今、長谷部の前には芋の皮を手際よくむいている男士がいる。
正しくは手際よくとか慣れているという表現を通りこし
しゃーーーと機械並みの速度で芋の皮をむく、山姥切国広(主呼称まんば)がいる。

この状況、長谷部にしてみれば実に不本意な話だ。
もちろん芋の皮むき速度の話ではない。

(注:以下無駄に長いので読み飛ばしていいです)
主に対する礼儀も愛想も中途半端なくせに、いつもいつも主のそばにいて
ちょっと気を抜くと下手な愛情表現を暴発させて主に無礼と迷惑をかけ
そのくせ仕事は黙ってきちんとこなし、戦でも役に立つには立つが・・
最も古くから主のそばにいる主軸の近侍で、主に最も近い存在という意味ではどうしても避けて通れない存在であり、主をめぐって何度も対立し、蹴って殴って蹴られて殴られ投げ飛ばし投げ倒されしている相手に相談に来るのは不本意ではあるものの、やはりどうしても通らねばならぬ道ではあると自覚はしているのだが・・。

「・・・何か相談事だろう。あいつ関係の」

などと脳内でぐだぐだに葛藤している間に大体を察した山姥切は
かなり圧縮された大体の正解をぽつりとこぼしてくる。

とは言え、怖い顔をしつつ黙ってやって来るなり
近くに座り込んだまま去らないその様子からして用件はそれしかない。

「不服なのはわかる。だがあいつについての話なら別問題だ」
「・・わかって・・はいる、つもりだ」

だがしかしだ。そもそも普段主をめぐって地味なケンカをする相手に
主にもらう褒美は何がいいとか聞きに来るのはいかがなものか。
よく考えたらそれは自慢と嫌味を言いに来たようなものなのだが
あいにく今の長谷部にそんな余裕と底意地の悪さはない。

ともかく、しばらく悩んだ長谷部は事の次第を手短に説明し
その件で迷っている事を説明してから『お前ならばどうする』と聞いてみると
山姥切はむき終わった芋をかごに入れて少し考え。

「俺は・・もうあいつから色々ともらいすぎている、気がする。
 なのでもう、現状維持でいいと思う」

など静かに言われてしまい、何を言われても多少は言い返す気でいた長谷部は言葉につまった。

考えてみればそうかもしれない。
目には見えないが主からいただいたものは数知れず
時間や手間や教えや在り方や主命や山姥切には話せないようなことまで
あれやこれやといただいておきながらまだ何か要求しようなど
考えてみれば凄くおこがましい事なのかもしれない。

普段主をめぐって地味に衝突する山姥切だが
こういった時に芯をついた意見が出せるところは
長谷部が彼を完全に敵視できない要因の一つだ。

だが山姥切は土のついた芋を手にとりながら少し息をつくと
さらにこんな言葉を付け加えてきた。

「ただ・・強いてあげるなら、願望のようなものは一つある」
「?なんだ」

そう聞くと、最も古くから主のそばにいる刀は
土のついた自分の手を見ながらぽつりと話しだした。

「あいつは・・いつかどこかへ、ふっと木の葉のように飛んでいってしまいそうだから
 できればすっとそばにいて・・欲しい、と・・言いたい。
 ・・無理なら、諦める・・が・・」

途中から自信がなくなり尻すぼみになるその台詞に
わかる、すごくわかると長谷部は力強く素直に同意した。

自由奔放で地位名誉金品はおろか、未回収の刀にすら興味がなく
実のところ審神者という自覚や認識すらもペラッペラな主の事だ。
いつかそのうちふらっとどこかへ行って、そのまま帰ってこないなんて事はありうる話だ。

「しかし、我らが主の意思または行動を制限するなど・・」
「だがあいつがいないと俺達の全てが成立しない。
 あいつはそう思っていないようだが、少なくともここにいる俺とお前はそうだ」
「・・・・」
「何をもって褒美とするかは、俺には決められない。
 ただ少なくとも、今お前の今している事は間違っていないと思う。
 参考になるかどうかは・・わからないが」
「・・そうだな。考慮する」

なんだか相談に来たつもりが、さらに話をややこしくされた気分だが
一応の参考意見として紙に書きつけ、最後に近侍意見との走り書きをしておく。
だがそれを書き終えたのを見計らって山姥切はさらにこんな言葉を付け加えてきた。

「ただ前々から話し合っている通り
 あいつを困らせる行為、抜け駆け、強行手段はなしだ」
「その時はある程度の武力行使やむなし、主は誰のものでもない、だな。
 もちろんこの約定はお前にも当てはまるぞ。主専用暴走突進兵器」
「お前に言われたくないアリ地獄型策略裏番長」

などとややこしい悪口を言いあった直後
長谷部の脳裏にある思いがぽっと小さなロウソクに火をともしたように浮かぶ。

そう、主は主であり天地万物の誰のものでもない。
だが・・あの夜のあの時だけは、主は確かに、俺のものだったな。

認識するのと同時に胸の奥がごっと音を立てて熱くなり
その時の熱やニオイや息遣いがそこから全身に広がっていくような感覚。
忘れもしない大切な思い出は、確かにこの胸の内にあり
他の誰にも奪うことも真似する事もできない唯一無二の宝物だ。

あぁ、そういった意味ではもう褒美などとうに頂いているのだろうな。
考えてみればあの経過を得て、さらに主のおそばにおれることの何と幸福なことか。

「・・おい、何を考えている」

などという至福感を顔に出したつもりはないが
主に対して長谷部と同じ感情を持つ山姥切は何かを感じ取ったらしい。
長谷部は何でもない様子でふっと笑って。

「いや、主の大切な思い出を少しばかりな」
「そ「言うと減る」」

何か聞こうとした言葉に力強い拒否がかぶせられ
満足げな長谷部とは対照的に山姥切の目つきがすっと鋭くなった。

そしてしばしの沈黙の後、山姥切が手にしていた芋を横に置き
長谷部も同じように手にしていたメモなどを横に置く。

それは一触即発かと思われたが、どちらも無言で立ち上がると
なぜか向かい合って畳にきちんと正座し、手が届く範囲まで距離をつめ
腕を回し手をぶらぶらさせて準備運動のような事をはじめる。

そしてどちらともなく姿勢を正し、それぞれの手が膝にのった瞬間
それが開始の合図になった。

ぺんぺぺぺばしばすべしぱしぺしぺんばし

双方無言なので音でしか状況がわからないが
二人が無言で始めたのは帽子やハチマキを取りあう騎馬戦のような動きだ。
正座の状態からその場を動かず、上半身だけで互いの顔を狙い
手をはじいたりかわしたり掴みかかったり、とにかく素早い動きで何かを取ろうとしている。

それは口論が面倒な時にするケンカの一種で
相手のほっぺたを掴んだら勝ち。それ以上は恨みっこなしという主考案の暴力少なめなやつだ。

目つぶし不可。できたらケガもさせない。やりすぎもダメ。
ごはんが美味しくなくなるからな。お互いに。
という主ののんびりした決まりの元、見た目は地味だけど妙に殺気立った平和なケンカが繰り広げられる。

現在までの勝率はほぼ半々。そして今回はというと・・。

「ふぐ・・っ!?」
「・・とった!」

ほんのわずかな差で山姥切が長谷部の頬をつかみ、長谷部の動きが止まる。
二人のレベル差はそうないので運や調子もあるだろうが
この時は山姥切に軍配が上がったようだ。

「勝負、ありだ」
「・・・」

長谷部は悔しそうな顔はするものの、主が決めた決まりなのでそれ以上は抵抗せず、もう少しで届きそうだった手をしぶしぶおろす。

「・・先程の件、話すつもりは?」
「なひ(ない)」
「絶対にか」
「とうへんら(当然だ)」

敗者確定してもそこは絶対に譲らないあたり
それは長谷部にとって相当大切なものらしい。
主が関係する時の長谷部の頑固さはよく知っているし
自分が同じ立場だったらと思うとさすがにそれ以上は追及する気になれず
山姥切は少し考え、黙って手をはなした。

「・・何か、凄まじく無駄な時間を過ごした気がする」
「・・理解が早くて助かる。では俺は主のもとへ報告へ行く。
 意見の方は参考にするが、それ以外では馬に軽く蹴られたのち
 真新しい干し草に背中からうまく突っこめ」

そう言って長谷部は自分の持ってきたものを手早く集め
敗者に見えないくらい颯爽とその場を後にする。
山姥切がまだ何か言いたそうにしていたが
敗者は黙って去るのみだと長谷部は気にせず足を進めた。

ちなみに捨て台詞が微妙にマイルドなのは
『ちょっと繊細なところがあるから、多少フォローはしてやってくれ』
という主の指示があるからだ。
そして報告というのはこのケンカ方法にはもう一つ決まりがあって
負けたら主にそのことを報告するという、これまた微妙に不名誉な罰ゲームが付いているからだ。

しかし実はこの負け報告、そう言うほど罰でもない。
というのも主自体勝負ごとにはほとんど興味がないので
『そうか負けたのか。ちゃんと報告しにきてえらいな』などというお褒めと
運がよければ頭なでなでまでもらえてしまうので
この勝負、勝者に鼻で笑われるか、しばらく負けの事実を引きずる事以外は負けてもデメリット少なめだ。

なので(ほっぺた掴みあう子供みたいなケンカで)負けはしたが
主の元に行ける口実ができたのはこれ幸いな長谷部。
おそらく今の時間なら自室にいるだろうと当たりをつけて訪れてみると。

「お、なんだへせべ。まんばと勝負して負けたのか」

顔を見るなりほぼ全部をまるっと言い当てられて長谷部は完全に出鼻をくじかれた。

「?・・え?そう、ですが・・まだ何も・・」

え?なんで?なんでわかるの?
もしかしてそんな盛大な負け犬ヅラしてたのかと思ったが
主は笑いながら手鏡を持ってきて見せてくれる。
そこに映った長谷部の顔には、あからさまに掴まれたとわかる土色の手形がべったりついていて、ある程度事情を知っている者なら何をしていたのかは一目瞭然だ。

あんんんッのバカ!!なぜ言わない!こんな状態で主の前まで来させるな!
と長谷部はもちろん憤慨したが、おそらく山姥切はただ言いにくかったか言いそびれただけで悪気はなかったのだろう。
あと長谷部のせっかち気質も。

しかし主は気にした様子もなく、むしろ楽しそうに。

「ははは、追加攻撃もくらったんだな。
 ま、ケガがないならそれに勝るものはないんだがな」

などと笑いながらぬらした手ぬぐい
しかも冷たくないようにお湯でしぼったものを用意し
自分でやれると言いかけやっぱりやめた長谷部の顔を綺麗にふきふきしてくれ
長谷部は顔が緩むのを必死に我慢しながら
『試合には負けたが勝負には勝った』とベタな事を思ったそうだ。

「・・あの、ちなみに主、これは褒美としての扱いには・・」
「ならんな。わしが好きでやってるだけだから気にするな」
「好きで・・ですか?」
「そうだな。お前達はケガしても手入れ部屋に入れとけば勝手に治るし
 多少汚れても自分たちでどうにかできるから、こうして手をかける機会もないし
 わしが刀に触れる機会がなかったから・・ってのもあるんだが
 まぁわしが勝手にやりたいだけだから気にするな」
「・・そう、なのですか。お好き・・なのですね」
「・・おいお前、なにか都合のいいところだけ拾って頭に入れてないか?
 あ、こら、花びら散らすな拭きにくい、こら」



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