コンコンコン コンコン

広い屋敷の中から何かを打ち付ける規則正しい音がする。
それは木槌の音で響いてくるのは何かと物事の起こりやすい主の自室前からだ。
見ると敷物をしいた縁側でその主が木製の何かを熱心に組み立てている。

近くにはそれを正座で見ているへせべと
少し離れたところから同じくそれを体育座り見ているまんばがいた。

本当は二人とも手伝いたかったのだが
主が一人で作ると言って聞かないので仕方なしの見学だ。

カンコンコン キィ キィ コンコンコン

三人もいて誰も口を開かないと言う少し変わった状況の中
木槌と木材の合わさってきしむ音だけが響く。

何を作っているのかまだ教えてもらっていないが
最初はバラバラだったそれが図面も見ずに組み上がっていくその様子はそこそこ楽しく
刀二人は手伝いたかった事も忘れて作業に見入っていた。

そうしてどれくらいたったころか。
木製のパーツがなくなり木槌の音が少なくなったころ。

「いよーーうし!かーんせーい!!」

パラララッパッパッパー

というラッパが聞こえてきそうな勢いで主が完成を宣言する。
出来上がったそれは刀二名に馴染みはなくとも
何に使うのかは何となしにわかるものだった。

「主、それは椅子・・なのでしょうか」
「そうだ。ただし見ての通り足元ぐらぐらだから台にはするなよ。
 正しくはロッキングチェア、こっちでは振り子椅子って言うんだがな」

それは西洋の昔話なんかでおじいさんかおばあさんが
暖炉のそばでくつろいでいる時に座っているのを見かけるやつだ。

「畳にゴロ寝ってのも悪くはないんだが
 これで本でも読みながらうとうとするもの悪くないかと思ってな。
 じゃ、使い心地確認」

自分の作った物には絶対の自信があるのか、遠慮なしにぼすんと座り
ぎいぎいゆらして何度か姿勢を変えてひじ掛けの状態も確認する。

「座り心地はまぁまぁだが・・長時間座るにはちょっと硬いな」
「では長めの座布団をお持ちしましょうか」
「・・寒い時期だと膝掛けも必要だと思う」
「お、成る程な。けどそれだと見た目が完全に隠居老人の静かな余生になっちまうなぁ。
 まぁ間違ってもないんだが」

するとまんばとへせべは顔を見合わせ、何か思いついたように挙手してきた。

「主、1つご提案が」
「俺もある。採用できるかどうかはわからないが」
「ん?」

数分後。

ギイ グギイ ミリ ギリリ ギギギイ

クギを使用せずきっちり組まれたその振り子椅子は
さっきまで静かだったのに今はやたらと不穏な音をさせている。

原因は重さだ。
まず最初にへせべが座り、その上に千十郎が座る。
さらにその膝の上に半分突っ伏したまんばが乗って完了。

つまりはへせべが座布団、まんばが膝掛けがわりという図式なのだが
そりゃあ元々一人用のところに2人半の重さがのったら椅子だって不満だろう。

どちらもあまりに普通に代役を言い出すものだから
じゃあ頼むかなと思った結果がこれだよ。
なにこの硬めの生あったかイケメソ地獄サンド。
おいまんば、居心地よさそうにすりすりしない。そこおっさんの太もも。
へせべ、さっきから後頭部ですーすー息吸ってばっかりだけどいつはいてるの。
息は吸ったらちゃんとはきなさい。

「と、いう事をひっくるめてくつろげるかぁ!!」

腹立ちまぎれのツッコミと同時に後頭部に頭突きをし、膝の上に手刀を落とす。

「座布団も膝掛も必要かもだが、それを人体で代用するのは絶対おかしい!
 なんだこのやってみてわかるカオスっぷり!
 硬い寒いよりも前に感触と気配と息づかいが怖いわ!」

なんでやるまでわからないんだという正論はともかく
提案して頭突きや手刀をくらった連中はというとまったく平然とした様子で。

「私は至福です。険悪な空気を器用に投げつけてくる膝かけ刀がなければ」
「俺も悪くない。殺気を小分けで飛ばしてくる敷き刀がなければ」

などと若干トゲのある感想を言いつつどっちもどく気配なしだ。

「座布団も掛け毛布も牽制し合わないし、刀は敷きものにも掛け物にもしねぇよ!
 どっちにしろ両方とも気配がうるさい。そして硬い」

大体これ、一人でくつろぐ時用に作ったんだから
これだといろんな意味で意味ないだろと思いつつ立ち上がろうとするが。

ぎゅむ

「ん?」

膝上のまんばがぎゅっとしがみついてきて
ひじ掛けにしていたへせべの手が手首を固定してくる。

あれ?と思って軽く振り払おうとしても、両方ともしっかり固定されていて離れない。

「・・?おい何してんだ。立つからどくか離すかしてほしいんだが・・」

しかし両名動かない。しばらくガタガタ動いたり引っぱったり
ねじったりしてみたが動かない。

「呪いの椅子か!おいこらお前らこんな時だけ結託するな!
 こんなむさ苦しい状態を維持する必要ないだろが!」

などと言いつつふんぎぎぎと渾身の力をこめても
その状態が気に入ったらしい両名はやっぱり無言で動かない。

これはこれで運動になるが、運動器具を作ったつもりはないし
くつろぐための椅子で筋肉痛になるのも馬鹿馬鹿しい。

「・・やめた、楽をしよう。
 おいくりたー!そこらへんにいるならこれどかしてくれー!」

突然放たれた第三者の名にまんばとへせべが『?』と思っていると
ガタガタガタという不吉な音が上から響いてきて
天井の板が1つガダこんとはずれ、にゅっと誰かが逆さまに出てきた。

顔半分だけ出してじろりとこちら睨むそれは
合戦場以外ではあまり姿を見かけないくりた(大倶利伽羅)だった。

なんで天井裏から出てきたのかというと
彼がここへ来た当初、彼の台詞や態度からあれこれ察した主が
『皆と関わるのが嫌なら別部屋でも作ろうか?天井裏くらいしかないが』
などと冗談で言ったらうんとうなずかれたのが原因だ。

それから彼は寝具一式を自分で天井裏へ運び込んだ後
ずっとそこで生活しているらしく、呼べば出てくるがそれ以外で姿を見ることがあまりない。
事情を知らなければいじめの部類に入りそうな話だが
くりた本人は案外快適にすごしているらしく、呼べばこうして出てくるし
加えて主の放任主義的な部分もあって主との関係はまぁまぁ良好だ。

そんな天井裏くりたは状況をざっと見回してから一度引っ込み
しばらくして足から出てきてすとんと着地すると、無言でつかつかとやって来て
持っていた袋から何かを出し、まんばの襟首からそれを背中へ無造作につっこんだ。

「!!!?!」

その瞬間、声にならない声でまんばが文字通り飛び上がった。
その拍子にチュウという何かの鳴き声が聞こえたので、まさかとへせべが戦慄していると
べりっと無造作に主をどかしたくりたはそれが入っていた薄汚い袋を
へせべの頭にずぼんとかぶせた。

「!!!−−」

跳ねるようにへせべが椅子から転がり落ち
かぶされた袋を掴んで光速で投げ捨てる。
だが気が動転して息を吸ってしまったがためダメージは倍増だ。

そしてまんばが服の中から何かを掴み出し、外に投げ捨てて全身をかきむしり
へせべが内臓をも出さんばかりの咳をする中、一応救出された千十郎はそっと聞いてみた

「・・・何使ったんだ?」
「生ネズミ」

ぼそりと告げられたのは無慈悲極まりない単語だった。
ドブネズミなのかクマネズミなのかわからないが生きてるネズミだったらしく
慣れ合うつもりのない彼は敵どころか味方にも容赦ない。

「大倶利伽羅貴様ぁ!!!」
「主命だ」

掴みかからんばかりの勢いで、いや実際掴みかかって怒鳴るへせべに
反論不能な言葉がすぱんと返される。
このあたりの返しは慣れ合わない彼らしく迷いがなくてじつに早い。
なので行き場のないあれコレを持て余したへせべがぶんと勢いよく主の方を見てくるが
千十郎も助けてもらった手前、やりすぎとは言いにくく仕方ないので。

「・・えと、まぁ、二人とも、とにかく洗ってこい。臭いが染み付く前に」

その言葉が終わると同時にへせべは素早く一礼し
無言で転がり回っていたまんばの襟首を引っつかみ全速力で走り去った。

急いでいたのにまんばを見捨てていかないあたりはさすがだが
頭を下げた時に黒いものが数粒床に落ちたのには閉口する。

「・・・・なぁ、くりたよ」
「慣れ合うつもりはない」

さすがにどうなのと言いたげな主に、くりたはやっぱり素気ない。
けどどこからか持ってきたホウキとちりとりで掃除をし
なおかつ出てきた天井穴をホウキでつついて元に戻すところは律儀で行儀がいい。
悪い奴ではないのだが、加減ができないという点では
へせべやまんばと似ている・・といえば似ているのかも知れない。

千十郎は小さくため息をつくと
今回の騒動の元にどさりと疲れたように腰をかけた。

「・・・まぁ、無理に仲良くしろとは言わんが、ほどほどにな」
「好きにさせてもらう」

言い方はきつそうに聞こえるがそれは彼なりの『気が向いたらそうする』の意味だ。
それを知ってか知らずか主はあまり気にする様子もなく。

「しかし方法はともかく助かった。
 また何かあったら手のすいた時でいいから頼むな」

などと苦笑まじりに礼をいってくるものだから
くりたはなぜかすっと渋い顔をしてこんな言葉を返してきた。

「・・前から思っていた事だが、お前は誰にでもいい顔をしすぎだ」
「?そうか?」

そのうちそれで自分の首を締めることになるぞ
と、言うつもりだったがもうとっくにさっき締められてたのを思い出し
もう手遅れだったなと諦めて言うのをやめる。

審神者だから慣れ合わないとやっていけないのだろうが
しかしこの審神者(?)の慣れ合い方にはどこかボタンを掛け違えたような違和感がある。
そんなのに巻き込まれるのはまっぴらなくりたは深入りはしないつもりだが
手を貸せと言うなら拒まないのが今の彼のスタンスだ。

「・・とにかく気をつけろ。次に何かあったら鼻をつまんでねじってやれ」
「何かある事確定の話なんだな。まぁ効きそうだが覚えとくが」

その返事で満足したのか、それとももうどうでもいいのか
くりたは後始末を終え掃除用具を持って無言で去っていく。

そうして一人になったその場には、椅子のきしむ小さな音と
風が木々をゆらす音しかしなくなった。

「・・人付き合いのキライな奴に、人間関係を諭された」

しばらく後、そんな事実を無意識で口に出した主は
数秒後、ぶはっと吹き出して額に手を当てて笑い出し、その拍子にゆれた椅子が
ようやくさっきの重量オーバーから復帰したような軽い音をさせた。





ちなみに件の振り子椅子だが、どうやらくりたの件が効いたらしく
主が使用している間はまんばもへせべも近寄ってこず
千十郎は当初の予定通り本を読んだりうたた寝したりと
一人でのんびりすごす事ができたそうだ。

なので。

「・・・いい顔をするなと言ったのに」

それはこの前のお礼かご褒美のつもりなのか。
天井裏出入口に置かれたくりまんじゅうとお茶ののったお盆を前に
元々がそんな顔なのかも知れないくりたが一人渋い顔をする。

しかし直接会っていい顔をしているわけでもないし食い物に罪はない。
そもそもあれに悪気はないのだし、地味にこっそりやっているのだし・・。

など思いながらくりたはそれを前にしばらく沈黙した後
手を合わせてからくりまんじゅうを掴んでもさもさ静かに食べ始めた。







戻る