。
「じゃ、そうするか!主さんいじめるのは元からなしだが
もしいじめたならその分うめあわせするつもりで。
ただしオレらがいて駄目だと思ったら遠慮なくぶっとばすからな」
「・・わかった。それらならば得意だ。まかせろ」
「「ん?」」
あれ?なんでそこに出所のわからない自信が出てくるの、と思った瞬間
長谷部はすっくと立ち上がって颯爽と
いや、ずりおちそうになったズボンを上げながらびたびたと去っていく。
対へせべ用護衛達はなんとなくそれを見送り、しばらくして。
「・・なぁ、思ったんだけどさ、もしかしてさっきのって
火に油そそいだとか言わないか?」
「あ」
ぶちゅんと拭きおえた小虎がくしゃみをし、直後、二人は同時にだっと走り出した。
そして走る先から聞こえてきたのは。
『うお?!なんだへせべ!?なんで水びたし・・
え?埋め合わせがなんて・・ん?ちょ、なんでにじり寄っ、おわー!?』
などという主の声と、間髪入れずべきぼかーんという破壊音まできこえてくる。
おそらく長谷部が何らかの埋め合わせを主に強行しようとして
近侍の山姥切に投げ飛ばされたか蹴られたかのどっちかだろう。
「わー!すんませーん!カントクぶんどきー!」
「ふゆきとどきじゃなかったですかー!?」
そうしていつの間にか対長谷部用になっていた短刀二人は
走りながら謝罪とツッコミを同時にこなし、庭に落ちていた長谷部にとびかかった。
今回の教訓。
言葉は通じても話が通じてない時がある。
とくに主がおかしな方向に関係した時の長谷部。
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