「よっし、じゃあ始めるぞ」
「お、お手柔らかに、お願いいたします」
手入れ部屋で腰を下ろして向かい合った男2人が
今から何かの手合わせでも始めるかのような挨拶をかわす。
一方の男のかたわらには大きな槍が一本。
もう一方の男の前には刀の手入れ道具が真新しい状態で一式。
そう、それは以前主人である千十郎が宣言した手動手入れの実施。
手入れされるのはちょっと前の戦闘でぼろぼろにされた蜻蛉切こと蜻蛉だ。
この状態で手入れしようものなら通常数時間はかかるのだが
お忙しい主の時間をそんな事にさいてしまってよいのだろうか。
そんな疑問を抱きつつも蜻蛉は一応聞いてみた。
「・・しかし主。主自らの手入れとは、はたして可能なのでしょうか」
「うーん、まぁ気合とかで何とかなるんじゃないか?
なせばなるような気はする。わしは」
「そ、そういうものでしょうか?」
頭悪そうなことこの上ない答えだが
なぜかこの主の言う事だと本当にできそうだから不思議なものだ。
あと主はいつもの格好ではなく簡素な作業着で長い髪を背中でまとめていて
知っているけど知らない人がそこにいるような不思議な気分になる。
「ま、何事もやってみなけりゃわからないってな。
とりあえずそっちの方から見せてみろ」
「・・はい」
言われるがまま差し出された槍は使い手と同じく汚れたり傷ついたりしているが
この世界の刀や槍は手入れさえさぼらなければ
持ち手共々復活するのだからちょっと不思議だ。
千十郎はそれを意外と軽々と持ち、角度を何度も変えて状態を確認する。
「・・武器ってのは古今東西、種類も形も用途も様々だが
人の作った槍を触るのは初めてかもなぁ」
などと少し感心したように意味深な台詞をつぶやきつつも
千十郎はそれをすぐ蜻蛉へと返してくる。
「・・やっぱりこっちは専門家の仕事だな。
下手にいじって悪化させるとシャレにならん」
「と、申されますと?」
「お前の方を手入れだ。というか、手当になるかこの場合」
用意していた道具箱を手にずいと目の前に移動してくる主に蜻蛉はあわてた。
多少の覚悟はしていたが、まさか本当にこんな事になるとは思っていなかったのだ。
「や、やはり自分の方を、ですか?」
「わしは鍛冶屋ではないからな。それに刃を下手にいじって
うっかりケガでもしたら間抜けだろう」
だってお前、とまったトンボも切れるからそんな名前なんだろと笑う主に
もう蜻蛉は黙るしかなかった。
正直逃げたい。合戦場で一度も思ったことはないが、今はとにかく逃げ出したい。
だがこれも自らの未熟が招いた罰なのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが・・。
「じゃあとりあえず、顔からいくか」
「は!?」
「戦に顔は使わんだろう。一番大事な手と足はコツをつかんだ最後にしとくぞ」
ほれツラをかせとばかりに手招きする主に悪意はないのだろう。
言ってる事は正論だが、その遠慮のない距離感が蜻蛉にとって困るのだ。
イヤではないが、なんというか急すぎるというか早すぎるというか
もうちょっとゆっくりお付き合いがしたいというか文通から入ってほしいというか。
などと視線を四方八方に飛ばし困惑する蜻蛉に主は苦笑した。
「何だ、傷が残ったら困るか?」
「い、いえ、そうでは、ないのですが・・」
「なぁに、どのみちお前はわしの所に婿に来てるようなもんだから
多少残っても気にする事ないだろう」
今さらっと凄い事を言われたが、どのみちそんな場合ではない。
用意されていた道具の中から真新しい布を出し
手にとってこちらへ来る主を直視できず蜻蛉は無意識に目をそらした。
「とりあえず汚れと血は拭くぞ。あまり痛むなら言ってくれ」
そう言われてそらしていた視線を戻すと、清潔そうな布と手が伸びてきて
思わず歯を食いしばったその口元をほどよく湿った布がぎゅっとぬぐっていく。
続けて頬、目の下、顎の下。荒っぽいかと思っていたその手つきは思いのほか優しく
ここに来るまで地味に痛かったのがなぜかじわじわ引いていく。
とはいえ近い。主が近い。近いですよ。痛い以前に主が近すぎる。
ちらちら視線を戻す時に見る主はふんふふーんと鼻歌まじりに手を動かし、何が楽しいのかそれなりに楽しそうだが、蜻蛉にしてみればあまり近くで見ないものを息もかかるような距離で見る上に、仕えるべき主人に拭いてもらっているとか本当に何がどうしてこんな事になっているんだいや元はといえば自分のせいだが戦の不始末でどうしてこんな事になる、などと錯乱た頭で自答する。
「はっはっは!恥ずかしいか。血は拭き取ったのに顔が真っ赤だ」
「わかっておられるなら、実況しないでいただきたく・・!」
と言ってる最中にぐにーと鼻を拭かれた。
「ま、取って食わないからそう心配するな。
あと見ててわかるくらいにガッチガチだぞ。もうちょい力抜け」
「無理ですすみませんお許しを!」
などと無意味に謝りながら目をぎゅっと閉じたり泳がしたりチラ見したりして見る主は
吹き出し笑い寸前みたいな顔をしていて実に楽しそうで
普通なら怒るところだがもちろん蜻蛉にそんな余裕はない。
だがそれが逆に功を奏したのかあちこち拭かれている間の記憶はほとんど残らず
主が近すぎて困るな件は意外と早くに終わってくれた。
「こんなもんか。じゃあ手入れ、始めるぞ」
だがそれで終わりではない。汚れた布を置いて主が次に手にしたのは
ここ数日で見慣れた手入れ道具、主呼称ぽんぽんとふきふきだ。
「わしも注意するから滅多な事はないと思うが・・まぁいい。気楽にしてろ」
「りょ、了解しました」
滅多な事ってなんだと一瞬思うが、気楽にしてろと言われたならそうするしかない。
蜻蛉は意を決して目を閉じ、とりあえず畑の野菜の生長具合でも思い出すことにした。
しかし緊張したわりに手入れの方は特に何もなかった。
顔に当たる丸くて軽い感触のあと、しゅっと布がすべっていく感覚。
その繰り返しで痛みはどんどん消えていき、傷特有のひりついた感触も消えていく。
恐る恐る目を開けると、丁度こっちを見ていた主と目が合ったが
主の方は気にせず黙々と作業に没頭している。
「なぁ蜻蛉」
そんな中、ふいに黙っていた千十郎が口を開く。
「ケガは痛いか」
そのシンプルな問いかけに蜻蛉は少し迷ったが。
「・・戦の最中は気になりませんが・・痛いです」
そう素直に答えると千十郎は少しほっとしたような顔をして。
「・・そうか。ならいい」
と返して作業を続けながら独り言のように話し出した。
「痛いのは大事だな。生きてる証拠だ。
生きてるから死にたくない。痛いのは死にたくないってことだ。
痛くなくなるのは死ぬか、最初から『無い』のか、どっちかだってな」
などという言葉を聞きながら蜻蛉は目を閉じ、少し考える。
主は時折、浮世離れした事を話されるのだな。
多くをその目で見てどこか人を客観的に見ている節があるような・・。
「よし、顔は終わったぞ。ちゃんと男前だ」
などと思っていると顔の手当が済んだのか
ぎゅっと顔全体を布でぬぐわれて作業が終わる。
付け加えられた台詞に少しばかり動揺しつつも蜻蛉は姿勢を正し
ほれ確認、とばかりに差し出された鏡にうつる自分を見た。
どうなる事かと少し心配はしていたがまったく問題ない。
傷は跡形もなく痛みもない。髪は少しばさばさしているが、気になるほどでも・・。
「あ、クシ持ってくるの忘れてたな。まぁいいか、今はこれで」
と思っていたら主が手櫛でさっさか上手に整えてくれて
あまりのさり気なさと手際のよさに蜻蛉は『距離感!』と叫びそうになった。
「ふーむ、これで一応手ずからの手入れは可能ってのは立証され
ってどした蜻蛉。また顔が赤いが熱でもあるのか?」
「・・い、いえ、お気になまさらず、気持ちがおでいつけていまいだけで」
「え!?ちょ、お前ホントに大丈夫か?ヘンな雑菌でも入ったのか?」
「いやですから!距離感が!」
たまらず言ってしまった心の叫びだったが
部分的に聡明な主はそこで大体を察してくれたらしい。
「・・あー、そういやお前、槍だったなぁ。あんまり距離が近いと落ち着かないか」
おぉ、さすが主。察してくださっ
「だが慣れろ。だってこれ罰だもの」
たか、と思ったが、察してくれてもダメなものはダメらしい。
身も蓋もないことを言ってごんとおでこをぶつけてきた。
「そもそも今回の件、戒めのつもりで始めたことだからな。
近かろうが遠かろうが恥ずかしかろうがかまうもんか。やめんぞやめんぞー」
などと言いつつぐーりぐりおでこをこすりつけてくる主に
うわーんなにこの主アホ怖いよ恥ずいよあとかわいいよとか思いつつ
蜻蛉は鼻血出して気絶したくなったが
ある意味無慈悲な主はもちろん許してくれなかった。
「つうわけで、次だ。次は胴をやるから一回立て」
そう言われてはどうしようもならず、蜻蛉は処刑台に引っ立てられた罪人の気分で
のっそりと立ち上がってぐったりと下を向く。
「まぁそう気にするな。わしも気にせん。
気になるなら世話されてる最中の馬の気分でいろ」
そう言われて蜻蛉は馬屋の馬のことを思い出す。
言われてみれば今の状況と世話をしている馬の状況は似ているので
ためしに言われたように世話をされている馬の気持ちになってみると
身体を拭く感触もやたら近い主のこともあまり気にならなくなった。
「落ち着いたか?」
「・・はい、お恥ずかしながら」
「いいって。気にするな。じゃ、手入れ始めるぞ。
少し大きい傷もあるから痛いなら・・あ、やっぱ痛くても我慢しろ」
「え!?」
「痛いって言ってもやめるわけにはいかんだろ。一応加減はするが、男なら我慢だ」
などと脅されて思わず身体測定前の女子みたいに前を隠そうとしたが
どう考えても女々しすぎるのでぐっとこらえる。
うぅ、やはり戒めだ。次からは絶対傷は負わないようにしないと
などと反省しつつ手入れの様子を見ていると
時々主が道具にふっと息を吹きかけているのが目に入った。
何かの癖だろうかと思っていると、一番大きな傷に道具がさしかかり
蜻蛉はぎくりとするが。
「・・とは言え、やっぱり痛そうなのに変わりないんだよなぁ。
まんばの時も思ったが、大体なんで刀・・いやお前槍だけど
槍なのに血が出るんだか。砂鉄とかじゃダメなのかよ。紙ふぶきでも可」
などと主が妙な愚痴をこぼし出したので意識が自然とそちらに向く。
「あとへせべ。あいつも変だ。なんでケガしてるのに嬉しそうなんだあいつは
・・あ、いやしかし、もうアイツに関しては追求しない方が正しい気がしてきた。
悪いやつじゃないん、だがなぁ・・うん。たぶんな!」
ぽんぽんしつつ最後は自分に言い聞かせるみたいな言い方で
かぁ〜と気合つきで息を吹きかけた布がぐいーと一番の深手部分をぬぐっていく。
蜻蛉はぐわぁと思ったが予想に反して痛さがない。
恐る恐る見るとほんの少し前まであった結構な深手が綺麗になくなっていた。
手入れで傷が治るのは知っているが、あんな一瞬で治るものなのだろうか。
少し不思議に思いつつも作業をしばらく眺めてみても、特に変わった様子はない。
・・・もしや、主?
「よし、胴体終わりだ。次、足な。ちょっとやりにくいから脱いでくれ」
だがわずかに浮き上がった小さな疑問は、何気ない指示で全部ふっとんだ。
「え・・・・は?!全部でありますか!?」
「いやいや全部はいい。ここの太ももの傷が大きいからやりやすいようにしてくれ。
って、やっぱり恥ずかしいか?」
「い、えっ、そう、では・・あります」
強がってみても意味がなさそうなのでもじもじしながら認めると
主は頭をかきながら苦笑しつつ細かい指示をくれた。
「えーと、じゃあここを持って、ここをほどいてたくし上げてだな・・」
言われた通りにしてみると、なんとか下を脱がずに手当ができそうな格好になる。
が、もちろんそれは外野からすれば面白い格好なことこの上ない。
「ちょっと間抜けだがッふ、わししか見てないから気にするブッ、ことない
とにかくプッ、拭いてからててて当てするからッぷッ」
・・・どうしよう、主を殴りたいと思ったのは初めてだ。
などという葛藤と戦っているうちに恥ずかしい足の手当も終わり
終わってから蜻蛉は強くなろう、とにかく二度とこんな目に会わないためにと
すごく強く心に刻んだ。
あと主を殴りたい気持ちは未熟な自分を殴る気持ちにがんばって変換しておく。
「じゃあ最後、腕だ。一番大事な所だから慎重にやろう」
とはいえ蜻蛉も主もだいぶ余裕ができたのでその後の作業はすんなり進んだ。
主はもう熟練の職人のような手つきで作業をしているし
ちゃんと治るという確証もできたので蜻蛉も心配することはない。
それにしても、と蜻蛉は思う。
作業中の主の目つきは、いつもの主と大違いだ。
歳のわりに喜怒哀楽がわかりやすい主だが
こうして真面目に何かに没頭しているところは実に精悍だ。
いやもしかすると、実はこちらの方が主の本来で
いつもの主は偽りなのではないかという考えが浮かび、蜻蛉は一人ではっとする。
何を馬鹿な。敵前敵中でもあるまいに、そんな事をして何になる。
そう思いつつも主から目が離せないでいると
最後の拭き取りを終えたらしい主が顔を上げてきた。
「よし、終わったぞ。動かしてみて確認してくれ」
その言葉で蜻蛉は我に返り、目の前の主の方をじっと確認してしまう。
そこにいるのは主だ。太めの眉毛に少しばかり眠そうな目。
千十郎という名のいつもの主・・のはずだ。
「?どうした」
「・・いえ。何でもありません。確認ですね」
単なる思い過ごしで考えすぎだと自分に言い聞かせつつ
言われた通りに全身を動かしながらざっと確認してみると
気合の賜物なのか偶然か奇跡の技なのか
あれだけあった傷の1つも、その痕跡すらもほとんど残っていなかった。
「痛い所はあるか?」
「ありません」
「各部ちゃんと動くか?」
「・・問題ないようです」
「よっしゃー!ふい〜」
と言うなり落ちるように大の字にひっくり返った主に蜻蛉はぎょっとする。
「主!?」
「なぁに、少し疲れただけだ。慣れない事をすると体力がなぁ・・」
「・・主、今更ですが申し訳ありません。お手数をおかけしました」
「いや、わしとしてもそこそこ楽しかったぞ。
なにせ目の前の奴と赤くなってプルプルしてた奴とが同一って所がとくに」
「そ、そこを蒸し返さないでいただきたい!」
「はっは!ま、冗談はともかく次から気をつけろ。
戦でわしができるのは進むか戻るかの指示だけで
敵を前にしてどう動くかはお前たち次第だからな」
そうして主はむくりと起き上がってこう付け加える。
「武功は二の次、いや、もうこの際どうでもいいか。
しばらくは戦果を上げる事よりも自分の身を優先させろ。
いくら手入れすれば治るからとはいえ、見てる方もつらいものがあるからな」
その言葉に蜻蛉の胸の奥あたりがじんわりと暖かくなる。
これはきっと槍のままでは味わえなかった感覚だろう。
この感覚はどう言い表せばよいのだろうか。
感激、感動、歓喜、心嬉しい、どれかわかれば主にお伝えする事ができるのだが・・。
む、そうだ。
「主、お手をしばらくお貸し願えますか」
「?手?」
よくわからないまま主が片手を差し出すと、蜻蛉はそれを軽く手にとってじっと見る。
それは何の変哲もない男の手だ。
たがそれはたった今自分の傷を全て完璧に塞ぎ
幾多の刀を育て戦場へ送り出し、同時に引き戻して拾い上げる審神者の手でもある。
蜻蛉はそれを両手で包み、無意識で自分の額に押し当てた。
その行動に千十郎は少しばかり驚いた。
お前、距離感はいいのかと思ったが
しばらく様子を見ていても蜻蛉は動揺する気配がない。
・・あ、そういえば槍っていうのは騎士が持つ武器でもあるんだよなぁ。
武人で騎士・・か。ふふ、東と西の無骨野郎の集合体だ。
などと少し微笑ましく思いつつ、千十郎は蜻蛉の気の済むまで待つことにした。
が、蜻蛉はなかなかその手を離そうとしない。
別に恥ずかしい事をされているわけでも、誰かに見られているわけでもないのだが
何というか、蜻蛉の熱意やなにやらがそこから直接流れ込んでくるようで
千十郎はだんだんと落ち着かなくなってくる。
あの〜、蜻蛉君、まだ?
と何回か聞きたくなったものの
熱心にお祈りする信者のようなその様子に結局何も言えず
さらに黙って待つこと数分。
それでも蜻蛉は動かない。
ためしに軽く覗き込んでみると、目を閉じてなにやら感慨にひたっているようなご様子。
お前、距離感どうしたんだよ。
あとその大事そうに握ってる手、そんなに大した手じゃないぞ。
大体わしはお前達に都合よくできてるが、それは・・
と、そこまで考えて千十郎はその思考を止める。
こんな不器用に自分をしたってくれる奴を前にしてそれは無粋だろうし
元々の自分がどうあれ、それはここの連中には関係のないことだ。
「・・なぁ蜻蛉、もういいか?そろそろ手が溶けそうなんだが」
そんな事を思いつつ思い切って声をかけると
それで我に返ったらしく、蜻蛉は握りしめていた主の手が
いつの間にかホカホカになっていることに気がつき、慌ててそれを離して飛びのいた。
「こッ、これはご無礼を!」
「・・いや、かわまんさ。お前があまり口が回らんし
そのくせに中身が熱くて不器用だからな」
まるで握られていた手から思いを読んだような台詞に蜻蛉は少しどきりとする。
別に知られて困るようなことではない。
ない、はずなのだが・・なぜか自分でも知り得ない心のずっと奥の方。
名前もわからないある1つの感情だけは悟られてはいけない気がするのだ。
などと複数の意味でドキドキしていると
その主が肩をぐるりと回しながら思いもしないことを言い出した。
「さ、てと。それはそうと最後の仕上げに風呂だ」
「・・は?」
「傷は塞いだが血だの泥だのの汚れは全部落とせてないだろ。
わしもついでに済ませるから洗ってやろう。行くぞ」
「な!?い、いやその、しかし!」
まさかそこまでされると思っていなかった蜻蛉の鼻先に
少しばかり意地悪そうな顔をした主の指が突きつけられる。
「全部きちんと綺麗にするまでがワンセットだ。
拒否権はないぞ。このドジめ」
あぁ、そうだった。そういえばこれ戒めだった。
でもなぜだろう。その主の意地悪そうな、でも楽しそうな表情から目をそらせない。
それと同時に心の奥の方に仕舞い込んでいた何かに
ぼっと火をつけられたような感覚。
なんだろう。なぜだろう。悪い感覚ではないのだが
歯止めをかけないと大変なことになってしまうような感覚も同時に起こる。
などと考えている間に腕を掴まれずるすると風呂場へ連行され
気がついた時にはもう主はぱっぱと脱ぎ出していて
蜻蛉は心底驚愕するはめになった。
そして当然ながら風呂でヘンな事はされなかったものの
蜻蛉はさっきの暖かさもろもろが帳消しになるくらいの精神的ダメージをもらい
座り込んで主に励まされているところをしお(獅子王)に誤解される事になるのだが・・。
「・・しかしなぁ蜻蛉よ、お前がそんなだとこっちまで引きずられるんだが」
その誤解されるまでの間、主が困ったようにそうつぶやいていたのを
見ただの見られただので丸まって凹んでいた蜻蛉が知ることはなかった。
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