普段なら絶対におさまらない三人を長座布団にまとめて寝かせ
かけるものあったかな、などと思いつつ近くの押し入れをあさっていると
背後からぽきゅというなんとも言えない妙な音がした。
なんだと思って振り返ると、寝かせていた所から這ってきたらしいへせべが
うつぶせに倒れていて、どうしたと慌てて助け起こすと
頭がフラフラしてほっぺたが片方赤くなっていた。
どうやら眠気を飛ばすために自分で自分を殴ったらしい。
「おま・・なにもそこまでせんでも・・」
「千載一遇の、希少な機会を・・惰眠で、つぶすなど、愚の骨頂・・!」
見た目と台詞がかみ合っていないのはもういいとして
とにかく主は文机の引き出しからすずりを探し
冷たいのを確認してから赤くなった頬に応急処置として当ててやった。
冷たかったのかぴゃっというリアクションがきて
そこだけは外見と一致していてちょっと面白い。
「たまに思うんだがな、お前はちょっと生き急ぎすぎだ」
「・・否定はしませんが、いつ終わるか次があるかも不明なこの状況。
今行動しておかねば、後悔必須かと!」
「そりゃまぁそうだが・・」
頬を冷やされながらも手どころか足まで延ばそうとしてくるその執念に呆れつつ
まぁ落ち着けとばかりに撫でてやると両手両足使ってしがみついてきた。
そういやたまにいるよなこんなネコ。
なんかわからんが目ぇひんむいてこっちが引くくらい甘えにかかってくるやつ。
「こうして・・堂々と密着できるのは実に至福なのですが
あらゆる任務のお役に立てず、夜のお供もできない事が実に悩ましく・・」
「おいやめろ。今その話を組み込むとわしにあらぬ疑いがかかる」
「私はそれでも一向にかまいません。
むしろ今だからこそ出来る事を、どうぞ存分に!」
「しません。しまえ。その顔文字」
(>3<)という顔でせまってくる顔は指一本で難なく押し止められる。
この状態、見た目はかわいいが中身は元のままなので
主からすればそのナリで何しでかす気だという危機感が先行して
かわいいという感覚がわいてこない。
おまけにその手は小さいのにがっちりとしがみついてきて
服につけたカブトムシを無理に引きはがそうとすると
どこからかぶちっともげる事例を思い出し、主はさすがに怖くなってきた。
「えぇい、ちょっと落ちつけ。
なんでお前はこっちの方面になると途端にアホになるんだ」
離れない小さい手をちまちま少しづつはがしながら庭に出て
どうにかはがれたカブトムシ、ではないひっつきへせべを
少し高めの木の枝の上にひょいとのせた。
するとへせべは一瞬きょとんとし、どうにか降りようとあわあわするが
今の頭身と手足の具合ではどうにもならず
少ししてからぴたと動きを止め。
じわ
「あ」
口をへの字にして大きな目からぽたぽた水を落とし
わかりやすくべそをかきだした。
「あぁぁあ!すまん!ごめん!今のはわしが悪かった!」
あわてておろしてだっこして、背中を軽くたたいてご機嫌をとると
ずずびーという音がして胸元をぎゅと掴まれた。
「・・・もう、ごべいわく・・かけませ・・そばに、いさせで、くださ・・」
「うん、いていい。いていいから。
ただちょっと、落ち着いてくれてればそれでいいから」
ようやく中身と外見が同じになった状況に見えるが
実は前にも似たような状況(行き止まりの話参照)があったので
そのあたりの事を主は気にせず、懐から出した布で鼻をふいてやった。
「なぁへせべよ。行動力があるのは悪い事じゃないが
あまりぐいぐい来られると、返したい時に返すヒマがないだろ」
その言葉に『?』と顔を上げたへせべのおでこの上、前髪の生え際あたりに
普段なら絶対こないだろう、やわらかい感触が一瞬触れて離れる。
「とは言え、今できそうなのはこれくらいだがな」
その意味を数秒遅れて理解したへせべは
顔から出ていたいろんなものをしゅっと一瞬でひっこめたかと思うと
ぶうわと音が出そうな勢いで周囲にかわいめのお花を発生させ
ほぁああという嬉しさ爆発な顔をした。
「あるじ!今!今一瞬だけでも元の状態に戻せませんか!」
「無茶言うな。そもそも元に戻って何やらかす気だ」
おそらくお返しに倍くらいの事がしたいのだろう。
まともにべそかいてたのも忘れて鼻息荒げる顔をぷにとつついてから
その勢いをやんわり流すつもりで柔らかく抱き込んで頭を撫でてやった。
「よしよし、へせべはいい子だ。だからたまには休んでいい。
わしには下げ渡すやつとかいないから、そう必死になる事はないんだ」
返事のかわりにぎゅと胸元で羽織を掴む感触がする。
何も言ってこないのはおそらく主の言いたい事は理解できるが
休んでいるヒマがあるのなら、もっと主といたいしもっと主に触れていたいのだろう。
ここは主命を取るべきか主を取るべきか。
どちらも主でどちらも捨てがたいが、何しろ今はこんな身。
多少の恩恵はあるものの融通が利かないというのも少々もどかしい。
などと色々一人で葛藤していると
シワがよっていたらしい眉間をむにとつつかれた。
「しかしこうして見ると、結構いろいろな顔できたんだなぁお前さんは」
「・・え」
「いつも落ちつきはらった顔してるから
喜怒哀楽がまともに出るのは今の特権だな」
それはおそらく今の状態の強制力で勝手に出てしまうものなのだろう。
へせべはびっくり顔でしばらくぷるぷるしてから、ぱっと小さい手で顔を隠した。
ただし今は手が小さく顔が大きいのでほとんど隠せていない。
「ははは。へせべが照れた。貴重でたのしい」
「追い打ちはご遠慮ください!」
そこにあせった時の汗エフェクトがぷぷぷと追加され
さらにおもしろい事になったが、主としては元々そんなにいじめるつもりはないので
それ以上は遊ばず『悪い悪い』と言いながら気を紛らわすつもりで
鼻歌交じりに半回転付きのボックスステップを踏んでいると
それで酔ったらしく『・・ご、ごか、ごかんべんを』と抗議された。
え、お前刀なのに持って動かれたら酔うのかと思ったが
よく考えたら通常刀を持って歩くような人は
鼻歌まじりに半回転付きのボックスステップを踏まない。
ともかく部屋に戻って少しぐんにゃりしたへせべを座布団におろし
水でも持ってくるかと立ち上がりかけると
うつぶせにおろしたにもかかわらず、小さい手に袖をはっしと掴まれた。
それはそう強い力でもなかったが主は何も言わず
掴まれた袖をそのままに、ごろりとその場に寝そべった。
そうして二人して黙って動かなくなると
さわさわという枝葉のそよぐかすかな音や
風が入ってきて部屋の中の物をなでる音
遠くから聞こえる男士達の声などが耳に入ってきて
ここには案外いろいろな音が存在しているのだなと今更ながらに実感する。
目の前にいると大体何かしゃべっているか仕事しているか
他の者を説教してるか、特定の条件下でケンカしてるへせべが
今とても大人しくて静かなわけで、つまりは何を思ったのかというと。
「・・何事もない、平穏な時間っていうのも、贅沢の1つだよな」
その言葉でさすがにさっきまでががっつきすぎだと気付いたのか
へせべの後頭部から温泉マークみたいな湯気が発生する。
分かりやすくて面白かったが主はもうからかわず
後からへせべが知ったら歯ぎしりして悔しがるような
穏やかな表情で微笑んだだけだった。
そしてそれからしばらくたったころ。
主は部屋のすみに置かれた普段あまり見ないものを黙ってじっと見つめていた。
その視線の先には一か所にまとめられ、すーすーと寝ている小型の部下達。
事情を知らなければ息をしているぬいぐるみのようなそれは
ちょっとつついてみたい気もするが、さすがに起こすとかわいそうだし
起きたら起きたでまた面倒な事になるのでもちろんやらない。
静かだ。そして平和だ。
子供が安心して眠れる環境は平和なんだなとぼんやり思う。
・・そういえば、子供が一番かわいいのは
寝てる時と聞き分けがいい時だって、どこかで聞いたな。
今なら少しわかる。うん、ゲンキン。
などと思いつつしばらくその様子を眺めた主は
少ししてから起こさないようにそっとその場を離れ、かけられるものを探しにかかった。
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