は、と途切れていた意識が突然戻ってくる。
きっかけが何かは分からないが、気が付くと主が目の前にいて
少しだけ驚いたような顔で。

「あ、起きたのか」

と言いつつほっぺたをぷにとつついてきた。

・・?主がいつの間にこのような至近距離に
いやその前に、主がやけに大きく感じるのはなぜだ?
あとつつかれているにしては感触が妙に・・。

と、ぼんやりする頭でじわじわと状況を思い出してきた蜻蛉切。
大体の事を思い出してがばと起き上がり、素早く土下座体勢をとるが
頭身がまだ戻ってないので土下座というよりそれはネコのゴメン寝のようだ。

「申し訳ございません!主の御前で眠りこけるなど・・!」
「いやなに、戦闘中とかだったら大問題だが
 屋敷(本丸)の中だから気にするな。
 それに二人もあの状態だし」

そう言って主の指した先には、座布団に寝かされた小型のまんばとへせべ。
まんばは布に包まるように丸くなり、へせべは仰向けで腹の上で手を組み
よく言って行儀よく、悪く言って埋葬されたミイラみたいな寝方をしていた。

「推測だが身体の大きさに合わせて体力がないんだろ。
 言い換えると電池切れだな」
「しかし主のおそばにおりながら全員が全員・」

という反論はぷにと口をつままれて阻止される。
もう一方の手の指を口の前に立てているので
『せっかく寝たのが起きるだろ』という事らしい。
あっそうかと口を閉じた蜻蛉を主はひょいと持ち上げ
そっと歩いて縁側に出て腰をおろし、隣に蜻蛉をおろした。

「ふふ、輸送が楽な蜻蛉ってのも新鮮で面白い」
「この有事にお手数をかけ申し訳・・」
「そう一人で色々しょぼくれるなって。
 わしとしては普段見れない蜻蛉のつむじが見れたりして楽しいぞ」

などと言いながらつむじをつついてくるのんきな主に
見た目や形は違えども、きちんと自分と認識して下さっているのだと
蜻蛉はちょっとズレた感動の仕方をした。

「それと蜻蛉に限っての話になるがな
 今この状況で一つ実行可能になった事がある」
「??」

こんな五虎退の小虎にすら押し負けそうな身なのにと不思議がる蜻蛉に
主は両手を広げて。

「コムラ(千子村正)式の挨拶。そのナリなら潰さないだろ?」
「・・あ」

それはコムラといた時にあった
ハグをしようとして力加減を間違えた時の事だ。
言われてみれば確かに今なら主を物理的に潰さないし、絵ヅラ的にも問題ない。
今のちんまり状態の付属現象だろうか
蜻蛉の目からぽろりとウロコのようなものが落ちた。

いや今そんな状況か?という疑問も多少するが
今しか出来ない貴重な機会がここにあるというのもまた事実。
それに加えて蜻蛉は主の事を主という立場役職以上に好きなメンツの一人だ。
迷いつつももう答えは出ているし、普段上手に主とハグするコムラへの
無自覚な嫉妬が背中を押す。

「・・・で、は・・お願いしても、よいでしょうか」
「よしこい」

カチコチの決意をすんなり受け止める主に向かい
蜻蛉は意を決してよちよち歩き、あぐらをかいた脚をうんしょと乗り越え
胸は届かないので届く範囲にあった腹にえいとしがみついた。
ただ手足があってないような長さなので
それはハグというよりただひっついただけに見える。

だが蜻蛉からすれば勇気をもってひっついたその部分から
なんとも言えない暖かさのようなものが全身に広がり
新鮮な空気がそこから身体全体に入ってくるような
胸の奥がぶわと温かくなるような、冷えた指先に血が巡るような感覚がくる。

それは蜻蛉の知る言葉では言い表せない不思議な感覚だ。
加えて背中にぽんぽんと触れてくる大きな手が非常に心地よく
惚れた欲目もあるだろうが、前にやらかした事も忘れるほどで
コムラ曰く『説明不能のステキな感覚』というのも
自制がきかなくなるというも納得してはいけないが納得だ。

ちなみに主の視点からするとそれは普段なら筋肉で重機のタイヤだが
今は丁度いい硬さのまくらか子犬を抱きしめている気分で
普段とのギャップも面白いが、小さいながらもじんわり伝わってくる
気持ち的なものにちょっとしたくすぐったさを感じていた。

「で、どんな感じだ?」
「・・その・・なんとも・・じつに、形容しがたく」
「ふむ、そうか」

まぁそもそもこれ、軽い挨拶の一種だし
感想がどうとかってのも変な話だしな。
と思いつつ身を離そうとすると
数分の一スケールになった槍(と、主はあまり認識してない)は
そのまま腹にぷらんとくっついてくる。

・・そういやお前は、普段からわがまま言わないからなぁ。

そんな事を思いつつ再度手を回して軽く抱きしめると
一瞬びくっとしつつもほっとしたような様子を見せるので
こういうところは見た目通りだなと主はこっそり苦笑した。

それは親が子にする愛情表現なのか
それとも見た目性別に関係のない、全てのものをひっくるめた無意識の産物なのか。
どれが正解なのかはおそらく本人達にもわからないだろうが
今はあれこれ考えるのは野暮というものだ。

「ふふ。しかし変な話だ。つぶされる心配がないハグとかな」
「・・もしやこの形態、心身共に未熟という意味で
 妥当な形に作り替えられたのでは・・」
「可能性としてはあるかもだが、しかしお前にその自覚があるのなら
 次から気を付ければいいだけの話だ」

その言葉にくっついたままの蜻蛉が軽く首をかしげた。

「?その次は今・・ではないのでしょうか」
「うーん、ちょっと違うな。体格的に一方的だし
 いつもの状態でこう、気持ち的に包むというか
 体感で表す感じ、というか・・え〜・・なんというか、口では上手く言えんが・・」

上を見て少し考えた主は
小さくなった蜻蛉の背中を撫でながらふと微笑んで。

「元に戻った時、まず大前提としてつぶさないように。
 なおかつ優しく慈しむように抱きしめてくれると、わしはうれしい」

などという聞きなれない言葉を至近距離でこぼされた蜻蛉は
ぶるっと小さい身を震わせ、一瞬理屈抜きで元の大きさに戻りそうになったが
それだと確実に主をつぶすのでぐっと思いとどまり。

「・・・・善処、いたします」

見た目に合わない重々しい口調と声色でそう答え
頭上に漫画で描くようなゆげのマークを発生させた。
主はそれを茶化さず少し笑って、そのマークの上から
いつもなら届きにくい頭を撫でた。

「うん。急がないから、ゆっくりでたのむ。
 わしとしては途中の過程をちょっとづつ経験してみたいからな」
「・・お力になれるでしょうか。今現在ですら未熟な自分に」
「そうだなぁ・・学ぶ姿勢と相手を思いやる気があるなら可能だ
 と、わしは勝手に思ってる。実際にやってみないとわからん事多々だがな」

そう考えるとこの二人の関係は
噛み合っているようで噛み合っていない微妙な関係だ。
主は色々な事を知っているが実績や実践経験に乏しく
蜻蛉はこの方面にはうといが実直で向上心があり
ただし加減がヘタという状態だ。

「ま、先はどうあれ今は今だ。今やれる事をやればいい。
 とくにわしは今、普段をひっくり返してなお余りある
 この妙ちきりんな状況を活用したい」
「そ・・、はい、もうしわけ、ありも・・いえ・・」

ぎゅっと実にいい力加減で抱きしめられ、全方位から主に包囲された蜻蛉は
今されているのが主のやってほしい抱擁手本なのに気付けず
再び頭からゆげを発生させつつ、今度はちょっとだけ、花びらも出した。

くしゅん

と、その時寝かされていた二人の方からくしゃみの音がして
はたと二人の意識が現実に戻される。

見るとまんばが丸い身体をさらに丸くして
へせべがその布を掴んでくるまりにかかっていた。
今はそう肌寒い季節ではないが、今の身では体温調整がしにくいらしい。

「おっといかん。寒いのか」

気がついた主が蜻蛉をだっこしたまま
近くの押し入れから掛けるものを探し始め
蜻蛉は思わず『手伝います』と言いかけるが
よく考えると今のちんまり具合では言葉通りの足手まといにしかならず
ではどうするべきか、せめて降りるべきかと迷っていると
ふいに主が動きを止め、ぬいぐるみサイズの蜻蛉を持ちなおしてじっと見ると。

「少し離れるが、すぐ戻る」

と言いつつほっぺたを少しすり合わせ
ぱきっと硬直した蜻蛉をまんばとへせべの間にきゅっと詰めて去っていった。

数秒後。
しゅーと湯気を上げて赤くなった蜻蛉に
まんばとへせべが身を寄せてきて、寒い日のネコ団子のようなものができる。

それは結果を見越した主の意図的な行動なのか
それともまったく気にしてないハグの延長線上の行動だったのか。

時間差で混乱しだした蜻蛉にはさっぱりわからず
今の状態効果なのか頭の上で小さい星がちらちらと回り出した。

そうこうするうち、こういった事に未熟な蜻蛉は疲れて寝てしまい
この時の事は後から思い出そうとしても思い出せない
夢と同格の出来事として処理され
何かの奇跡でも起こらない限り思い出せない案件となったとか。





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