16.しょうがなかった空の下
きれいに晴れ渡った快晴の空の下、どこまでも続く青い海。
そんな中を船が一隻、ある土地を目指して航海をしていました。
「ゆっくて〜にはぁ〜まだみんな知らな〜、いや知られてるけど
あんまり知られていなぁい〜不思議な昼と夜とが〜、だっけ?
まぁいいや、待〜っている〜、のかな」
その船の甲板から調子っぱずれな声が聞こえてきます。
いやそれは一応歌なのですがうろ覚えな上歌とツッコミが同時進行で
元がなんの歌なのかさっぱりわかりません。(でも大元は宝島)
とにかくその甲板上で海をながめながらそんなことをしているのは
ちょっと前まで重装備だったレイダというハンターさんです。
しかしそのハンターさん、今はほとんど装備をつけておらず
着ているものは実に簡単で持っている物と言えば最低限のハンターナイフくらい。
なぜこの前までガチガチな重装備だったのに急にそんな格好をしているのかというと
一応この人なりにワケがあるのですが、とにかくそんな軽装になってしまったその人は
今ある島に移住するための移動の最中でした。
あとついでに言うとその移住にあたり、ちょっとしたオマケ的なものが
同じこの船につんでありました。
「・・ところでさ、そんなに船に弱いなら
別に無理してついてこなくてもよかったんじゃない?」
ふと歌をやめてそう言ったのは甲板にあった積み荷のはじっこ。
そこで荷崩れをおこしたらしい誰かの青いコート
ではなく青いコートを着た誰かさんでした。
それは通りがかっただけなら荷物か死体と見間違えそうですが
ちょっと船酔いでダウンしているだけのバージルという人でした。
「・・・・・ついて、来なければ、ならん状況に・・追い込んだのは・・一体誰だと・・」
しかし服と近い顔色になった彼はそれ以上言うことができず
身を起こそうとして失敗し、ぱたりという音を立てて再び床と同化しました。
「こらこら、具合悪い時に後ろ向きな事を考えない。
それよりもっとこれから先の楽しい事考えないと」
「・・・・・」
「これからどんなモノが採れるのかなーとか、どんな魚が釣れるのかなーとか
どんな物が剥げてどんな武器や防具が作れるのかなーとか、色々あるでしょ」
「・・・今までの装備を全て置いてきたのはそのためか?」
「それも数割。今までのをごっそり持っていってもその土地にはその土地にしかない
美味しいものとか便利なものがあるかも知れないじゃない」
「・・・・・。残り数割は?」
「かさばって面倒」
「・・・・・・・・」
「はいそこ、ありありとバカを見る目しない」
そう言ってレイダは彼の足元にあった毛布をべふっと引っかけ直してやりました。
それは船酔いピーク時に船員さんが見かねて貸してくれたのですが
いつの間にか蹴飛ばしていたようです。
釈然としない腹いせにバージルはもう一回それを蹴飛ばしてやろうかと思いましたが
あまり意味がなさそうだし何度やってもかけ直してきそうなのであきらめ
もうかまうなこんにゃろうというつもりでそれにしっかりくるまりました。
ヘンなニオイのする毛布でしたがもう色々と意地です。
本人に自覚はありませんが意地をはるのは大得意です。
しかし彼はふと思います。
俺はこんな所で一体何をしてるんだろうと。
しかし今さら泳いで引き返せないし
元はと言えばこれのせいなのだからという理由をつけ
バージルはなかなかおさまらない船酔いと一緒に強引な諦めをつけました。
そうです。別に元からついてくるつもりなんてなかったのです。
ただあのまま愚弟の所にやっかいになるにはあまりにも馬鹿馬鹿しく
かといって1人であてもなくさすらうにも非効率的ですし
消去法で残った選択肢がこれだっただけの話で
別に元からついてくるつもりなんてこれっぽっちも・・
「あ、ようネェちゃん、弟は元気になったか?」
「いやまだみたい。マシにはなったけど今ふて寝したところ」
「ハッハ!そうか!まぁあと1日ちょっとくらいの辛抱だからがんばりな」
「はいありがとー」
とかいう船員とのやり取りをなんとなく聞いていたバージルは
数秒後がばと毛布をはねのけ飛び起きました。
「待て!今なんと言った!?」
「あぁ、あと1日ちょいくらいの辛抱だってさ」
「違う!もっと前だ!」
「さっきよりはマシになった?」
「最も上段にあった船員のセリフだ!!」
「あぁ、弟が元気になったかって話?」
しかしバージルの弟に該当するダンテはここにいませんし
今元気になるかどうかを聞かれるのは自分しかいません。
となると話の流れからしてその弟というのはつまり・・。
「えっと、確か船に乗り出して最初のころ、海に向かってケロケロしてたとき
笑いながら介抱してたら勝手にそうだと思われちゃってさ。
否定するのも面倒だしそうしておいたの」
「なぜそのまま弁解していない!」
「それを否定しちゃうとあと残ってるのは
彼氏とか旦那とかそのへんの関係だったんだけどそれでもよかった?」
「っ・・!」
確かにそれを否定してしまうと残ってるのはそういったありえないカテゴリくらいです。
しかしヘンな事に気を利かせてくれたのはまぁいいとしても
それにしたって弟というのはダンテの事を引いてでも気に入りません。
似てるとか似てないとかそういう範囲の話じゃなく
それが安全圏の表現であったとしても彼的になんか気に入りません。
「・・・・他に例えようがなかったのか」
「ぱっと考えて思いつかなかったからね。なんか他にいいのある?
たとえばそっちが兄貴になるとか」
「断る!大体貴様すでに上にも下にも兄弟がいるとか言って・・!」
「だからあんまり否定する気になれなかったんだけどね。
でもやっぱ気に入らない?」
「・・・・・」
そう言われると強く拒否しにくいのですが、やっぱり無難とはいえ弟はイヤです。
兄も嫌ですが弟はもっと嫌です。
というか弟と説明されて納得してるここの船員は
塩害で目がイカれてんのかと不条理な怒りがこみ上げてきます。
とにかくバージルは船酔いで半分くらい麻痺している脳細胞を駆使し
他を考えてみますがなにせ単独行動が多かった彼ですから
良い例えはなかなか浮かんできません。
そうこうしているうち考えすぎでまた気持ちが悪くなってきて
寝ようかギリギリまで考えようかの二択で迷っていると。
「あぁそうだ。そう言えば1つピッタリのが残ってた」
黙っていたレイダが1つ手を打ってこんな事を言いました。
「釣り友達。これなら当たり障りないと思うけどどうよ」
「・・・・・」
どうよも何も、何で今まで思いつかなかったと思うくらいピッタリです。
大体自分がこれについて行く理由の大半は釣り関係なので
身内でもなくそう親密なアレでもない表現としてはかなり適切です。
・・が、突然ぐっと老け込んだ気分になり
『友達』という部分に軽いガッカリ感をおぼえるのはなぜでしょう。
と思っているとさっきのとは別の船員が通りがかり
さっきとほとんど変わらない事を聞いてきました。
「ようネェちゃん、弟は元気になったか?」
「あ、ゴメン、言いそびれてたんだけどこれ弟じゃなくて釣り友達なの」
「へ?そうなのか?なーんだ、どうりで似てないはずだわこりゃ」
「色々あって言いそびれてたからゴメンね。他の連中にも説明しといて」
「あいよ、しかし釣りダチで船酔いってのも面白い野郎だなぁ」
「あはは。そりゃ言わないでやってよ、ちょっと気にしてるみたいだし」
「ハッハ!そうかわかったわかった!」
とか豪快に笑いながら去っていく船員をバージルは睨みませんでした。
そのかわり海に落ちてサメに頭から食われろとか水虫になって憤死しろとか
心の中で低レベルな呪いをぶつけました。
しかし丸くなったままそんな事を考えていると
なぜかレイダが妙に楽しそうにこっちを見ているのに気がつきます。
「・・・・・何を見ている」
「ん?ん〜・・なんて言うかさ。あっちじゃ何やっても砂になるばっかりで
収入がまったくなかったとか思ってたんだけど」
すいっと何の防具もつけていない手が伸びてきて
潮風で少しパサパサになった髪をくしゃりと撫でつけ。
「こうしてるとそうでもなかったなーって、思ってさ」
そう言ってぽんと一度だけ柔らかく叩いていったその手は
さすがに奇妙な防具をしていないだけあって暖かくて柔らかくて
バージルは一瞬血なまぐさくなかった小さい時の事を思い出しました。
が、一瞬後、その言葉の意味を理解して青かった顔色を一気に赤色に変色させました。
「ばっ・・!なん!言うに事欠いてなにをいきなり!!」
「お、なんか急に顔色よくなったじゃない。よかったよかった」
「・・貴様!それはわざとか!わざとだな!
ぐ、撫でるな!笑うな!人で遊ぶなぁ!この日なた女あぁあ!!」
「?・・前から気になってたんだけどそれって悪口?」
とか騒いでいるうちにまた船酔いが悪化したバージルは
目的の村に到着してから三日(内ふて腐れたの一日)ほど借家にこもり
その間先に新地を把握してしまったレイダにまた振り回されるハメになるのですが
それが魔界へ行くよりもよかった事なのかどうかは
ぶつくさ言いながらも結局付き合っている彼のみぞ知るお話でしたとさ。
と、キーの進むまま好き勝手やってきたお話もこれで終わりです。
長々読んでくださり申し訳ありません。でも楽しかった。
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