ここ名前のない本丸には、たまにどこからか気まぐれのように荷物が来る。
差出人不明。送り元不明。輸送方法不明。送料不明。
ありとあらゆる事が不明だが、ただ1つだけわかっているのは
それが主の千十郎宛に届いているということだけだ。
今回もその妙な荷物が届いたのだろう。
千十郎の部屋のど真ん中にどんと置かれた白塗りの箱が1つあって
蓋があいたままの状態で無造作に放置されている。
通りすがりにそれをみつけたまんばが中をのぞくと
中にあったのは作りかけの工作のようなもの。
着替え、工具、どこから調達してきたのか見たこともない文字の書物。
干した果物らしきものに、くさいような苦いような甘いようなすっぱいような
とにかく複雑な異臭を放つ紙包みなどなど。
以前から何度か中身を見せてもらった事はあるが、その中身はいつも一貫性がない。
聞けば彼が元いた場所から少しづつ送ってきているらしいのだが
送り主がどれが必要かまったくわからず適当に荷詰めしているとかで
こんな小学生の机の中みたいな荷物になっているのだと説明された。
その送り主とやらもそうだが、それと同じくらいいい加減な受取人が
それを開けっぱなしでどこへ行ったのか。
生ものでも入っていたらどうするつもりだと思いつつ
その荷物、触りたくないが触っていいものかどうか思案していると
箱のすみに何か長細いものが押し込まれているのが見えた。
それは白くてどことなく見慣れた形をしているので
まんばは手を伸ばして他の物の隙間からそれを取り出そうと
・・したがガチャガチャしすぎで無理だったので
上にあった色々な物(まんば的には全部ガラクタ)を1つづつどけ
瓶にみっちり詰められた虫の死骸に悲鳴を上げそうになりつつ
それをようやく取り出すと、彼は数秒後にそれを掴んだままなぜか突然走り出した。
で、そのころ千十郎は何をしていたのかというと。
「あ、これだこれ。日本最大のトンボ、オニヤンマ」
荷物の中に入っていた昆虫図鑑を持って
掃除の途中だった蜻蛉とへせべを捕まえてだべっている最中だった。
「一度だけ実物を見たが、でかかったなぁ。
あとこれの幼虫がヤゴっていうんだがこれの顔も面白くて・・」
「主は昆虫がお好きなのですか?」
子供みたいで微笑ましいなぁと和みながらへせべが聞くと
図鑑にはさんでいたしおりをひらひらさせながら千十郎は答えた。
「そうだな・・好きというよりは地球上で一番種類が多いってところと
生きる上での様々な知恵が集約されてるって所でひかれてるな。
あ、蜻蛉そこから先はやめとけ。毛虫とか卵が山盛りだから」
「うっ・・!」
ちらっと見えたその通りな絵に蜻蛉は思わずそれをばたんと閉じる。
名前に蜻蛉とあるからといって虫がまったく平気と言うわけではないらしい。
だだだだ
だがその時、どこからか騒々しい足音が走ってきて
すぐ近くで急カーブしようとしてどんと柱にぶつかった音がする。
「・・誰だ騒々しい」
主との時間に水を差すなとばかりにへせべが忌々しそうな顔をするが
ずざーと廊下を足の裏で滑るように現れたのはまんばで
いつもの彼らしからぬ様子に一同少しばかりぎょっとする。
そして彼はなぜか手に見慣れない白い鞘の刀を持っていた。
ただしそれには鍔がなく、柄と鞘の境目に少しの金装飾があるだけの
質素でシンプルな刀、というか長ドスのようなものだった。
「あ、お前それ・・」
「アンタは!俺というものがありながら!」
「は?」
「いくら昔の物だからといって隠しておくことないだろう!」
「・・?オイ待て、何の話?」
「以前いた場所から送られて来たということは
俺と会う前から持っていたということだろう!
そうなんだろう浮気者!数は0から数えて1番はじつは2番だとかいッ」
錯乱して何やら不思議なことをわめきだしたまんばの顔に
へせべ無言の掌底打ちが炸裂する。
まともにヒットしたためころーんと綺麗に一回転したが血は出てないので無問題だ。
一応ここでの男士同士のケンカは基本的にはダメで
刃物使用なんてもってのほかだが、血が出ない程度の事なら
多少は大目に見るとの暗黙の了解がある。
ともかく綺麗にふっとばされたまんばを鼻息とともに一瞥して
へせべはぱんぱんと手をはたきながら怪訝そうな顔をする。
「主、新しい刀を入手、もしくは鍛刀したとは聞いておりませんが・・。
蜻蛉切、お前は?」
「いえ、自分も初めて見る刀ですな」
「あぁ、それ多分わしの荷物の中に紛れてたやつだ。
・・なぁまんば、とりあえず落ち着け。でないと後で恥ずかしいぞ」
というかわしはお前さんの中で旦那設定にでもなってるのか。
と思いつつ問題の刀を転がっていたまんばからやんわり取り上げようとしたが
さっと距離をとられて拒否られ、へせべが目つきを鋭くする。
「・・あーと・・あのなぁまんば。浮気どうのは置いとくとして
それ、厳密に言うと刀じゃないんだ」
「?」
「抜いてみろ」
不思議に思いつつも抜き放とうとしたその刀は
きんという音と共にきたあまりの手ごたえの軽さに柄も鞘も落としそうになる。
というのもその刀、本来刀身があるはずの場所に何もないのだ。
抜いた柄の先には刀身がなく、刀身を固定する部分がぽつんとあるだけで
まさかと思って鞘の方をのぞいて見ても、中はまっくらで空っぽ。
逆さにして振ってみても重さも音もなにもない。
つまりその見た目は刀な白いやつ。
鞘と柄だけの刀未満の不思議物体なのだ。
???という顔をしながら千十郎とそれを交互に見るまんばをよそに
へせべが顎に手をあてつつ不思議そうな声を出した。
「模造刀や竹光にしても、刀身が入っていないという点で妙ですね。
後から刀身を入れる予定だったものですか?」
「いや、それはわしがずーーっと昔に作った護身用にするつもりだった品でな。
その当時、こっちのこんな文化にちょっとばかり憧れてて
あまり調べもせずとりあえず形から入ってはみたんだが・・」
混乱するまんばからその刀もどきをひょいと取り上げ
ぱちんと元に戻してから白い鞘をこんこんと小突いてみせる。
「実際には護身なんてほとんど必要なくて
その他の事を色々やってるうちに中身どころかこれ自体の事もすっかり忘れて
こうして送られてきてようやく思い出したってわけだ」
「・・そ・・それは・・なんとも・・」
蜻蛉がかろうじて苦し紛れな感想をうめくが
まんばとへせべは同じ刀の身としてひでぇ、ひでぇよオイと素直に思う。
だがまだ中身ができる前だったのは幸い・・・なのだろうか。
そんな刀達からかなり同情的な視線を向けられているその刀未満を眺めながら
実は結構ひどい千十郎は懐かしそうに目を細めた。
「しかし懐かしいなぁ。これ作ったの、確か兄弟達と仕事を始める前だっけか」
「「「は!?」」」
さらりともれた個人情報に性格はそれぞれ違うけど
主に対する思いだけは一致する3人の声が見事に重なった。
「?どうしたお前ら。綺麗にハモって」
「あんた兄弟がいたのか?!」
「そりゃお前にもいるんだからわしにだっている。下ばっかりだがな」
「では主は長兄なのですか!?」
「んー、順番としては一応な。たしか弟と妹がえーと・・・何人か?
で同期が一人だったかな」
「?いやに曖昧なのですな」
「もうみんな自立しててデカいし、各自それぞれの生活や仕事もある。
おまけに盆も正月も関係ないから全員が雁首そろえる機会ってのもなくてな」
「「「・・・・」」」
「いや別に寂しくはないぞ。どいつもちょいちょい顔を出してたし
今だってたまに連絡もとってるし、前に来た食い物の差し入れも
これだってそこからだしな」
なんで何も言ってないのに答えがくるんだと思われるが
この主、たまにこっちの言いたいことを先読みしてくる時がある。
そのあたりはもう3人とも慣れたのであまり気にしないが
千十郎は聞かれもしないうちから続きを話し出した。
「こっちの守秘義務で詳しくは言えんが、わしが元々やっていた仕事は
たまに顔を出す身内達と情報を共有しながら何かをする、というのが大体だった。
ここに関わったのもその一環でな」
ということは家族ぐるみの仕事だったのかそれとも組織なのか。
聞いても守秘義務があるなら答えてもらえないだろうが
少し気になるとその場の男士達は思う。
「今更こう言うのもなんだが、最初はチラ見だけしてバックれるつもりだったんだ。
しかし蓋を開けてみるといつの間にやらこのザマでなぁ」
「後悔・・しているか?」
長兄なら重要な役どころだったろうにと心配するまんばに
千十郎はまったく沈んだ様子もなく明るく返した。
「後悔するようなひでぇ目にはまだあってないからそれはないな。
大体ここに居座るきっかけになったお前がそんな顔してどうする」
そんな顔がどんな顔なのか鏡がないのでわからないが
おそらく捨てられた犬のような不安そうな顔でもしていたのだろう。
まんばがはっとして顔を隠すよりも早く、頭にどしと手がのってきて遠慮なく撫でてくる。
だが結構乱暴なそれは不思議と痛くない。
「それに今のわしにはこんだけたくさんの部下だの護衛だの目を離せないやつだの
ひっくるめて家族みたいなのが山のようにいるんだ。後悔もなにもあるか」
などと言って少しばかり風変わりな主は
考えてみれば気まぐれと適正だけで勝手に人生台無しにされたような出来事を
あっさり豪快に笑いとばす。
この男、多々いるさわがに(さにわ)の中でも
ヘボ中のハズレだぞと楽しそうに卑下していたものだが
それに反して男士達との親密度だけは不思議と上がりやすい。
「まぁともかく、わしはどこにいても元気にやっとるし
わしの身内も皆死んでないし元気でやってる。それだけは確実だ」
「?どうして断言できる」
「そういう兄弟姉妹だからな」
「??」
さらに疑問が上乗せされ、頭上に?を散らすまんばに
千十郎は笑って手をひらひらさせた。
「ま、そう気にするな。ここの連中もそうだが
口で説明したところでちゃんと説明できる連中でもない」
そういうものだろうか。とまんばは思うが
少しして、ここの連中ということは自分も入っているのかという疑問に当たり。
「もちろん、お前達込みでな」
先読みをしたらしい主がにやりと笑って頭の布をくいと少し引き下げてくる。
ちょっと視界が悪くなるが、まんばはこれが嫌いではない。
頭を撫でてくるのとはまた違う妙な味わいがあるからだ。
「・・会えるだろうか」
「ん?」
「あんたの兄弟姉妹」
千十郎はまんばをじっと見たあと、へせべと蜻蛉にも目をやってから。
「運と縁があれば、もしかしたらだな」
肯定とも否定ともとれない、かなり曖昧な返し方をした。
「ただなぁ、人や物事にはそれぞれ相性ってもんがある。
もし会うことになるとしたら、絶対わしを間にはさむようにな。
あ、へせべ。これ主命だ覚えろ」
「承知しました。後ほど他の連中にも通達し書き付けておきます」
「しかし主、その身内の方々は主の同伴がなければ危険な方々なのですか?」
「場合によるな」
「よるのか?!」
「場合と相性によってはの話だ。まさかそんな事はしないと思うが
もし会うことがあったとしても絶対に、誓って、ケンカだけはするなよ?
かなり気の短いやつや理屈の通じないやつもいて戦闘力もそこそこあるから
最悪の場合、資源に逆戻りすらしない」
「・・・・・・」
なんだそれ。あんた身内に溶鉱炉でもいるのかと思うような話だが
主はさらに驚くべきことを口にする。
「そうだなぁ、この中でまず一番危なそうなのはへせべだな。
よく覚えとけ。わしの身内とケンカはするなよ?主命込み、冗談抜きでな」
「「え!?」」
まんばと蜻蛉が普通に驚く。
一番言いつけを守りそうなのに一番に喧嘩しそうとはどういうことだ。
へせべもそのつもりらしく涼しく笑って首を振る。
「はは、ご冗談を。主の血縁縁者とどうして私がそのような事を」
「じゃあ聞くが、もしある日突然名乗りもしないやつが
『千十郎って名前のク●野郎を出せ』とか言って門を蹴りつけてきたらどうする?」
「斬首します」
「ほれみろ案の定!」
「・・いえその、さすがにそこまで無礼な輩ですと致し方ないかと・・」
どっちもどっちな例に蜻蛉が申し訳なさげに言ってくるが
実際にそんな奴を知っている千十郎は一応の補足をつけてくる。
「生き方働き方によっては礼儀礼節の言葉すら知らないやつだっているんだよ。
・・あと教えても覚えなかったってのもあるがな」
「あぁ、多少汚れますが首を(ビビーブー)して門前に吊るしておくのも一案かと」
「ケンカもそうだがグロ案も却下!とにかくまんば!蜻蛉!気をつけてやってくれよ!
こいつ普段賢いけどわしが直で絡むと何しでかすかわからん!」
「・・わかった」
「し、承知しました」
「通常の処置かと思いますが、せめて片腕の一本でも・・」
「ダ、メ、で、す!大体身内が身内のことメタクソに言うなんて普通の
・・事じゃないんだったか。お前の場合(時代)は」
悪く言っただけで首が飛び、悪いうわさだけでも周囲共々処罰される。
そんな時代もあるにはあったが、そんな物騒な風習は今は必要ない。
もしまだそれが残っていたらこの空っぽの刀にだって刀身が入っていて
ヘマをした部下を自らぶった切る羽目になっていただろう。
平和って大事なんだなと千十郎は今更ながらに思う。
「・・しかし身内はともかく、どうするかなぁコレ。
使い道としては丸腰ではありませんよっていう軽い脅しくらいにしか使えんが」
「それでよいかと思います。主の身辺は我々がお守りしておりますので
主自ら刀を振るう機会もそうありませんし」
「そうですな。鞘の強度にもよりますが、いざという時に防御にも使用できるかと」
「お、なるほど。じゃあそうするか」
そうしてその質素な実は刀じゃない刀は主人の腰に無造作にさされた。
着物もそれも白いのであまり見栄えはしないが、確かに丸腰よりはいくらかさまになって
へせべが眩しそうに目を細めた。
「よくお似合いです主」
「・・うーん、しかし坊さんじゃないが戦えそうに見えるってのも
厄介ごとを避けるって意味ではあんまりいい話じゃないんだがな」
「ですが格下ととられない事は重要です。
敵が卑怯な輩である場合、格下と判断されると狙われる確立が上がりますゆえ」
「あぁ、それはあるな」
といってもそれは卑怯な輩限定じゃなくて、生き物全般に共通する
弱い方が仕留めやすいっていう狩りの成功率を上げる本能的な知恵みたいなもんだが・・。
なんて事を考えていると妙に静かだったまんばがふいに挙手して。
「・・そこ、俺が入ってもいいか?」
と、今腰にさしたばかりの刀未満を指してそんな事を言ってくる。
「は?!なんで!?」
「そこならあんたに一番近いし、護衛も兼ねられる」
「いやでもお前、ここにおさまったら山姥切じゃなくならないか?」
「別にいい。俺は本物でも偽物でもない、あんたの山姥切国広だ。
どこに収まっていようがあんたが持っている限り、俺は俺だ」
やろうとしている事は子供同然だが、締め方が男前なこのギャップ。
何か言いかけていたへせべがしぶい顔で閉口したのを横目に
千十郎は頭をかいて苦笑いをする。
「うーん・・そりゃあそうかもしれんが、やっぱりやめとけ。
これはわしが適当に作った想像上の刀みたいな何かで
そんな所に入ったらそれこそ正体不明の不思議得物になるぞ。
大体お前、わしにお前をぶん回して前線で戦えってのか」
「む・・」
「それにこれは長いこと存在を忘れられてたもんだから
下手するとまた何年も忘れられてホコリとクモの巣まみれになるかもしれんぞ?
それでもいいか?」
さすがにそれは嫌なのかびっくりた顔でぶんぶん首をふるまんばに
千十郎は少し笑いながらその頭にぼすと手を置く。
「それにな、これはお前たち全員に共通することだが
今の姿じゃなくなったらこうやってねぎらいにくくなるし
何を感じてどういった気持ちでいるのかもわからなくなる。
刀としての性能がどうのとか常時そばにいろとか贅沢は言わんから
あまり変わらんでくれるか」
するとまんばは急に目を見開き、かぶっている布を顔の前でかき集めて
頭隠して尻ノーガードな状態で丸くなる。
照れ隠しのつもりだろうが照れているのが丸わかりだ。
「ほら、わかりやすい。ただの刀だったらこうはいかん。
お前たちのそういうところわし結構好きだ。
ほらへせべ、怖い顔するな。撫でてやるからこっちおいで。
蜻蛉も来い。遠慮するな」
丸くなったまんばを撫でている千十郎のそばに
しゅっと素早く正座したへせべが加わり
少し遅れてから遠慮がちにしゃがみこんだ蜻蛉が加わる。
うん。やっぱり寂しくないしそこそこ楽しい。
実物の刀はなくても不自由してないし、これはこれで結構なかなか。
兄ちゃんへんな事に巻き込まれたけど、案外楽しくやれてるぞ。
見た目はいいけど中身が良くも悪くも個性的な連中を順番に撫でながら
千十郎は弟や妹、あと同い年の片割れのことを思い出しながら自己完結した。
ちなみに荷物から掘り出された白い刀もどきだが
見た目はまぁ綺麗なので普段は千十郎の部屋に飾っておき
護衛のいる外出時には丸腰じゃないですよアピールに。
ついでに短刀達とのちゃんばらごっこにも使われるようになったりで
打刀と太刀の男士達から同情の目で見られることになったとかなんとか。
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