ギシャー! ドン!

「いでッ!?」

後で吠え声と追突音と悲鳴がして
前を走っていた女の人はポニーテールを揺らし慌てたように足を止めました。

と言ってもその女の人は上半身は身体にピッタリした魚の鱗のような鎧で
腰と腕にはオレンジのような赤のような甲殻質の装備
足には魚のヒレのついたブーツをしていて
不思議な模様が描いてある赤い額当て
極めつけには背中に自分の身長ほどある日本刀という
なんだかややこしい格好をしていました。

そして振り返った方にはジャングルでよく目立つ赤いコート
けどその下の上半身は素のままという微妙な軽装の青年がこけていました。

その顔立ちは前に見た青年とよく似ていてまだ若さの残る若い青年なのですが
その青年も背中に剣、あと前に見た事のある銃という物を持っている
女の人に負けず劣らず物騒な青年でした。

女の人はそのこけた青年を見てなんだかデジャヴを感じましたが
青年を突き倒した青いトカゲはどんどん集まってくるので

「しょうがないなぁ・・」

前とほとんど変わらない事を言いつつ
本当は無視しようとしていた青いトカゲたちに向かって走り出しました。

「なにしやがんだゴラ!!」

そして前に会った青年と違い、この赤い青年は短気なのか
起き上がるやいなや、どれが自分を攻撃したやつかも確認せず
目についたやつに斬りかかりました。

でもそのトカゲは見た目に寄らず動きが軽快で
それにここはたくさんの木が生い茂っているので視界が悪く
青年は銃を撃とうにも狙いがなかなか定まりません。


「だぁー!畜生!おとなしくしやがれハ虫類!!」

と無理な注文をしながら青年は走り回りますが
やはり場所も特殊で狩っている物が違うからか
いつもの半分くらいの実力も出せません。

あ、やっぱり前に来た青年とは違う人だと思いつつ
女の人は走りながら背中にしていた刀、と軽くいっても自分の身長強ありそうな
巨大な刀に手をかけ、狙いをさだめました。

そしてしっかり狙いをさだめ
トカゲがちょうど着地した瞬間を見てダッシュをかけます。
チャリと刀の鍔が軽い音を立てました。

ドゴン!!

しかしその軽い音とは裏腹に
引き抜かれた大きな刀は青いトカゲと一緒に地面をも割りました。
音にびっくりした青年が見ると、一撃でトカゲを仕留めた女の人はそこから横に転がり
一端刀をしまって走ると次の狙いを定めて同じように強烈な一撃。

ドガン!!

青年はその刀を最初見た時、とある因縁のある青年と同じく
スピードを生かして相手を斬るものだと思っていたのですが
その刀、見た目は細いのに相当な重さがあるのか
ただ振り下ろしただけでもトカゲが吹っ飛びます。

「はい次!!」

ぶうんと振り回された巨大刀は横から飛んできたトカゲを遠くまで叩き飛ばし
女の人は時々地面を転がって体勢を変えながら実にうまくトカゲを倒していきます。

呆然としている青年の足元にもその死体は飛んできます。
威力が強すぎて時々真っ二つになるものまでありました。
それにしても力押しなのか技術的なのかよくわかりません。

そうこうしているうちにトカゲは全滅しました。
女の人は最後に倒したトカゲを見て『今はいいか』とよく分からない事を言い
かちゃりと軽い音を立て、実は重たい刀を背中にしまいました。

「ごめんごめん。こいつらがいないルート通ればよかったね。大丈夫?」
「・・・いや・・・まぁ・・・なんつーか・・・」

ケガ自体は大したことないのですが
なんだか物凄い物を見てしまったような気がして青年は頭をかきます。
青年は今までいろんな女を見てきたつもりなのですが
ここまで豪快かつ迅速に刀一丁で狩りをする女は初めてなのですから。

そして青年はまず思いついた言葉を素直に口に出しました。

「・・・・なぁ、あんた人間か?」

言ってしまってから失礼かと思った言葉に女の人は目を丸くし
一瞬後、ぶっと盛大に吹き出しました。

「ぷっははは!なんだ、あんたもあの子とおんなじ事言うんだ!」
「あの子?」
「前にあんたと同じようにボロボロ状態で転がり込んできた子がいたんだ。
 あんたほどのやんちゃじゃなかったけど
 あたしに最初聞いてきたことはほとんど同じだった」
「・・そりゃそんな身でそんな物振り回されりゃ疑いたくもなるっての」
「あ、その言い回しもちょっと似てる」
「・・で?その子ってのはどうしたんだ?」
「帰ったよ。名前も言わずじまいで出て行った無口な子だったけどね」
「ふぅん?」

青年は興味なさげに剣を背中にしまいました。
でも実はその子というのがこの青年をボコって袋につめて
川にポイ捨てした張本人だったりするのですが
青年は女の人と同じくあまり細かいことを気にするタチではありませんでした。

それから2人はとりあえず安全地帯へ行こうと言うことで
女の人が使っているテントまで行きました。

そこは見晴らしの良い崖の岩だなのような場所にあって
すぱんと切れた下には綺麗な川と森
向こう側に見える高くて壁のように切り立った山には
巨大な滝が何本も流れていて青年はそれを見るなり歓声を上げ

「うおーー!すげぇ!飛び降りてえーー!!」

と変な感動の仕方をしました。

女の人はさすがに首をかしげましたがバカなんだろうと1人あっさり失礼な解釈をし
集めていたキノコをテント横にあった納品箱に放り込みました。

「えっと、まずその傷をなんとかしてあげたいんだけど
 今日はあいにく回復剤持ってきてないんだ。
 薬草ならさっき拾って持ってるけど、食べる?」
「・・いや、腹はそれなりに減ってるから何か食わせてくれるのは嬉しい。
 けどそこらへんでむしった草を食うほど飢えてないって」
「いやこれ傷を治すお薬の原材料なんだけど」
「にしてもいきなりそこらでむしった草食えってのはないだろ」
「そう?それじゃこっちは?」

本当にそこらでむしった草の次に女の人が出したのは
前にも何人かに出したことのある骨付き肉。
その大きさからか青年はさすがにちょっとびっくりしたような顔をしましたが
差し出されたそれを見る目はどう見ても興味津々の犬の目でした。

「あ、こっちは欲しいんだ」
「・・・まぁ最近お目にかかりもしなかった代物だからな」
「でもどっちかってーとその傷治すのが先じゃない?」
「こんなもんなめとけばすぐ治る」
「ふーん。じゃあそこのテント貸したげるから先に傷の手当てしたら?」
「後でいいって。とりあえずそれくれ」

自分の身よりも食い気が先行しているのか
青年はそこかしこに傷を作ったまま手を出してきます。
前の青年に比べて図々しさ丸出しですが、お腹が空いたときの辛さというのも分かるので
女の人はちょっと考え、差し出したのとは別の
微妙に色の違う肉を出して青年にぽんと投げて寄こしました。

「食欲があるのは健康的でいいけど・・身体に気をつかうのも大事だと思うよ?」
「腹が減ってはなんとかはできないって知らないのか?」

大事な部分がスコンと抜けている事を得意げに言い放ち
青年は久しぶりに目にした食べ物にかぶりつきました。
焼きたてではなく冷えていましたがなかなかに美味です。

でも口が汚れるのもかまわずバリバリ頬ばっていた青年の記憶は
なぜか途中から途切れてしまいました。

そして気がついたときなぜか布ばりの天井を見上げ
簡単に組まれたベットの上で横になっていました。

あれ?と思って起き上がると
さっきまであった傷が全部完全にふさがっています。

頭の上に?を散らせつつそこから外に出ると
外はさっきまでいた見晴らしの良い崖で女の人が剣の素振りをしていました。

風を切り地面を叩き割るようなその巨大な剣は
細身で片方にしか刃がない所だけは因縁の相手が持っている魔刀と同じです。
でもその身長より大きそうな全長や、見た目の細さに似合わない破壊力などは
あの速さのある魔刀とかなり違っています。

でも違っているとわかっていても青年はその姿を見ていると
なんだかあの人物を思い出して仕方がありませんでした。

「・・?あ、おはよ。起きた?」

重量は重いけど軽い音を立てて
女の人の剣が抜き身のまま背中にしまわれます。
青年ははたと我に返ってぼんやりしていた頭をふりつつテントから出ると
頭をかきながらあたりを見回しました。

「・・・・・オレ、いつ寝たんだ?」
「まだ寝たりない?」
「・・いや、いつ寝たのか分からないのは変だけど・・体調の方はもう全快した」
「ならいいじゃない。血の方は着てる物でごまかせそうだしさ」
「・・そんなもんか?」

なんだかよく分からないまま
青年はまぁ元気になったんならまぁいいかと思いました。

でも実は女の人が渡した肉は
飛竜の狩りをする時食べさせて眠らせる罠用の物だったりするのですが
女の人は知らん顔の内緒にしておくことにしました。

「・・で、全快した所でオレはこれからどうすりゃいい?」
「そうね・・・大してあてもなさそうだかららあたしの採集にでもついてくる?」
「採集?」
「キノコ狩りの依頼受けてる最中なんだ。
 あっちこっちかなりウロつくつもりだから
 ひょっとしたら当たりに出くわすかもしれないよ」
「・・・よくわかんねぇけど・・このまま1人でふらつくよりはいいんだろ?」
「まぁね」

と言うわけで赤いコートの青年は
ちょっと変わった女の人の後をついて行動することになりました。

でも青年はそれから後すぐに
1人でふらついた方がいいんじゃないかとも思い始めました。

なぜかというと・・

「・・寒ッ!!寒い!!なんだよここ!!しかもなんだこのデカイ虫?!」
「立ち止まったらダメ!スタミナ消費しちゃうから無視して走って!」
「ああぁあ!撃ちてぇ!オレあぁいう蚊に似た虫大っ嫌いなんだよ!」
「だから無視してってば!・・あ、シャレになってる」
「よけい寒くなるようなこと言うな!!」

森の奥にあった洞窟に入り込み、1mほどありそうな巨大虫が飛び交う
凍えそうなほど寒い洞窟をぎゃあぎゃあ騒ぎつつ駆け抜け・・

「おい!ここさっきのトカゲの巣じゃないのか!?」
「うん、そうかもしれないけ・・どっ!そこでいい資材とれるから全部倒すよ!
 死なない程度にがーんばって!」
「なんだそりゃー!?」

洞窟を抜けた所にあった狭い場所でさっきの青いトカゲに取り囲まれ
ぶんがん音を立てる大刀に多少ビビリながらたくさんのトカゲと戦いました。

そしてそこからまた崖を飛び降り、滝の落ちる水場をぬけ
また寒い洞窟を走って突き当たりまで走らされ
さっき遭遇した蚊を黄色くして大きくしたような虫を倒す手伝いをさせられました。

場所が悪いからか普段と違う生き物を相手しているからか
それともこの女の人のペースに振り回されているせいでしょうか
青年はちょっとやそっとでは疲れないのにやたらと疲労がたまりました。

でも女の人は慣れているらしく
いつもは全開なコートの前をあわせてガタガタ震えている青年を気にせず
寒い洞窟の中で壁に向かい元気にピッケルをふるったりしています。

「なぁ!あんたこんな所で一体何やってんだ?!」
「え?さっき言わなかった?キノコ狩りの仕事で・・」
「キノコってのは壁からピッケルで取る物なのかよ!」
「いやこれは別件。ただキノコ取るだけじゃなくて
 あたしが欲しい物とかも集めてるから」

と言いつつ女の人はひとしきり採掘をして
今度は洞窟の隅にあった川で釣りまで始めます。
女の人は全身鎧だからまだマシなのでしょうが
青年は素肌にコートなため寒くてたまりません。

「ところでさっきから気になってるんだけどさ・・
 あんたなんでそんな厚着なような実は薄着なワケ?」
「どこかのバカがアポも取らずにお誘いかけてくれたおかげで
 服を選んでる間もなかったんだよ!」

コートの前をあわせて足踏みしつつ青年が早口で苛立ったように言います。
でも女の人の鎧の鎧の方もあまり分厚い物でなく
見た感じダイバースーツのように見えなくもありません。

「そう言うアンタは・・その微妙な薄着加減で寒くないのかよ」
「あぁこれ?えーっと・・なんかと交換した水竜の素材で出来た鎧なんだけど
 頑丈だし装備次第ではお腹も空かなくなるから便利なんだ」
「・・そんな効果があるのか?」
「装備次第だけどね」
「あ、そういやさっきの肉まだあるか?寒いところにいたら無性に腹が減ってきた」
「うん、あるよ。もうちょっと待ってて。これ終わったら外で渡すからさ」
「わかったから早くしてくれよ」
「はいはい。あ、寒いならそこらへん走る?あんまり意味ないけど」
「そうする!」

寒ければ先に外へ出ていればいいのですが
青年は寒いから先に行くと言うのもなんだかシャクなので
歯ぎしりしながらその辺をウロウロしていた青年は後半の言葉を聞きもせず
コートの前をしばって洞窟内を意味もなく走り回りました。

でもこの世界の寒さというのは走ればしのげるというものではありません。
けれど寒さだけはしのげました。なぜかというと意味もなく走り回っていたため
余計に腹が減って寒いどころではなくなったからです。

そして女の人の用事が終わり、洞窟を出た滝壺のような場所に出ると
青年は渡された大きな肉を人外な勢いで食べたのは言うまでもありません。

「うはー・・いい食べっぷり」
「んぐ・・腹減ってるときは・・何でもウマイってのはホントだな」
「こらこら、確かに豪勢じゃないかもしれないけど
 原物を目の前にしてそう言うこと言うのは失礼でしょ」
「原物?」
「ほら、そこで水草食ってるじゃない」

そう言って女の人がぴと指で指したのは
浅い水場でのんびり草をはんでいるおとなしい草食恐竜です。

「!?ちょっと待て!今の肉ってあのトカゲの肉なのか!?」
「ひょっとしなくても最初に渡したのもそうだけど?」
「んなッ!?

などと美味そうに食ってからびっくりする青年に
女の人は前と同じように笑い出しました。

「あははは!これで3度目だ!」
「はぁ?」
「みーんな喰った後でビックリするんだもん。
 食べる前に何の肉か聞かないのが不思議なのよね」
「んな事言われたって・・
 目の前でいいにおいさせてる食い物の正体なんか一々考えてられるか」
「それもそっか。
 でもお腹いっぱいになったならまだしばらく走れるよね」
「?なんでだ?」
「ここからキャンプに帰るんだけど・・ちょっと色々あってね」
「?」

青年は何のこったと不思議そうに首をかしげますが
その色々という意味はそこから外に出てわかりました。

まずさっきの青いトカゲにまた遭遇し
倒すのが面倒だというのでその中をダッシュで走り抜け
さらにその先にいた黒い変なネコに追いかけられるからでした。

「おい!なんだよコイツら!」
「メラルーって泥棒働くそのまんまな泥棒ネコ!
 追いつかれたらダメだよ!なんか取られるから!」
「撃退できないのかよ!」
「できないことないけどあんなちっこいのに剣向けようとか思う!?」

森の中をダッシュで走っていた青年は肩越しに後を見ました。
時々2足歩行になりつつこっちに一生懸命追いつこうとする黒いネコは
悪魔ならともかくとして、確かに剣や銃を向ける気になれません。

「畜生!なんでオレこんな所でこんな奴らから逃げてんだー!?」
「愚痴ってないでもっと走る!あそこの丸木橋まで!」

女の人が結構真面目に言うので青年はけっこう必死で走りました。
途中青年は背中にコケがはえていたブタにけつまづいたりしましたが
なんとか物を取られる前に黒猫から逃げることに成功しました。

でも青年は何も取られなかった変わりに
プライドとか意地とかその他もろもろとかを落とした気分になりました。

「・・・悪魔の恐れる男(になる予定)のオレが何してるんだろ」
「多少情けなくても背に腹は代えられないの。
 ほらほら、キャンプに戻ったらもう一回休憩しようね」
「・・ガキじゃねえんだからあやすな。
 それよりここってまたトカゲとやり合うんじゃないのか?」
「いやこの道はもう大丈夫。草食のやつしかいないから歩いてでも・・」

と、その時です。

さっき通った時は静かだったジャングルの奥から
何かばっさばっさという大きな音が断続的に響いてきます。

青年がなんだと思っていると、女の人がさっと目を厳しくして
背中から刀を引っこ抜き、砥石を出して研ぎ始めました。

「・・おい、なにしてんだ?」
「・・ホントはこんな簡単な依頼で遭遇しないんだけど・・」

ちゃりと大きな刀を背中に戻し女の人は
視界の悪いジャングルをキャンプのある方向に向かって、なぜか少し慎重に走ります。

「あんたが来たから事情が変わったのかもしれないね」
「なんのことだ一体?」

ワケが分からないまま青年がその後を追っていると
たくさん生い茂った木々の間に一カ所、色の違う場所があるのに気付きました。

それは桃色のような赤色のような・・とにかく目立つ色をしていました。
そしてそれはよく見ると長いシッポと大きな頭、鳥のような足に翼をもっている生き物で
こちらに気付いて大きな頭をぐるんと向けてきます。

それは10メートルはあるだろう大きな何かでした。
何かというのは生き物には変わりないのですが
鳥のようなトカゲのような・・とにかく変な生き物だったからです。

立ち止まって身構えた女の人に、青年も銃に手をかけつつ聞きました。

「・・・なぁ、なんだあの派手な生き物は?」
「イャンクック。ここらの生態系で一番デカイ、飛竜って種族の一番したっぱ」
「あれで竜なのか?」

青年は竜というものがどんなものなのか一応知ってはいますが
その生き物の顔の大半は大きなクチバシでしめられていて
は虫類の尻尾と翼膜の翼がなければ変な顔をしたデカイ鳥のようです。

「変な顔してるけどちゃんと火も吐くし空も飛ぶし
 ハンターが飛竜狩りで一番最初にぶち当たる壁なのよね」
「・・その言い回しだとあんたもぶち当たったクチか?」
「ご名答」

女の人は苦い思い出を思い出すかのように苦笑して
こっちを見て威嚇するように鳴いた飛竜に向かって
けれど正面に立たないように間合いをつめました。
まだ武器を構えず逃げない所を見ると昔は苦戦していても
今はもうそんなに苦戦する相手ではないのでしょう。

青年はそんなことを考えながら手始めに銃を2・3発撃ってみました。
かすかに手応えはあるもののその甲殻は固く致命傷にはなりません。

「あ、そいつあたしの腰当ての材料になってるから
 あんまり弱い攻撃効かないよ」
「なら接近戦のみ有効なのか?」
「ん〜それはその剣の切れ味次第かな。あと・・」
「切れ味ってのは使う奴次第で決まるもんだぜ!」

女の人の言いかけた事を最後まで聞かずに
青年は前にあった誰かさんと似たようなことを言いつつ
赤いコートをひるがえし、大きな生き物に飛びかかりました。

ですが。

べちん

「ぐお!?」

大きいからトロイだろうと思っていたら
くるりとさりげなく振り返った時、回ってきた大きなシッポに顔をはたかれました。

「こんの・・!」

青年はすかさず起き上がりましたが
今度はぺっと吐き出されたような火の玉にコートをこがされます。

「・・・てめ!」

それでもめげずに起き上がった青年
今度は意外と軽快にジャンプしてきた大きな足に踏んづけられ
そのまま大きなクチバシでつっつかれました。

「・・え〜と、切れ味も大事なんだけど
 回避力もそれなりにいるよ・・って言おうとしたんだけどな」
「もっと先に言えよ!!」
「言う前に特攻したじゃない」

などと言いながらも女の人は刀に手をかけたまま抜こうとはせず
大きな生き物をじっと目で追い、ひたすら間合いを計っていました。
女の人はこれにぶち当たったと言っただけあって戦い方をよく知っているようです。

片足で地面を引っ掻きつつグケケケと変な顔で
大きな生き物が笑うように鳴きました。

なんだかバカにされてるようなので青年はさらに頭に来ましたが
女の人は冷静に考えてある結論を出すと、何を思ったのか剣を抜こうとしていた手で
青年の襟を後からむんずと掴みました。

ぐえ!?オイ!なんだよ!」
「ここは引いた方がいい。獲物的に強い方じゃないけどここじゃ場所も悪いし
 未経験のあんたがいるからその方が賢い」
「オレは売られたケンカは買う主義なんだよ!」
「あたしはケンカを売られても不利なものは買わない主義なの」

聞く耳もたんとばかりに女の人はそのまま走り出しました。
青年はしかたなしに、というかそのまま反抗してても絞め殺されそうなので
女の人に従うことにしました。

すると笑うように鳴いていたイャンクックが突然
大きな身体をゆすりながらどたどた突進してくるではありませんか。

「おい!来たぞ!」
「右!!」

青年が指示された方に飛ぶと、巨大な鳥は走っていた勢いそのままに
ずしゃーと土煙をあげて地面に転がりました。
走るのはともかく止まる方法まで考えて走っていないようです。

青年はその隙に背中に一撃でも入れてやろうかと思いましたが
女の人はその隙をついてさらに走っていきます。

青年はどうしようか一瞬迷いましたが
確かにこれ以上間抜けな思いをするのもなんなので
剣にかけていた手を離し、女の人の後を追って走り出しました。



青年には顔をはたかれた時にどっちを向いたのか分からなくなっていましたが
2人が逃げた先はさっき黒猫から逃げて通ってきた丸木橋の近く
つまり青年が女の人に拾われた場所でした。

「・・ここまで来ればいいかな?」
「・・なぁ、なんで戦わないんだ?
 あれってあんたには大した相手じゃないんだろ?」

この女の人、青年から見ても結構強そうで物々しい格好をしているのに
あまり戦闘をしたがらないというのが青年には不思議でたまりません。
それにあの落ち着き加減からして戦いなれた相手なのでしょうが
あまり逃げた事のない青年としてはまだ納得がいかないようです。

「うん、時間をかければ倒せない相手じゃない」
「ならなんでだ?」
「だって依頼されてないもん」
「は?」

さもあっさり答えた女の人に青年は目を丸くしました。
だって青年の世界ではかかってくる奴は皆殺しが当たり前でしたから。

「退治依頼があれば倒したけど
 今は受けてないから狩る必要がない。それだけ」
「けど・・」
「それにさ、あいつも私も生き物なんだから。
 ただ行きずりで殺してさばかれるってのも味気ない話でしょ?」
「・・・・」

その言葉に青年はちょっと言葉につまります。
悪魔はいくら狩ろうが砂になったり消えたりしてまたどこからともなく出てくる
生き物かどうかも分からない代物ですが
確かにちょっとムカツク相手ではあっても、あのイャンクックという変な顔の飛竜は
ここで生まれて生活して、食物連鎖に組み込まれているだろう生き物なのです。

「あんたがどんな所でどんなのと戦ってたのかは知らない。
 でもね、ここはどんな凶悪な奴だって生きて動いてる命なんだ。
 それをただなんとなく単に殺すだけっていうのは良いことじゃないよ。
 ・・・って言ってもこれはあたしが考えてるだけのルールなんだけどね」

難しい顔をしだした青年に女の人は最後にちょっとおどけたような付け加えをしました。

「・・ただ狩るだけがハンターじゃないってのか?」
「ま、そんなところ」
「・・冗談じゃねぇ、じゃあオレはこれから狩る連中全部
 うまく有効利用しなきゃいけないってのか?」
「時と場合によりけりだって。殺したらそれで終わっちゃうけど
 長生きした生き物は大きく成長していい素材になるし
 成長したア・・なんとかだって大きく育つからこそ肉がたくさん取れるんだし」
「・・アなんとかじゃわかんねぇよ」
「さっき食べてた肉の元。灰色のでっかい4足歩行のトカゲ」
「あぁ、あれア・・なんとかってのか」

ア・・なんとかと言うのは本当はアプトノスという名前のモンスターなのですが
女の人も青年も大雑把なのでお肉の元はア・・なんとかに決定しました。

などと若干ズレた話をしている最中、ふいに近くにあった川
つまり青年の流されてきた川が赤い光を放ち始めます。
どうやら女の人のカン通り来たところから帰れるようです。

「ほら、やっぱりここから帰れるみたい」
「・・ちぇ、腹はふくれたがどうにも最後だけスッキリしない野外生活だったな」

ま、いっかと肩を回したり膝を曲げたりして飛び込む準備をする青年に
女の人はふとあることを思い出して声をかけます。

「そういえば・・まだ名前聞いてなかったけど」
「あぁ、そういやそうか。オレはダンテってんだよ。
 デビルハンターダンテだ」

女の人はきょとんとしたようになり、何度かまばたきすると
じーーと青年の顔を目を細めて凝視しました。

そう言えば・・・・よーーく見れば似ています。

「・・・ふーん、へー。ダンテ・・なんだ」
「まだ名前を売る前なんであんまり聞かないだろうが
 そのうちどこででも聞けるようになるかもしれないぜ?」
「・・そっか」

青年は不敵にそう言いますが
女の人はなんだかとても納得したような顔をしました。

「それで?あんたの名前は何て言うんだ?」
「ん?んー・・そのうち聞くだろうからその時聞いてよ」
「あ?そんなこと言ってもまた会うなんて保証どこにも・・」
「いいのいいの。それよりさっき言ったこと
 実行するかどうかは別としてちょっとは覚えておいた方がいいよ。
 まだ若いんだし色々経験して大人になるんだからさ」
「・・わかったから頭撫でんな!」

今は大差ないけれど、そのうち自分より遙かにでかくなるだろう頭を撫でると
ぺしとそっけなく振り払われます。

でもこの手はそのうちもう少し大きくなって手をたたき合う仲になるのでしょう。
そして女の人はどこか弟を送り出す姉さんのように笑いながら
最後に一言、こう言いました。

「あぁそれとさ、あんまりあの子、いじめないようにね」
「は?」

げし!  
どぼーん!

撫でられた頭をさすっていた青年は子供扱いすんなとか
何の事だと言い返す前に、いきなり川の中へ蹴り落とされました。

抗議の声さえ聞こえてこず浮き上がって来なかったということは
ちゃんと元の場所へ帰れたのでしょう。

それを見送ってから女の人は楽しそうにもらします。

「・・なーんだ。若い時結構やんちゃなんだ」

言われてようやく分かるほどの別人ぶりですが
人間大きくなるまでに色々あるんだなぁと女の人は1人感慨にふけりました。


それから元の場所に戻った青年が
女の人に言われたのを見習って無闇に狩りをする事がなくなり
ある少年悪魔を狩らずに済んだ・・・かどうかは分かりません。

けれどあのただ突進するだけに見える青年も
ちゃんと誰かを守ろうとしたり考えて行動するようになるのは確かなようで
女の人はどこか安心したようにいつまでもいつまでも
青年を突き落とした川を眺めていましたとさ。






若と姉ちゃん編でした。
なんか兄と違って違和感ねぇよ。
ちなみに知ってる人用に補足しますとこれ書いてる時の装備は
頭クロオビヘルム腕クック鎧ガノス腰クック足ガレオス、武器鉄刀【神楽】となってます。

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