唐突だが、主の千十郎の髪はそこそこに長い。
前でまとめて腰のあたりまであるそれは
まとめていないとかなりバサバサでクセも強く
紐でくくるだけではかなり野暮ったい状態らしい。

というのも本人がそのあたりにほとんど気を使っていないがため
基本的なお手入れはヒドイの一言。
とかすのも適当。洗うのも適当。乾かすのだってそのうち自然に乾くだろの雑さ加減だ。

几帳面な人が聞けば怒られそうな事案だが
それに最初に気付いたのは一時期世話を請け負っていたまんばだった。

彼は髪の手入れに興味やこだわりがあったわけではないが
一時期の世話以後、なんとなく主の髪に手入れをする係になっている。

本当になんとなくだ。別に命じられていなければ提案もされていない。
ただ時々、なんでもない時にクシを持ってきて無言でその髪をすいていくのが
彼独自の不思議ルーチンとなっていた。



それが行われるのは主が本を読んでいるか書類仕事をしていて
一時間くらいは席を立ちそうにない時。

そういった時、まんばは黙ってやって来て
懐から出したクシを片手に近くにすっと座ってくる。
それに気付いた主が手を止めて。

「・・いいぞ」

前にあった髪の束をぺっと後に放り投げたらOKの合図だ。

この雑な扱いは意識高めのみやび(歌仙)やキンキら(蜂須加)にはいい顔をされないが
それを挽回するのが自分の役目だとまんばは勝手に思っている。

変わった編み方をされている布をほどくと
中からばさとクセの強い髪が出てきて背中で広がる。
手入れらしい手入れをされないそれはあちこち曲がっていて長さも所々おかしく
気にする人が見れば眉をひそめるような状態だ。

だがまんばはそれを気にした様子もなく黙ってさくさくクシをかけ始めた。
たまに引っかかる所は指でほぐし、頭を引っぱらないよう注意しながら黙々と梳いていく。
もう歳だと言うわりには白髪がまったくないその黒髪は手入れ上ではあまり誉められたものではないものの、そのわりに近くで見ると色が綺麗で手触りのいい感触はまんばの密かなお気に入りだ。

そうして何度か梳く作業を繰り返し、引っかからなくなるとクシを置き
ほどいた布を巻きなおして、ゆるみがないのを確認後。

「・・終わった」
「ん」

まとめたものを前に渡して終了だ。

頼まれたわけでもないし誉められるわけでもないが
この地味で何気ないやりとりがまんばは好きだ。

あとは気の済むまでその背中か横顔を眺めて適当に立ち去るのがいつもの流れ
・・だったのだが。

「・・そうだまんば」

たまには前髪もやらせてもらえないかな。
眉毛もやってみたい。抜けたら記念にほしいし、などと若干妙な事を考えていると
急に声がかかってはたと我に返る。

「お前いつも楽しそうにやってるから、たまにはわしにもやらせてくれ」
「?何を」
「くし」
「誰に?」
「お前に」
「・・・え・・・?」

その意味を理解したのと同時に考えていた事が白紙になり
次の瞬間頭の中が運動会の玉入れのような勢いでごちゃごちゃになる。

別にクシを、入れるくし、まて、俺の髪?大体いつもさわって・・いないが
布越しで、そもそも楽しそうとは何だ。こっちをまったく見ていないのにどうしてわかる。
手触りは好きだが、別に頼まれてやっていないし、仕事してたんじゃないのか?

小さなカゴめがけてでたらめに玉を投げるがごとく
言いたいことが浮かんでは言えずに消えてほとんどが口から出ず
口半開きで固まるまんばの手から主はクシを取ると。

「・・だめか?」

少しばかり残念そうなその様子に
まんば内でゴーンという音が鳴り、運動会は強制終了。
すんと真顔になった近侍は何事もなかった様子で座りなおし。

「・・好きにしろ」

と小さくはっきり、さっきの脳内大混乱が嘘だったかのような冷静さで言い放った。




しかし主のわくわく感とは裏腹にその作業は実にあっさりしたものだった。
なにせ長さも髪の質も全く違うので、かかる手間が段違いだ。

「・・なんてこった。クシがまっったく止まらねぇ」

2回もとかないうちにそんな弱音を吐く主をよそに
まんばはまったく別の事を考えていた。

手が堅い。かさかさしている。でも触り方はやさしい。加減もしてくれている。
いつも布越しだったそれは直接だと感触がとてもよくわかり
温度ややわらかさもそうだが触れられるたびに手の形や厚み肉のつき方までもわかるようですごく不思議な気分になる。

「そもそも短いしさらさらだし、質だの量だのまったく違うし・・
 やりがいがないと言うか必要がないと言うか、ちーっとも参考にならんと言うか・・」

ぶつぶつ言いながらも何度かクシを入れてみるが
クシどころか手ですいてみてもその髪は一本もはねず曲がらず絡まず引っかからずの素直さなので、もしかしてこれ、必要以上にやったらハゲるやつかと変な心配をしてしまう。

だがそんな心配をよそにまんばは夢見心地だ。
後頭部で主が何かぶつぶつ言っているがそんな事はどうでもいい。
力加減のちゃんとされているくしの通し方や撫でつけてくる手の感触。
思い出したようにすくい上げられた髪が指の間ですり合う微かな音。
そのどれもがやたらと心地よくて、今度からこれご褒美でやってもらえないかなぁ
もちろん皆には内緒で。とくに長谷部。
などとぽやぽやする頭で思っていたが。

「・・しかしお前、髪が綺麗だったんだな」

何気なくもらした主のその一言に
夢心地だったまんばが背中から突然体当たりをくらったくらいの衝撃を受けた。

・・・え?じゃあ今まで汚いと思ってたのか?
日に当たらないホコリっぽい頭で黄ばんだ布みたいな色していたとか?
蒸れて臭そうで直接さわるのも嫌だったとかそういう・・??

などというマイナス思考をもりもり膨らませ軽く震え出したまんばに
何となく察したらしい主が笑いながら訂正してきた。

「いやいや、そうじゃない。えーと、何というか、言ったら怒るかも知れんが・・

布のない頭の上にぽんと手が置かれる感触がし
まんばの全神経がそこと耳に集中する。
主の顔は見えないが、声色と手の感触からして少し躊躇っているような感じが
・・ん?ちょっと待て。俺が怒るような話で躊躇っているということは・・つまり・・

「お前を最初に見た時、ボロをかぶって人目をさけて怯えてる
 子供か動物みたいな印象があってな。
 それが先行してたからか、髪が綺麗なのは今こうして見てやっと気がついた」

俺にとっては爆弾が飛んでくるということだ。

という認識と同時に言われたその言葉にまんばが目を見開き
それに気付いたかどうかはわからないが、目の付け所の不思議な主は
クシのいらない素直な髪を撫でつけながらこう続けた。

「それにお前、いつも布かぶってて取りたがらないし
 それをわざわざひっぺがす意味も理由も特にないし
 あと何よりわしの美的感覚が残念なこともあるんだろうが・・
 まぁなんというか、今ごろ気付いててすまんな」

一ふさ取られた髪が少しづつこぼれ落ち、自分の方に戻ってくる感触がする。
それと同じように自分の中にあるカラのような物が欠け
ぱらぱらと落ちていくような感覚にまんばは胸のあたりをぎゅうと掴んだ。

「・・あ。そういやお前が時々言ってた綺麗がどうとかって、もしかしてこの事か?
 何の話なのかと思ってたが、今謎がとけ・」

ばふ ゴロゴロゴロ ドン

だが言い終わるより先にまんばは素早く布をかぶりなおし
膝を抱えて器用に横転し壁にぶつかって止まった。

恥ずかしいのか怒っていいのか嬉しいのか困っていいのか
とにかくどうしていいのかわからなくなったらしい。

「・・え?なにその前衛的な表現。どう受け止めりゃいいの?」

さすがにそこから思考は読めないのか、主はクシを片手に困ったような声を出す。
するとまんばは数秒後、逆再生したようにゴロゴロゴロと主の前まで戻ってきて。

「・・・・・・続き」
「ん?」
「・・・続き。さっきの」

少ためらいつつも布をとって先程の状態に戻す。
何を思ってビリヤードの玉みたく戻ってきたのかわからないが
わざわざ戻ってきて要求してくるなら嫌ではないのだろう、と判断するしかない。

千十郎は少し怪訝そうな顔をしつつも
さっきと同じくクシを持って短くて素直な髪をときにかかる。
でもやっぱり短いしクセのない髪なのでクシのやりがいはまったくなかった。

「・・やっぱりやりがいがねぇ。こんなの手ぐし案件だろが」
「ならそれでいい」
「元々綺麗なところがばさばさになるかも知れんぞ」
「かまわない」
「わしの雑さ加減が伝染してもしらんぞ」
「望むところだ」
「望むのか」

どうやら何を言っても無駄くさいので千十郎は諦め
くしと手を使って元から綺麗な髪を綺麗に整えるフリをするハメになった。

「変なクセがついても文句言うなよ」
「別にいい」
「はげても怒るなよ」
「問題ない」
「・・お前延髄反射で返事するのよくないと思うぞ」
「わかっ・・・・・・・うん」

それからしばらく静かな時間が続くが
千十郎もフリをするのも飽きてきたらしく、一番長い所を使って小さな三つ編みを作っては
クセがついても困るだろうからと、ほどいてまた別の所を編みにかかる。

そんな作業を何回か繰り返すうちに千十郎はぽつりと。

「ふーん・・そうかぁ、髪も綺麗なまんばかぁ・・」
「綺麗とか・」

言うな、といつものクセで言いかけたその言葉が、はたと気付いたように途中で止まる。

髪・・・・・・・も??

まんば脳内大運動会リターンだ。

・・ど?まて、どこだ?どこ、どこの事だ?前髪?髪以外?
手足肌姿勢鞘刀身目爪声歩き方歯並び・・?

思いつく限り考えてみるが、美的感覚や観点がおかしな主の正解などわかるはずもなく
かといって直接正解を聞くにも恥ずかしすぎるし気にはなるし。

なのでまんばはしこたま脳内で一人バタバタした末に。

「・・聞いて、いいか」
「ん?」
「俺は今でも・・ボロをかぶって人目を避けて怯えてるように、見えるのか」
「そうだなぁ・・」

自分で聞いておきながら息を止めて死刑宣告を待つようなまんばとは対照的に
主はいたくあっさりとした様子で口を開いた。

「今はまんばだな。無愛想で距離感が丁度良くて真面目で優しくて
 時々突進気味で予想外の事にぶち当たるとあわあわする・・」

ばふ ゴロゴロゴロゴロ どちゃ

再度耐え切れなくなったまんばはさっきとまったく同じ動作で転がり
今度は庭側に転がっていって縁側から落ちた。

「・・え・・おい、さすがに大丈夫か?」

心配しつつ落ちた場所をのぞきこむと、丸くなって顔を隠す白まんじゅうがいて
ぱっと見としてはケガはないが、とりあえず髪の方はもういいのだという事だけはわかった。

が、それからしばらく白まんじゅうはまんじゅう形態をやめず
ケガしてないかを確認するのになだめすかして説得したりして
ちょっと手間がかかったりしたそうな。





「と、いう事があったんだが・・わし、何か悪い事でも言ったかなぁ」

そう言い終わった瞬間、にこにこしながら楽しそうに話を聞いていた山筋(山伏国広)が
ばっしと口を押さえて横を向き、ブベフゥー!といういつもの笑い方ではない妙な吹き出し方をした。

丁度手合せを終えたらしい山筋とお乱(乱籐四郎)をつかまえ
ためしにお乱の髪の手入れをやらせてもらいつつ
その時の事をざっと話してみたら反応がそれだった。
ちなみに髪をお手入れ中のお乱は完全な真顔でぼそりと。

「・・うん。ボク、あるじさんのそういう所すごいと思う」
「?どういうところ?」
「んーーとーー、説明するのめんどうだし、言っても無駄っぽからいいや」
「?まぁ無駄と言うなら別にいいが・・いい・・んだろうか」
「・・ぐッフ!うむッふ、気にッする、事ではない、な!
 主らしくあり、兄弟らしく、もあるブっふゥ!」
「・・変にこらえるならもう普通に爆笑してもらってもかまわんぞ。
 大体何がおかしいのか全然わからんし」

すると山筋、がささと這って離れて背中を向け
吹き出しつつむせて咳もまぜながらそれでも笑うという複合技でとにかく笑った。
一応あんまり笑うと悪いと思っているらしいが、逆に殺傷力が上がっている。
幸いな事に色々とニブめの主にはまったく効かないが。

「しかしお前さんが笑うって事は、少なくとも悪い話じゃないんだろう
 ・・と、都合のいいように解釈しておくか。ほれ出来たぞ」

ともかく運動後の整えがてらという事で、クシと紐を使い綺麗にして鏡を渡してやると
お乱は一瞬ぎょっとしたような顔をし、鏡の角度を何度も変えて念入りに全体を確認した。
というのも出来たと言われたその状態はどう見ても文句のつけようがないほど
綺麗で繊細でかつ自然に整えられていて、少しの紐とクシだけでここまでできるのかと思うくらいの仕上がりだったからだ。

歌仙がたまに妙な顔をして出来上がった生け花を複雑そうに眺めているのを見た事があるが、どうやら原因はこれらしい。
普段がさつな行動やいい加減な振る舞いが多いこの主は
それに反してこうしたセンスや芸術性はちゃんと持ち合わせているらしく、才能の突出している人は変わり者が多いというか、能力の振り分け方がおかしいというか・・。

「・・自分のは適当なのに、人にすると凄く上手なんだね」
「手作業は得意な方だからな。あと自分のはとっくに見飽きてどうこうする気もおこらん」
「うーん、わからなくもないんだけど・・」

それはそれで才能がもったいないよね、とお乱は言わなかった。
そこをあまり突き詰めると主が男士達の専属髪結い師にジョブチェンジしそうだ。

「あ、ところでちなみに聞くけど、まんばさんの綺麗なところってどこだったの?」
「箸の持ち方と筆使い。ただし内緒だぞ。動揺して台無しになるともったいないからな」

そう言って口の前に指をたてて小さく笑う主に
おさまりかけていた山筋の方からボフッと追加の吹き出し音が聞こえたが
お乱はもう気にしない事にした。

「そうだ。山筋も何かしてやりたいところだが、まんば以上の短髪だからなぁ。
 かわりに頭皮のあん摩もどきでもしてやろうか」

するとようやく笑い終わってゼェゼェしていた山筋が意外そうな声を出す。

「なんと、主殿はあん摩の心得がおありか?」
「我流だが多少な。物は試しだ。そこに座れ」
「心得た!」

どすんと座って頭巾をとる山筋と
手をほぐしている主を見ながらお乱はちょっと嫌な予感をさせる。

「えぇと、生え際のここをこうして、ここを軽く叩いて、ここをこう・・」

ぎゅうぎゅうとんとん むっしむっし

「おぉ!これはなかなか!」
「ついでに首もやっとくか。お前は確かこっちの方を使いがちだから
 ここをこうして、こうする、と・・」

ベキ ビキ ゴキン

「おぉう!豪快な音はすれど身体は軽くなるという珍現象!」
「なんだったらもう全身やっとくか?」
「ではお頼み申そう!」
「よし、じゃあしっかりふんばってろ。
 確かこっちをこう、して、せーーのッ・・!」

ベキ!ゴキ グキバキボキ

間近で繰り広げられるその肉肉しい光景にお乱の顔が無になった。

「・・なんだろう。ボクは一体何を見せられてるんだろう。
 強いて言うならすんんごくおっさんくさい光景を見せられてる気分なんだけど」
「なんだったら覚えてみるかお乱?お前打撃(蹴り)の才能あるし」
「やだ。筋ゴリに感化されたくない」
「え〜?ゴリラって力は強いが繊細で優しい生き物なんだぞ?
 例えば蜻蛉とかそうじゃないか?」

へっくしょん!

え?いいのそんな堂々と引き合いに出しちゃってとお乱が思っているのと同時に
当の蜻蛉切が派手なくしゃみをしてたまたま横にいたコムラ(村正)が
『え?脱いでモいないのに?』と不思議そうな顔をしていたりする。

「・・あ、そうだ。蜻蛉で思い出したが蜻蛉もコムラも髪が長かったな」
「おう、主殿はまだ意欲が衰えんと申すか」
「しかも二人ともガタイがいいから整体もやれるな。
 そしてコムラにいたってはお前それどうなってんだ
 揚力か磁気か芯でも入ってるのかそれとも独立固体かと思いたくなる謎癖毛。
 むぉお!オラわくわくしたきたぞ!」
「・・・いってらっしゃーい」

何のスイッチが入ったのか、がちゃがちゃと道具をかき集め
どたばたと走り去る主をお乱は若干白い目で見送る。

「・・やっぱりあの人、ふり幅がおかしいよね」
「カッカッカ!意欲旺盛で結構な事である!」

そう言う刀達の個性のふり幅にもかなりの差があるのだが
今のところ彼らの大半にその自覚はほとんどない。

「しかし礼を言う暇すらなかった。次に会う時覚えておられればよいが」
「明日にはもう忘れてそうだけどね。
 でも山筋さん、もしかしてまたいつかやってもらうつもりなの?あのおっさんくさいの」
「主の都合がよければであるがな!」
「・・できればボクに見えない所でやってほしいんだけど・・まぁいっか」

もう気にするのも面倒になってきたので気にしなければいいやと諦め
お乱は主の残していった手鏡を見た。
思いがけず綺麗にしてもらったが、これはこれで戦闘中や内番中に台無しになりそうだし自分だけで維持するのもむずかしそうだし・・。
となると主に頼むのが一番手っ取り早いのだろうが・・・頼んでいいものだろうか。
手間を考えると教えてもらって以後自分でやるのが一番な気もするが
どうにも納得いかないというか腑に落ちないというか・・。

その葛藤が顔に出ていたのか山筋が肩をごきごきしながら。

「気に入ったのであれば、また頼めばよいであろう」
「うーーん。それはそうなんだけど・・」

しかしそもそもあの主だぞ。
腰に悪い。風邪が怖い。便所が近くなるけど脱水症状も心配とか
おっさん通り越して年寄りくさい台詞を平気でもらすあの主だぞ。
そのおっさじいさんにこの可愛いが主軸のボクが教えを請うというのか。
それって売れっ子の髪結い師が大根農家に教えを請うみたいで戦う前から負けてない?

などと可愛いからかけ離れた渋い顔で考えるが
そのあたり全く気にしない山筋はいつも通りな笑い方で。

「カッカッカ!言いにくくとも素直に言わねば色々と難儀するぞ。
 たとえるならば兄弟のようにな!」

と、言い終わってから思い出したのかベフっと吹きだした。
この肉体派、普段の笑い方がカラっとしている分
控えめに笑おうとすると妙に腹立たしい。

「・・うーん蹴りたい。手合せとかぬきにして普通に蹴りたい」
「ぬ?そうか?では合意の名の下、一撃入れるといい!」
「え?いいの?」
「拙僧そうやわでないし、一撃だけなら誤差である!」

その自信の出所と意味はわからないが、いいと言うなら遠慮はいらない。

「よーし!じゃあいっきまーす!」
「よし来い!拙僧の筋肉が全力でお相t」

という台詞途中でごっきという筋肉まるで関係なしな音がして
『蜻蛉ー!コムラー!そこ動くなー!』という声がそれに重なった。

山筋は全身よく鍛えていたが、お乱が蹴りを入れたのは筋肉少ない顔面。
満タンだった生存値が4ほど減り、この後彼は『成る程!表情筋とは盲点であった!』
などと顔に足型をつけたまま笑ったそうだ。





そしてそれからさらに数日たったある日。

「主。少々お時間を拝借してよろしいでしょうか」

へせべ(長谷部)がくし入りの道具箱を持って部屋を訪れて来るので
あぁ、どこかから前の髪ブームの件を聞いたんだなと思いつつ。

「・・もしかして、お前もといてくれとか言うクチか?」
「ご多忙であれば時間と日を改めますが」
「つまり諦めるが気ないんだな。まぁいい。
 今ちょうど手が空いたところだ。そこに座れ」
「ありがたき幸せ」

まぁ大した手間でもないから別にいいかと思いつつ
座布団にきっちり正座したへせべの後に低めの椅子を用意して座り
まんばと同じくやりがいのなさそうなそう長くない真っ直ぐな髪にくしを入れて軽く

コッ

「ん?」

おろそうとしたが、くしが髪の中で引っかかる。
何だと思ってかき分けて調べてみると
中で白い米粒のようなものが髪を数本くっつけて固まっている。

「・・・なぁへせべよ」
「はい何でしょうか」
「中で米粒みたいなのが見つかったんだが・・」
「あぁ、どうやら朝食の米がついてしまったようで」
「お前メシ食ってて後頭部の中の方に米がつくのか」

だがもちろんへせべはそんなに行儀悪くないし
周囲の礼儀作法にも目を光らせているのでふざけてつけられたとも考えにくい。
まさかと思いつつ他の場所にもクシを入れようとしてみるが
どこもコツとかカチとか音がして、あちこちから似た状態の米粒が出てくる。
絶対わざとだ。

「だぁーもー!つまらん事に用意周到なやつめ!」
「お褒めに預かり・」
「褒めてねぇ!」

ぺんと問題の後頭部をひっぱたき、主はくしを放り出して
上手いことつけられた米粒を一個一個髪を傷めないようぽりぽり割って
ひっついている髪をほどきにかかる。

髪をかき分けちくちく作業するそれはお猿のノミ取りそのものだが
主を独りじめできたへせべはまったくかまわずご満悦だ。

「主」
「なんだ!」
「お手間をおかけし恐悦至極に存じます」
「やかましいわ!!大人か悪ガキかどっちかにしろ! 
 髪とくくらい普通にしてやるからもうこんなめんどくさい仕込みするな!
 誰かが真似したらどうする!おもにまんば!」
「成る程。では次回より後頭部から堆肥に倒れる程度にとどめ・」
「たら無言で池に投げ込んで、その場に一晩待機の後七日接近禁止の刑に処す」
「浅知恵申し訳ございません。何卒ご勘弁を」

という話が広まったのかどうかわからないが
それからしばらく主からの褒美の中に『主に髪をといてもらう』という項目が加わり
それをする場合事前に髪をいじる行為禁止という妙な決まりも加わったそうな。




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