その変化にまず気付いたのは、どういった風の吹き回し
と言ったら失礼になるが、とにかく細かいことを気にしない山伏国広こと山筋だった。
山姥切国広、つまりまんばのいつも着用している布が,
いつの間にか穴あきのすそボロではなく、どこも破れていない普通の布になっていたのだ。
それはおそらく洗い替えの予備だったものだろう。
いつも古いボロの方を洗濯している間だけそれを着ていて
終わったらすぐ古い方を着用していたが、今日干してある洗濯物にそのボロはなかったから、やっとそちらを着る気になったのだろう。
「おう兄弟。ようやく取り替えたか」
一人もくもくと自分のタンスを整理していたその背中に声をかけると
比較的ボロでない布装備のまんばがぎょっとしたようにこちらを向く。
それは色々と省略された台詞だったが、言いたい事は大体伝わったらしく
まんばは元予備の布のはじを掴みつつぽつりと口を開いた。
「・・替えた、というより、使えなくなった」
「ふむ、そうであるな。
元々痛んでいたものを何度も洗いながら使い込んでいるので
そのうち溶けるか風化するのではないかと心配していたところだ」
「いや、あの、あいつが・・」
「?」
まんばの言うあいつとは十中八九、主の千十郎の事だろう。
という事は主が『予備があるんだからいい加減に替えたらどうだ』とでも言ったのだろうか。
あれこれと腰の重いまんばだが、主の言う事だけは素直に聞くからなぁと思いつつ。
「主殿の提案か?」
「近いが・・違う。古くなってほつれも出てきたから
繕おうと・・して・・くれたんだ。・・一応」
「んむ?」
その言いにくそうな言葉に山筋は首をかしげる。
というのも主は手先が器用で、刀以外の大体のものは自分で作ったり直したりしてしまうので、繕おうとして使えなくなったというのはどういう事だ。
「確か主殿は修繕等には長けているはず・・ではなかったのか?」
「・・・・」
するとまんばは急に黙り込んで少し考えた後
なぜか小さく手招きして近くに来るよう指示してくる。
不思議に思いつつし近寄ってみると、まんばは整理していたタンスの奥の方から
大事そうに仕舞われていた物を出して見せてくれた。
?と思いつつ広げてみて見ると、それは一見しただけではわからなかったが、色合いとまんばの様子から察するに、主に繕われたのだろう元ボロの方の布だった。
だがそれはもうぱっと見ただけでは元がボロとは思えないほどの
繕ったどころじゃない品物になっていた。
まずボロボロだったすその方がそれ以上ほつれないよう元地に近い糸で補修されているのだが、よく見るとその補修の仕方は驚くほど細かく綺麗な草模様で丁寧に縫われており、どれだけ手間をかけたんだと思うほどの状態で元のボロさがほとんど残っておらず、他の弱って穴の開きそうだった場所一つ一つに風に舞う花びらの刺繍がほどこされていて、いつも気になっていた額付近の穴の所には、まんばの髪の色に近い色をしたテントウムシがいて、穴をふさぐようにちょこんとひっついている。
と、思ったがそれはまったく動かず触ろうとしても逃げず
よく見ると平たくて捕まえる事ができない。
つまりそれは本物と見間違うほど精巧に縫われたテントウムシの刺繍で
全体的には豪勢ではないものの緻密な刺繍に彩られたそれは
もうボロの名残がほとんどない正装用の装飾布と化していた。
山筋はそれをしばらく見た後、まんばを見た。
ら。
「使えるか!!少し縫うだけならともかくボロを正装同然に仕立て直してどうする!
どうせ捨てるならその前にいじらせろとは聞いたがここまでする事ないだろう!
繕うだけにしてはやけに楽しそうだったから何も言わないでおいたが
何もここまで気合を入れる必要はないだろうボロなのに!
嫌ではないし迷惑でも断じてないが!勿体無くて使えない!」
などと元予備布を引っかぶって一人長々となげくまんばに
山筋はあまりしない微妙な苦笑いをした。
のんきで大雑把で価値観の妙な主のおかげで多少薄まったとはいえ
独自のコンプレックスを持つまんばにとってこれは困る代物なのだろう。
最後のもったいないという言葉が本音を物語っていて微笑ましいが。
「ちなみに主殿はなんと?」
「・・せっかく上手いこと繕ったのに、タンスの肥やしかと
ちょっと・・残念そうに・・」
そこで罪悪感が出たのかしゅんとトーンダウンするまんばを山筋はしばらく見ていたが、ふと何かを思いついたような顔をしたかと思うと、突然まんばがかぶっていた布をべりと剥がし、抗議する間もなく持っていたタンスの肥やしをずぼんとかぶせ、何か言いかけたまんばを荷物のようにひょいとかつぎ上げて。
「あーーるじどのおおぉーー!もしくはお手すきの方々ぁーーーー!!」
「やぁめろぉぉーーーーー!!」
よく通る公開処刑宣言と一緒に、まんば渾身の絶叫が見事なまでに重なった。
最初まんばはもちろん抵抗して逃げようとした。
が、普段から修行の一環として短刀達を担いだり肩車したりしている山筋は、それを曲芸のような器用さでしのいで回して移動させ落とさず逃がさずを繰り返し、やがてまんばも諦めて観念したらしく、米袋のように担がれたまま手で顔を隠してぴくりとも動かなくなった。
ちなみにどうして布ではなく手でなのかというと、主製の布を傷めたくなかったからだ。
で、そんな状態の二名を最初に発見したのが。
「・・・うん。気持ちはわかる、ような、気はするのだけれど
あまり強引に引き回す、というのも感心しないのだけれど
いや悪い事だとも一概には・・言えないのだけれど・・」
顔を隠したまんばをかついで得意げな山筋というおかしな構図を最初に発見したのは、運がいいのか悪いのか、、多分悪い方なのだろう石丸(石切丸)と、何事にもあまり動じない太郎(太郎太刀)だった。
石丸は何ともいえない表情で何とも言えない複雑な感想をもらし
太郎はどちらかというとその状態よりもまんばの布の方に興味をひかれたらしく、やめたげなよと言おうかどうか地味に迷う石丸をよそに、じーーとまんばを穴が開きそうなほど無言で凝視していた。
山筋がせっかくなんだからと兄弟共々見せてまわりのはわかる。
が、本人の意思関係なしというのは少々強引で乱暴な話だし、けどせっかく綺麗に繕った品をタンスの奥にしまいっぱなしというのも確かにもったいないし、引っ込み思案な彼の性分を鍛えなおすというのも悪くはないが、それを力づくというのも考えものなわけだで、山筋らしいと思えばまぁ納得のいく話ではあるのだが・・・あ、これめんどくさい。
今の主の影響か、途中で考える手間を地べたに落とした石丸は
最終的にうんと一つうなずいて。
「でも良い品に仕上げてもらっているじゃないか。
主の愛情と遊び心が良く出ていて見ていて気持ちがいいくらいだ。胸を張っていいと思うよ」
その途端、全く動かなかったまんばが山筋の上でぎゅっと身を丸くした。
おそらくは照れたのだろう。山筋はいつも通り笑うだけで何も言わなかったが、こういった事の積み重ねは案外大事だと彼は思っている。
あともう一つ、石切は言いたい事があったのだが
そこは空気を読んで、というか言うと悪い方へ流れてしまいそうなのであえて黙っておいた。
一方太郎の方はというと、なぜか一言も発さず丸くなったまんばから目を離さず、無表情のまま遠くからじーーと見るばかりで感想を全く言わないため、顔を隠したままのまんばからすればもういないも同然な静かさだったが、そのあたりの細かいことを山筋は気にしなかった。
「ところで主殿はいずこにおられるかな?朝以降お姿を見かけぬのだが」
それは一見してアバウトな聞き方だったが、自室にいなければ捜索範囲がここのほぼ全域になるほど行動範囲の広い主の居場所を聞くのには妥当な質問だ。
戦うこと以外なら大体はできると豪語する主は
厨房や庭、畑、納屋に風呂、便所、その気になれば屋根裏や木の上、屋根の上にだっていたりする。
それもう主じゃなくて用務員さんなんじゃないかと思うのは置いておくとして
この時はたまたま石丸が居場所を知っていた。
「自室にこもって何かしているようだったけれど
かなり集中している様子だったから少し時間をおいた方がいいかもしれないね」
「あいわかった。ではその間他の場所を回るとしようか。
では!我らこれにて!」
などと言い残しつつ人一人を担いでいるとは思えないほどの軽快さで山筋は去っていく。
なので去り際に太郎が『あ』という顔をしたのには気付かず
残された大太刀二人はそれを見えなくなるまで見送り
石丸の方が見えなくなるのを待っていたかのように口を開いた。
「何か言い損ねたようだね」
「・・言っていいものかどうか迷っているうちに、行ってしまったもので」
「それでよかったのだと思うよ」
「そう・・でしょうか」
「うん、繕い物だと言っていたし、主にそのつもりはないようだし。
どちらかというと、これ以上彼も含めてボロボロになりませんようにとの思いも込められていたようだし。
それに何より、恥ずかしがりやの彼には黙っておいた方が吉というものだ」
「そういうものでしょうか」
「そういうものだと思うよ」
自分より少しだけここでの先輩の石丸の事だ。
そう言うのならそうなのだろうと太郎は納得する。
ただこの時の謎の会話は、他の男士達も気にしつつ最終的には表沙汰になるのだが、この時はまだこの二人だけが知る余談だった。
「・・どうして、人妻じゃないんだろう」
そして次に遭遇してそんな不満をぽつりともらしたのは
ここに来きた当初、好きなものはお菓子と人妻と言い放ち
『うひぃえ』と主にヘンな震撼をさせたつつみ(包丁籐四郎)と、たまたま一緒にいたお杵(御手杵)だ。
身長差のごついこの二人は内番以外でそうつるむ事もないので、おそらくは主が適当に組んだ馬当番帰りなのだろう。
「優しいしおいしいごはんもお菓子も作れるし、洗濯も掃除もお裁縫だってできるのに・・なんで人妻じゃないんだろう。なんでおっさんなの?おかしくない?百歩ゆずっても性別間違えてない?」
「カッカッカ!それは無茶というものである!
ただいつだったか主殿は独り身が長いともらしておられたから
家事全般が得手なのはそれが原因ではないかと思われるぞ」
「・・むーん、ふまーん。つくるお菓子はおいしいけど。お膝かたいけど」
「そもそもおぬし、人妻でもない主に実に上手く甘えておるだろうに、それでもまだ不満か」
「あ、そこは渡世術だからおかまいなく」
突然のらしからぬ単語に担がれたまんばがびくっとしたのはともかく
そこでふと何気なくお杵の方を見ると、あまり興味がないかと思っていた槍はやけに熱心に繕われた布をじーっと凝視し。
「・・すげぇ、やっぱりかなわなねぇなぁ・・」
などと意味ありげな台詞をぽつりともらし
数秒後、集まった視線に気付いてあたふたと慌てだした。
「・・あ、いや!器用だなって思っただけで!
べつに糸の締め方とか針の通し方とか、そんなのはべつに気にしてないから!」
「あ、そういえばお杵さんって主に刺繍か何かならってたよね」
「うわぁ!なんで普通に知ってんだ!?」
どうやらお杵は隠していたつもりらしいが、秒でばれているあたり短刀たちの間では周知の事実で、隠せていたつもりなのは本人だけらしい。
「たまに薬研兄さんのところに手ぇ刺したって傷見せにきてたでしょ?
こっそりしてたみたいだけど、ふつうに目立つし非番の時ばっかりだったし、みんなでそうなんじゃないかって話になってて、何人か見たって言ってたから、そういうことなんだなーって」
「ほう、それは初耳であるな」
日ごろから刺すことしかできないとは言っていたが
まさか自分の手も針で刺していたとかちょっと笑えるが
『俺の知らない間にそんな事してたのか・・』と、担がれたままのまんばから威圧感が飛んできたのを感じ、お杵は仕方なしにぽつぽつと話し出した。
「・・その・・はじめは、針に糸通すの手伝ってただけなんだよ。
戦じゃないがこれも刺すうちに入るだろって。
で、ついでにこれならどうだって、簡単な縫い方教えてくれて
雑巾縫ったり繕い物手伝ってるうちに面白くなってきて
鍛錬に似てるだろって・・色々と、のせられたというか・・なんというか・・」
なんだそれなら別に隠すことないだろうと思うが、まだそれには続きがあって。
「あと尻の所とかやぶいた時に、なおしてもらうのが恥ずかしいし
自分で出来た方がいいと思っ・こら笑うなよ!べつにいいだろ!
自分で出来ることは自分でやっても!」
「カッカッカ!では納得したところで我らこれにて!」
「あ!こら!」
めんどくさい事になる前に山筋は逃げた。
あとまんばが顔ではなく口を押さえていたように見えたのは見間違いではない。
お杵は思わず追いかけて口止めしたくなったが、不毛そうなのであきらめた。
「ねぇお杵さん」
「ん?」
「さっきから言おうと思ってたんだけど、まんばさんのあれってさ・・」
「それは俺もちょっと思ったが、たぶんそんなつもりで縫ったんじゃないと思う」
「そっかぁ・・。まぁそうだよね」
「それよりこのこと、他にしゃべるなよ!絶対だぞ!」
「えー?そんなこと言われてもなー
もうだいぶ広まっちゃってるから、しーらないっと!」
「あ!こら待て!せめてお前はしゃべるなよ!
絶対ムリくさいけどしゃべるなよ!」
などと追いかけっこを始めて結局何事かと周囲に心配され
後々一切合切ばれることになったのだが
その後、お杵は主に頼みにくいちょっとした繕い物をまかされる
ひっそり修繕のお杵さんとして頼られる事になるのだが、それもまた今回の愉快な蛇足だ。
「何だそれ。人さらいの練習か?あいて」
見たままそのままな事を言い放って背中をぺんと叩かれたのは
入った時期は近いけど、性格は正反対なたぬき(同田貫)と坊さん(江雪)だ。
この生き方在り方が逆向きな二人組、なぜかたまにつるんでいて
今回も出くわすなり上記のような事を言い放ったわけだが・・。
「いやいや、兄弟が主殿に一張羅を繕っていただいたのでな。
せっかくなので箪笥の肥やしとする前にお披露目をして回っているのである!」
「引き回しの間違いじゃ・いて。何だよさっきからぼこぼこいてぇな」
「・・少し黙っていて下さい。では仮に、この担がれている方が突然こちらに飛びかかってこられる想定を、はい」
その途端、たぬきの目つきが変わり、ぴたと黙ってまんばを凝視し始める。
これは坊さん考案の『説教等は全く聞かないが、戦闘系のアドバイスなら聞く』という彼の特性を利用した黙らせ方だ。
ちなみにこの二人、在り方性格は正反対だがなぜか価値観の相互作用が発生しており『強さだけでは有事の際に正確な判断はできません』と一緒に瞑想をしたり『戦わなくても身体は基礎だろ』と体力づくりに付き合ったりと、妙な持ちつ持たれつな関係が出来上がっていたりする。
「あの方、常々審神者に向かないと言われていたのはこれが原因なのでしょうか」
「カッカッカ!そうやもしれませぬが、あまり詮索するのも野暮というもの。
刀をまるで知らずとも、戦事に向かずとも、平々凡々良くも悪くもというのも数ある形の一つではないかと!」
「・・そうかもしれませんね」
などと話をしている間にもたぬきの視線にじりじりとあぶられて
じわじわ縮むまんばをたぬきが『なんで動かねぇんだ』とばかりにつつきにかかり
見かねた坊さんがおやめなさいと止めに入る。
事情を知らなければ何が何やらな怪文章だが、気にしていないのか慣れたのか、そのあたりに関してはまるで気にしていないたぬきがふと思い出したようにまんばを指しつつ口を開いた。
「なぁ、ところでこいつ、近侍だよな」
「ん?うむ。今現在はそうであるな」
「で、これを縫ったのは主なんだよな」
「そのようですが」
するとたぬき。問題のまんばをさらにじーと見て。
「・・ってことは、どっちかがしゅ」
と、何かを言いかけたその口を驚くべきスピードで坊さんが押さえつけ
そのまま首もホールドして固定した。
台詞を途中で止められたよりも不意打ちされたのが不満らしいたぬきをよそに
坊さんは『ではお疲れ様でした。堪能いたしましたので我々はこれにて』
と早口で言いながらそのままずりずりと離れようとする。
ワケあり感が隠しきれていないが山筋もそれで何かを察したらしく
『おう、では我らもこれにて!』と何も追及せずどすどすと去ることにした。
まんばとしては何を言いかけたのかちょっと気になるが
坊さんが止めに入ったのなら、おそらくたぬき的に無意識の余計な一言だったのだろう。・・と、思う。たぶん。
なので去る山筋の背中からちらと視線を上げて見て見ると
坊さんとたぬきは二人してわっしわっしとスクワットをしながら
『何でも言えば良いというものではありません』とか
『言わなきゃ何もわからねぇだろ』とかいう言い合いをしていた。
おそらく何らかの説教をしているのだろうが、その間の時間の有効活用として同時に脚を鍛えているらしい。
どうにもアンバランスなくせに不思議と噛み合う組み合わせだが
尻の方から聞こえてきた『おうそこ行かれる方々!』という声に少しの疑念は押し流され、まんばは再び顔をあわてて隠すという無意味な行為に専念する事となった。
とまぁそんなこんなで色々とあったが、山筋としては気をきかせて
まんばとしては巨大なおせっかいにタックルされた気分の山筋行脚は
男士達によって反応は様々で、素直に褒められたりうらやましがられたり
『あぁまたなんかやってる』と苦笑いされたり生暖かい目で見られたり
どこかやぶくと今ある物が凄い物に作り替えられたりするのではないかと恐れられたりしたが、全体として否定的な意見はなく、それらしいのはみやび(歌仙)とキンキら(蜂須賀)が『感性と中身がかみ合っていない』とため息をつきあっていたぐらいだ。
そうして山筋はそんな意見を聞きつつ聞き流しつつ
鼻歌(銭形平●のテーマ)まじりにそこら中をねり歩き、もういいかなと思う頃合いを見計らい。
「主殿ー!今はお手すきかー?!」
どかどかという足音と声高らかに主の部屋の前まで来た。
ちょうどその時には主も用事が済み一息ついていたころだったので、この山筋、やる事は豪快だがたまに空気が読めてタイミングをあわせるのが上手い。
ともかく外の騒ぎを聞きつつも、自室内で書類やメモやら古い覚え書きやらをまとめ、ようやく一息ついてた主は顔を上げ。
「おー、今さっきあいたところだ。
しかしさっきから何騒いで・・うぉわ!?」
そちらを見ようとした瞬間、ぼたと落ちたような降ろされたようなまんばが
ガザガザガザとホラー映画のクリーチャーばりの動きで這いずってきて
膝横の比較的やわらかい所へぼみんと突っ込んできた。
「おいなんだなんだ?!どうしたいきな・・あ」
そこでようやくまんばが繕った布をかぶっていることに気付き
隙間があれば膝下にもぐり込んできそうだった頭をなでた。
「そうか、着てくれたんだな。・・で、どうだ?着心地は。
ちくちくしたり引っかかったりしてないか?」
似合う似合わない以前にそっちの方を気にする主の膝に
まんばはぐりぐりぐりと布が傷まないよう上手に頭をすりつけてくる。
横から見ていれば何をしているのかさっぱりな行動だったが
妙な事に察しのいい主はあまり迷わず山筋のほうを見て。
「悪くはないが、できれば一人で楽しみたいとさ」
「ぬう、それは残念」
最初からそれを言えていれば豪快なお披露目はされなかっただろうに
この現近侍、仕事はちゃんとこなすが基本不器用で立ち回り方がヘタだ。
ただこの主も主でたまに一言多いところがあって・・。
「しかしこうして見て気がついたんだが
なんか嫁入り衣装を縫ったみたいで、ちょっと複雑な心境になってきた、なぁ!?」
実はそこそこの数の男士たちが気をつかって言わなかったその一言に、まんばは突然主の羽織のすそを掴み、脇から頭をねじ込みだした。
「おいこら!どこに入ろうとしてんだ!二人羽織でも始める気か?!」
「うむ!今のは断然、主殿が悪い!」
「えぇ!?そんな潔い見捨て方するか!?
ってこら無理ムリむり!のびるのびるまんばこらぁ!!」
と、普段ならここでへせべ(長谷部)が飛んできてどうにかしてくれる所だが、今回彼はたまたま遠征中で、かわりに駆けつけた蜻蛉(蜻蛉切)がどうにか止めようとしてくれたものの、力技ではどちらの着物を破くかもわからないため、山筋との相談の結果しばし様子見ということになった。
「・・よいのでしょうか」
「よいのだ。あるべきものはあるべき場所にあるのが適切である」
いやそれただの放置だろう。何を他人事みたいに、いや実際他人なんだが、まんばはちょっと身内なのにいいのかよ。
と、腰のあたりに大の男をねじ込んだまま微妙に動けない主はむっすりするが、ただそのまんばが入り込んだ位置。実は帯刀の位置としてはそこそこ正しかったりする。
けれどもそれは主も刀達もそろって自覚の薄いここではあまり意味がない。
ともかく落ち着くか飽きるかするまで放置という事になり
何かあったら呼んでねということで解散することになったのだが
部屋を出る寸前、山筋がふと立ち止まり。
「主殿」
「ん?」
「兄弟をよろしくお頼み申しましたぞ」
「?あぁ、うん」
妙に意味深な台詞を残し『?』という顔をする蜻蛉の背を押して去っていった。
いやどっちかってと、今頼み事したいのわしの方なんだけどなぁと思いつつ
そういった事に鈍感な主は脇にまんばを入れたまま動ける範囲で片付けを始めた。
まぁいいか。へせべが帰ったら何とかなるだろうの精神だ。
がさごそと動きにくいまま書類やメモを片付け
ゴキゴキと首を鳴らして肩をまわし、ついでに目薬をさしたかったが
それは遠くにあるのであきらめ、ちょっと横になりたくなってきた。
「おーいまんば。わしちょっと昼寝したいんだが、出る気ないか?」
しかしまんばは答えないしノーリアクションだ。
出るタイミングを見失ったのか、ただの意地なのかはわからないが
これ以上何かする気がないのなら、もう気にしてもしょうがねぇと判断しておく。
「じゃあもう勝手に寝るぞ。
へせべに見つかるとはっ倒されるだろうから、できたらそれまでには出ろよ」
とは言ったものの、この状態で昼寝しようにも布団もまくらも出せないので
もう最低限でいいかとばかりに敷いていた座布団を半分に折り、それを枕によっこらせと強引に横になる。
途中ごつとかごんとか聞こえたが、忠告はしたので問題ないはずだ。
あ、でもこれはこれでぬくいから悪くないな。ごつごつだけど。
寒くなる時期には悪くないのかもな。寝返りうてないけど。
だがあまり温かいからと過信してると共倒れになりかねん。
歳くってからの油断は怖いからなぁ・・・。
などと考えているうちにいつの間にか寝てしまった主を
しばらくしてそこから抜け出たまんばが真顔でじーーーと見ていた。
さすがに無理な体勢が痛くなってきたのか飽きたのかわからないが
ともかく最終的にちょっとくしゃくしゃになった布を直そうともせず
まんばは黙って主をじーーーと見ていた。
だがしばらく見ていると寒くなってきたのか主が身体を丸くしだしたので、あまり躊躇せず今回の騒動元だった布を広げ、起こさないように主にかける。
それは元々自分の一部のようなもので、なければかなり心細いものだったが、今は主が手がけてくれたもので自分だってもう主のものも同然なのだから躊躇う必要はな
い、と思いかけたのと同時に山筋の置き台詞と
主の嫁入り衣装発言を思い出し、ぶうわと一人で赤くなり
何もかぶっていない頭からうすい湯気が立ちのぼる。
それは誰にも見られていないはずなのだが居たたまれなくなったまんばは
今かけたばかりの布の中へ素早くもぐりこんで丸くなる。
もちろん入りきりはしなかったが、着慣れたはずのそこは不思議なほどのあたたかさと安心感に満ちていて、あっという間に目蓋が重くなってきた。
・・あぁ、やはりこれは使えない。
こんな居心地の良い場所になってしまっては、近侍どころの話ではない。
いやこれは・・こいつがそばにいるためなのか。
こいつがそばにいて、こいつが縫ったものに包まれていては
居心地が、悪いはずが・・な・・い・・・・
そしてそれからしばらく時間がたったころ。
な、ん・・だ、この・・状況は。
遠征から戻り、まずは主に報告をと主の部屋を訪れたはいいが
そこで見た光景にへせべは一人絶句する。
まず目に入ったのは昼寝中の主だ。
いつでもどこでも眠れる子供のような所もまたいいという私情はともかく
問題はそこにかけられた繊細な刺繍が施された布と
そこにもぐり込んだまんば(脚だけだが絶対に見間違えない)だ。
状況からして、山姥切が主のそばについていたのはわかる。
が、そのつつましくも豪勢にあしらわれた布とその仲睦まじい状態はなんだ。まさかどちらかが嫁入りでもしたというのか。いや違うだろう。元山姥切の物のようで、主の手が加わっているようだし、主は何を思ってこのようなものを手掛けたのか。だがかけたのがこいつだとしてもぐり込んだ様子からすると主が嫁でこいつがそれをもらうという構図になるわけがないだろうが羨ましい以前にうらやましくないなどと言えるはずもなくこの場合排除が先かたまごが先かにわとりがとかそうではなく・・
ノンストップで右から出て左へ消える字幕よろしく
思いついたあらゆる事を脳内で垂れ流しつつ、へせべはしばらく無言で立ち尽くしていたが、やがてふらりと動き出し・・。
さらに数分後。
・・え??なんで?どうして状況が悪化してるの??
なんとなく目が覚め、さて起きようかと思った千十郎がまず思ったのはそんな疑問だった。
というのも、寝てる間にまんばの布がかけられて
ついでに本人がくっついていたのはまぁわかる。
が、その反対側にへせべが追加されているのは一体どういったわけだ。
しばらく推測してみるに、怒るか剥がすか蹴るか主を起こすか、いろんな選択肢を迷いに迷い、最終的には判断できずにまんばへの対抗行動という奇行に走ったらしい。
両脇を大の男にはさまれた主は考えた。
今のところ、さして急ぎの用事もないし、夕飯までにまだ時間はあるようだし
あまりゆっくりしないこいつらを休ませるにはいい機会だし・・
ま、害がないなら起こす必要もべつにないか。
そうして細かい事はおろか大きい事もあまり気にしない主は
手近にあった本を掴んで寝転がったまま読みふけるという現実逃避
・・ではなく妥協手段をとることにした。
だが実はもうこの時、両脇にいた刀達は起きていて
まんばは照れと居心地の良さからなかなか起きられず
へせべは主に指摘されるまではもうちょっと、いやもっと、できる事なら永久に、という気で寝たふりを決め込み。
「そろそろよいかなぁ!!ご両ーー名ーーー!!!」
やっぱり気になって様子を見に来たけど声がかけられない蜻蛉にかわり、それに付き合ってみたが途中でしびれを切らした山筋に大声をかけられ、二人そろってびょんと飛び起きるまで主の近くを堪能したそうだ。
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