それはいくつかの偶然が重なった、予定外の一泊だった。
少しばかりの外への遠出の帰り、季節外れの嵐で帰りの道と橋が閉鎖され
そこを迂回する道も嵐の中を夜通しで歩くことになるため
さてどうするかと思った矢先、通りがかった宿で小さめの部屋が運よく空いていて
どうにか転がり込めたというのが今回の発端だ。

外では風や雨が雨戸をガタガタならし
下の階からは同じく足止めをくらったらしい他の客たちが
夜通し飲むつもりなのか楽しそうに騒いでいるのが聞こえてくる。
時刻はもう深夜にさしかかろうとしていたが
元々人の多い場所で寝起きしている主(千十郎)はあまり気にしなかった。

明日の朝には晴れてるだろうと楽観的に夕飯を食べ部屋に戻り
さて特にする事もないし寝るかという時になって
宿に入ってから終始無言で存在感がまるでなかったまんばが
布団に入る寸前、なぜか無言で袖を掴んできた。

「?どうした」

そう聞いてもまんばはうつむくばかりで
袖をがっちり掴んだ手は離れない。

「嵐が怖いのか?」
「・・そうじゃない」
「枕が変わると眠れないとかか?」
「・・そ・・うでもない」

ちょっとためらった様子があったのでそれもちょっとあるらしいが
本当に言いたいことはそれではないらしい。

「一人じゃないと眠れない、もしくはその逆とか?」
「・・そうじゃない・・近いが・・違う」

正解に近づいてはいるようだが
やはりちゃんと説明しないと察してもらうのは無理だと判断したまんばは
正直にきちんと説明するべきだと意を決した。

「今・・いいか。話」
「?長話じゃなければ」

こんな寝る前になんだと思いつつ居住まいを正し、聞く姿勢をとったところで
あれ?前にも似たような事あったなという既視感がわく。

えーと、確か前に・・寝る前になって部屋を訪ねて来て
こんな風に何か言いにくそうに話をしたりしなかったりして
とかじりじりのんきに思い出していると、なぜかほぼ目の前に正座したまんばに
手を大事そうに両手でとられた。

「端的に言う。・・今、ここで、あんたを・・くッ・・くれない、だろうか」
「?くれって、何を・・あ」

端的過ぎてまるで察せなかったが
取られた手を撫でられたことと前例を思い出しきったことでようやく気がつく。
ここで、お前を一晩、俺によこせ。
つまりは夜に布団であれそれする、年齢制限のかかる夜が欲しい、というやつだ。

確かに今の状況は悪くはない。
夜で宿の二人きり。他に客はいるが階下だし飲んで騒いでいるし
嵐の音もあるので多少の音はかき消され
他の邪魔が入らないという大事な要素もそろっている。

「ちなみにだが、何をどうするか知ってるのか?」
「・・それなりに調べた。完璧、とまではいかないが・・」

さすがに自信なさげな様子はあるものの、今は引く気がないらしい
千十郎からすると一番長く一緒にいる打刀は
取っていた手をぎゅと握り、祈るように話し出した。

「こんなこと、欲張れる立場じゃないのはわかっている。
 だがいくらわかっていても、どれだけ悩んでも諦めがつかないし
 こんな機会もそう巡ってくるものでもない」

そうしてようやく決心がついたらしいまんばは
真正面からまっすぐ目を合わせてきた。

「・・俺は、あんたの事が好きだ、すごく。
 だから・・あんたの夜の最初を、俺に、許してくれないだろうか。
 こんな行きずりの・・ドサクサの形で悪いが・・」
「あ、そこは自覚あるんだな」
「・・・う、・・ん。はい」
「ならいいぞ」
「え」

そのあっさり加減に逆にまんばの方が驚くが
主はいつも通りの口調で説明し出した。

「同意を取らずの一方的とか、それしか考えてなかったとか
 それを後からスミマセンだけで済ませる話なら
 精神と物理の両方ねじ折って一晩動けなくして終わった話だが
 こっちを尊重して許可を取ってくるなら、わし的には断る理由がない」
「・・・」

さらっと圧縮して放たれた恐ろしい台詞に腰から下がひやっとしたのはともかく
そういえば、この千十郎という男の価値観はちょっと独特だったのを思い出す。

「ただなぁ・・許すのはいいんだが、一つ訂正箇所があってな」
「?訂正?」
「お前の言う夜の最初は、もう最初じゃなくなってる」
「・・・・・・」

その変則的な返事にまんばは数秒きょとんとしていたが
時間差でじわじわとその意味と重大性に気付いたらしく、カタカタ震え始め。

「・・と、い・・・つッ・・つまり??」
「夜中に布団でどうこうする初回は、へせべと済んでる」

あぁ、あれか?知り合いにあげちゃった。
みたいな軽い調子で告げられたその重大事実に
まんばは今世紀最大級の驚きの顔をし
逆に千十郎の方が怪訝そうな顔をした。

「?へせべから聞いてないのか?」
「ない!!そもそもいつだ?!」
「前に下見の一泊ってことで、出かけた事があっただろ」

あった。確かにあった。だが長谷部からそんな話は一言も・・!
・・いや待て、言うか?聞けば答えたかも知れないが
普通自分からそんな話を他にもらすとは思えない。自分だってそうする。

そういえば帰ってくるなり主に救護が必要な状況だったので
そこまで気が回らず長谷部の報告を鵜呑みにした自分にも非があったかもしれないが
思い返してみればあの時、手はずも状況も全て整えられていた。

「合意か!?」
「当たり前だ」

むっとしたようにそう言い切られ、まんばは取っていた手を離し
ずるずるとすがりつくように主の膝に顔を押し付けた。

まずそういった大事な事を言わなかった長谷部も悪いが
知らない間にそんな事になっていたのに見抜けなかった自分の目も相当な節穴だ。
よもやまごまごしている間に大事な一夜がいつの間にか取られていたとか
驚愕だし不覚だし笑えないし間抜けにもほどがある。

「・・あのな、前にも言ったがわし陣地領土じゃないからな。
 先に取ったとか取られたとかで一喜一憂する必要ない。
 わしは誰のものでもありません。あとそこ、そういう構造してないから」

しかし頭で腹のあたりをすりすりしてくるまんばはまったく聞いてないご様子で
そのままそこでボソボソしゃべり出した。

「・・・した・・・んだな」
「あぁ」
「・・・痛かったのか」
「それなりに」
「・・・・・良かったのか」
「・・う、う〜んむ、まぁ、それなり・・に?・・こら!」

くっついたまま尻をさわってくる手をぺんと叩いても
相当ショックだったらしいひっつきむしは離れようとしない。

「・・あんたは、どうして、そう・・自分を大切にしないんだ」
「大切・・というか、そういった価値をつけてくれたのは
 わし史上ではお前達が最初だからな」

触っても怒られない場所を探していた手がピタと止まる。

「ここへ来る前までは身内以外には誰にも知られてない
 正体不明のおっさんだったから、大切も何もなぁ」
「・・・・・」
「そもそもこんなおっさんどうこうしたがるって
 希少どころの話じゃないだろ」
「・・その希少な前例に喰われたんだろう」
「いや・・まぁ・・そこは押しきられた感もあるんだが・・
 ただちゃんと帰ってこれてるし、ケガもしてないし
 ちょっと二、三日は身体がガタピシいってたが
 それ以外はなんともなかったし、なにより経験だったしな。
 なので!別にお前が脳内でバタバタもがく必要まったくなし!わかったか!」

パン!と頭上で手を叩かれ
めそめそしていた気持ちを強制的に現実に引き戻される。
そうしてよく考えたら何でこんな説明してんだろうと思いつつ
千十郎はようやく顔を上げたまんばに向かい、自分の口を指して続けた。

「大体、ここの初回はお前にやっただろ」
「・・・うん」
「あと初回だって言ったのに、力の限りやったよな」
「・・そっ・・れは・・すまない」
「へせべもそうだったが、お前らこっちが初回なのもかまわずやりすぎだ。
 若いのも経験浅いのも仕方ないといえばそれまでだが、相手の事も考えろ」
「・・ぐ・・はい」
「で、それをふまえての話として、お前はどうしたいんだ?」

その急な問いかけにまんばはえ、という顔をする。

「こんなおっさんで、おまけに言うところの中古だぞ」

まんばはぐっと口をつぐんで考えた。
先を越されたのは確かにショックな事だが
しかしそれは果たして重要な事なのだろうか。
いつも本人がいうように、主は領地や陣地ではない。
誰の物でもなく占領するものでもなく、分け隔てないからこその主であって
千十郎という誰が所有しているわけでもない一人の人間なのだ。

現にへせべとの泊まりがあった日以降
その態度や行動はほとんど変わっていないし
先日だって何となく夜に主の部屋の前を通りがかったら
何かしかかっていた長谷部とばちんと鉢合わせしてしまい
部屋の前でお互い無言の牽制をしていたら
『気配がうるせぇ』と半分寝ぼけた主が出てきて
仲裁が面倒になったのか布団を三人分並べて
川の字お泊り会が開催されたばかりだ。

それに大事なのはさっき普通に聞き流してしまった
自分に一晩を許してくれたこと。その一点だ。

まんばはその事を胸に焼き付け姿勢を正し
これから戦に出るような様子で口を開いた。

「俺は、あんたがいい。
 刀とか写しとか、男士だとか主従とか
 色々な事を受け入れてくれ・・過ぎな気もするが
 最初とか二番目とか関係なく、今俺の目の前にいるあんたが
 俺の好きなあんたである事に変わりない。
 だから・・最後の踏み込みを、許可してほしい」

よく考えたらおかしな方向に川r内決意と信念に
千十郎は仕方なさげな苦笑をした。
まぁここで『やっぱりいいや』とか言われたら
それはそれでちょっとしたク●男のレッテルがはれてしまうし
普段がマイナス思考な分、こういった時に突進力があるまんばなら
そう言うだろうなとは思っていた。

「・・ま、いいか。お前はそれなりに順を追ってるからな」
「いい・・のか?」
「ただし!いくら一回経験したからといって熟練してるわけじゃない。
 無理強い厳禁。基本中の基本だが人が嫌がる事はしない。
 わしが嫌だと言ったらちゃんとやめろ」
「・・そんな基本的な事を?」
「大事な事だ。約束しろ」

普段いいかげんな主の強めな言いつけに
まんばは少し迷ったような様子を見せ。

「・・・・・約束・・・できない」
「うおぃ!」
「もう許可された時点で、色々とやりたい事が山積みなのに
 最中にやめろと言われて・・やめられるかと・・言われると・・」

あ、これ、わしにはわからん方面でたぎらせてるやつだと察し
千十郎は思わず布団をひっくり返して逃げてやろうかと思ったが
それはそれで危険度が増しそうだしちょっとかわいそうだし
後々余計な突進力として加算されそうなので
積載超過で走り出しかけるトロッコの前に立つ気分で踏みとどまった。

「・・よし、落ちつけ。おちついて順を追って話していこう。
 許可はする。だがあまり先走った事は勘弁してくれ。
 あと拒否を受けたら止まることを心に置いておいてくれ」
「その二つを覚えておけばいいのか」
「・・そ、うだな。今大事なのはそれくらい・・あ、それともう一つ」

ただこの主。時々自覚なしにその場の状況をひっくり返す言葉を放つ癖があり。

「途中・・変な声が出るかもしれんが、そこは笑わないでくれると
 いいかなとは・・思っている」

ちょっとしたお願いのつもりだったそれが
今現状における最大の着火行為となった。

その困ったような様子と言葉の意味を理解したまんばは
突然すんと真顔になり、なぜか近くの押し入れを開け
下の段からものをせっせと全部出し
敷いてあった布団を巣材のように手早く詰め。

「え・・何し・」

てるんだ、と言いかけた主を抱き上げ
そこにきゅっと入れて無言で覆いかぶさる。

言葉がまったくもって足りてないその行為が開始の合図となり
そこから先は、まぁお察しの展開となった。

外は嵐で風も雨もうるさく、階下からは騒ぐ声や笑い声
酔って歌う声まで聞こえてくる中。
まんばは主の言う変な声聞きたさに
ここでは書けないあれやこれやを色々とやらかし
そしてやはり熱中しすぎて怒られる事になるのだが
そこは年齢制限のかかる話なので省略させていただく。




そうして二つの意味での嵐が過ぎ去った次の日の朝。
スズメの声はしなかったが、二人は古びた宿の布団で一緒に朝をむかえた。
正しくは、色々やらかされた主がまんばにびったり張り付かれたまま
疲れで寝落ちしたような状態で朝をむかえた。

で、ここでは書けない事を色々はしょった結果から言うと
まんばの望みは完遂しなかった。
理由はいくつかあるが、おもな原因は準備不足。
あれこれ考えずその場の流れと勢いと、持ち前の突進力でどうにかしようとして
初回の怖さを知る主に止められて未遂となった。

ただその手前の疑似的な事までは許してもらえたので
全くの手つかずというわけでもない。
むしろ。

「・・もう一度」
「ダメだ」
「・・少しくらい」
「雨もやんだから他に聞こえる」
「・・でも」
「わしの、体力、考えろ・・!」

それがよほど良かったのか
起きて身支度する前からおかわりをねだってくる手が
ぐぎゅうと力いっぱいつねり上げられた。

この様子だと本番を許していたら
それこそ立ち上がれないくらいに突っ走られていただろう。
普段消極的なくせにこんな時に歯止めがきかないというのも
すごい困るものがある。

とか思っている最中にもすりすりと頬ずりされ
首筋のニオイをすーーうと肺いっぱいに持っていかれ
ついでに昨晩散々アカン事をしてきた手がおかしな所をまさぐってきた。

「こら、ダメだって言ってるだろ」
「もう少しだけ・・」
「今回のことでわかったが、お前の少しはぜんッッッぜん少しじゃない。
 少しってのは皮きりに使う言葉じゃなくて、上澄みの上をすくう程度の
 あ、ちょ・・バカ!こらぁ!!」

ぱかん!という景気のいい音とともに
黙ってごそごそしていたまんばの脳天にゲンコツが落ち
話聞かないやつには力づくの撃退方式が成立した。

そしてそれから軽く説教正座の儀を行ったあと
昨晩の片付けで忙しそうな宿内の合間をぬって支払いをすませ
『ねむい、誰かさんのせいでねむい〜』と小言をもらす主と一緒に
出発の身支度を整えていると、表の方で馬が複数止まる音がして
下の階から聞き覚えのある怒鳴り声に近い声が聞こえてきた。

「お、御用改めが来たぞ。忘れ物ないか」
「別に悪い事はしていな・・いと、思う・・はず、たぶん」
「今ごろ冷静になってきたのかこの助平め」
「ぐ・・いや、そう、だが・・!そうなんだが・・!」
 
まったくもってその通りの事しかしてないが、言い方!
とも言えないまんばがやきもきしている間に下で話がついたらしい御用改め
もとい勢いからしてへし切りのへせべだろう足音は
どどどという音を立てながらまっすぐこちらに向かってきて
壊すくらいの勢いでふすまを開け放ってきた。

「主!!ご無事ですか!!」
「おーぅ。うっかりケガも風邪もどれもやってないぞ。
 強いて言えばちょっと寝不足気味ではあるがな」

だが主は大体どこでも寝られるし寝付きはいい方なので
その主が寝不足となると思いつく原因は限られてくる。

貴様!主に何かしたな!と御用改め(仮)のへせべはまんばを睨もうとしたが
それより先にがっと胸ぐらを掴まれ、部屋のすみに引きずっていかれる。
おい、それ今俺がやろうとした事と思う前にまんばが低い声で。

「・・・聞いたぞ」
「?!なんの・」
「二人で視察に行った帰り、ケガをさせたというのは嘘だな?」

その途端、へせべの動きが見事にぴたりと止まった。

「正確には、夜に、歩行困難になるほどやりこんだ
 という事で間違いないな?
 ・・・しかも、初回で」

どうやらドサクサで黙っていた事を主から聞いたらしい。
コォォという寒そうな効果音と一緒にサメのような目で睨んでくるまんばに
へせべは思わずうんと素直にうなずいた。

主から聞いたのならもう嘘もごまかしも通用しないし
今ヘタに言い訳しようものなら舌を素手で引きちぎられそうだ。

「?おい待て。今その話を持ち出してきたということは・・」

しかしその問いかけには嘘をつかない
というか嘘がつけないまんばが答えた。

「・・俺の手際の悪さと準備不足で未遂だ。
 疑似体験のような事だけは・・なんとか」
「・・・そうか」

へせべはそれ以上は聞かず怒らず、短く返すだけにとどまった。

なにせ自分は真っ先に手を付けた上に隠蔽までしていたし
同じように思いがけず主と一晩一緒にいられたのなら
抑えきれる自信、正直ない。

「とにかく、話し合う事が山積みだ。もちろん帰ってからだがな」
「・・わかった」

などと部屋のすみでこそこそやっている間に
後から来た蜻蛉切がひょいと普通に現れた。

「おはようございます。御無用でしたか」
「いや、諸事情で迎えがあるといい状態だったからな。何人で来てる」
「長谷部殿、自分、秋田、祢々切丸の4名です」
「ん?のの丸(祢々切丸)まで引っぱってきたのか?」

というのものの丸は今現在での一番の新参者で
特殊任務をやったこともなければ急ぎの用事にも向いておらず
戦場に出さず内番で能力を上げている最中の刀だ。

「自分もそれは疑問に思いましたが
 何分急ごしらえの編成でしたので」
「あ、やっぱりか」

おそらくへせべが嵐がおさまるのを見計らい、大急ぎで隊を編成し
たまたまいい馬をあてられていたのを選ばれたか
馬当番だったのを選抜されたのだろう。

「ま、いいか。支払いは済ませてあるから荷物たのむ」
「承知しました」
「あと悪いが帰ったら即、寝る。
 その間の統括はお前らで決めてどうにかしてくれ」
「馬までお運びしましょうか?」
「いや、そこまででもない、大丈夫だ。
 というかお前はまったく慌てないんだな」
「長谷部殿が先行しておられますし
 山姥切殿が元からついておられたのなら、心配にはおよばずかと」

その疑いのないまっすぐな言葉に
部屋のすみにいた不届き野郎どもの肩がびくっとはねた。

「・・うん。お前さんは良いやつだなぁ。加減はヘタだが」
「?いえ、お二方に比べれはまだまだ未熟の身。精進途中にございます」

何の加減かはわからないが
先輩二名に及ばない部分が多々あるのは事実。
というのが蜻蛉の解釈で、それがその先輩に
さらなる追い打ちをかける事になっていたとは
ちょっと頼りなげに歩く主の心配を始めた蜻蛉は知らない。

そして残されたそこそこ不埒な先輩二人はというと
誠実な槍に内面を二度突きされ、胸を押さえて固まっていたが
いつまでもそうしているわけにもいかず部屋を出ようとしたが
廊下に出る寸前、へせべがまんばの肩を背後から掴み。

「・・一つ、聞く」
「?」
「・・主は・・かわいかったか」

多少の内面ダメージは受けつつも、実はあんまり懲りてない問いかけをくれ
まんばは数秒固まったあと、目の上の布を下げ視線をそらしつつ。

「・・・・すごく」

という、こちらもあんまり懲りてねぇ返しをし
へせべは神妙な面持ちでその肩をぽんとたたいた。

それは同士、同族、共感、ナカマ。あと『これでお前も共犯な』
という確定も込められた手で、まんばもそれを理解しているのか
その手を振り払いもせず身を丸くし、主が絡むと衝突しがちなこの二人には珍しい
ちょっとした共感状態ができあがった。

ただこのちょっと距離が縮まったような状態。
後になってお互い冷静になってから『お前と一緒にすんな』という同担拒否が発生。
よって以前とあまり変わらない小競り合いを起こし
前とあまり変わらない日常を繰り返すことになる。

なおこの後、まんばがへせべとの話し合いの後
主ときちんとした一夜を迎えられたかどうかは
天地自然現象変動の如く、まったくの未知数である。





そしてここからは蛇足、つまりおまけになる。

「あ、主君、おはようございます」
「息災か」

複雑かつ単純な関係を構築している二人を置いて宿を出ると
馬の手綱を手に待っていた秋坊(秋田藤四郎)と
のの丸(祢々切丸)が声をかけてきた。
この二人、見た目が武士とそのお使いの子のようだが
秋坊はへせべよりも古株で、のの丸は現時点で一番の新人だったりする。

「おぅ、おはようさん。つうかホントにのね丸引っぱってきたんだな」
「馬当番中、突然召集されてな」
「僕も同じくです。事情は来る途中で聞きました」
「あぁ成る程」

そこは主も主であまり部隊の編成には頭を使わない方なので
気にしないでおく。

「まぁいいか。ねの丸、前に乗せてくれ。
 秋坊は蜻蛉と、まんばとへせべは別にして乗せる。
 ケガも予定もないから、ゆっくりでいい」
「え、でも・・」

近衛ではなく新入りの方に頼むのかと秋坊が不思議そうな顔をするが
それには一応の理由があって。

「・・本来ならへせべかまんばや蜻蛉に頼むところだが
 ちょっと・・諸事情があってな」
「しょ・・・あ、ハイ。わかりました」

実は秋坊、若く見えるがこの中ではまんばの次に古株の刀。
そして連絡網の広い短刀兄弟の関係もあり
諸事情=あまり聞いてはいけない事の図式を瞬時にはじき出し
それ以上は聞いてこなかった。

「つうわけでなな丸、わし今からちょっとごつごつした米俵。
 加減しつつ落とさないようにささえといてくれ」
「・・やってみよう」

ちなみにさっきからねの丸だのなな丸だの呼び方が安定しないのは
男士達の数が増えて名前を覚えるのがめんど、もとい難しくなり
もう勝手に呼んでいいかと言ったら本人がちょっと考えた後
『それが願いなら』と言ってしまったためだ。

そして今現在、多くいる男士達の中で一番の新参者になるこの大太刀は
そんな素直さと経験の浅さもあって空気が読めない。
馬に分乗しての帰路の途中、前に乗せた主から
何か変わった匂いでもするのか、すんすんとその後頭部のにおいを嗅いでは。

「・・のな丸〜」
「?」
「かぐな〜」
「そうか」

というやり取りを、そわそわするまんばと
複雑な顔をしているへせべから見られながら道中計三回ほどくり返し
そして四回目。

「‥ねな丸」
「?ぶぉ」

親指をどすと頬に突き立てられ、変な音をもらした。

ちなみに蜻蛉はあまりこういった事に鼻が利かないため
近衛二人が主を寝取ったのどうので地味にもめていて
その残り香で眼前が妙な空気になっているなどと夢にも思わず
うっすら事情を察しつつ見ないふりをしてあげている秋坊と一緒に
普通に護衛をしていたそうな。




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