「お待ちください、主」

人混みにまぎれて流れにのり、しばらふらふらく歩いていると
聞き覚えのある声に呼び止められる。
見るとさっき自由行動で放流したはずのへせべが
早足で人をよけながらこちら来るのが見えた。

「?どうした。まだ何か確認事があったか?」
「いえ、先程近衛三名で協議した結果
 ・・要約しますと、私が主に同行させていただく事になりました」
「ん?でも今回各自の自由行動で・・」
「承知しております。ですが私は一個人として
 主と共に今の時間を楽しみたく」

そういえば、一人でふらつく事ばかり考えて忘れていたが
へせべの場合、一人にしてしまうと他の連中の監視監督を勝手に始めて
祭りを楽しむ以前の話になりそうだったのを思い出す。

そういうのから解放したくて自由行動させたのに
やっぱりそうなるのかと主は内心で口をとがらせた。

「・・ちなみに協議はどうやったんだ?」
「主よりご教授頂いた三分率の型を」
「じゃんけんか。まぁそこを力技で解決しないのはえらい」
「恐れ入ります」

ほめどころの基準がおかしい気もするが
もう慣れた主とその主が世界の中心なへせべは気にしない。

「ま、いいか。ただわしどこに行くかも
 何をするかもまーったく考えてないぞ。それでもいいか?」
「はい、かまいません。どこへでもお供させていただきます」
「・・でもお前、せっかくの外出と自由時間だってのに
 行きたい所とかしたい事とかなかったのか?」

これじゃいつもとやってる事が変わらんだろと肩をすくめる主に
へせべは少し考えて。

「では今から数秒、お時間をいただけませんか」
「秒・・でいいのか?」
「はい、そこに立っていただくだけでかまいませんので」
「??」

そこ、と言われたのは何の変哲もない道のすみで
?を頭上にちらしながらその場所に立つと
へせべはそこにいるだけの主に視線を固定し、その周囲をうろうろし
しゃがんだり立ったり斜めになったり難しい顔をしたりして。

「・・はい、ありがとうございました。ご協力感謝いたします」

と満足げな顔をして歩み寄ってきた。

「??何だ今のは」
「滅多にない機会ですので
 主とそのお召し物をあらゆる角度から堪能させていただきました。
 もうこれだけで今回権利を勝ち得たかいがあったというもの」
「・・ほぁ。そか」

そのあたりの価値観がまるでわからない主が微妙な返事をするが
その間抜けな返事すら今のへせべにとっては貴重で贅沢な褒美と報酬だった。

なおこの何となくやった事が後々よろしくない事態に発展する事を
主の千十郎はまだ知らない。

「ではここからは主との御時間。あらためて、どうぞ」

そう言いながら涼しい顔の裏に色々な思惑を持つへせべは
少し身をかがめ、当たり前のようにすっと手を差し出してくる。

ん?何だ?小遣いの追加か?と主は首をかしげるが
それもへせべにとっては想定内だ。

「お手をどうぞ。離散防止と転倒防止、つまりは主の安全のために」

普通ならここで『そこまでどんくさくない』とか
『子ども扱いするな』とかの話になりそうなものだが
この主の自覚が薄めの主、そのあたりの基準がとてもゆるく。

「そうか。じゃあ頼む」

まったく躊躇なくぽんと素直に手を預けてきて
へせべは心の中で『よっっっッッし!!』と全身全霊のガッツポーズをとり
なおかつそれを一切表に出さずその手を握った。

それは主いわく、経験とプライドがない。
へせべからすれば純真無垢。
外野的にはおバカさんというやつで
基本的に主以外の何者をも信じないへせべだが
この時ばかりはいるかどうかわからないじゃんけんの神に全力で感謝した。

とは言えど、あまりベタベタするのはへせべの信条に反する。
あくまでさり気なく自然に、かつ主の邪魔にならないようについて歩き
人をよける時、露店をのぞく時には手を離し、またすっと流れるように手を取り
ほどよい距離とある程度の間を保ちつつ共に歩く。

少々面倒だがその手間すらも今のへせべにとっては至福の時間の一部だ。
公然と主に触れることができるのはもちろん
触れるごとの感触が毎回微妙に違うように思え
書物を適当に開いた時、毎回違う情報を見るような感覚になる。

思春期の子供でもあるまいにとは思わない。
そんな体裁を気にするよりも、今はとにかく主との時間。
それが今の最優先事項だ。

「しかしお前、妙に引率が上手いな」
「以前夜戦部隊として短刀達を率いていましたので」
「あぁそうか。その名残か」

夜戦部隊を率いていた、と言えば聞こえはいいが
主としては夜中に何度も子供部隊を派遣しないといけなかった事が
もう済んだ事だが未だに心苦しい。

「・・なぁお前達、せっかく人の形して戦事から離れてるんだから
 こんな時くらい好きに動いて好きに楽しんでもいいんだぞ」
「今現在、楽しんでおりますとも。すごく、とても、これ以上ないほどに」

でも欲を言えば、この手をもっとこちらに引いて
もっと密着して腰に手を回し、その首元(以下自主規制)。

なとど色々アカン事を水面下で考えつつも表面上紳士的なへせべに対し
主はちょっとだけしまったかなと思い始めていた。

忠誠心や多少の執着があるのは悪い事ではない。
が、こうもがっちり一点集中で照準を合わせているのはよろしくない。
それは良く言って一途。悪く言ってストーカーだし
世界は広くて色鮮やかだというのに、手元だけで満足するというは・・
と思っていた主の視界にある屋台が入った。

それは暖色鮮やかな粉の並ぶ唐辛子売りの屋台だ。
店頭で調合しているそこに主はすたすたと寄って行き
慣れた様子で店主と話をしすると、へせべの方を振り返り。

「へせべ」
「はい」
「お前はどの程度の辛さがいい?」

と、なぜか自分で選ぶ前に聞いてくるので、へせべは少し間をあけてから。

「もちろん主の・」
「へせべ」

いつも通りに主導権をよこそうとしてくるが
わしじゃなくお前の希望を聞いてるんだとばかりに返され
へせべはさらに少し考えた後。

「・・では、十段階中の三程度のものを」
「よし、じゃあこれとそれと・・」

そうして店主と交渉しつつ筒五つ分を購入し
ほれ、とそれをへせべに手渡して歩き出した。

「しかしお前さん、辛いの苦手な方だったんだな」
「あぁ、意識したことはありませんが
 主の作られるお料理の邪魔をしないものが好ましいかと」
「だーから今くらい自分の好みを優先させろってのに」
「普段も今も私の最優先事項は主ですので」
「・・じゃあ聞くが、さっきわしが全身の穴という穴から
 水分が全部出るほどの劇物とか頼んで
 それを『一回で一本使いきれ』とか言い出してたらどうするつもりだ」

するとへせべ。一瞬まともに顔をひきつらせ。

「・・しゅ、命、とあらば、何としても、耐えぬ
 いえ、遂行するのが、使命、のはず」
「・・へせべさんよぉ」

平静を装いつつも目が完全に泳いでいる様子に呆れつつ
主は空いた方の手を指導するような形で動かしつつさらに言った。

「この広い世の中の真ん中はわしじゃない。
 もっと主命以外とかわしが関わらない部分で、したい事とか希望とかないのか?」
「ありません」
「・・少しは考えろよ。若ボケするぞ」

もうすでに主ボケをしている気もするへせべは
歩きながら少し長めに考えて。

「強いて・・上げさせていただくのであれば
 習得してみたい技、のようなものはございます」
「お。どんなのだ?」
「簡潔に申し上げるならばルパ●脱ぎというものを」
「へげ」

理解(へぇ)と驚愕(げ)が同時に出て妙な声になった。

それはとある有名な怪盗の子孫にあたる自称ドロボウが
寝室で女性に襲い掛かる時にする、飛び込みと脱衣を同時にする技(?)で
空中でパンツをのぞいた全ての服を脱皮のようにきれいに脱ぎ去り
ベッドにダイブするという使用用途が凄まじく限定される
つまりは今の若い人にはわからないやつだ。

もちろんそんなもの教えた覚えはないし、手元の資料もなかったはず。
まさかとは思うが脱衣の線からコムラ(千子村正)の入れ知恵かとも思うが
ともかくそんなの習得したとしてもまずなんでだよという話だし絵ヅラが地獄だし
その使用先がどこなのかという件も含め『そうかがんばれ』と到底返せるはずもなく。

「・・や・・まて、さすがに待て。
 あの技・・・ワザ??とにかくあれはあの当人がしてこそのあれであって
 お前がやろうとするとなるとその、あの、絵ヅラがひどいし
 あとそれの使い先・・もしかしてわしだったりする?」
「はいもちろん」

一切の迷いなくすんなりそう返された主は
華やかな祭りの最中なのに一人げんなりした。

「少々情緒に欠けますが、服を脱ぐ時間すらおしい場合に有用かと」
「・・その前にわしの意思ほったらかしで話進めるのやめてくれる?」
「そういった状況下において時に勢いで押す方が
 円滑かつ効果的と聞き及んでおりますので」
「そりゃ・・そこそこあってる話だが・・
 しかしそれ以前に、なんでそんなもんを習得したがる」

コムラの影響だったにしろ、コムラはコムラで独自の感性があるし
あいつですらそんなこと言い出した事ないのに
なんの影響だまさかわしが昔読んだ書物の影響混入かとか
ちょっとばかり混乱した頭で考えていると、その様子をどう取ったのか
へせべは歩みを止めないまま少し考え言葉を続けた。

「その件につきましては、少々込み入ったお話になりますので・・
 今お時間の方は?」
「ん?まぁ・・大丈夫だが」

いつもの調子で危機管理能力より好奇心の方が勝った主に
へせべは主にしか見せない綺麗な笑みを向けて
人の流れのあるにぎやかな道とは別の道に足を向けた。

「理由についてですが、まず結論から申し上げると単なる私のわがままです」
「?わがまま?」

主が世界の中心で、主命が日々の原動力なへせべがワガママとは珍しい。
ただ今のところわがままで瞬間脱衣を習得したがる理由がまるでわからない。

「まず事の発端は以前、主と夜を共にしていただいた時にさかのぼります」
「?うん」

はて。夜?
池田屋戦は済んだから夜は大体寝てるが・・何かあったか?
夜に便所に行こうとして障子にけつまづいた事か?
水を飲もうとして台所に行ったはいいが、横着して明かりを持たず
距離を見誤って棚に突き指したやつか?
いやどっちも一緒にいなかったし、どっちも脱衣と関係ない。
便所に間に合わずもらしたとかいうならともかく、今のところそれもないし・・。

何となく返事はしたがやはり思い当たるフシがなく
頭上に?を散らす主にへせべは笑みを向け
ふいに立ち止まって向きを変え、取っていた手を強めに引いた。

「おわ」

ぼす

足元が見えずつまづいた身が難なく受け止められ
手どころか全身が必然的に密着する。

「主は覚えておられないかも知れませんが・・
 あの夜、主は私の衣服にすがりつかれるばかりで
 結局爪跡の1つも残して下さらなかった」
「・・ん?」

するりと指の間に指が入り込み、回ってきた腕に軽く抱き込まれる。

それでもまだ主は気付かなかったが
そこは人通りのほぼない細い道奥の行き止まりで
さっきまでの人混みとは打って変わって完全な二人きりだ。

「力なく縋りつかれる様はじつに素敵なのですが
 つらい目にあわせ傷つけているのは私だというのに
 主はどれだけ必死であっても、私の着衣に爪を立てるばかり」

そう言われて主、千十郎はようやく思い出してきた。
そういえばちゃんと思い出すとR指定のかかるあの夜
初回の必死さで気がつかなかったが、確かにあの時掴んでいたのは
へせべの着ていた宿の寝間着だった。

「ですので後々惜しい思いをするならば
 事前に衣服を取り払い、直接しがみつけるよう
 そのような技を習得しておくべきかとの思いに至りました。
 主のためではない、ただの私のわがままですが」
「・・あ、それで脱衣の技(?)なのか」

なんだそうかと素直に納得したある意味素直で純粋な主を
へせべはやわらかく抱きしめた。

「主が私の・・いえ、俺のものになるのなら
 当然俺も主のもの。傷の一つや二つ残して下さる方が、おれはいい、すごく」
「・・ん?う、ん?んん?」

あれ?ちょっと待て、何の話してたっけ?と今更ながらに思っていると
出かける時にしっかり締めてあったはずの帯や紐がゆるみ
変な所から外気が入ってきているのに気付く。

というのもさっき主の姿を目に焼き付けたとか言っていたあれ。
見るのと同時にどうすれば上手く脱がせられるかの観察もしていたらしく
気が付くと人気のない所で抱き込まれ、着ているものも脱げそうという
結構アカン事になろうとしていた。

危機感ねえなと言うなかれ。
なにせ主はいい歳したおっさんだし相手は見知った部下だし
かつ最近まで身内以外との交流がなく、さらに何やってたか不明という
正体不明のニート手前箱入り野郎だ。
強盗やおやじ狩りにあうとかならともかく、貞操の心配するとか普通、ない。

だがそこが魅力で付け入りたくなる所なのだと
この主に独自の感性を構築しているへせべは噛みしめながら
上手にほどいた所から手を少しだけ侵入させ、きわどい所をするりと撫でた。

「・・よろしければお試しになりますか?今、ここで」

そしてそこでようやく事の次第を理解した主は
数度まばたきを繰り返し、暗い場所でもそうとわかるくらいの勢いでぶわと赤くなった。

で、それから数分後。

ひょろろろ〜〜 ドーーン!

定刻になり、空に花火が打ち上げられ、空に光と音の花が咲く。
が、その音の中に一瞬だけ、ばちーん!!という軽快な音が紛れ込んでいたのを
その場にいた当事者以外、知るものはなかった。




「くっあーーッ!たーーのしかったぁああー!」

花火も終わり、ちらほらと集合場所に集まってくる男士達の中に
ひときわ目立つ状態と声で現れたのはやはり愛太だ。

手にはそこら中で買ったのだろう菓子やおもちゃ食べかけの食べ物が多数
手の指を全部使うほどみっちりと握られていて
言葉通り最大限に楽しんだ様子が一発でわかった。

そしてその背後にはなぜか祭事用に包まれた酒瓶を抱え
フラフラになりながらも何とか立っているメ助がいて
先に戻ってきていた主は目を細めた。

「おうおう、見るからに楽しんできたみたいだな」
「おー!やりのこし思いのこし悔いなーし!
 明日からまたバリバリ働けるぞーー!」
「子供の台詞とちゃいますなぁ・・まぁ楽しくはあったんですけど」

などとのんびりツッコみつつ同意もするタコの手には
りんごあめをぱりぱりしているほたの手と
くじ引きの景品だろうおもちゃいくつかと食べた後の持ち帰りゴミと
途中でちぎれたのだろうボロボロの紐がある。
それでも誰もはぐれず時間に遅れず戻ってきたのだから
この頼りなくも個性激しい組み合わせは彼らなりに上手くやっていたのだろう。

「あ、ところでさ、いっこ聞いてもいいか?」
「はいどうぞ愛太君」
「なんで顔にモミジできてんだ?へせべの兄ちゃん」

そう言って愛太の指した先のへせべの顔には
暗くてもわかる見事なモミジ(ビンタあと)が、なぜか左右の頬にばっちりついていて
まんばが何か言いたげな目で主とへせべを交互に見ていて
蜻蛉も気にはなるが聞いてはいけないと思っているのか
がんばって視線をそらし見ないようにしてあげているという
奇妙な空間が出来ていた。

それはおそらく主とへせべ間で発生した問題なのだろう。
しかし当のへせべはその遠慮ない問いかけにフッと笑って。

「主より頂いた至高の土産だ」

つまりは主にひっ叩かれました、と、堂々たる自白をした。

推測するに、へせべは押し切りたかったが主が拒否。
気が動転していたのか反省しやがれというつもりだったのか
通常片手のところを両手で痕跡を残されたらしい。

それはどこをどう見てもかっこ悪い以外の何物でもないが
主至上主義のへせべからすればまったく問題なし。
むしろ希少な勲章を授与されたに等しいらしい。かっこ悪いが。

愛太はその誇らしげな様子を見たまま数秒沈黙し
ちらっと主を見て。

「・・気にすんな。ただの自衛だ」

という短くも仕方なさそうな返答をもらい、それで大体を察したらしい。
無言で持っていた物をまとめて保護者(タコ)に押し付け
なぜか突然指を丸めてピィー!と高めの指笛をふいた。

すると周囲にいた短刀達の何人かが集まってきて愛太と一言二言かわすと
わーと突然へせべを取り囲んでぎゅうぎゅうと押しはじめた。
何をしているのかというと、いつの間にか短刀内で広まった
長谷部は主をたまにいじめているという、ちょっとあってる噂の延長線上にできた
『主をいじめるな』スクラムだ。

ただそれ自体にあまり攻撃力はないしへせべの機嫌もいいままなので
ぱっとの見た目が子供と引率のじゃれ合いにしか見えない。

「かまわん!今の俺に敵はない!今だけは許す!
 ただし蹴るな!おい今の愛染だろう!ドサクサでもわかるぞ!」

などとやっているのをちょっとお疲れの目で見ている主のそばに
まんばが寄ってきてぽつりと小さく聞いてきた。

「・・何かされたのか?」
「未遂だっての」

だからもういいんだよというその様子に
まんばは自分の胸のあたりをぎゅっと掴んだ。

「・・やはり、無理を通してでも、俺がつくべきだった」
「いいんだよ。こういうのを繰り返して強くなっていくんだろ、人は、たぶん」

短刀達にわぁわぁ押されつつ
たまにくる蹴りをガードしているへせべを見ながらまんばは冷めたような声で。

「向こうが先に強くなりすぎて、押し返せなくなる可能性は?」

というごもっともなご意見をくれ
主の表情が困ったのと躊躇を混ぜたようなものになり
様子見をするつもりだったまんばの決意がそれでがちんと固まった。

「・・俺も少し、蹴ってくる」
「ば、おいこら!最後の最後で騒ぎを起こ・
 っだぁ速い?!こら祭りの最後を暴力制裁で締めくくるな!
 山筋!蜻蛉!たけしー!」

とっさに呼んだ面々は、力はあれども速度がたらずだったため
止めに入るころにはへせべの尻に大きめの靴跡が追加され
祭りとはまったく関係ない土産話として持ち帰られる事になったとかなんとか。





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