純矢の朝は高校生にしては少し早い。
一人暮らしというわけではないのだが母は死別、父が出張がちなので
実質今まで一人暮らし同然の生活が多く
自然と身に付いた習慣というか、そんなもので自然と早かった。
しかし今は10体もの悪魔にもう1人加わった大所帯。
家の仕事もみんなある程度分担してくれるようになったので
そう早く起きる必要もないのだが
それでも身に付いた習慣からか、純矢の朝はやはり早いままだったりする。
目が覚めるのは大体目覚ましより一分早いか遅いか。
ピピピピピ・・・
その日はたまたま目覚ましの方が早かった。
純矢はいつも通りぱちりと目を覚まし、枕元に手を伸ばすが・・・
・・ピピカチ
ところが手が触れる寸前、音がやんだ。
電池でも切れたのかと思ったが。
メギャ
その直後、ありえないような音がする。
びっくりして飛び起きようとしたが、なぜか身体が動かない。
しかもいつも使っているベットがやたら狭い。
おまけに自分1人しかいないはずの布団がやけにこんもりしている。
純矢はこれ以上ないくらいの速さで布団をのけた。
そこにいたのは一階で寝ていたはずのバージルだ。
その片手で目覚ましを握りつぶし
残る片手で純矢を抱き枕。
そりゃあもう。
言わずにはいられない。
「うーーーわーーーーー!?!」
幸いな事に、その前例のない主の絶叫を聞いたのは
朝食の用意をしていたブラックライダーと
新聞配達のバイトから帰ってきたフトミミ
あと床の間でアジサイと一緒に鎮座していた石ピシャーチャだけだった。
長い間何も食べていなかったのか、それとも元々大食漢なのか
バージルはあまり動きまわらない変わりにとにかくよく食べた。
といってもお気に入りは純矢が最初に出した白がゆで
なにがいいかと聞くと大体それだと言ってくるので
大した食費がかからないのは幸いだった。
ついでに出した梅干しも、最初は嫌うだろうかと思ったが
食べた瞬間劇的に顔をしかめたくらいでやはりそれも気に入ったらしい。
どうやらバージルの味覚はダンテと反対に和食寄りのようだった。
しかしそれだけでは栄養がとれないと純矢は色々工夫して
卵を入れたりネギを入れたりと地味な努力をしていたのだが・・・
「・・・と、いうわけでバージルさんはバツとして白がゆに逆戻り!」
「・・・・・」
それは罰になるのかどうかちょっと微妙だ所だが
ともかく畳の上に正座させられたバージルから反論はなかった。
ただ何も言わない分、反省しているのかどうかわからないのも
ちょっと不気味ではあるのだが。
「まぁまぁ、彼も悪魔狩りの彼と違って
悪気があってやった事じゃないんだから」
そう言ってフトミミが笑って助け船を出してくる。
それは以前ダンテが冗談で純矢に夜這いまがいのことをしようとして
その後何体かの仲魔と一緒に2日ほど行方不明になった件のことだ。
何があったか知らないが、どっちもひどくげっそりして帰ってきたが。
「・・・そりゃわかってるつもりですよ。
俺だってたまにケルを呼んだりするし」
それにバージルだって長い間人との接触がなかったのだから
人恋しくなったりするのも純矢としてもわからなくはない。
しかしいきなり人の布団に許可なくもぐり込んできて
あまつ目覚ましを破壊するのはいかがなものか。
そう思いながら見た先には、マジなのかシャレかわからないが
ミカエルの買ってきた青ジャージ上下を何のためらいのなく着用し
きちんと正座しているバージル。
もちろんダンテと違って悪びれた様子など微塵もないが
その真面目な顔で今後もあんな事をされるとなると
それ相応にけっこう怖いものがある。
純矢はため息をついた。
「・・・じゃあ俺今日からバージルさんと同じ部屋で寝ますから
それで布団に入ってくるのは我慢できますか?」
「わかった」
間髪入れずに返事がきたということはおそらく喜んでいるのだろう。
表情があまり変わらない分、バージルの心境のとらえどころは
その内面含めてちょっと特殊だ。
というか・・・このなりで1人で寝られないというのもどうだろう。
まさか高校生から育児に関わるなど夢にも思わなかった純矢は
お許しが出たのできちんと『イタダキマス』をしてから白がゆを行儀良く食べる
見た目は完全に大人なのに母恋しいがる妙な魔人の横に
ちょっと疲れたように腰を下ろす。
この件では一度ミカエルに相談したこともあるが
『主なら良き母になれる』と毛ほども参考にならない意見しかくれなかった。
・・・なんで人間世界に戻ってまで修羅の道なんだかなぁ・・・。
と、再度ため息をつこうとすると
スプーンを止めてこっちを見ているバージルと目があう。
何でもないですよと無理に笑って手を振ると
少し怪訝そうにしながらも、ダンテ似の寡黙な魔人は黙って食事を再開した。
だがその様子はよく見ると
恐ろしいことに離乳食を食っているように見えてくる。
純矢は心配をかけないように心の中で頭を抱えた。
その直後、話が終わるのを待っていたのか
それともただ単に関わり合いになりたくなかったのか
見計らったようにブラックライダーが朝食を運んでくる。
なぐさめのつもりなのかプッチンしたプリンがついていた。
「・・・1つ聞いて良いか」
手鍋2杯作られた白がゆを残さず綺麗に平らげた後
食後の紅茶を飲んでいた純矢の横でバージルが唐突にぽつりともらす。
そのとたん、ぼんやりしていた純矢は少し緊張した。
ダンテなら大体はロクな事を言ってこないが
バージルは口数が少ない分、その内容は重要性が高い。
「・・・俺は・・・どう呼べばいい」
「・・・は?」
だが重要性以前に何かを色々省略されてしまっている質問に
純矢は一瞬あっけにとられてから困惑した。
「・・・えと・・・すみません
質問の真ん中あたりが抜けてて意味がわからないんですけど」
バージルはほんの少し困ったような顔をして
つぎはぎな訂正を入れた。
「・・・だから・・・仲魔という連中が呼ぶように・・・
俺もそう呼ばねばならんのかと・・・」
「・・・・・」
あ。
なんとなくわかった。
つまり彼は仲魔達が純矢の事をそれぞれに
主だのジュンヤ様だのジュンヤだの高槻だの好き勝手に呼んでいるので
自分はどうするべきか、誰かと同じように言うべきか否かと思ったらしい。
「・・・もしかして俺への呼びかけ方ですか?」
「あぁ」
「そんなの好きにしていいですよ。みんなにもそう言ってあるし」
と言ってもこっちの了承も取らずに
3種類ほど呼び方を気分によって使い回してくれた
ヘビーなハンターもいるにはいたが。
「・・・いいのか?」
「いいですよ」
あっさりそう言うとバージルは少し考えるような素振りを見せる。
ダンテが考える素振りをすると何をたくらんでいるのかと怖くなるが
バージルの場合のその動作はやけに自然に見えるので不思議なものだ。
「ではもう一つ聞くが・・・そんな譲歩をしながらどうして俺に敬語を使う」
「え・・・」
そういえばもっともだ。
使役する主人の側でありながら好きに呼べと言い
そのくせ敬語というのも確かに変かもしれない。
けれどそれは純矢なりの理由があっての話。
「だって・・バージルさん悪魔にしろ人間にしろ
どっちにしろ俺よりは年上ですよね」
「そうなる」
「だったら年上の人に敬語を使うのは当然じゃないですか」
「・・・・・」
どうやら悪魔とか主とか主従関係とかの部分をほっぽらかして
この少年の基準は大きく人間側に傾いているらしい。
「ま、例外でダンテさんには使わなかったんですけどね」
一瞬納得しようとしかかっていたバージルの思考が
その一言のおかげでぐりんと反対方向に切り替わった。
「・・・なぜだ?」
「雇用する時にそうしろって言われたんです。
最初は慣れなかったんですけど・・何しろあんな性格でしたから」
そう言って笑う純矢に反比例してバージルの機嫌が下降した。
本人に自覚はないが、それは俗に言う嫉妬である。
「なら俺もそれでいい」
「え?」
「俺は尊敬されるような事はしていない。敬語は無用だ」
そう言ってお茶をすするバージルは
和服でも着ていればなかなか似合っていたかもしれないが
なにせ今着ているのは某コンビが着ていそうな青ジャージなので
あんまり様にはなっていない。
もし隣に赤ジャージのダン・・・
そ れ は と も か く 。
言ってる理屈は通っているが
こんなしっかりした兄に対していきなりタメ口をきけるほど純矢はくだけていない。
「そんな!悪いですよいくらなんでも!」
「悪くなどない。奴にできて俺にできない事ではない」
ちょっとわかりにくいが、それは遠回しに
ダンテより遠い位置に自分を置くなと言っているらしい。
「・・・それって要求ですか?」
「願望だ」
そうスッパリ言われると、むしろ命令にすら聞こえる。
「・・・・・じゃあ一応・・・努力はします。けどあんまり期待しないでくださいよ?」
「では強く期待しよう」
一見冷淡に見えても、余計なところはダンテ似だ。
純矢はがくっと肩を落とした。
「・・・えー・・・じゃあ他に聞きたいこととかありますか?」
「今はない」
「じゃ、呼び方とかは適当でいいんで
あんまり気にせず呼びやすいように呼んで下さいね」
そう言って自分の使った食器を片付け立ち上がった純矢の背中に
「母さん」
その場の空気を真空に変えてしまいそうな言葉が
ぽこん、と
実に軽くさりげなくぶつかった。
動きを止めた純矢がぎぎぎと音をたてそうなほどぎこちなく振り返ると
片手をこちらに向けたまま、何か言いたそうにしているバージルと目があう。
「「・・・・・・」」
ツッコミ所は多々あれど、好きに呼んでいいと言ったのは純矢だ。
しかも言い方を改めろと言おうにも
バージルの目がこんな時にかぎって
捨て猫か捨て犬のようにやたらと切ない。
そういえば、ダンテはいつだったか言った。
『・・・しかしオマエ、母さんそっくりだな』
『・・・、・・・はぁ??』
『違う違う、見た目の話じゃない。そりゃ美人だったのは確かだが・・
・・・まぁ最後まで聞け。母さんが人間だったのは前に話したな』
『あ、うん』
『人間だったが母さんはオレから見ても強かった。
別に特別な力があったわけじゃないが
ガキのころ、悪魔の力をもてあましてたオレ達を恐れもせず
特別あつかいするわけでもなく、叱って、ほめて、愛してくれた』
『・・・・』
『悪魔と結ばれ、悪魔の子を育てたなんて今考えてみれば凄い話だ。
けど・・・オマエを見てると母さんがどうしてそんなに強かったのかわかる気がする』
『・・え?』
『人間はな、悪魔より力に劣る反面、意志と心の面が強い。
母さんはオレ達を心から愛していた、だから強かった。
オマエが母さんに似てるのはそこだな』
『・・・??』
『悪魔であろうと元敵だろうと関係ない。
種族だの過去のわだかまりだのを全部捨てて何でも受け入れて
自分の身もかえりみずにまずそいつらを守ろうとする、そんな所がよく似てる。
ボスの言葉をかりるなら・・・慈愛に満ちたってやつか?』
『・・・じっ・・!?・・』
『ん?どうした少年。なに赤くなってる』
『う、うるさいな!わ!ちょ!なんでにじり寄って来るんだよバカ!!』
思わずトリップしそうになった頭をはたき、純矢は考えた。
これは責任ではない。
自分にかせられた使命でもない。
これは自分にできることの1つなのだ。
「・・・・・・・・・・・・なに?」
かなり間をあけた返事だったにもかかわらず
そのとたん、バージルの背後がぱあぁと音がつきそうなほど明るくなった。
表情は相変わらず固いままなのだが
それはおそらく喜んでいるのだろう。
こうなってしまってはボルテクスでは無敗の純矢でさえ
勝ち目は1ミリたりとも存在しない。
「・・・母さん」
「・・・・・なに?」
そう言えば、その呼びかけになると敬語も自然と使用不能になる。
わざとなのか無意識なのか
どちらにせよやはり血は争えないようだ。
「・・いや」
何か言いたげに上げられていた手が、意味をなくしたのか下におりる。
「・・なんでもない」
ふ、と
バージルがその時初めて
静かに笑った。
「・・そう?」
バージルにも、思わず微笑み返してしまった純矢にも
どちらにも罪はない。
まぁそんなわけで。
純矢の多々ある呼称のレパートリーに『母さん』が追加され
バージルの中での純矢の地位も『母さん』
正しくは『ジュンヤ母さん』と決定された。
自分で書いててなんですが、話が変な方へばかり暴走する。
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