さてどうするか。特に目的も行先も考えてないが
とりあえず人の流れにのって適当にいくかと思いつつ
人混みにまぎれてぶらぶらと歩いていると
ふいに背後から手首をがっと掴まれた。

「うお?!なん・!」
「俺だ」

誰かと思ったらそれは追いかけてきたらしいまんばだった。

「おま・・っ!いきなりおどかすな!」
「いや、その・・急いでいた」

というのも誰がついていくかで三人で少しもめて
追いかけるのに少し時間がかかってしまったのと
一応平和的な解決をして護衛が自分だけになったが
人混み慣れしていなくて普通に慌てたとか理由は多々あるが
それを一つづつ説明できるほどまんばは饒舌ではない。

「それで・・急で悪いが、護衛につく。長谷部達と相談して、俺になった」
「?へせべと一緒だとダメなのか?」
「それは・・どうやっても、喧嘩になるから・・」
「あぁ納得」

確かに護衛任務中にお互い牽制しあって小突き合ってたら
護衛の意味ないよなと即座に納得する主をよそに
いつものマイナス思考が発動したのか暗くても見分けやすい白布が猫背になった。

「・・邪魔なら・・戻るが・・」
「いや、お前が同伴となると予定は立てやすい」
「いいのか?」
「悪いわけあるか」

などとほがらかな笑顔で迷いなくそう返され
余計な事だったのだろうか。あとこんな場所だと俺は役立たずなのでは
という用途不明の申し訳なさが、桜吹雪にどしゃーと水洗便所のような勢いで押し流された。

「・・なら、いる。一緒に。邪魔にならない程度に」
「うん。ただしわし、結構無計画にうろつくぞ」
「見ておくし、ついていく」
「人混みにもまれて見失うかもしれんが」
「気をつけておけば大丈夫・・だと思う」
「あと一応聞くが、せっかくの自由時間だってのに
 わしの護衛と監視なんか組み込んでていいのか?」

するとまんばは少し驚いたような顔をしてから
うつむき加減で主の袖を少し掴んできた。

「・・なんかじゃないし、監視でもない。俺にとっては・・大切な事だ。
 そもそも俺は、時間をもらっても有意義に使える自信がない。
 だから、その・・」

ぎゅと袖を掴む力が強くなり、とっさに掴んだのが手ではなくてよかったと
お互い心の片隅で余計な事を思いつつ。

「今はあんたと一緒にいることが
 俺の一番いい、時間の使い方だと思ったから
 だから、一緒にいる事は・・なんかとかじゃ、ない」

どうにかそう言い切って、どすと軽い頭突きをしてくるまんばに
まんばからは見えなかったが主が少し申し訳なさげな苦笑をした。

「・・そうか。すまんな。色々と」
「・・あんたが謝る事じゃない」

ちなみに袖を掴んだ手はそのまま離れることなく
そのまま一緒に人通りの多い道を歩き出すことになる。
普段なら人目が気になるがところだが今は人が多く
雑多にぎわいの真っ只中なので誰も気にする事はない。

加えてこの二人は一緒にいる事が多いので
たまにすれ違う男士達に見られても『あ、一緒だ』という認識にしかならず
見た目にはいつもと何ら変わりがなかった。

ただ少し歩いてみて分かったのだが
まんばから見る主はいつもと変わらず普通に歩いているように見えても
人の波や集まりを上手くよけて歩くので
少し後ろからついていくと、とても歩きやすいのだ。

人の流れに上手く乗り、横切る時は人が途切れる頃合いを見計らい
人混みで見えにくい子供がいてもちゃんと察知してすいとよける。

護衛を買って出たものの、人混みが苦手で内心不安だったまんばだが
その真っ只中にあって主の近く、正確には隣の少し後というのは
何というか安定感と安心感があって、人目や騒がしさがまるで気にならない。

が、よく考えると護衛についてきているのに
背後に隠れて安穏としているというのはどうなんだ。
俺はただついていくだけしかできない無力で無能な・

「お、飴の・」

どす

「ぐえ」
「あ」

などと一人で自己嫌悪を始めて一人でしょげかけていると
何か見つけて足を止めたその背にまともにぶつかった。

「・・おい、いくら牽引されてても前は見ろ。せめてわしの後頭部」
「す、すまない」
「へせべもそうだが、たまには視線を変えてみろ。
 特にこういうのは今しか見れないもんだし」

こういうのと、言われて視線を移すと
目に入ったのは細かい色彩の粒がカゴにもられた色鮮やかな店先
つまり飴屋の屋台だ。

「ま、とにかく買っていくからな。
 おーいおやじー、そこの袋入りと、これとそれとここのも
 あとそっちのを包んでくれ」

慣れた様子で店主と交渉して小粒の飴を袋に詰めてもらい
他にも元から詰められていた袋も指定し。

「で、まんばよ」
「?」
「買ってやろう。どれがいい?」

まんばにだけ予想外の事を当前のように言い放ってきた。

「‥・・・・‥。俺、に?」
「そう。お前に、だ」

するとかなりの間をあけた後、まんばは草刈りの途中
間違えて大きめカエルを素手で掴んだような顔をした。

「・・お、俺に、選べ・・と??」
「お前このままほっとくと、ついてくるだけで終わりそうだから
 後で食べられて土産になる、かさばらないものがいいと思ったんだが」

確かに今のまんばは主についていく以外の事をまったく考えておらず
突然飴玉のどれが欲しいかと聞かれても
写しがどうとかいうのを差し引いても、まったくもってわからない。

その急な選択肢に固まったまんばに、主は少し首をかしげ。

「むずかしいのか?」

そう聞くと少し間をあけてうんとうなずいたのを確認し
それも予想していたのか迷わず次の行動に出た。

「ならわしが勝手に推測で選ぶぞ。二つづつ」
「え」
「え〜・・・確かこれと、これと、これと・・あとそれもだったか」

まんばは正直驚いた。というのもあまり迷わず指定していったのは
まんばが一瞬見て選ぼうかどうか迷っていたものばかり。
それに菓子の好みの話なんてした覚えもないのになんでだ
というのが様子でわかったのか、財布をごそごそしながら主は言った。

「普段食べる時の目線とか早さとか、様子の違い。
 あとは・・ナイショだ」

見ていないようで実は見ているという事実
そして笑みと一緒に口の前に立てられた人差し指に色々と持っていかれ
まんばは思わずその肩にごんとうつむき加減でぶつかった。

「いて、なんだ、違ったのか?」
「ちが・・わないが、ちがく、ない」
「?どっちだ」
「間違ってない、が・・最後のが・・心臓に、悪い」
「??なんだ?なんでねじる?」

などと頭突いてねじるというイチャついてるようなそうでないような様子を
袋詰めしていた店のおやじが怪訝そうにチラ見してたのはともかく
まんばの手に渡った色とりどりの飴が入った透明な袋は
屋台の暖かい光に照らすとくすんだ宝石のような何とも言えない味わいになり
まんばはしばらくそれを目線にかざして何度も見て。

「見てていいが、たまには前も見ろよ」
「・・あぁ」

どっちが護衛してるかわからないような状態になり
遠くからその様子を何度か見かけた短刀達からは
主の方がまんばの引率をしているのだと思われたそうだ。

「で、タレと塩を一本づつ。
 そっちのは半切りにして分けて包んでくれ。
 それからそっちは土産用に一袋。冷めてるのでいいから頼む。
 釣りはいい。とっとけ」
 
それに加えて主は対面での買い物が妙に上手く
複数の露店で同時に買い物をするという強お一人様っぷりを発揮し
出来上がったものをまんばの方にぽんぽん渡してくる。

「ほいこれ、ここが熱いからこっち持てよ。
 あと二つはくるから片手は使えるようにな」
「ちょ・・待て、どれだけ買うつもりだ」
「あと留守組のみやげも買う気ではいるんだが」
「あまり持つと転んだ時に悲惨な事になる。それは帰りにしろ」
「?そこはお前がいるからどうにかなるだろ」

さも当然のようにそう返され、まんばは数秒固まって。

「・・だ、としても、余裕はあった方がいい。俺はそう万能じゃない」
「む、そうなのか」

言われて初めて気が付いたようなその様子に、まんばは軽い怖さを覚えた。

それは今まであれこれ世話を焼いてきた弊害か
はてまた愛太と同じ祭りのテンションで感覚がマヒしているのか。
どちらにしろ、一人にしなくてよかったと思いつつ
食べ物を色々と少量づつ買いこみ、それをがさがささせつつ歩いていると
まんばはふと、人の波から離れた山道のような場所を歩いているのに気がつく。

不思議に思いつつも黙って後をついていき、たどり着いたのは
見晴らしがよくかつ人が行き交う道を見下ろせる丘の上だ。

こんな所があるのかと思っていると、主は丁度いい大きさの岩の上に腰かけ
ここ座れとばかりに隣をぺしぺしと叩いてきた。
出る幕がまるでないような気もするが
まったく気にしてない主ががさがさと食べ物を出し始めたので
悲観的になっている暇はない。

「あっつ、うま。作れない事はないが、外で食うと、なぜか味が違う不思議法則」
「・・あわてるな。こぼす、よごす、ヤケドする」

などとやりながら半分になった串焼きなどの食べ物類を
主は当たり前のように半分まんばの方に渡してくる。

そのいわゆる半分こは以前から時々見かけていたもので
最初はさすがに困惑したものの、親鳥がヒナにエサを分け与える気分なのか
単なる小食なのかわからないが、短刀から槍、大太刀、薙刀までかまわずやるので
おそらく親の気分なのだろうとまんばは思っている。

そうして買ったものを半分づつ食べながら様子を見ていると
主はもぐもぐしながら下に見えるにぎわいを熱心に見ていて
その横顔は穏やかながらに楽しそうだった。

「・・楽しいのか?」
「そこそこにな」

迷いなくそう言い切った主は視線をはずさないまま
串焼きを飲み込んでから話し出した。

「活気があって、生死がかかってなくて、ほどよい欲が動いてて
 恨みしがらみ勝ち負けもない。
 愛太がはしゃぐのも、なんとなくわかる」
「なら下で見る方がよかったんじゃないのか?」
「ここから見る方が全体的に見れるし邪魔にならないし
 あとお前は人混みより静かな方がいいかと思ってな」
「べつに、俺に合わせなくても・・」
「いいんだよ。いつもわしに付き合わせてるんだから、これくらいさせろ」

別に嫌々付き合っているわけじゃないんだがと思いつつも
それをうまく言葉で返せないまんばをよそに、主はさらに続けて。

「あとこうして誰かと時間を共有するのも
 近ごろになって悪くないかと思ってな」
「・・そうか」

何か今、すごく重要な事を言われた気もするが
それに関してはまんばも同意するところなので静かにそれだけを返す。

「なぁまんば」
「?」
「現世は好きか」

そのやたらざっくりした質問の意味はよくわからないが
それがどんな意味を持っていたとしても
今のまんばには1つだけ、言えることがある。

「・・少なくとも、ここはいい」

あんたの隣。と小さく付け加えたのが聞こえたかどうかは不明だが
そうかぁと言って笑う主も、まんばの数少ない好きなものの一つだ。

「・・あんたにはないのか。そういう場所」
「ん?んーむ・・あるといえばないし、あるといえばない
 ・・いや、ない、ある、ない・・かな」
「どっちだ」
「どっちだろうなぁ・・。なにせ断言するとろくな事にならん」
「?」
「じゃ、次これだ。海の方のタコを使ったたーこやきー」

テッテレーという妙なテンションで開封されたのは
爪楊枝が二本ついている明石じゃない方のたこ焼きだ。
タコが主原料じゃないけどな、とか言いながら楊枝を手にしたのを見ていたまんばは
ふとある事を思い立ち、おずおずと手を上げた。

「・・あの、出来れば・・あれをしたいんだが」
「?あれ・・って、どれだ?」
「一つ・・こう、相手の口に入れる・・」

簡素な台詞と軽い仕草だけだったが、主は少し考えて察してくれた。
それはへせべ(長谷部)に見つかると怒られる、今しかできないあれだ。

「あぁ、あれか。しかしこれ、不向きだぞ」
「それでも、やってみたい」
「そうか?じゃあ・・ほれ、あーん」

楊枝に持ち上げられたたこやきが一つ、顔の高さで差し出されてくる。
礼儀や行儀、あと嫉妬の面でへせべに怒られるだろうベタなそれは
そういった感覚にぶめの主のおかげでほとんど躊躇なく実行された。

まんばはそれでも一応なのかクセなのか
周囲に誰もいないか素早く確認し
最後にちらと主の顔を見てからはくりとそれを口に

「!!」

入れて噛んだ瞬間、中から出てきた熱さに飛び上がりそうになった。

「ほら不向きだ。あ、いやここはわしが気を利かせればいいのか」

そう言って一人で何かを納得した主は
楊枝を二本使って1つをきゅっと半分にきってふーふー冷まし
半分をまず自分で食べ、残りの半分を持ち上げ。

「ほら、今度は適温だ。あーしろ、あー」

どこかの特殊なカフェでされていそうな攻撃力倍増なそれに
まんばは一人絶句した。

このへんの意識がからっきしな主には、照れるとかためらうとかいう迷いがなく
どれもこれもがいつもの延長線上でしかないらしい。
ちょっと釈然としない部分はあるものの
この今この場合、まんばに拒否する理由はない。

差し出されたそれを口に入れてみると
今度はちゃんと適温で、味がどうとか萌えがどうとかいう話はさておき
なにか、すごく、言葉にしづらいが、いい。

「俺も・・やってみたい」
「今のやつをか?」
「あぁ」
「かまわんが・・なんというか、もの好きだなぁ」
「なんとでも」

そもそも主があんただしなと思いつつ
さっきの動作を真似て半分のものを作り
ふーふーして一つ自分の口に入れて確認をし、残りをさらに少しさまし。

「・・できた。あー」
「あー」

一切のためらいなく口をあけた所にぽんと入れてやる。
その一瞬、思わず無防備な口を塞ぎたくなったのはナイショだが
当の本人はもぐもぐしてから『意外と楽しいなこれ』
などと屈託なく笑うものだから、まんばはいろんな感情がごっちゃになって
文字にもできない不思議な顔になった。

「・・え、なにそのツラ。なんの感情??」
「俺だけ・・」
「ん?」
「・・不公平だ。俺だけ」
「?かつおぶし多い所がよかったのか?」
「いや、そうじゃなくて・・」

そうじゃなくてもっとこう、今の心情や言いたいことを
うまく言葉や態度にして表に出せたのなら
このもどかしさをどうにかできたかもしれないが
残念ながらまんばは表情豊かで口が回る方ではない。

例を上げるなら長谷部が気の利いた対応をとれただろうが
しかしあれはあれで・・ちょっと行き過ぎた所があるし
たまにこいつから微妙な顔をされている場合もあるので
一概に良い例かと言われるとちょっと、いやかなり疑問なところも・・

「あ、そうだまんば」
「・・・、ん?」
「いつもありがとな」

などと釈然としないまま一人でもごもご考えていると
なんの予兆もなくそんな言葉をさらりとかけられ
まんばは一瞬なんのことか理解できず
かなり間をあけてからビクッとした。

「な・・なん、だ、いきなり」
「いや色々とひっくるめて。
 まず得体の知れないわしの所にいてくれるのは元より
 世話焼いてくれたり心配してくれたり、見捨てないでくれてたり、とにかく色々と」
「そ・・っ、れは・・!」

ほぼ全部、俺の台詞だ!!

という言葉は脳内で反射してカケラも口から出てこなかった。

いや 言え、言うべきだ。言わなければ伝わらない。
とくにこいつの場合、言っても伝わらない事が多いからなおさらだ。
それに今なら他に誰もいないし、普段言えないような事も言える絶好の機会。
たまには思ったことを口に出せとも言われた事だろう。

正しくは『テンパって頭突をかます前に、先に思った事を口にしろ』なのだが
ともかく短い脳内会議の後、まんばはなけなしの勇気をかき集めて。

ふひょろ〜〜  どーーん!!

何か言おうとしたその瞬間、決意を削るような間抜けな音の後
身体を震わせるような轟音が響く。

それは定時に上がると言われていた打ち上げ花火だ。
ただ二人のいるその場所は打ち上げ場のすぐそばだったらしく
音と光が強すぎて花火を楽しむとかいう距離ではない。

「あっはっは!そういや近すぎた!うるせー!」

情緒も風情も雰囲気も轟音と閃光にかき消され
主が笑いながら『片耳ふさいどけ』という身振り手振りしたのを皮切りに
周囲が断続的な轟音と強烈な光に支配された。

ひゅーどごーーーん! どーん!パーン!

それにしてもうるさい。そして近い。
片耳をふさいだのでかなりマシな方だろうが
それでもうるさいのを通り越し全方向から音に押されている気分だ。

ただ主はわかっていてこの場所を選んだのか実に楽しそうで
残りの串焼きをかじりつつ爆音の中でもかまわず何かしゃべっていた。

ほとんど聞こえなかったがしゃべり方や様子からして
『楽しみ方はおかしいだろうが、これはこれで面白い』
とでも言ってるのだろう。

「あとお前といるのも大・」
ドーーン!!パパーーン!!

何でもいい方向に考えられるんだな、俺と違って。
などとと思っている合間の一瞬、途切れた音の隙間に
ものすごく大事な台詞が挟まっていたのが耳に入り
まんばの耳が周囲の轟音を自動で遮断しにかかった。

この時まんばは知らなかったが
こういった大事な時に上がる打ち上げ花火は
大事な台詞、おもに告白や甘めの台詞などを
勝手にかき消していく特性があるのだ。

おい今、凄まじく重要な話をしなかったか?
いやしただろう。そのつもりはないんだろうが
あんたたまにそういう大事なことをこっちの心構えも気にせずに
突然ぶつけてくるだろう無意識で。

などと軽く混乱している間にも轟音と光は遠慮なくその続きをかき消し
その間に何かを言い終わったその口が、周囲のやかましさに似つかわしくない
実に穏やかな笑みに変わった。

そこでまんばは確信した。
この主、内容はわからないが今感謝と慈愛ののった言葉をよこしてきた。

ならば俺はどうするべきか。
そうだ、さっきの続きだ。言葉にしなければ伝わらない。
俺ばかりが受け取るばかりでは不公平だ。
たとえ今、伝わらなくとも!

音と光と場の空気に後押しされ、まんばの手ががっと主の手を掴んだ。
少し驚いたような顔をされたがかまわなかった。
すうと息を吸い、その手を両手でぎゅっと握り
なけなしの勇気をかき集め。

「・・お、れは!!」

『ん?なんだどうした?』という顔の主に向かって
普段なら言えない思いを、ちゃんとした言葉として出し始めた。

そしてその後の事は、その場にいた二人にしかわからない。
ただ一つ言えたのは、その大事な事を言い切る数秒間に
花火が気をつかったのか、はてまたただの偶然か。
まんば渾身の台詞は音と光にかき消される事なく
一字一句がっちり主の耳に入った、とだけは記載しておこう。




そして花火も終わり、集合場所にあらかたの人数が集まったころ。

「おーい、野郎どもー、ちゃんとそろってるかー?」

間違ってはいないが雑な言い回しをする主に対し
点呼と確認終了の返しをする声があちこちから返ってくる。

「愛太の組も戻ってるな」
「はーい、そろってまーす」
「一名電池切れしてますけどな」

見ると全力で楽しんで力尽きた(寝た)らしい愛太をおんぶしているタコ.。
そばにはげっそりしたメ助に肩を貸しているほたがいて
肩を貸しているつもりだろうが身長差でつっかえ棒のようになっていた。

「いやぁ大騒ぎはしましたけど、その分帰りは楽でしたわ」
「補助つけてくれてたから、ちょっと楽できた」
「お、そうかそうか。メ助、すごいじゃないか。
 ちゃんと役にたって歩いて戻ってきて」

ほめ方の基準がおかしい気もするが
送り出した時の状態とメ助の性質からして妥当な線なのだろう。

「わしとしては途中でふり落とされて、誰かに回収されるかと思ってたが
 予想に反したな。わしに嘘つきおって、このエセダメ刀め」
「・・・ん?ん?え?」

疲労のためどう解釈していいのかわからず混乱するメ助をよそに
主は世話焼きの太刀を数名集め、凸凹したメンツの帰り道の世話を頼む。
そうして解除されていく、たまにどれが保護者かわからなくなる面々をよそに
声をかけるタイミングを計っていたへせべが寄ってきた。

「ところで主。そこの護衛は職務放棄を?」
「いや、護衛と付き添いはちゃんとしてくれてたんだが
 花火の終わりかけに、ちょっとな」

というのもさっきから主の真後ろで
影に同化するかのようにまんばがうずくまり
どよんという空気を目に見えるくらいに醸し出していて
祭りの後になんでそんな状態なんだというほど目に見えて落ち込んでいたからだ。

「・・まさか音か光に驚いて何かしらの不敬を?」
「いやちょっと違って、運・・というか偶然というか
 えーと、なんていうか、要約すると・・この歳になって
 まさかアオハルのテンプレをなぞる事になるとはなぁ、って話だ」

その場にいた誰も意味がわからず
『青晴れのてんぷら??』と誰かがもらしたのをよそに
へせべは素早く主とまんばの様子を確認してから
主にだけ向ける温和な笑みをむけて。

「主、少々お手数ですが、経緯をお話しください」
「え」
「今後の参考までにお聞きしておきたく」

という言い方と表情はおだやかだが
言わないと後で個別に聞き出すぞという圧を感じ取った主は
少し視線をそらし、ちょっとしぶってからぽつぽつと話し出した。

「・・えぇと、花火の最中、祭りとは関係ない部分で、ちょっと話をしてて
 間が悪くて、花火が近くて音がうるさかったのが幸い、というか災いというか・・」
「要点を簡潔にお願いします」
「・・花火をかなり近くで見てたんだ。音に押されるくらいの近くで。
 で、その途中でそれに紛れてまんばがわしに対する思いの丈を口にしてくれたんだ。
 ただその時、休憩なのか不発なのかわからんが爆音が止まって
 その思いの丈が大声でまともに伝わった・・って、それだけ」

つまり、普段言えないこっぱずかしい口説き文句を
花火の音にまぎれて大声で言ったら
丁度その時だけ花火が途切れて丸聞こえになって
今に至る、という事らしい。

うわ、それは気まずいと聞いていた数人は思ったが
言いたい事は大体言うへせべには刺さらなかった。

「ではこれは当人が勝手に発言したことで
 当人だけが勝手に内部損傷を受けただけの件
 という事で相違ありませんね?」
「いや・・まぁ、そうなんだろうが・・言い方・・
 あ!そうだ!」

そこで何かを思い出したのか
主は丸くなっていたまんばの前にかがんで目線を合わせた。

「色々あって返事をすっかり忘れてた。すまんすまん。
 まんば、さっきの話の続きだが・・」

え、その話、今ここで続ける気かと顔を上げたまんばの額のあたりに
自分のものではない誰かの感触が布越しに触れる。

「とりあえず、気持ちはもらっておく。
 ただその思い切りのいいやつを、真っ向から受け止められる体力と自信はないから
 できれば加減してくれると、ありがたい」

それはまんばにだけ聞き取れるほどの声だったが
『まぁ今は・・それだけだ』と締めくくった声が少し照れくさそうだったのを
爆音にさらされていたはずのまんばの耳は聞き逃さなかった。

そしてすりとわずかに擦るような音を残し
布越しにあった温度と感触、おそらく額だろう感触が離れていき
顔を上げてまず見えたのは、短刀達に囲まれて歩き出している主の背中だ。

「主君、今の何ですか?」
「いいなーおもしろそう。ぼくもぼくも」
「はっは。今のは今日がんばったまんば用のとくべつだ。
 皆は今日それぞれに楽しんだ経験を大事にな」

などというやり取りをまんばは目を見開きつつ聞いていたが
少ししてようやく事の次第を理解し、周囲にぶばと花びらを発生させた。

勇気をもってどうにか口から出した言葉は
ちょっとやらかした感を伴ったものの
それなりな成果を持ってやんわりとだが返ってきた。

天を仰いだまんばの脳裏に
なぜか見覚えのないムキムキの巨漢(ラ●ウ)が現れ
悔いなしとばかりに拳を天に突き上げる様子が浮かんだ。

「よーし、じゃあ帰宅するぞー。各自はぐれるなよこぼすなよ忘れ物ないな。
 周囲の邪魔にならんように、急がず騒がずご安全に。まんば」
「?」

ふいにかけられた声にはっと現実に戻ると
目に入ってきたのは祭りの最中掴んでいた、安心と信頼の主の袖だ。

「祭りは終わったが、家に帰るまではってことで、どうだ」

つまり家に帰るまでが遠足だ、というのと同じように
帰り道の間も掴んでいていいぞ、という事らしい。

それを理解した瞬間、まんばの脳裏にさっきの巨漢(ラオ●)が出現し
『ぬぅん!』とその背中をぶったたいた、ような気がして
気が付くとまんばはその袖をしっかりと握りしめていた。

主の方はもう少し迷うかと思っていたのか
少し驚いたような顔をしたものの、すぐ表情を戻し
『おーし、じゃあ撤収ー』と言いながら自然に形成されていた刀達の列にまじり
見守っていたへせべと蜻蛉がほっとしたような様子を見せた。

「・・上手く収まったようですな」
「いつまでたっても脆弱な奴め。主がいなければどうなっていたか」

だがそれが主の世話焼き属性に磨きをかけているのだし
楽しそうな主に水を差す事はしたくない、へし切らない場合もあるへせべ。
主がよければそれでよし。そして今日だけの特別事例だと
頭の中で復唱しつつ蜻蛉と共に帰還の列に加わった。

そうして集まると結構な人数になる個性的な連中の帰宅が始まり
先頭と最後尾は夜に強い短刀達が歩き、主とまんばはその真ん中を歩く。

そしてこの時たまたま誰も気づかなかったが
主の袖を少し掴んでいるように見えたまんばの手。
実は中で主の指を数本握って独占していて
それは自然とまんばと主だけの秘密になり
色とりどりの飴玉と同じく、祭りの甘い思い出として
持ち帰られる事となったそうだ。





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