ウヴヴン・・!
ドン!ガシャーン!ガチャンゴンガラン!
ゴガンダガラガラガラー!

「な・・った!ぅわああ!?」

強烈な引力にしたがって行き着いた先は
何かド派手な激突音と金属が崩れ落ちるような音のする
なんだかとても騒々しい場所だった。

白かった視界はすぐに元に戻り、何かに叩きつけられたかと思ったら
上や横から何かのパイプや何かの部品などが雪崩のように落ちてきて
そこら中でどんがんとにぎやかな音を立てる。

「・・・いっ・・て・・」
「・・オイ・・そりゃこっちのセリフだ」

真後ろからした声にぎょっとして振り返ると
自分を抱えたまま何か大きな部品をガードしているダンテがいた。

そう言えばあれだけ派手な音がしたのにあまり物に当たらなかったのは
これがクッションになってかばってくれていたかららしい。

「うわ!ダンテさん大丈夫か?!」
「・・普通これくらいどうとでもなるが・・
 さすがに何か抱えてるとノーダメージとはいかないだろ」
「っ・・ごめん、ちょっと待って」

慌てて起きあがりダンテの上にのっていた部品をどかすと
無傷には見えるが一応手をかざして治療をしておく。

「・・オイオイ、そんなにヤワでもあるまいしそこまでしなくてもいいだろう」

手を借りて立ち上がりながらダンテは呆れるが
それでもジュンヤの表情はさえないままだ。

「・・ごめん、今のはストックに送りそこねた俺が悪い」
「何言ってる。それじゃオレは何のためにオマエの手を拒んだと思ってる」
「・・え?」
「オレはオマエより経験豊富で、オマエに雇われてる身なんだぜ?
 それに自分より弱そうなのにかばわれたんじゃプロの面目丸つぶれだろう」
「・・・・」
「せっかくこんなイイ男を雇ってるんだ。もうちょっと活用しろ」

シニカルな笑みでつんと額を押され
ちょっとしおれかかっていたジュンヤの気持ちが別方向へと切り替わる。

「・・じゃあ聞くけど、それだと結構強くなってて
 強い仲魔もたくさん連れてる俺の面目は?」
「そんなのはオレと会った時点で全部パーだ」
「なんで!?」
「オレからすればオマエはまだガキで未熟で殻から出たてのヒヨコで
 オレをかばおうなんざ1990年ほど早いからだ」
「・・言いたい放題なのはいつもの事として、何その微妙な数字は」
「2000からオマエの推定年齢を引いて端数は面倒だから捨てた」
「律儀なのかいい加減なのか一体ど・・」

っちなんだよと聞こうとした口はいきなり飛んできたダンテの手によって塞がれ
強力な力で腕を掴まれたかと思うと、あっという間もなく
そこらにあった何か大きな部品の影に引きずり込まれた。

何だ一体!いきなり何すると聞こうとしたが
その前にどこからか足音が複数近づいてきて
隠れている2人に気付かずこんな会話を始める。

「・・あれ、誰だよこんなに散らかしたヤツ」
「うわひでぇ、トラックでもつっこんだのか?しょうがねぇなぁ」
「おい、しかもこれあの鬼の機体の部品じゃないか?」
「マジか!うっわぁ・・当て逃げするにも物を選べよなまったく・・」
「まぁ廃品前のやつだったからよかったが・・発注してたヤツなら大目玉だろ?」
「いや、そのへんに関してはあの人大雑把らしいぞ。
 それにあだ名は怖いけど地上に降りると性格が変わるとかいう噂で・・・」

などと言う複数の会話を、物陰で息をひそめた2人はしばらく聞いていた。
いやジュンヤの方は口を押さえられていたので何も言えなかったという方が正しい。

そしてしばらくしてその声はぶつくさ言いつつも破壊したガラクタ類を軽くかたずけ
残りは明日にでもしようと言いつつ去っていった。

足音が遠ざかり、やがて何も聞こえなくなるとダンテはようやく手を離してくれた。
ジュンヤは息が急に楽になり咳き込みそうになったが
まだ誰かに聞かれるかも知れないので我慢する。

そうしてようやく息が落ち着いてきた所でダンテが手を差し出してきた。

「経験不足ってのは怖いな少年」
「・・・ありすぎるってのも・・・・どうかと思うけど」
「素直じゃないな」

さっきと逆に多少納得いかない顔で手を借りて立ち上がったジュンヤは
そこが元いた砂の世界とは随分かけ離れている事にようやく気がついた。

ざっと見回した所そこは何かの格納庫だ。
いや何かではない。今まで近くしか見ていなくて気がつかなかったが
そこにはいくつかの飛行機がある格納庫のようだ。

だがそれもよく見るとただの飛行機ではない。
人1人がようやく乗れるくらいの小さなコクピット。
旅客機などとは明らかに違う小型でシャープなフォルム。
さらに見るといくつか並んでいる機体の翼の下には
むき出しのミサイルがついているものまである。

ということはつまり・・・

「・・なんだ。どこの軍事基地まですっ飛ばされたんだ?」

と、理解すればするほどよろしくない事態になったというのに
その大元凶であるダンテはさして驚きもせず平然と言ってのけてくれ
ジュンヤは頭をかかえてうずくまった。

「ん?どうした少年、腹でも壊したか?」
「・・・・あのさダンテさん、いついかなる時も冷静なのは凄いとは思うけど
 それって時と場合によっちゃものすんげぇ腹立たしいんだよ」
「・・?つまり何が言いたいんだ少年」
フ ザ ケ ン ナ コ ノ ヤ ロ ウ

口調も目も悪い意味でのマジ状態になった少年が
身長差があるのもかまわずダンテの襟をぐぎぎーとしめ上げた。

「・・ちょ・・、こら待て、最悪の事態になるのは回避してやったんだから・・」
「最悪もなにも・・元はと言えば誰のせいの誰のおかげなんだよ
 ボルテクスのどこかならともかくとしてこんな人間のいる世界の
 しかも見つかり次第もれなくどうすっ転んでも大変恐ろしい事になりそうな場所に
 わざわざピンポイントで放り出してくれてどうもありがとう
 俺嬉しくて頭から血ぃ吹きそうだよその高い鼻っツラ半分にへし折っていい?」
「オイ!ま・・!何の前触れもなくいきなり普通にキレるな!
 悪かった!謝るから!少し落ち着け!
 こんな所で内輪もめしても状況はよくならないだろ?な?」

そう言われて万力のような力で締め上げていた腕から力がふっと抜ける。
確かにこんな所で言い合いをしていても何も解決しないし
下手をすれば人に見つかって大騒ぎにだってなるだろう。

「・・・・げほ・・・・OK・・相棒・・。・・頭の冷えたところで場所移動しないとな」
「・・?待てよ。ここがどこだかわからないのに一体どこへ行くんだ?」
「どこでもいい。とにかくここはダメだ」

それはいつも余裕のあるダンテにしては珍しい急がせるような物言いだ。
さすがに悪魔を束にしてもひるまない男も軍隊とは関わりたくないのだろうか。

その事が顔に出ていたのだろう。ダンテは少し不思議そうにするジュンヤを見て
人差し指を立てながらこう説明してくれた。

「1つ忠告しておいてやる。時と場合と規模にもよるが
 人間を敵に回して何かをするっていうのは
 悪魔をダースで相手にするよりも遙かにやっかいだ。・・どうしてかわかるか?」
「・・悪魔と違って人間には感情があって、人同士のつながりがあったりするから?」
「そうだ。悪魔は倒せばそれで終わりだが、人間はそうはいかない。
 オマエだってその事は・・・いや、いいか」
「・・いや、わかってる」

言いかけてやめた言葉の意味を受け取り、ジュンヤは少し目つきを変えた。

ボルテクスが構成される時、大量の人間が消えていくのを目の当たりにし
さらにその人の意志でできたマネカタ達、知り合い、友人達
あらゆる者が消えていくのをずっと目の当たりにしている彼は
それがどれほどのものなのか誰よりも知っているつもりだ。

「・・ならさっさとずらかるぞ。オレ達が刃先を向けるのはここじゃない」

ぽんと強すぎない力加減で頭に置かれた手の感触に
沈みかけていた気持ちが浮上する。

今自分に手をさしのべてくれているのは
悪魔とか元敵とかロクなものじゃなかったりするけれど
ただどんな誰であれ、誰かがそばにいてくれるということは
どんな場所に放り出されたとしてもありがたい事だった。

だがそんな安心感を密かに感じて歩き出しかけたその時だった。


「・・・おい・・そっちは整備兵の詰め所だから・・見つかるぞ」


ぼそっとしたような声がしたのは、今まで誰もいないと思っていたすぐ後ろからだ。

2人は同時にはじかれたように振り返るが
数機の戦闘機は置かれてあってもそちらに一切の人影はない。

その声が聞こえそうな距離にある物と言えば
少し変わった形をした新型だろう戦闘機が一台
まだ塗装前の状態で置かれているだけ。

だがよくよく見るとその操縦席の部分から人のかかとらしいものがはみ出ていて
まさかと思って2人が見守る中、それは一度すぽんと引っ込み
頭をぼりぼりかきながら1人の人間がのっそり起きあがってきた。

それはダンテより少し若いくらいの男だ。
出身は分からないが肌の色が白く同じく色素の薄い金の髪は
ジャマにならないよう後ろへきっちり撫でつけてあったが
ヘタな昼寝の仕方をしていたらしく、あちこちピンピンはねていて
顔はそこそこ端正なのにかなりだらしない印象を受ける。

そしてその男、起きあがるなりくわぁと大あくびをしてのんびりとこちらを見ると
大して驚きもせず肩肘をついてこちらを眺めてきた。

「・・・いきなりにぎやかに来たかと思えば・・今度はスパイ大作戦か?
 最近の部外者ってのは変わってるなぁ」

直後、ダンテが音速で銃を引き抜いて銃口を向けようとするが
ジュンヤがすんでの所でそれを押さえる。

「おいこら何やってるんだよ!相手は人間・・!」
「気持ちはわかるがな少年、こういった場所での油断は命取になる。
 何かされる前に先手を打つ方が利口だと思わないか?」
「さっきと言ってることがまるで違う上に相手は丸腰だろ!
 余計ややこしくなるからとにかくそれしまえ!」
「聞けねぇな」
「ダンテさん!!」

などとぎゃあぎゃあやっていると当の本人は
しばらくその取っ組み合いを眠そうな目でながめてから

「・・おい、漫才するのはかまわんが・・あんまり騒ぐと巡回の連中が来るぞ」

と、さして気にする様子もなくのんびりと言って
違います!と全力で否定しかけたジュンヤの口をダンテが素早くふさいだ。

「冷静なご指摘はありがたく受けるが
 オレらはアンタに見つかった時点で絶望的じゃないのか?」
「悪いがオレは軍部の人間じゃないんでな。
 泥棒でもスパイでもなさそうな変な連中を見つけたって
 一々報告してやる義理がないんだよ」

ジュンヤを腕にぶら下げたままダンテの目つきが鋭くなる。

嘘をついているようには見えないが、いきなり出てきた自分達を見て動揺しないのも
銃を向けようとしているのにこの落ち着きようを保っているのもあまり普通ではない。

「それよりソレ、しまわないか?空の上で狙われるのは慣れてるが 
 地べたでそんなもん向けられるのはいい気分じゃない」

そうは言いつつあまり動揺していない男をダンテはしばらく凝視していたが
少ししてようやくしがみついていたジュンヤごと銃口をおろした。

「ん・・ありがとよ」
「・・どういたしまして」

それでもあまり態度の変わらない男の落ち着き方に疑問を持ちつつ
このバカと手をつねられながらもダンテはとりあえずの警戒を解いた。

「それにしても・・1人でヒマを持て余してたらいきなり妙な客が来たもんだ」
「・・す・・すみません・・そんなつもりはなかったのに変にお騒がせして・・」
「いや、別にあやまる事じゃない。敵とかスパイじゃないならオレの管轄外だしな」

そして男はよいしょと身を起こし
ひっかけてあったハシゴからのろのろと下へ降りてきた。

男はパイロットスーツを着ているものの、武器らしい武器は一切持っていない。
ぱっと見た感じごく普通の人間だが、ダンテとしてはそれより何より
自分達を目の前にしてもまったく動じていないその肝の据わり方が気になった。

「あ〜・・・ところであんたら、敵とかスパイじゃないなら迷子か何かか?」
「え・・えっと・・迷子というか事故直後というか・・
 説明するとかなり長くなるし、あんまり信じてもらえそうもない話で・・」

そのしどろもどろな説明にも男はあまり興味を示さず
眠そうな目をこすってくわぁと遠慮ないあくびをする。

「・・・まぁ・・どっからともなくいきなり出てきて
 払い下げの部品に激突してる時点で普通じゃない事だけはわかるんだが」
「・・すみません。この変な人が変なことしなければ
 こんなややこしい事になってなかったんですが・・」
「それはもしかしなくてもオレのせいか」
200%アンタのせいだ!!

などと蹴りを入れたりスタイリッシュに回避したりしているのを
ぼんやりした顔でながめていた男は目を細めて笑った。

「ははは。・・ま、何があったか知らないがケンカしても仕方ないだろ。
 それよりほら、見つかりそうになったら使えよ」

そう言って男が渡してきたのはそのへんに引っかけてあった大きめのシート。
おそらく車や大きな部品にかけておくのだろう防水の頑丈そうなやつだ。

「二人してそんな目立つナリしてるなら見つかった時言い訳できないだろ。
 こんな場所ならいざって時にその中で丸くなればなんとでも誤魔化せるさ」
「あ・・ありがとうございます」
「なに、変な格好はしてるがそれだけなら別にかまわんし
 俺としても話し相手がいるのは悪い話じゃないし
 ・・あ、そうだ、ちょっと待ってな」

男はそう言って近くにあった荷物かガラクタか判別のきかない山の中から
簡単なカップやポット、クッキーの入った缶などを引きずり出し
そこらにあった箱を適当に動かして席とテーブルを作ると
簡単なお茶の席を用意をしてくれた。

「・・これでよしと。じゃあ遠慮なく座ってくれ」
「え・・?」

なんだかその調子についていけず困惑するジュンヤの横で
ダンテが頭をかきながら呆れたように言った。

「・・・つまり・・ヒマなんだなアンタ」
「だからさっきそう言っただろ」

男はさらりとそう言って古びた木箱の上に腰を下ろし
こわんと間抜けな音を立ててクッキーの缶をあけた。



思いがけず転送事故先でお茶をすることになった2人は
最初に出会ったこののんきな男からこの世界に関するいくつかの事を聞いた。

ここはとある辺境の軍事基地で、少し前までは激しい戦争があったらしいが
今は終結して戦闘機類の試験飛行を行っているのだそうだ。

2人を見てもあまり動じなかったこの男はその戦争で戦っていたパイロットで
戦いが終わった今は特に戦闘にかり出されることもなく
たまに戦闘機の試験飛行や偵察などをやっているのだとか。

「そう言えばアンタ、さっき軍の人間じゃないって言ったな」
「正しくは傭兵だ。簡単に言うならご要望とあればどこにでも行って
 敵を落として報酬をもらう、フリーの戦闘機乗りってやつだ」
「戦闘機ってそんなに気軽に乗れるんですか?」

差し出されたコーヒーを受けとりつつジュンヤがそう聞くと
男は他人事のように肩をすくめる。

「さぁどうだろうな。俺の場合は金で雇われてたが
 戦争ってのは強い奴が生き残るもんだから
 どこも強い奴を雇って生き残るのに必死だったってのもあるかもしれん」
「へぇ・・」

戦闘機なんて特別な組織や訓練を受けた者でしか乗れないと思っていたが
状況や場所次第ではそんな事もあるのだとジュンヤは感心する。

「じゃあオレと立場的には似てるってことか」
「似てるって・・傭兵の立場にって事か?」
「そうだ。傭兵ってほどじゃないがオレもコイツに雇われてる。
 落とす対象はちょっと違うが、立場的にはアンタとあまり変わらないだろうな」

一緒にシートにくるまっているジュンヤの頭にぼんと手をのせつつ
ダンテはクッキー片手に苦笑する。

攻撃対象が悪魔だとか、雇われた金が最低賃金だとかまでは言わなかったが
今まであまり表情を変えなかった男がさすがに驚いたような顔をした。

「そんな子供に?」
「ま、色々あってな」

男は少し怪訝そうな顔をしたが
ダンテの様子からして事情がなんとなくわかったのだろう。
ふぅんと適当な相づちをうって新しい紅茶をカップにつぎ足す。

「しかしさっきから見てるととても雇われてるって間柄には見えないな」
「そうだな。オレも最初はちょっとした興味からだったんだが
 今じゃすっかりコイツの隣が居心地よくて、少し困ってるくらいだ」
「へぇ・・」

男がジュンヤに珍しそうな、でも小動物を見るような優しい目をくれた。
今まであまりそんな目で見られた事のない少年は
ちょっと困ったようにカップを持ったまま油臭いシートの中で身を小さくする。

けどダンテから照れ屋だろうと楽しげに言われると
どご
と遠慮なく横っ腹に肘鉄を入れた。

「ははは。詳しいことはわからんが楽しそうだな」
「楽しくなんかないですよ。この人やたらとトラブル起こすし
 大人に見えて子供だし何かにつけて銃向けるし
 人の話聞かないしすぐケンカするし手癖悪いってぇ!?
 いたいたいたい痛い!!やめろってバカ!!

目にもとまらぬ早業でホールドされ追い打ちのゲンコツがゴリゴリ頭に当たって
男が紅茶をこぼしそうになりつつ声を立てて笑った。

「ハッハハ!それにしても楽しい連中だな。
 それにそっちの黒い方、俺がちょっと前に一緒に飛んでた奴に少し似てる」
「(なんとか振りほどいて)・・その人も戦闘機に乗ってた人ですか?」
「あぁ。あんな物騒な物に乗るヤツとしちゃ人間くさくて真っ直ぐで明るい
 なんだか来る場所を間違えてたみたいな奴だったな」
「・・・だった?」

まさかと思いつつ聞いたダンテの言葉に
男は少し寂しそうな顔をして予感通りの答えをくれた。

「・・終戦の直前、撃ち落とされたんだよ。
 この戦いの後、彼女にプロポーズするとかで散々のろけた直後
 よりによって俺の目の前で・・昔俺の横を飛んでた古い相棒に撃たれてな」

ジュンヤが息をのんで、ダンテの目が少し細くなる。
だが男は悲しむでもなく落ち込むでもなく、遠くを見るような目をしてさらに続けた。

「一発・・・たったの一発だ。悲しむ暇も驚く暇もなかった。
 けど・・今思えば戦争で誰かが死んで、誰かが生き残るってのはそんなもんだ。
 横で知ってる奴が死んでもその時は悲しんでるヒマも感傷的になるヒマもなくて
 ただ後になってからじんわり心の中にそいつの分だけの穴が開き
 その穴からいろんなものが勝手にぼろぼろ落ちていく」

それはダンテにも昔何度か経験のあったことだ。
だからその時ダンテだけは、その男がどうして自分達と突然遭遇しても
やたらと落ち着いていられたのか・・そこでようやく理解することができた。

それはきっと彼の越えてきた場数と経験と
その後勝手についてきた喪失感のせいだ。

戦火を味わい、友をなくし、友と戦った事にくらべれば
いきなり転がり込んできた自分達の事など驚くに値しないのだろう。

「そんなつもりはなかったが・・やっぱり戦争ってのは何かをなくすもんだ。
 そいつが横にいる時にはまったく気付かないが
 いなくなって初めてようやくその事実に気がつく。
 その若いのを撃ち落とした古い相棒も・・その時は怒りにまかせてたたき落としたが
 ここ最近になってようやく俺が落としたって実感が出てきたくらいだ」

そして男はふうとため息をカップに吹き付け、後ろにあった機体を指した。

「そうして気が付いた時、俺に残ってたのは後ろにある鉄のかたまりと
 空で磨いた殺しの腕くらい。あとはなんにも残ってない。・・・なんにもな」

おまけにこいつは古い相棒が最後に乗ってた最新機だと言って
男は自嘲気味に笑った。

しかしその笑い方はどう見ても誤魔化しきれず寂しげで
似たような経験があるダンテはあまり同意する気にはなれず・・

「・・・ちょっと待って下さい。何もない事なんかないと思います」

と、沈黙していたダンテの代わりに口を開いたのは今まで黙っていたジュンヤだ。
ふと横を見ると今まで黙って聞いていたはずの少年は
少し身を乗り出すように男に反論を始めていた。

「だって・・傭兵さんは・・・確かに色々なくしたのかもしれないけど
 その傭兵さん自身はちゃんとここにいてちゃんと俺達と話をして
 いなくなった人達の思い出話ができるんでしょう?
 その人がどんな人だったのか、ちゃんと覚えていて伝える事ができるんでしょう?」

ある日突然周囲の全てを一気に奪われ、その身をまったく別の物に変えられて
それでもまだ生きる事を強要された少年は、そこまで言って言葉を途切れさせ
まるでそれが自分にあった事のように表情を曇らせた。

「だったら・・何もないなんて事はないです。
 残った人にはその人がどんな人だったのか思い出すことも
 その人の話を他の人にしたり何よりその人の分まで生きることだってできるのに・・
 だから・・・何もないなんてそんなの・・」

そこまで言って辛くなってきたのだろう。
言葉を途切れさせたジュンヤは横で黙って聞いていたダンテから
頭をこつんと軽く叩かれ、それ以上何も言わなくなった。

そして少しの沈黙の後、ダンテが代わりに言葉を続ける。

「こいつはな・・・少し前に一瞬でいろんなものを一度になくしたんだ。
 オレだって昔少なからず何かをなくしてる。
 ・・だがな、それでもオレ達は今ここにこうやって生きてる。
 生きてここにいて、アンタと同じようになくした連中の話をすることができる。
 それが良かれ悪かれ、それはそいつにしか出来ない特権だ」
「・・・・・・」
「アンタのなくしたものがどんなものなのかは分からないし
 よそ者のオレ達にどうこう言う権利もないだろうが
 なくした分をどうするかを決めるのも、生き残った奴だけが持つ権限だろう?」

そう言われた男はしばらく無表情時こちらを見ていたが
やがてふうと疲れたようなため息を吐き出し、何とも言えない苦笑をくれた。

「・・悪い。見ず知らずの連中に変な話したな」
「かまわないさ。人の話を聞けってのはコイツがよく言ってることだ」

そう言ってダンテは銀紙にくるんであったチョコレートを取ってむき
黙ってジュンヤの方へ差し出してくる。
ジュンヤは少し何か言いたそうにしたが、黙ってそれを受け取り口に放り込んだ。

その様子を見て男がふと、今度は苦笑ではない笑みをくれる。

「しかしあんた、雇われてるとか言ったが半分嘘だな?」
「・・どうしてそう思う?」
「俺もちょっと前まで隣に誰かがいた身だから・・な。
 けど・・俺もあいつらにもっと空を飛ぶ以外の・・」

ウヴン・・
バチン!

だが男が何か言いかけたその時
どこからともなく何かがショートするような音が聞こえてきた。
いやそれはどこかではなくダンテとジュンヤの周囲でだけ発生し始め
最初小さかったそれはビシバシと鳴る回数を増やしながら
その周囲だけを円形に赤い色へと染めていく。

ダンテが借りていたシートを素早くはねのけ、片手でジュンヤを抱えると
なぜかもう片方の手で即席テーブルの上にあったクッキーをありったけ掴んだ。

「わっ・・て!こら!何だよ!」
「どうやらお迎えが来たみたいだ。また強引な事をされて別々になりでもしたら困る」
「それはいいけどそっちの意地汚い手はなんだよ!」
「こういうのは掴める時に掴んでおかないと次にいつありつけるかわからないだろ?」
「言ってる事は間違ってないけど・・!
 外見と内面のギャップで全然格好良く見えな・・うわこぼすな!」

などと言ってるそばから掴んでいたのを全部口に入れぼりぼり噛み砕く様は
スタイリッシュとか現実的とか言うより冬眠前のリスかクマだ。

「っとと、なんだ、もしかしてもう帰るのか?」
「はい多分!すみません!何もかもいきなりで片づけもしないで・・!」
「もうふこしゆっふりしたかったんはが・・あっひの装置っへのは気はぐれ・・」
食ってから喋れ!!
「ははは。ま、結局お前さん方が何だったのかサッパリ分からないが
 もし死神とかあの世への使者とかだったりするんなら
 向こうに伝えといてくれないか」

そして男は赤い光に目を細めながら
静かだがはっきりした声で最後の言葉を渡してくれた。

「円卓で生まれたサイファーって鬼神は
 両の翼をなくしてもまだしつこく空を飛んでる・・・ってな」

その意味を聞く時間もなく周囲の景色がゆらりとゆがみ
音が遮断されて視界が赤く染まりきる。

だがその時、音の聞こえなくなった世界で
ダンテは男がこちらを見てこういったのを最後に見た。

『・・・相棒、大事にしろよ』

ダンテは何も答えなかった。
答えたところであちらにはもう聞こえなかっただろう。

だからダンテはただ黙って笑みを向けると
その場からジュンヤもろともその場から完全にかき消えた。

後に残ったのは貸していたシートとそこにまとわりつく赤い光のようなもの。
それはしばらく浮遊していたがやがて風に吹かれて見えなくなった。

男・・いや、教える暇もなかったがサイファーという呼び名を持つ男は
ダンテの残した笑みを思い出しながら1人静かに苦笑した。


「・・・言われるまでもない・・・か」



ドタドタドタドタ

「鬼神さん!今の音なんですか!?
 今こっちでもテレビとかラジオに変なノイズが入りまくってたんですけど!」

さっきの怪現象が他にも影響を出したのだろう。
慌てたように走り込んできた整備士にサイファーは慌てず
座ったまま近くにあった古いオーディオセットを指した。

「・・あぁ、何だか今こっちでもバリバリやってたな。
 この前勝手にいじくったからバカになったんだろう」
「え・・?でも結構大きな電波障害みたいだったんですけど・・」
「そうらしいが・・俺の管轄は空の上だから地べたでの事はさっぱりだ。
 ま、何事もなかったんだし飛んでる最中じゃなかったんだからよかったじゃないか」
「・・はぁ」

何が何だかよくわからないまま首をかしげる整備士にサイファーは苦笑すると
後ろにあった塗装前の機体を指した。

「それよりコイツのカラー、まだ決めてなかったよな。
 今決めたからすぐに塗ってやってくれ」
「あ、決まったんですか?それでどうします?」
「青にしてくれ。全部な」

いそいそとメモを取り出した整備士がちょっと怪訝そうな顔をする。

「・・え?でも前はアイツへの嫌がらせで全部赤にするとかって・・」
「気が変わった。青だ。空にとけ込むみたいな綺麗な青。それでいい」
「片羽とか両翼じゃなくて全身ですか?」
「あぁ。あんまりアイツに固執してたんじゃみっともないし
 それについさっき、死神さん達からいいアドバイスをもらったんでな」
「は?」

なんだそりゃとばかりな顔をする整備士をよそに
サイファーは尻を叩きながら立ち上がって残っていたシートを片づけた。

「それじゃ頼む。急がないから綺麗にやってくれよ」
「わ、わかりました鬼神さん!」
「・・その言い方やめろってのに」

しかしサイファーでも鬼神でもどちらにしろ目立つ名前なので
機体の色を変えると同時に名前も変えた方がいいかなと思いつつ
今現在をサイファーと呼ばれる1人の傭兵は
カラになったカップを持ってふらりと歩き出す。

さっきの2人組が自分を戒めるための死神だったのか
それともいずれ行き着くあの世への水先案内人だったのか
考えられるのはあまり縁起の良いものではなかったが
あまり悪い気がしないのは確かな事だ。

そして男はふと振り返り、かつて空の上で渡り合った相棒が乗り
これから自分が乗ることになる新しい機体を見上げた。

『 よう、相棒。まだ生きてるか? 』

それはかつて自分の相棒でもあり、敵でもあった男の口癖。
サイファーは苦笑して誰に言うでもなく言葉をつむいだ。

「・・何もかもなくしたと思ったが・・
 それでもまだしぶとく生きてる事には変わりないぜ」

だからお互いまた会うことがあるのなら
空の上でも下でもいい、今度は穏便に合いたいもんだな。

そんなことを考えながら男は機体に背を向け、今度は振り返らずその場を後にした。


そしてそれからサイファーと呼ばれ円卓の鬼神とも呼ばれた男がどうなったのかは
後の世にあまり詳しい記載は残されていない。

ただ彼がその時選んだとされる真っ青な機体が
それから数年、各地の空で目撃されたという事だけは
ほんのわずか、風の噂程度に残っていた。





ネタバレ風味なゼロでした。
ドッグファイトは前書いたから今回は地上でのお話ってことで。
ED後の彼は消息不明ですが、その後空に溶け込むようなモルガンに乗って
戦後の空をいないかのように人知れず飛んでいたらいいなって思った妄想です。

これ以前に何があったのかは実際にゲームをした方が断然感動量が違いますので
3D酔いしない方は是非に。

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