それは主がこの本丸に来て一年たったころ
つまり審神者(本人は未ださにわと読めてない)になって一年がたったころの事だ。

刀の所持数61(この後まだ増える)。べつにそうしようと思ったわけではないが
いつの間にかそんな数になった男士達を全員集めるとややこしいので
とりあえず近しい者三人、山姥切と長谷部と蜻蛉切をあつめ
主の千十郎は姿勢を正してこうきり出した。

「さて、わしがここへ来て約一年。とは言ったものの、大した事もできてないし
 これからも多分できないだろうとは思うが、とりあえず礼を言っておこうと思う。
 こんなド素人のヘボはにわ(さにわ)について来てくれてありがとうな」

などと深々と頭を下げる主に三人は少しばかり驚いたような様子を見せてから。

「「「何を言いお上げ下さと言われますか」」」

三人同時にしゃべってしまい、大事な台詞がくしゃくしゃになった。
それはおそらく察するにヘボくないから頭を上げろと言っているのだろう。

大体そもそもこの本丸にいる主含む全員がまだ外界との関わりを持った事がないので
他の審神者と比べようがなくヘボかどうかもわからない。

まぁ確かにいつまでたっても審神者をさにわと言えなかったり
刀達の名前をちゃんと読めなかったり(わざとな分も有り)
道具類の使い方をほとんど理解してなかったり(最近こんぺいとうの使い方を知った)
課金の仕方がわからず刀や刀装の最大数がぱつぱつで
全資源を40000ほど余らせていたり(受取箱にも刀装ストック有り)
行事やイベントに置いていかれたり面倒だからと放置したりで
良い審神者かと言われれば疑問な所は多々ありまくりなのだが
それはともかく三人は顔を見合わせてから無言の譲り合いをし
最終的に長谷部ことへせべが現在近侍にあたる山姥切国広
つまりはまんばを肘でつついて発言権を押し付けた。

主の口調は軽いものの結構な正論入りが多いので反論しづらい部分もあるが
そうでない所はきっちり訂正しておかなけばならない。

まんばは少し迷った後、すうと息を一つ吸い込、姿勢を正して口を開いた。

「他の評価や上の判断がどうなのか、俺にはわからないが・・
 あんたは良くやってくれていると思う。
 少なくとも俺は・・いや、ここにいる三人はあんたの事をヘボだとか思っていない。
 嘘でも世辞でもおべっかでもなくだ」

へせべがうんとうなずき、蜻蛉切こと蜻蛉がほっとしたような表情になる。
蜻蛉は口があまり達者ではないし、へせべは逆にむずかしい言葉が多いため
こういった場合まんばのわかりやすく飾らず回さずの言葉は効果的だ。

「それと、俺の事を悪く言うのはともかく、あんたの事を悪く言うな。
 写しの主でも俺の主だ。その主にまで悪評をつける必要はない」
「・・?なんか後ろ向きなのか前向きなのかわからん言い方だなぁ。
 まぁお前達がそう思ってくれてるなら少なくとも
 今のところはなにわ(さにわ)の最底辺ではないんだな」
「どうしてそう息をするように自己評価が低いんだあんたは」
「ははは。誰かさんに似たのかもしれんな。もちろん冗談だが」

ぐっと言葉に詰まったまんばに対し軽ういフォローが入る。
言われてみれば似てないこともないが
この暗いことを明るく笑い飛ばすさっぱり加減は似ても似つかない主本来のものだ。

「しかし言われて思い出したが、そういやお前、元々何かの写しだったんだな」

その途端、まんばはしまったという顔をするが
元々そういった事に素人で、今もほぼ素人な主は頭をかきつつこんな事を言い出した。

「とは言え、一年たった今でも両方の価値や違いはほとんどわからんから
 写し元があったところでどうしようもないんだがな」

はははと笑う主にまんばの膨らみかけていた緊張感がぷしゅーとしぼんでいく。
いつかの特命調査を『なんか気に入らない』という理由で完全放置し
その他イベントや調査類にも消極的で、審神者としてちょっとどうなのと思われる事多々な主だが、まんばにとってはある意味いつまでも変わらないでいてくれる大事な主だ。

「あ、そうだ。一年で思い出したが、確かお前と会ったばかりのころ
 いなくなるとさみしいと言ったのは覚えてるか?」

それはまだ所持する刀がまんばだけだったころ
初陣で重傷をおって手入れを終えた時に言われた台詞だ。

『まだ名前と根暗な性分以外何もわからんから、それ以外の事を知るより前に
 いなくなってくれるなよ。まだ付き合いが浅いとはいえ・・さみしいからな』

ちょっと一言多かったが、思えばあれが最初の褒美だったのではないかと
まんば今になって懐かしく思う。

「・・あぁ、覚えている」
「あれ取り消しだ」

その大事な褒美をいきなりひょいと取り上げられ
ガン!と音がするくらいにショックを受けたまんばだったが主は続けざまに笑って。

「もうさみしいのどうのを通りこして泣く。
 こっそり誰にもわからないように、一人で地味に泣くからな。
 いなくなったらわからんだろうから先に言っておくぞ。覚えとけ」
「・・・・そ・・・・」

そんな事、するな。そんなものは真っ先に俺に相談、あ、その俺がいなくなった時の話か。しかしそれは一番、俺がそばについていたい時の話だろう。ひどいぞ俺がいない時に一人で泣くとか、いやそれを置いていなくなる俺が悪いのか?だがひどいぞ。なんでそんな事を楽しそうに言う。俺がいなくなった時に、一番そばにいてやりたい時に、そんな、しかも確定事項で・・。

おまけに覚えとけとまで言い放つとは、それはもう脅迫か呪いの域だ。
上げて落とすのはよく聞くが、落として上げて縛り付けるとは
短いやり取りの間にどれだけの行為が詰められているのやら。
この主、あっけらかんとしているくせにたまにやたら恐ろしい。

「あぁ、ものはついでだ、へせべ」
「は?」

そうして一人声も出せずに混乱するまんばを目の当たりにし
さすがに気の毒になってきていたへせべが突然ふられた話に素の声を出し。

「前々からずーーーっと思ってて言おうかどうか迷ってたんだが・・
 お前、内番着が驚くほど似合わないな」

ぐほ

喉の奥から何かを吐きかけたような音を出した。

それはぼんやりしていたら横っ面の肉の一番薄い部分に
空気パンパンの新品バスケットボールをぶち当てられたに等しい衝撃だ。

「動きやすさとか機能性はわかるんだが
 最初見た時びっくりするほど似合わないなと思ってて
 多少慣れてからなんでだろうってずっと考えてたんだ。
 ま、至極単純な理由だったってのはしばらくして・・いや、実は最近わかったんだがな」

・・あ、これ、もしかしなくても数秒前と同じやつじゃないか?と思った直後。
心構えもできないままその爆弾は至近距離から投げつけられた。

「いつもの戦着が格好良いから似合わないんだな。
 その印象が強いからくだけた格好するとそんな感じになるんだろ。
 まぁ何が言いたいのかって言うと、いつも何気なく見てたが
 お前、戦着の栄える男前だったんだなぁ、ってことだ」
「そッ・・・・の、よう・・」

な、勿体無きお言葉。
とも返せずへせべは顔を押さえて目をそらし、結局何も言えず咳でごまかしにかかる。

うわぁへせべが照れた。貴重だ愛太とコタ呼んでこようかな。
とはさすがに言わず、千十郎は軽く笑って、次にひょいと何気なく蜻蛉の方を見るので
誘爆を察知した蜻蛉がひいと内心縮み上がった。

「そういや蜻蛉もここに来た時は・・まぁわしの手際もあるんだろうが
 目を離すと重傷になってる乳児みたいな奴だったのに、今やうちの三番手だ」
「・・い、いえ。自分などまだこのお二方に比べれば経験不足の身」

そのお二方が飴の棍棒でぶん殴られて動けなくなっているのはともかく
昔の事をほじくり返されるくらいなら大丈夫かとほっとしていると。

「けどその頃を知ってるわしとしては・・少しばかり寂しい気もするな」
「え」
「手の平にいた小さいヒナが、大きくなって腕にとまり肩にのり
 羽ばたいて自分で飛んで、狩りも自分でするようになって
 そのうちその目には広い大地と空しかうつらなくなるんじゃないかって
 一人で寂しく思うのは、ただの贅沢なんだろうがなぁ・・」

などと少し寂しそうな顔をする主に、蜻蛉は刀装を無視して本体を攻撃してくる
槍を相手にする気持ちがよくわかった。槍だけど。

もちろん蜻蛉は主を置いて飛び去ったりなどしないが
しかし成長するというのは確かにそういう事で、強くなるのは悪いことではないはずなのに、主との距離があいてしまうのは心苦しいし寂しいし、しかし触れれば斬れる自分の事を考えるにそれが妥当とも思えるし、だがしかし主に寂しい思いをさせるというのももっと心苦しいものがあり、かといってあまり主との距離が近いと落ち着かないのもまたしかりで・・

などとぐるぐる考え出して結局三人そろって黙ってしまった近衛達を置いて
その主は笑ってすまなそうに頭をかきながら。

「それにひきかえ、わしは相変わらずの無能っぷりだ。
 必須じゃないとは言え長いこと同じ合戦場で足踏みして
 時々刻々と変わる時代の波からどんどこ取り残されてる」
「「「それは仰います事ではありません!」」」

再び混ざった台詞の後、今度は譲り合いをする前に
まぁ聞けとばかりに主の手が上がる。

「だがきっとその分、お前達や他の審神者達が優秀にできてるんだろうさ。
 わしはそのすみっこの片隅で邪魔にならんようにやれればそれでいいと思ってる。
 と、言ったところでもういるだけでも十二分に邪魔かも知れんがな」

はははと笑う表情に憂いも偽りも一切ない。
それは自分やその他もろもろを知った上での事なのか
それともただ純粋に馬鹿なだけなのか。
それなりに一緒にいるはずの男士達にもわからない。

「つうわけで、いつまでたっても無能なままの主かも知れんが
 それでよければこれからも付き合ってやってくれ。強制はせんがな」

などと一年たっても自己評価も審神者度も低い主はのんきに笑う。
だがそれを黙って聞いていたまんばは、突然すっくと無言で立ち上がると
出会ったころと同じように口をへの字に曲げ
ずかずかと歩いて主の真横にどっかと腰をおろし、なぜかぎゅと距離をつめて密着してきた。

うぉ、なんだ急にと思っていると、残った二人も何か気がついたような顔をし
へせべは仕方なさそうに主をはさんだまんばの反対側へ。
蜻蛉はそれを確認してから主の背後へ背を向けて腰をおろし
主を中心とした謎の陣形が出来上がった。

「え?なんだ?何の陣形だこれ?」

なぜだか突然三方を囲まれて軽く困惑する主をよそに、まんばが密着したまま。

「・・どうしてそうあんたは、悪くないのに、いてほしいのに
 俺のせいなら俺がいるのに、いてやるのに」

などとふて腐れたようにぶつぶつ言いながらぐいぐい押してくるので
意味がわからず頭上で?を散らして困っていると
反対側にいたへせべが寄り添うように支えにきてくれた。

「遠まわしに仰らずとも、直接ご命令下さればよいものを」

その静かな物言いとは裏腹なズド!という鈍い音が背後で起こる。
おそらく見えないように後からまんばを叩いたのだろう。
まんば側からの押す力がなくなった。

「主自ら無能を称されるのであれば、その主より身と力と心を賜りし我らが
 その主のおそばにおらずして何の意味がありましょう。
 主命なくともいついかなる時もいつまでもおそばにッ・・控える所存」

どうやらまんばの言いたかった事はそういう事で
つまりはあまり頼りない主で無能だと自称するのなら
護衛と称して四六時中一緒にへばりついててやるぞという事らしい。

ちなみに途中で台詞が切れたのは
ぼぐっという音がしたのでまんばが叩き返したのだろう。
子供かと思うが、見えない所でやろうとするのは一応大人
・・・なのなだろうか。

「その・・自分は少々邪魔になりますゆえ、ここで控えております。
 御用があれば・・いえ、なくともいつでもお声がけ下されば幸いかと」

そのやり取りを知ってか知らずか蜻蛉が少し申し訳なさげに
でも自分もできれば忘れないで欲しいなと言いたげな声をよこしてくる。
その途端、ぼこどすと地味に小突きあっていた音がぴたりとやんだ。
主に関しては強情でゆずらない二人だが
さすがに蜻蛉の真っ直ぐさと謙虚さを踏み台にする気はないらしい。

両脇にぴったりくっついた刀。背後には少し控えめな槍。
それは主からすれば前を見ていると視界に入らない微妙な位置で
それでもそれぞれに近くにいる事を選んだ刀と槍に、千十郎はその時ふと
ここに来た最初のころに思ったある疑問を思い出した。

なぜこの世界は古い刀に人の形を持たせ、その刀そのものに戦わせるのだろうか。

普通は剣士を育て、それに強い刀を持たせて戦わせるものだろうに
まさか剣士に使う経費をケチったんじゃないだろうな。
そもそもここ、上限つきの現物支給ばっかりでわしに対する給料ほぼないし
店売りする品物だけはやたら多く、期間限定の品物の入れ替わりが激しく
別途料金自腹でお支払いの宣伝はしょっちゅうだし・・。

・・そんなに困窮しとるのかここの偉い連中は。
いいのかオイ。苦しいならちゃんと苦しいって言わんと見栄とか意地とかはっても
最終的にまず間違いなくロクな事にならんぞ。

などとここに来たばかりのころ、方向性のおかしな心配をした事もあるが
刀が人の形をしているというのは、どうやらそんな理由ばかりでもないらしい。

千十郎は額に手を当て天を仰ぐ。
両脇にいた刀達が不思議そうな顔をするが
その口から漏れたのはくっくという笑い声で。

「ぅわ!?」
「え!?」
「ぅぐッ!?」

どうしたのかと聞く前に主は突然腕を伸ばし、両側にいた刀をがっきと抱えこんで
背後にいた槍にどんとぶつかるようにもたれかかった。
槍が一瞬重さでつぶれそうな声を出したが、何とか持ちこたえて踏ん張ってくれる。

「・・いや、まいったまいった。しゃべって動いてこんな事してくる連中を
 通りすがりのド素人に押し付けてくるとか・・」

ここに来たばかりのころ、どんな鬼だと思いはしたが
今ならその意味がちょっとわかる気がする。
上手く使われているだけな気もするが、それもまた流れの上たゆうたう紙の行く末か。

「・・ホントに・・まいったなぁ・・」

はぁ〜ともれるため息がどういった感情によるものかわからないが
まんばはしばらく手をあわあわさまよわせた後、袖を軽く握ってきて
へせべは数秒固まっていたが、やたら満ち足りた顔で主の腕に頬をすりよせ
蜻蛉はかなり迷っている様子だったが、とりあえず潰れないように体勢を立て直し
それでも主が近過ぎて照れるのか、触れている部分の温度が少しばかり上昇した。

「・・あれ?あるじさま何してるんですか?」
「お、なんだなんだ?新手の組み打ちか?」

そしてそんな事をしていると、たまたま通りがかったコタ(五虎退)と
愛太(愛染国俊)がそう聞いてくるので、少し考えた主は。

「安上がり親睦会だ!」

あってるようなそうじゃないような事を言い放ち、愛太の顔がぱぁと明るくなった。

「じゃあ俺らも参加していいか?」
「よし来い!ただし腰はやめろよ。この前ちょっと痛めたからな」
「よっしゃあ!ならそこだー!」

そいやとばかりにすぼんと飛びこんだ先は主とへせべの間にあった隙間で
へせべは一瞬ムッとしたが、今はこの好機を堪能するのが先なのか何も言わなかった。
ちなにみコタの方はまんばが少し場所をゆずってくれたので
そこにおずおずと入って主に少しだけしがみ付く。

「はっは。いやまいったまいった。
 ヘタに足を突っ込んだおかげで実にまいった事態になったもんだ」
「・・俺にはまったく困っているように聞こえないが」
「真意はともかく主が楽しそうで何よりです」
「??何の話かわかんねぇけど、まぁ楽しいならいいか!」
「あの・・ところで蜻蛉切さん、大丈夫ですか?すごく困ってそうですけど・・」
「・・いや重さとしては問題ないが・・主が近いのは、どうにもこうにも・・」

そうしてその親睦会もどき。しばらくはほんわかした空気で続いていたのだが
時間がたつにつれ他の男士達に見つかって
面白がって参加する人数がじわじわ増えていき
面白がって許可を出しまくった主の腰が13人目くらいの追加でイカれ
完治までの約一週間、最初にひっついてきた3人に四六時中張り付かれるハメになった。




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