それはなんでもない昼下がり。
昼を過ぎたころにヒマができたので千十郎は昼寝でもしようと
使われていない空き部屋に向かって歩いていた。

仕事はどうしたと聞かれるかもしれないが気にしない。
そもそも仕事したって給料は現物支給ばっかりで実質もらってないも同然なので
気にしないし遠慮もしない。

あと空き部屋を探しているのは自室だと誰がいつ用事を持ってくるかもわからないので
寝る場所は広い屋敷内のランダムの気まぐれで選び
昼寝用の布団もそこかしこに常備している。

今日選んだのは風通しのいい日陰の多い部屋。
押入れをあけて昼寝用の布団を探してがさごそしていると。

「こちらですか?」
「おうそれだ」

後ろから出てきた手がお目当ての物を出して床に置いてくれた。
そして続けざまにそれは布団であいたスペースに千十郎をすっと入れ
自分もそこに入ってフスマを閉める。
完了。

『ほぉぁーー!!?』

思わず出た奇声はここへ押し込んでくれた奴の手の下で低めの音になる。
見るとそれは内番着のへせべだ。
一連の行動があまりにさり気なかったので完全に流された。

「な?は??!おま!何やってんだ!?」
「主の昼寝用布団を出し、そこに主を入れてご一緒させていただいております」
「やった事の説明じゃねぇよ!なんでそんな事してるかっていう理由を・」

と言い切る前に再び手の平で口をふさがれる。
おい何だと思ったが、へせべが自分の口の前で指を立てるのと同時に
外からバタバタという複数の足音が聞こえてくる。

「いたか?」
「・・いないな」
「うーん、長谷部さん妙に目立つからすぐ見つかると思ってたけど、あてが外れたかなぁ」

それは声から察するに脇差の白黒コンビ
クロ(鯰尾籐四郎)とシロ(骨喰籐四郎)だろう。
その声はまだ何か話しながら遠ざかり、しばらくして聞こえなくなった。
なんとなくの事情は察したが、千十郎はしつこく居座っていた手をどけて聞いてみた。

「・・で、何してるんだ一体」
「申し訳ありません。只今隠れ鬼の最中でして」
「それはいいが何でわしまで巻き込む」
「丁度よい所におられましたのでつい」
「ついってお前・」

と抗議しかかったところでまた口を押さえられ
うつぶせに押し付けられるのと同時に近くにあった布団をばふとかぶせられる。

バタバタバタ ガラ 

「あれ?いない。うーん・・ここじゃないとすると・・」

ガラ パタン バタバタバタ

遠くで『こっちにいませんでしたー』と言っているのは秋坊だろう。
もうちょっと注意すればわかりそうなものだが、そそっかしいやつめと思っていると
それでここの捜索は打ち切られたのか、それきり誰かが近づいてくる気配がない。
遠くで皆が楽しそうに騒いでいる声は聞こえるが
まざれないのはちょっと寂しい気も・・いや、そうじゃなくて。

と思って横を見ると、そのへせべはまだ油断せず外の気配をうかがっている。
普通にしてれば普通にいい男なのになぁと思いつつ
それ以上何もしてきそうにないので同じように外の音に耳を澄ましていると
参加しているのは短刀数人と脇差、あと・・あれ?今太郎と山筋の声しなかったか?
誰がどちらをやっているのか知らないが、皆まんべんなく参加しているらしい。

「・・しかしお前まで参加してるってのはどういう風の吹き回しだ?」
「夕食の献立を魚にするか鶏にするかで分かれましたので
 人数も同数、腹をすかせるには丁度いいという提案で」
「むつみ(陸奥守吉行)か」
「ご明察です」
「あいつこういった提案するところわしに似とるなぁ・・」

平和的なのはいいことだが、それでいいのか刀なのに。
いやだからと言って斬りあいで勝ち負け決められても恐ろしいが
ここの連中は元が刀というのをたまにどころかそこそこ忘れそうになっている。

「ところで主」
「ん?」
「ここまで密着したのは以前のあの夜以来ですね」

その途端、千十郎の顔がすーっと真顔になり
じわ〜りとした動きでへせべから離れようとする。
しかしここは押入れのしかも布団の中。離れる距離にも限界がある。

「そう警戒されずとも、こんな所で不逞を働くほど品のない事はいたしません」
「・・じゃあなんでこんな所にわざわざ押し込めてくる」
「折角の機会ですので活用して色々してしまわないと勿体無いかと思いまして」
「清々しい矛盾と鮮やか手の平返し・・!」

というツッコミはべしと押し付けられた手の平で封じられる。
そういえばこの場合、強制的に黙らせることもできるのか。
この閉鎖空間に大声出せないこの状況。
コイツどこまで狙ってやってるんだと千十郎は思うが
へせべはいたっていつも通りな顔で布団をのけて身を起こした。

「とは言え、さすがにこのような場所で事を運ぶには風情がありませんし
 今回は悪戯止まりということでご了承ください」
「いやその前にわしだけ外に出て昼寝続行って選択肢は?」
「では主。ただの悪戯止まりと、ここで(ピー)し(ブー)し
 (パキューン)される事、どちらがよろしいですか?」
「・・・・スミマセヌ前者でお願いいたしまヌ」

てかわしの方が偉いはずなのになんでそんな話になるんだよ。
そもそもわし時間があったから昼寝しに来ただけなのに。
あと気をつかったのかも知れんが隠れ鬼するならわしにも声かけてもいいじゃいか。
いや別にこういった事が嫌い・・じゃなくて、どんなもんかよくわかってないが
こうも不意打ちでやられると心の準備ができないというか逃げ場がないと困ると言うか・・。

などと理不尽さと不条理さの間でいじけかけていると
がさという布の音と共にへせべが近づいてきて
答えのない考えごと中だった千十郎は少しばかりぎくりとする。

「では主、もっとそちらに寄っても?」
「・・え・・、よ・・寄るくらいは・・かまわん」
「では触れてもかまいませんか?」
「少しくらい、なら」
「抱き寄せても?」
「・・いや、それはちょっと・・」

あまり何でも許可すると前の件もあって危ないのでそこで止めるが
へせべとしてはそれでも不満はなかったらしい。
少し笑って黙って手を伸ばし、顔を両手ではさみこんで引き寄せ

「って、おいちょっと待て。一応聞くが何する気だ」
「何と言われましても、触れるだけ・・」
「言っとくが口で口に触れるのはナシだからな」

するとそうするつもりだったらしいへせべは
仕方ないなとばかりに肩をすくめて手を離してくる。

・・おい、なんでわしが我侭言ってるような雰囲気になってるんだよ。
元はといえばお前がやらかした事が発端だろうが。
という理不尽さをこめて軽く睨むとへせべは少し考えて。

「・・主、考えてみれば不自然だと思いませんか」
「?何が」
「悪戯をするのにわざわざ許可が必要というのも」

ピーン

千十郎の頭の中でそんな音がなった直後。

カーン!!

二人の間でゴングが鳴った。

掴みかかろうとしたへせべの手とそれを止めようとした千十郎の手が
空中でがっきと取っ組み合う。

「おや、主も察しがよくなったご様子で」
「うっせえ!飲み会後半の遊び感覚で奪われてたまるか!」
「それに関してはいくらか共感の余地ありですが
 こちらも好機を逃すわけにはまいりません」
「こんの・・!なめんな!」

それから押し入れ内でマンガのコミカルな場面みたくドタバタすること少し。

だがさすがに実戦部隊と机仕事の差はうめられず
千十郎はあっさり力負けと息切れをおこし、へせべにがっちり組み敷かれた。

「・・ちくしょう、そらそうだよな。場数も経験もまるで違うし、そうなるわな、くっそう・・」
「恐れ入ります」
「誉めてねぇよ!・・ぐぅ・・それにしても・・疲れた。
 おまけに昼寝はおじゃんになるし・・今日はよく眠れそうだまったく」

などとぶつぶつ文句をつける主の顔をへせべはじっと見る。
それはそれなりに歳のいった眉毛の太い男の顔だ。
ただ近くで見ていても触った感覚も特有の男くささがあまりなく
世間一般でいう色男や男前というにも何か違う。
では何に惹かれたのかというと・・そうだな。
覚えている限りではまず言葉だろうか。

そんな事を考えながら捕まえていた手を放し
何気なく顎から耳へ手の甲をすべらせてみると
千十郎は少し驚いたような顔をし、くすぐったいのかぎゅっと目をつぶって身を縮める。
おや、と思ってもう一度同じ事をするとやはり同じ反応が。

あぁ、そういえばもう1つ惹かれているところがあったな。

などと一人で再確認していると千十郎は恐る恐るといったふうに。

「あのー・・へせべ、悪戯・・だよな?そんなすごいことしない・・よな?」

などと聞いてくるので、へせべは実にさわやかな笑顔を返して。

「それを言ってしまっては悪戯になりませんのであしからずご了承を」

死刑宣告同然なことをさらりと言ってのけて主の顔を引きつらせた。

そもそも悪戯なんてものは人それぞれの受け取り方だ。
仕掛ける方が軽い気持ちでやっていても
やられる方が激怒してゴタゴタするというのはよくある話。

へせべの感覚でどのあたりまでが許される悪戯なのかわからないが
うっとりこっちを見ながら捕まえた手に頬ずりしてくるのは悪戯の範囲らしい。

「・・では主、参ります」
「・・え、いや・・宣言されても逆に怖いんだが・・」

などとやっているうちに見えない方のもう片手の指に
へせべの指が全部するりとからまってくる。

千十郎はそれが少々苦手だ。今までされた事がないというのもあるが
骨の多いその部分を握られると全身を押さえつけられるような感覚になるし
なおかつ細かい作業のできるそこは感覚も多く色々と感じやすいからだ。

それを知ってかしらずかへせべは執拗に手をいじってきて
握りしめたり撫でたり痛くない加減で指で押してきたりひっかいたりし
その一方で見えている方の手には愛おしそうに頬ずりして
自分の髪や耳にすべらせて感触をゆるゆると押し付けてくる。

くすぐったいやら恥ずかしいやらで千十郎は大いに困って
時々身をよじって逃げられないか試してみるが上手くいかず
唯一の救いと言えば暗いので赤くなっているのがバレないだろうという事だけ
・・かと思いきや、実はへせべ夜目がきくので全部見えていたりする。

なのでへせべの顔は楽しそうを通り越して恍惚としていたりするのだが
そうとは知らず千十郎は赤くなりながら視線をうろうろとさまよわせ
逃げたそうに身体をずらしながら一応の平静を保ちつつ聞いてみた。

「・・あの、なぁ、わしにはよくわからんが・・これって悪戯・・なのか?」
「もちろん。私にとっては至極楽しい悪戯です。
 あぁ、ですが私にとっては1つ良い誤算が」
「?」
「何しろこのような軽い悪戯だけでも
 主の初々しく甘やかなお姿を拝見できる事ができるとは・・
 このへせべ、恐悦至極にございます」
「おん・・まぇっ!」

お前そんなだから何も知らないコタ達から
いじめてるんじゃないかなんて誤解うけるんだよ!大体あってるけど!

と言いたかったがそこから先はへせべのターンだ。
片手を捕まえていじりながら、もう片手で顎の輪郭をじっくりなぞり
続けざまに前に調べた弱いところに手を伸ばし、じわじわと追いつめていく。

「ここと、ここ。あと・・ここもでしたね」
「ぐ・・う、うぅ・・!」

・・やはりな。とへせべは頭のすみで密やかに思う。

この反応の良さと初々しさといつもとまったく違う別の顔。
それを自分が引き出しているという達成感と支配欲。
当たり前だが主従としてあるまじきよこしまな話だが、それがいい。

目の前で息を乱しどう熱を逃がしていいかわからず困惑している主は
自分と主の前に並べ立てられる何もかもを上回る価値があるとへせべは勝手に思う。
もの凄く勝手だが、今この時の彼の頭は完全にそちら寄りで
いつもの忠誠心や物堅さが欲や熱にぬりつぶされかかっていた。

だがその時ふいに千十郎が手を動かし、ぺちと力なくへせべの口を塞いでくる。
なんだ顔を見られたくないのかと思ったがそうではない。
そうされて気付いたのだが、主の顔はもうほぼ目と鼻の先。
こちらをにらみながら荒い息をもらすその口と
自分の顔の間にあるのはその手の厚みちょうど分くらいしかない。
どうやらへせべは無意識でその口を口で塞ごうとしていたらしい。

ということはここが引き際だ。
これ以上やるとおそらく制御できなくなるだろう。
だがそう思って身を離そうとした時、何を思ったのか
千十郎は近くにあった布団を噛んで引き寄せると
そこに顔をばふと埋めてささやかな抵抗をする。

しかしこの行動が色々とまずかった。

「主、それではお顔が拝見できません」
「・・・む」
「恥ずかしいのはわかります。ですがそれでは私が次に何をするかも見えませんが」
「・・!」

どうやらそこまで考えていなかったらしく、布団の奥で息をのむような音がする。
確かに見えない状態で何かされた場合
見えない分の神経が感覚の方にいってまずいことになる。

もちろんそんな好機をへせべが逃すはずもなく
逃げようとした手を掴みなおし、さっきもうやめようと思った事もすっかり忘れて
見えないのをいい事にさっきの続きと応用をまぜて色々とやった。

「む、むぐ・・・ぐ・・ぐ!」

しかし布団でくぐもったそんな声を聞いているうち
自分は何か大変な思い違いをしているような気がしてきて
へせべはだんだんとやめ時がわからなくなってくる。

どんな顔をしているのか見たいし声だって聞きたい。
しかし今顔を見て声を聞いてしまうと何かのたがが外れて
悪戯どころの話ではなくなってしまう気がもの凄くする。

「ぐ・・!ふぐ・・・、んん・・!」

とは言え、これはこれでひどく背徳的な事をしているようで
ただでさえ少なくなった理性が結構な勢いで削り取られ
最初に宣言した軽い悪戯の話が理性や正気と一緒に押し流されそうだ。

だがその時、どこからかゴンという音と『いって!』という声がして
流されかけていたへせべの意識がさっと元に戻ってきた。

どうやらもがいていた千十郎の足が押入れの壁にぶつかったらしく
布団に埋まっていた顔が離れて足元を気にしている。

「打ちましたか?」
「か・・・かかと、打った。右の」

へせべはすぐ仕事モードになって足の入っている布団の中にもぐりこみ
主の足を探し出して素早く状態を確認する。
裸足だった足は見た限りケガもしていないし、変色もないので少しほっとする。

「目立った外傷はありませんが・・痛みますか?」
「・・ちょっとしびれたが、前のが強烈だったからそれに比べればなんとも・・」

足を触っていたへせべはそれを聞いて動きを止めた。
が、それからなぜか上がってくる様子がないので
あれ?やっぱり何かあったのかと千十郎は不安になったが
それを聞くより前にきたのはぶつけた所へ落ちたやけに柔らかい感触だ。

「?おい・・どうかしっ、てッ?!」

わけがわからず足を引き抜こうとするも、急に両足とも上から押さえつけられ
今度は指と思わしき感触がつうと足首からふくらはぎを上がっていく。

「んな!こらッ!へせべ!よ・・」

よせ、と言いたかったが無言で足元をたくし上げられ
するすると脚中を這い回る指だか何だかよくわからない感触に声が途切れる。
怖くなってもがいても足もへせべも布団の中なので
さっきの痛さと入れ替わりに怖さと得体の知れない感覚だけが這い上がってくる。

「ちょ、だからお前、何やって・・?!」
「悪戯の続きです。もう少し・・お付き合い下さい」
「もう少しって・・っひッ!?」

その少しがどこまでかわからないまま
さらに動き回り出した色々な感触に千十郎は混乱する。

いやお前おかしいだろ。顔見えないけどそれおっさんの足だよ。
もちろん美脚じゃないし触りごこちだってお前のとたぶんあんまり変わらな
ってひぇ!ちょ、じわじわ上がってくんな!これホントに悪戯か?!
そんな色気のない所いやらしく触って何が楽しいわぁあああ?!

「ちょッ・・・あ、う・・・・ぅ!」

足の裏を軽く引っかかれ、ぶつけた所をやたら優しい動作で撫でられ
くすぐられているような撫で上げられているような感触が下から少しづつ上へ上へ。
やめさせようにも布団の中ではどこに何があるかもわからず
押し返そうにも布団ごしでは手がすべってうまくいかない。

時々熱い吐息のようなものが脚に当たるのを感じながら
ホントお前ヘンな事にまで優秀だよなこの助平と千十郎は苦し紛れで思う。
そう言える事ができたなら少しは気が紛れたかも知れないが
口から出るのもはや自分でもどうする事もできない妙な声だけだ。

「・・ぁ、ん・・ん!は・・・う、ぅう!」

逃げようにも逃げ場は狭く、手を伸ばすと壁に手がつくし
熱いしかゆいしくすぐったいしふわふわするしたまに痛いし
とにかく普段誰にも触られないような所への妙な刺激の波にのまれ
千十郎は頭がくらくらしてくる。

気がつくとうつ伏せになっていて、脚の上には相変わらずへせべが居座っていて
今度は膝裏の少し上の内側という妙なところに何か柔らかい感触を落とされる。
おそらく口付けたのだろうが、どうやらもっと上にしたかったらしく
たくし上げた着物が邪魔だったのでそこにしたらしい。
というのも・・。

「ひ・・!おま、な、なに!!?」

そこから先を探るように着物の隙間から指が直接進入してきたからだ。
その口付けが『ここから先、失礼します』なのか『もっとしますのでお覚悟を』
なのかは知らないが、千十郎は突然の進入と無遠慮に動きだした指先の行為で一気に混乱した。

「ま・・まっ、て、や、ん、ん!・・は・・ま・・ッ!」

さっぱり言葉になっていなかったがそれで通じたのかどうなのか
へせべが突然ばっさと布団をはねのけて覆いかぶさってくる。
ただその目はもう悪戯のいの字も見当たらない、完全本気の目だ。

・・・あぁ、これ、悪戯じゃすまなくなったやつかぁ・・

と、ぼんやり考えて千十郎はぐったりと身体の力を抜く。
本当はもっと抵抗してもいいはずなのだが
元々こういった事に無縁で無頓着な彼の諦めは意外と早い。

だが肩を掴まれあお向けにされたところで彼は何を思ったのか
手をふらりと伸ばし、ばさついた前髪をちらしているへせべの額をのろのろと撫でた。

「・・・仕方ない・・な。・・若いもんなぁ・・。・・ただ・・後悔、しないように、な」

暗い中でへせべが目を見開き息をのんだのがわかる。

だがへせべが何か言いかけようとするのと同時に
どだだだだというやたらと元気な足音と声が遠くから聞こえてきて
二人はほぼ反射神経で布団を掴んでかぶりなおす。

「なぁー!そういや主も見当たんねぇんだけど、誰かどこ行ったか知らねぇ?」

うわぁ愛太?!やべぇマズイ!

その瞬間のその時だけ二人の思いがシンクロし
走ってきた足音がすぐそこで止まって至近距離から声が聞こえてくる。

「あ、でも布団は出てる。出しっぱなしでどこ行ったんだまったく」

などという声が聞こえ、フスマがぱーんと乱暴に開けられ
ろくに中を見る様子もなくぱーんと閉める音がする。

そしてそのまま遠ざかっていく足音に二人は同時にため息を吐き出した。

捜索が雑すぎて助かったが、そろそろ誰かに気付かれる可能性も考えて
二人はそろって同じ結論を出す。

「・・やはり仕切りなおしましょう」
「・・だな」

大体せまいし暑いし悪戯にも限度があるし
何より皆があちこち走り回っている最中にこれはあまりにも無謀だ。
そのドキドキ感とスリルとばれた時のリスクがたまんないという
アレな性癖でもあれば話は別だが。

「ただもう不意打ちはやめろ。・・またこんなグダグダになるのもかなわん」
「では私が事前に綿密な場所と時刻のお膳立てを。ということでかまいませんか?」
「いやそれは・・・うーん・・」

仕事に関しては妥協のないへせべの事だ。
真面目にちゃんとした邪魔の入らない適切な場所で
逃げられないようなセッティングをしてくるだろう。

・・そう考えるとここで任せてしまっていいのだろうか。
怖いのは確かだが今回の件も踏まえてその先がどうなるのかという興味もあり、怖いのと好奇心が天秤上でグラグラしてどうにも踏ん切りがつかないというか何というか。

「ちなみに主、次回から拘束具を用意させていただいてもかまいませんか?」
「・・・はァ!?」
「先程主の足元にいた際、心をえぐり取られるほどの素敵なお声を聞きました。
 が、その時にお顔を拝見できなかったが心残りでしたので次回に・・」
「ダメ不可ムリ嫌却下許可できるか馬鹿!!
 大体見えないところで何かされるの結構怖かったんだからな!」
「では目隠しして手を拘束するという手段も有用という事ですね」
「おいこらなんでわしの嫌がる所だけ抜粋してんの!?」
「しかしその場合、目を見る事が出来なくなり涙目になられてもわかりませんし
 時間効率を考え静かにしていただくという点で猿ぐつわも良いのですが
 その場合もお声が聞けなくなる事が欠点。
 どちらか一方・・いや両方というのも悪くないのだろうか。
 後ろ手に縛って猿ぐつわを噛ませ、涙目でうめきながらもがくというのも・・」
「・・えや、ちょっ、へせべ君やめような?個人の趣味趣向はそれぞれだけど
 わし巻き込んで悪い趣味に走るのホンっっッットやめような?な?」

女の子の着せ替え感覚でアブノーマルな装備の付け替えを思案しないでと
千十郎は冗談抜きで泣きたくなってきたが。

「では趣味趣向はさて置き、ご都合がつきましたらお知らせください。
 いつでも最適な場所をご用意しておきますので」
「・・・・あ、うん。たのむわ」

疲労からついついそう言ってしまい
直後それが誘導尋問だったことに気がつくものの
ジト目を笑顔で反射してくるへせべに千十郎はもう色々とあきらめた。

「・・・前から言おうと思ってたが今言う。・・この助平」

へせべは微笑んで答えない。
おそらくそれも彼の中では主からの賞賛の言葉として受け取られているのだろう。

なんかもう、どんどこめんどくさい事になってきているような気もするが
それより何より、もう疲れた。そしてひどく眠い。
その二つが今になって急にどっと押し寄せてきて
千十郎は『・・もういいや、今後の事は後のわしがなんとかしてくれる』という気分で
布団にもぞもぞともぐり込んだ。

「・・・寝る。夕方になったら起こしてくれ」
「?主、ここでお休みになられるおつもりですか?」
「・・・・つかれた、眠い・・だからねる。もう邪魔するなよ・・」

こんな所で寝ると身体を痛めるだろうとへせべは心配するが
声色が確かに疲れているので今から外に出すにも気が引ける。
まぁその原因の大半は自分にあるのだが、そこは思い返すとまずいので置いておくとして
へせべは素早く考えて今は主の思うようにさせることにした。

「・・承知しました。お休みください」
「・・・ん」

最後はほとんど寝言のようだったが
とにかく主は押入れ内のくしゃくしゃの布団の中であっさり寝入ってしまった。

散々色々された布団にくるまって
しかもさっきまで悪戯してきた相手の前でどれだけ無防備なんだと思うが
ある意味信頼しているのかそこまで考えが及ばないのか。

という呆れ少し、愛しさ多めでその顔を眺めていると
なぜか閉じたと思っていた目がじわりと開いて。

「・・・・そうだ、へせべ」
「あ、はい」
「・・・お前が・・なんか、色々してる時の、ふわふわするような・・くすぐったいような感じ
 ・・・あれ、嫌いじゃ・・ない・・・」

などという捨て台詞と共にまたすぅと寝入ってしまった主にへせべは愕然とした。
無意識なのか仕返しなのか知らないが、なんだこの火付けと爆弾投げの才能は。
再び自分の中で再燃しだした火をなんとか押さえつけながら
へせべはぐっと息を吸い込み。

・・・貴方も大概に、ひどい人ですよ。

心の中だけで静かにつぶやき、なけなしの理性を総動員させつつ
音を立てないように気をつけながら、布団からはみ出ていた黒髪に少しだけ口付けた。





次に目が覚めた時、千十郎は暗い押入れの中ではなく
昼寝予定だった部屋の床の上の出してあった布団の上で寝ていた。
どうやら起こさないようにへせべが出して寝かせてくれたらしい。

こういう気遣いは上手いんだよなぁ。スケベ行動も上手いけど。

などと少々釈然としないままもたもたと起きて布団を押入れにしまい
たまたま通りがかったクロ(鯰尾籐四郎)を呼び止める。

「おうクロ。丁度よかったちょっと待て」
「あ、主今までどこにいたんですか。昼寝するって聞いててどこにもいないから
 屋根の上か掃除用具入れの中で寝てたんじゃないかと思ってたんですよ」
「・・お前わしを何だと思っとる。ところでへせべを見なかったか?」
「あぁ、それなんですけど・・」

そう言って何か妙なものでも見たような様子でクロは庭の方を指す。

「さっきから庭先でこの世の全てを斬りそうな形相で素振りやってて
 たぬきさんですら引くような勢いなんですけど、何かあったんですか?」

・・あ、しまったな。
疲れと眠さの勢いで悪いことしたかなと千十郎は少しばかり反省し
あんまり気は進まんが、適度にガス抜きと気晴らしをしてやらんと
そのうち本気で食い殺されかねんかなと思いつつ。

「・・うん。まぁ、一応様子見に行ってみるから、気にするな」
「大丈夫ですか?今なら主にも飛びかかりそうな感じでしたけど」
「一応護衛はつけとくつもりだが
 ダメだったら大声出して走って逃げるからその時は頼む」
「うぇぇ・・」

露骨に嫌そうな顔をされたが気にしない。
何しろここ、人数はやたらたくさんいるので使えるものは全部使えの精神だ。

「それとお前達、晩飯の献立かけて隠れ鬼やってたんだろ?結果はどうなった」
「それなら長谷部さんがほぼ一人勝ちして煮魚になりましたよ」
「?あいつ魚派だったか?」
「あぁそれ、主が前にチビ達に魚の骨のとり方の実演してたじゃないですか。
 長谷部さん、まばたきもせずそれずーーっとガン見してたから
 たぶんそれじゃないですか?」
「・・・・あっそう」

ということは今日の夕飯時にわしの所に来て魚の骨をとる係になるとか言い出すか
もう一回実演してほしいとか言い出してずっとわしの前に居座る気か。

・・まぁもうどっちでもいいや害がないならという気分で
千十郎はあまり細かく考えない事にした。

「・・なぁところでクロよ」
「あきらめて下さい」
「突き放すの早いなオイ!?」
「そういった人間関係のゴタゴタは巻き込まれるとロクなことないって堀川談なんで」
「・・やっぱあいつのせいか。脇差組が妙にタンパクなのは」

ホリ(堀川国広)は笑顔で門前払いする事多々だし
アオ(にっかり青江)は涼しく笑ってのらりくらりかわすだけだし
シロ(骨喰籐四郎)はまだマシな方だが積極性に欠けるし。

まぁホリの元いたところは特に人間関係でゴタついてたって話だし
自称邪道ならしょうがねぇかと思いつつ。

「・・じゃあいい。一人でなんとかする。引き止めて悪かったな」
「冗談ですよ。冗談。付き添いますって。半分以上の野次馬根性でもよければ」
「ほうほう、そりゃあ正直なこった。
 もらす寸前にタンスの角に足の指全部ぶつけて枝毛と水虫になっちまえ」
「あわわすみませんすみません。お仕事がんばりますからすねないで下さい」

などとやりながら歩く二人の先には
隠れて様子をうかがっていたらしいシロが待機していて
聞けば一緒に行くと言ってくれたので千十郎の機嫌はなんとか修復され
脇差を二人従えてのへせべの様子見は、何事もなく無事に済んだそうだ。





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