アランが軽く体調を崩した。
しかし体調を崩したといってもそれは風邪のひきはじめ
鼻や咳が軽くでるくらいのささいなものだ。
本人はそのうち治ると気にもしなかったが
ところが運の悪いことに、その不調を最初に発見されたのがマルスだった。
他の誰かなら大丈夫だと押し切れたかもしれないが
なにせマルスの発言力と慈悲深さはともに軍内最高。
アランは大丈夫だと再三にわたって抵抗したが
その見かけに寄らない頑固な性格に結局折れて
とある砦の一室で療養を言い渡され・・いやむしろ命じられた。
ガン ゴン
「・・・開いている」
声はなかったものの下手なノックの仕方で誰が来たのか大体察しのついたアランは
読んでいた本から目を離さず静かに言った。
「失礼しまーす。昼飯持ってきましたよ」
トレーを片手に入ってきたのは予想通りバーツだった。
なんだかよくわからいが、いつか編成された部隊の加減で
バーツはアランと仲がよいと認識されるようになって
今回もこうして食事を運ぶ係をやらされていたりする。
とは言ってもバーツも進軍がない場合はその豪腕もヒマなので
雑用も嫌がることなく普通にこなしていた。
「進軍状況はどうなっている?」
「ダメですね。逃げる間際に壊された橋の修理にまだ時間がかかるっていうんで
まだ3日ほど足止めされるみたいです・・よ?」
そう言いながらトレーをベッドわきのテーブルに置こうとした手が
言葉と一緒にピタと止まった。
昼間っから眠れずに淡々と本を読むアランの横。
ちょうどシーツと身体の境目になる場所にいた
ある何かと目があったのだ。
「・・・・聞いていいっスか」
「何だ」
「どうしたんですか、ソレ」
両手がふさがっているので指をさせなかったが
どうしたのかと聞かれる物は、読んでいた本以外に今の所1つしかない。
「カモのヒナだ」
「や・・そりゃ見ればわかるんですけど・・・」
そう、アランに寄り添ってこっちを見上げている黄色い生き物は
まぎれもなくカモのヒナだ。
「昨日チキが1人だと寂しいだろうと言って大量に持ってきた。
だがしばらくして誰かに怒られたのか慌てて回収に来たんだが・・・」
ピヨ
とバーツを見上げていたヒナが可愛く一声鳴く。
「1つ忘れていったらしい」
「・・へぇ」
返しに行こうにも部屋から出れば妙な心配をされるか
ちゃんと寝ていろと怒られるかしただろうから・・まぁ懸命な判断だろう。
「えーと・・じゃあ俺が返しておきましょうか?」
「あぁ、頼む」
バーツは昼食の乗ったトレーをサイドテーブルに置き
アランが拾い上げた黄色い生き物を両手で受け取った。
「・・・うわ、ふわふわっすね」
「そうだな。俺も最初は驚いた。
だが・・・これはこれでいい勉強になったと思う」
「へ?」
「こんな小さなものでも暖かくきちんと命の鼓動を刻み
小さいながらも生きているのだとな」
指先で撫でてやるとヒナがピヨと鳴いた。
その時のアランは見たこともないほど優しい表情をしているので
バーツは内心ちょっと驚いた。
「ともかく頼む。兄弟がかなりいたようだから早めに帰してやってくれ」
「・・あ、はぁ。
でも・・・これはこれで寂しくなったりしませんか?」
ちょっと冗談めかしたセリフにアランは少し考えた。
「・・・そうでもない。と、言うのも嘘になるがな」
1人や静かなのには慣れているつもりだったが
一端それを変わった形でくずされてしまうと調子は案外簡単にくるうものだ。
「お、アランさんがそんなこと言うなんて意外」
「・・・私とて人の子だ。ただ戦場で槍をふるうばかりが能ではない」
「はは、冗談ですってば。いつかのおかえしですよ」
「・・・・・」
いつもはまっすぐなアランの目線が
照れたのかちょっと変な方にそれた。
「じゃ責任持って帰しときますんで、早く身体治して下さいね」
「・・わかった」
そう言ってバーツはヒナを片手に部屋を出ていった。
アランはそれを見送って、今まで小さい命がいた場所に手を当てる。
そこはまだほんのりと暖かく、最初はうるさかったあの鳴き声も
急になくなってしまうとどこか物足りない。
体調が回復したら様子を見に行ってみるか。
そんな事を考えながらアランはシーツに残っていた暖かさから手を放し
運ばれてきた昼食の方へ手を伸ばした。
そしてそれから数日後。
ゴン ガン
「・・・開いている」
「失礼しまー・・おわッ!?」
前と同じく昼食を持ってきたバーツは
前と同じようにドアを開けたところでトレー片手にのけぞった。
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ
何があったか知らないが、アランのいるベットの上は
黄色い生き物とかわいい声にみっちり埋め尽くされていた。
「・・な・・!何やってんすかアランさん?!」
「・・・いや・・・何と言われても話せば短いが・・
今朝チキが来て先日返したヒナたちが
全部俺になついたというのでまとめて返しに来られた」
それは何かの話で聞いたことがある。
確か動物は生まれて間もない頃に見る生き物を
親と思う習性があるとかなんとか・・・。
「・・・すり込みってヤツですか?」
「おそらくな」
「だからって・・なにも全部持ってくることことないでしょう?」
「仲間はずれがいるとよくないとチキが言うので・・」
「・・・そりゃ確かにそうでしょうけど・・・
しかしそれにしたって一体何匹いるんですか?」
「13羽」
「・・・即答したって事は困りつつもそれなりに気に入ってるんすね」
「・・・・・」
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ
黄色と鳴き声にうもれたままアランは答えなかった。
そのかわり昼食を持ったまま突っ立っていたバーツが
ほのぼのするより先に駄目だこりゃと言わんばかりな
特大のため息を吐き出した。
それから数日、静かなはずのアラン用療養室は
やたらと賑やかになってアランもまぁそれなりに退屈はしなくなったが
全快後、いつも通り顔色のよくない聖騎士の後には
13羽のヒナ達が一列に並んでついて回り・・
そのヒナが巣立つ間、アランの通り名は騎士隊長、またの名を病弱の騎士から
ヒナの騎士とかカモの騎士とか、なんだかちょっと不名誉な呼び名になる。
しかし当のアランはあまり気にせず
ちゃんとその13羽の面倒を巣立つまで見て
面倒見のいい指導者として株を上げたとかなんとか。
元ネタはある国営放送の歌番組の歌から。
あんまりかわいいんでネタにしちゃったって話。
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