風にのってどこからか声が聞こえてくる。
それはもう随分と前に聞けなくなったはずの声で
とても懐かしく、そして大好きだった声だ。
「あら、ダンテはまだ寝てるの?」
「うんまだ。起こしてこようか?」
「いいのよ。疲れてるみたいだから好きなだけ寝かせてあげなさい」
暖かさの中でダンテはふと笑みをもらす。
そうして好きなだけ寝て起きた時見るのは大体兄のムッとしたような顔で
次に見るのは母の少し呆れたような優しい笑顔だった。
それから大体兄のお小言が待っていたものだが
それでもこちらが起きるまで起こしに来なかったのは
今思うと彼なりの優しさだったのかもしれない。
「それより洗濯物干しちゃいましょ。今日はお天気がいいからよく乾きそうよ」
「あ、それは僕が持つから母さんはこっち」
「あらあら、そんなに持って大丈夫?」
「へいき。そこ足もとあぶないから気をつけて」
カカン カカン カカン
そんな声と一緒に階段を2人分の足音が上がっていく音がする。
しかしそこでダンテはおかしいと思った。
それは随分昔の思い出のはずなのに
今そこを横切っていったような足音は何だろう。
ダンテはしばらく考え重い目蓋を無理矢理押し上げた。
まず起きて目に入ったのはいつも見る寝室の天井。
首をひねるといつもより少し片づいた自分の寝室が見えた。
昔の夢ならたまに見るが、何となく釈然としないダンテはむくと起きあがり
脱ぎ捨ててあったシャツをのろのろと着て寝室を出ると
足音が向かったと思われるあまり使わない屋上へと足を向けてみた。
するといつもは閉まっている屋上へのドアが開いている。
ダンテはまさかと思いながらそれを開けて外へ出てみた。
そしてまず目に入ったのは白。
それは確か昨日ベッドから引っぺがされた古いシーツだ。
その横にはボロ寸前の変色したカーテン
その横にはいつから敷いていたのかわからない風呂場のマット
そしていつか捨てようと思ってそのままになっていたクッションなどなど
家にあったあらゆる洗濯物が新しく張り巡らされたロープに並び
あるものは修理され、あるものは洗いたての色をして気持ちよさそうになびいていた。
そしてその洗濯物たちのすきまで何かがひらひらと動いている。
目をこらすとそれは洗濯物の間からちらちら見え隠れし
ふわりと舞い上がったシーツから横顔で見ることができた。
金色の髪に大好きだった優しい目
気まぐれにここに出入りしているトリッシュとは違う独特の雰囲気をもったその姿は
まぎれもなくもういないはずの母エヴァだった。
ダンテは一瞬息をするのも忘れた。
そしてその母の後ろから洗濯かごを持った小さいころの兄が
パタパタと走り寄っているのまで見えてしまう。
・・・さっきの夢の続きか?
いやしかしオレはさっき起きたはずだよな?
大体何でオレの店の屋上に母さんと昔の兄貴が見える。
などと固まったまま考えていると母がこちらに気づき
シワのよりたくったシャツを伸ばしながらいつか見た時のようにふわりと笑った。
「あら、おはようダンテ。もういいの?」
「・・遅い。一体今何時だと思ってる」
混乱するダンテをよそに2人は昔とまったく変わらぬ声で
・・いや待て。今バージルの声だけ妙に野太くなかったか?
そう気付いた次の瞬間、ざあっと強めの風が吹きつけ
近くにあったシーツが視界を白く変える。
そして次に見た時、そこにいたのはもういないはずの母ではなく
シャツを持った東洋人の少年と、その横で洗濯かごを持ってこちらを睨んでいる
自分と同じくらいの年齢をした兄だった。
「?おーいダンテさん、まだ寝てるのか?顔が呆けてるぞ」
「あれだけ寝てまだ寝たりんとは・・お前はいつまで子供でいるつもりだ」
そこでようやく今の状況を思い出したダンテは急に妙な顔をし
風になびいていた洗濯物をかき分けて純矢の所に到達すると
何を思ったのかその頭をがしと掴み、がこがこ左右に揺らした。
「・・い、いて・・何?なんだよ」
「・・・違う・・・よな」
「は?」
年齢もそうだし髪の色もそうだし、性格だってそれなりに違うし何より性別が逆。
どこからどう見ても見間違うはずないのだが
今さっき間違いなくこれがもういないはずの母に見えた。
「・・・まさかと思うが・・・疲れてるのか?オレが」
「??何1人でぶつぶつ言ってるんだよ。まだ夢でも見てるのか?」
確かにそうかも知れないがそれにしては妙にリアルだったなと思っていると
横からぺしと手をたたき落とされる。
もちろんそれは今も昔も母には忠実な兄だった。
「遊んでいないで朝食を済ませろ。とは言えもう昼だがな」
「?・・なんだまだそんな時間だったのか」
いつもなら夜になるくらいまで寝ていられるが
やはり急激に環境を変えられると体内時計が狂うらしい。
あと急に同居する人数が増えたのも原因だろうが純矢は軽く呆れた。
「・・仕事上なのかも知れないけどルーズだなぁ。
とにかく俺達これが終わったら買い出しに行ってくるから留守番たのむな。
あと下のお店の方、修理と掃除がそろそろ終わりそうだから
足りないところがあるなら早めに言ってくれってさ」
「・・オイ待て、今なんて言った」
「?だから修理で足りないところとかあるなら・・」
「違うもっと前だ」
「・・買い出しがどうのって所か?」
その途端、ぼんやりしていたダンテの頭がガガガと音を立て急に覚醒した。
「・・よし、5分待て、いや3分でいいか。
待てよ。絶対待てよ。すぐ仕度するから絶対に出るなよ」
言うなりダンテは凄い勢いで階段を飛ぶように駆け下り
何をやってるのか下の方でドスバタと騒々しい音をさせ
どちらかのケルベロスを踏んだのか一度だけキャインという悲鳴がした。
それ以後怒るような声がしなかったので黒いケルベロスの方だろうが
ちょっと遅れてガウ!と聞き慣れた吠え声がしたので
白いケルベロスがかわりに怒ったのだろう。
音だけで何やってるかわかってしまうのも何だか
?と純矢がバージルの方を見ると心底呆れたようにため息を吐き出し。
「・・・連れて行けというつもりらしい」
昔の経験から推測できる事を仕方なさげに口にした。
しかし買い出しと言っても近くにはあまり良い店がないというので
向かう先は車で少し行った場所にある大型店だ。
前に借りたものとは別のちょっと大きめな車を運転するのは
交通ルールは守るけど場合によっては運転技術が頭文字なみなミカエル。
事務所にいても退屈だろうから買い物中に車番をさせる事になったケルベロスと
ずっと仕舞われていたから散歩にでも行こうと気を遣ってもらった黒いケルベロス。
そして観光がてらの買い物に行くつもりだった純矢と
それの護衛と称して離れたがらないバージル。
そして昔のなごりで買い物と聞くとついて行かずにはいられないダンテが同席していた。
本当はサマエルかフトミミあたりがいればよかったのだろうが
ダンテの代行仕事とやらがそこそこに面白いらしく2人とも不在のままだ。
残った留守番と言えば事務所の修理と仕上げをまかされたトールで
役に立たないマカミと引っ込み思案なピシャーチャだけでは心許ないと不安げだったが
マザーハーロット達もいつ帰ってくるかわからないし
遅くならないから頼むと念を押すと渋々ながら承諾してくれた。
あと蛇足として息子達同様スパーダもついて来たがっていたが
『3人いっぺんに面倒見きれません』と怖い顔で言われて凹み
『おみやげ買ってきますから』と言った瞬間立ち直ったそうだ。
もうどいつもこいつもでっかいくせに子供同然でため息しかでないが
お前のご主人、元からあんななのかと黒いケルベロス、愛称ベルに聞いてみると
犬ながらに犬のウン●でも踏んだような顔で黙りこまれてしまった。
つまり昔はこんなんじゃなかったらしいのだが
そこはそれで歴史の流れという事で勘弁してもらう事にした。
と、それはいいとして問題は数年前とか1000年前とか言うより今現在の状況だ。
・・なにこのものすげぇギスギス感は。
借りた車の後部座席のどまん中。
不機嫌顔の赤いのと同じく不機嫌顔の青いの
正確には赤いのと黒いのと白いのと青いのに囲まれ
純矢は最初乗る時助手席にしとけばよかったと今ごろながらに後悔していた。
というのも事務所を出て席順でもめた後の兄弟達2人が
以後まったく口をきかず目すらも合わせようとしないのだ。
かわりに2人の間には口では言い表せないような気まずい空気がたちこめ
まん中にいる純矢としては居心地が悪いったらありゃしない。
「・・・2人共、いい加減にしろ。主を窒息させる気か」
たまりかねたミカエルが運転しながら注意してくれるが
そう言われただけでどうにかなれば2人とも苦労はしない。
一応の緩和剤のつもりで純矢の横におさまっている犬達の上で
『何でアンタがいるんだよ』とか『大人しく留守番していればいいもの』をとか
精神的な火花がバリバリと散りっぱなしで、多少慣れているケルベロスはともかく
慣れないベルは落ち着かないことこの上なかった。
「・・あのさ、2人とも急に仲良くしろとまでは言わないけど
事あるごとに険悪な空気を排出するのはなんとかならないのか?」
シッポが丸まりだしているベルを撫でながら純矢がそう聞くと
眼(ガン)と無言の圧力で牽制しあっていた弟の方がようやく口を開いた。
「・・知るか。そいつがただ純粋にひがんでるだけだ」
「自分の店の仕上げぐらい自分で監督しろと言ったのに
あらゆる反対を押し切って無理矢理ついて来るお前が・・」
「まとめて放り出すぞ貴様ら」
前から来た本当にやらかしそうなドスのきいた声に2人は黙る。
さっきより空気はマシになったがまったく困った兄弟だと
白い方のケルベロスがフンと鼻をならした。
「・・まぁとにかく、止める人が少ない状態でのケンカはなしにしような。
ただの買い物なんだしそう2人していがみ合う必要なんてないだろ?」
「「・・・・・・」」
「俺まだ英語とか読めないからバージルさんには翻訳してもらいたいし
ダンテさんにもどれが必要かそうじゃないのかも聞いておきたいし」
「・・そうだったな」
「・・それもそうか」
そう言ってはたとまん中を見て目が合わさりそうになり、同時にさっと外を向く。
一体何歳の人達を連れてきたのか疑いたくもなるが
まぁ気まずい空気で充満するよりマシかと純矢は苦笑いするだけにとどまった。
だがそのおかんな少年のさらにおかん的な大天使は
ミラーを見ながら出来ればそんな空気になじんで欲しくないなと
ハンドルを握りながら切実に思ったそうな。
そう大きくはないけど駐車場がやたらと広いマーケットに車を入れ
少し窓をあけた車内に留守番用のケルベロス達を置いて店内へ。
しかしさすがに身体が大きい人達の国だけあって店内は広く
そして品物1つにしても普段見る物よりも大きくて純矢はしきりと感嘆した。
「うわ〜ホントに英語ばっかりでしかもどれも大きいなぁ
ダンテさんが無駄にデカくなるのがわかる気がする」
「無駄には余計だろうが」
「いや内面との比率からして無・・」
まだ余計な事を言いかかった口をミカエルがぱしと音速でふさいだ。
なんのかんので彼も慣れてきたらしい。
そしてそんな事をしつつやっぱり大きめなカートを押しながら店内を回り
ほとんど読めない商品の表示や物の大きさ、そしてデザインの違いなどに感心しつつ
まずは傷みにくいのを選別しながら食料品を買い込む。
餓死するヤツなど1人もいないがこれはこれで生活の楽しみというやつだ。
「しかしオマエこっちの食材で料理なんてできるのか?」
「ネットで調べたらそんなに違いはないみたいだったから
難しいのとか手間のかかる料理を作ろうとしなければ大丈夫だと思う。
あっと・・バージルさん、これは?」
「タマネギに近い物だ」
「へぇ・・じゃあこっちのは?」
「ピーマンに似ているが辛みが強いものだ」
かつて母の手伝いをよくしていて前知識がそれなりにあり
ブラックライダーに連れられて市場歩きもよくしたバージルが迷いなく的確に答えていく。
ダンテはそういった物は名前だけは知っていても
どうやって使うのかまではあまり詳しくない。
これがナス、これがキュウリ、これがほうれん草などと
律義に説明してそれを熱心に聞いている親子・・
じゃなくて兄と相棒の背中を見ながら取り残されたダンテはぽつりと。
「・・・なぁボス・・」
「その助言はかなり前から複数回でおこなったはずだ」
コーヒー類を真剣に物色していたミカエルが間髪入れずに突っ返す。
それは何度か言ったのにダンテがまったく聞いていなかった
『狩りやケンカ以外の事を覚えろ』というやつだ。
ダンテは小さく舌打ちだけ返し、少年の後ろから身体ごとぶつかってやるが
もうバージルで慣れたのか他の事に集中しているからか
『重い』としか返ってこなかったのがちょっと寂しかった。
「・・なぁ相棒、今日のメニューは何だ?」
「えーっと、とくに決めてないな。帰ってそろった食材から考えるつもり」
「・・若いクセに妙に生活感あるなオマエは」
「そりゃどこかの誰かさん達のおかげですっかりな。
普段の生活から死にかかるような事にいたるまで勉強させてもらってますよ」
と何気なく言った直後、折り合いが悪いはずの兄弟達の歩調が同時に遅れる。
しかし当人は気付かずそのまま前を歩いていたミカエルと話しだした。
「だが主、面倒見が良いのも生活力がある事も悪い傾向だとは思わんが
あまり甘やかしすぎるのは感心せんな」
「う・・でもこれも一種の社会勉強だろ?」
「そうかも知れんがかまい過ぎはかえってよくない効果をまねきかねん」
「そうかなぁ・・」
「他人事のように言うな。現にほんの数日前どんな目にあったのかをもう忘れたか」
その途端、兄弟の足が完全に止まった。
そう言えばゴタゴタしていてつい忘れそうになるが
あれは絶対に忘れてはいけない事であり2人にとってはトラウマ同然な事だ。
「・・いやまぁ・・あれはあれで悪かったとは思うけど
あの時はミカも同意してくれてたろ」
「するにはしたがあれは一種の脅迫行為だ。
頼むからあれほど不本意な指示はもう金輪際・・」
「・・あ。ちょっと待った」
そこでようやく気まずそうにそろって立ち往生している兄弟達に気付き
純矢は慌てて足とカートを止める。
引き返してどうしたのか聞こうとすると、どっちも同じような顔をして黙り込むばかり。
たぶんそれは少し前、不注意だったとは言え自分達がやらかしたあの時の事だろう。
純矢は苦笑して2人の間に割り込むと両側にあった腕をそれぞれ組んで
ぐいぐい引っぱるように歩き出した。
「こら、こんな所で突っ立ってると邪魔になる。歩け歩け」
しかし全体重かけてそうしているのに2人の足はやたらに重く
すんだ話とは言えまだ2人にはこたえているらしい。
純矢はちょっと考えて2人を邪魔にならない方へ引きずっていくと
前に回ってこんな事を言い出した。
「・・なぁ2人共、そんなの好きな人もいないだろうし
いたとしたら絶対変態だろうけど、俺痛いの嫌いなんだ」
「「・・・?」」
なんだそりゃと目を丸くする2人を置き、その手が両方それぞれびしと指してくる。
「だから2人がいつまでもあれの事引きずってると
俺まで痛かったのを思い出して困るんだよ。わかるか?」
「「・・・・・」」
2人のあの時武器を持っていた方の手がすうっと勝手に冷えていく。
自分達がこれなのだからあの時一番被害を被った本人にすれば
確かに思い出したくもないだろう。
しかしそんな事は微塵も顔に出さない少年は
笑いながら両方の胸をとんと軽く押してきた。
「だからさ、2人とももうあんまり気にしないで
もうちょっと前向きな事とか楽しい事をたくさん考えよう。
あの時あった事とか昔の事を全部なかった事にできないけど
そうじゃない楽しい事とか嬉しい事は、まだまだこれからいくらでも作れると思し
こうして家族で一緒にいる時は一番そうできるチャンスが多いと思うからさ」
な?とこっちを見上げてくる少年にダンテは鼻の奥が急激に熱くなった。
横にいる兄も無表情をよそおってはいるが内心公衆の面前でなければ
全力で飛びついて万力のような力で抱きついていたに違いない。
ちょっと見ない間にイヤな素質育てやがってコイツと思うが
きっとその数割の原因は横にいる色々と抜け落ちた兄貴の責任で
そのせいでこの少年と実の母がダブってしまうのだろう。
ダンテは腹の底からため息をついた。
が、ダンテはそれを易々と受け入れるほど簡単なつもりはないし
自分の相棒が他の色に染まるのを黙って見ているつもりもまったくない。
熱くなっていたものをぎゅうと無理矢理押し込み離れていこうとする手を素早く片方掴んで
イヤな予感をさせる前にニヤリと不敵に笑ってやる。
「・・つまりそいつは仕事の依頼か?」
「ん?いや・・できればっていうくらいのお願いみたいなものだけど・・」
「じゃあしょうがない。他ならぬ相棒からのお願いだ。
気楽に面白おかしく天国の階段を見せてやろうじゃないか」
「え”、あの、ゴメン。最後のヤなたとえだけはナシの方向でキャーー!!」
不吉な言い回しの嫌な予感は速攻で当たり
笑いやがれとばかりに両手を駆使し思いっきりくすぐられる。
元々騒がしい場所なのであまり迷惑にはならないだろうが
何だかもう止める気力もなくしたミカエルが半目になって兄に聞いた。
「・・止めんのか?」
「・・やっている事は馬鹿そのものだが
悪いことを忘れさせるには効果的な方法だ」
「それは・・否定せんが・・」
それにしたって大の大人がやる事じゃないだろう。
いやそれだからこそ賢い方法なのかもしれないがそれにしたって
あ、顔面に肘鉄入れられた。
しかしそれでも頑なにくすぐるのをやめようとしないダンテを見ながら
バージルはさっきのダンテとほとんど同じようにぽつりともらした。
「・・それに・・俺になかった時間をあいつは所有していて
俺にはできない事を・・あいつはできる」
それはつまり、ダンテの方が自分よりも純矢といろんな事を経験していて
あんな風に自分にはできない事を色々できると言いたいのだろう。
でもそんな事で大の大人がしゅんとされても困るし
大体無言で飛びついたり平気で膝枕を要求したりする子供っぽさは
今そこでやってる事とほとんど変わらないだろと
ミカエルは心の中だけで大いにツッコんだ。
でもどっちかというとミカエルはバージルの味方なので
ほんの少し考えた後、仕方なさげにその肩をぽんと叩いた。
「・・では1つ、参考になるかどうかはわからんが助言をしておこう」
「?」
「何も相手になにかしらの行動を与える事ばかりが
相手にとって最善のことだとは限らん」
え?という顔をするバージルをよそにミカエルはまだ騒いでいる2人を見ながら
難しげだった表情を少しだけゆるめた。
「相手を拒まず否定することもなく
そのもの全て、ありのままを受け入れることも愛だと私は思う。
我らの主がそうであるようにな」
「・・・・」
バージルはようやくダンテを止めるのに成功し
力ずくでぐぎぎと引きはがしにかかっている純矢を見た。
確かにあそこにいる少年は自分を全部受け入れてくれた。
だとすると今あそこでダンテと遊んでいる純矢が自分から離れていくとか言う前に
あそこにあるもの全部を受け入れるのは自分にできる事の1つではないだろうか。
バージルは急に目つきを鋭くし一歩踏み出そうとするが
その前になぜか横にいたミカエルにぎゅむと軽くハグをして
まだ何かやっている2人の所へ歩いていった。
たぶんあれで礼をしたつもりなのだろうが
ミカエルはちょっと照れながら呆れたように頭をかいた。
「・・・まったく、どこまでも世話の焼ける連中だ」
そうして無言で歩いていったバージルは
ダンテの鼻をむんずと掴み犬式におとなしくさせ純矢からべりと引っぺがすと
たぶん受け入れるという意思表示のつもりなのだろう
純矢をぎゅうと抱き込んでダンゴムシみたいに丸くなった。
「ぐえ・・ちょ、バージルさん!どうしたんだよ・・!」
「いつつ・・コラバカバージルいきなり何し・・」
と思ったらバージルは一瞬ダンテをムッとしたような目で睨み
片手を伸ばしたかと思うとそこにダンテまでも巻き込んだ。
「うぉ・・!オイなんだ、いきなり!?」
「ちょ、ちょっとぐるじ〜!ミカ助けて〜!」
しかしそう言われてもありのまま全員受け入れる気満々なバージルは
『お前も入れる』とばかりに睨んでくるので近寄れない。
いや確かにそれも愛の形かも知れないがなんか違うだろ。
というか買い物に来てなんでこんな事になってんだと思うが
ここには祈る神はいてもそれをなんとかしてくれる神はいないので
ミカエルは間合いをつめてくる家族(のつもり)団子と買い物カートをはさんで
じりじり距離の取り合いをするしか出来なかった。
それから『それ以上は無理。無理ったら無理。受け入れの押しつけ不可!』
と説得(?)して買い物を終え、買い込んだ荷物をかかえて車まで戻ってくると
ちゃんと留守番していたけどやっぱり寂しかったらしい白と黒の番犬2匹が
空気用にあけた窓のすきまからそろって鼻先を出し『早く早く』と催促してきた。
もうその様子たるや片や地獄の番犬、片や巨塔最初の門番とは思えない犬っぷりで
思わず携帯で撮りたくなったが両方プライドがあるだろうからぐっと我慢した。
「ただいま、ケル、ベル。ご苦労さま」
我慢しつつ、でも笑うのは押さえられずに撫でてやると
ケルは一度だけ尻尾をふり、じろとダンテを睨んでから元いた場所にすっと戻る。
しかしベルの方はこんな留守番の仕方をした事がないのかびびびとせわしなく尻尾をふり
鼻先をぐいぐい押しつけてきたが、全員の抱えていた荷物量を見るなり軽く後ずさった。
「犬っころ、ちょっとつめろ。ワンちゃんもそっちだ」
え?え?何その大量の物質?と戸惑うベルをよそに
ダンテは荷物をどかどかと空いている場所に押し込み
最後に今度は犬たちをはさまず直接純矢の横を2人で陣取ると
犬を2匹とも助手席へ追いやってドアを閉めた。
追いやられたケルが『え?ちょっと大丈夫?』と運転手に目で訴えかけるが
ミカエルは黙ってキーを回し車を出した。
しかし犬達が心配そうに白黒交互にのぞいてくるにも関わらず
後ろの席で妙な火花が散ることはもうなかった。
たまに目があっても『とりあえずコイツを争い事に巻き込むのはナシ』
という暗黙の了解が発生して数秒後ふいと外にそらされる。
純矢としては本当は窓際で外が見たかったけれど
2人の様子がいくらか緩和されたので別にいいかとのんきに思った。
そうこうしてかなり息苦しさのなくなった車にゆられ事務所の前まで帰ってくると
ベルが真っ先に車を飛び出し、入口の前ですちゃっとお座りして
『開けて』とばかりに待機する。
やっぱりずっと魔具でいたのをいきなり連れ出すのは無理があったらしい。
しばらくは室内飼いと近場の散歩からだなと思いつつ真新しい取っ手に手をかけ・・。
「ただいまー・・うっ」
ドアを開けてそう言った直後純矢はうめいた。
もんわと中からお出迎えしてくれたのは強烈なアルコール臭だったからだ。
まさかと思って中をのぞくと案の定
真新しいテーブルには品評会かと思うほどの酒瓶の山。
それを楽しそうに囲んでいるのはいつもの見慣れたマザーハーロットと
夜色でちょっと派手なイブニングドレスを着た赤い髪の怪しげな女性だ。
いやよく見るとその怪しい女性、肌の色を極限まで悪くして目の色を赤くしたら
あの倉庫に入れられていたギターの人とほぼ同じだ。
「あらお帰りなさい。勝手にくつろがせてもらってるわよ」
それはいない間に順応の仕方を覚えたのだろう、元魔具でギターのネヴァンだ。
様子からしてマザーハーロットとどこかで色々と豪遊したあげく
大量のおみやげつきで帰ってきたらしい。
ダンテはホントになに勝手にくつろいでやがると思ったが
それ以前に散らかされた酒類をのぞく店の内装が
出てきた時よりかなり綺麗に改装されていた事に驚く。
薄暗かった照明は適度に明るい物に取り替えられ
床や壁も傷1つなくあちこち変色していた場所もむらなく塗り直されているし
窓も頑丈そうだが日のちゃんと入る綺麗な物に替えられていて
初日に大破した場所だって元あったのと違和感ないよう上手に
そしてちゃんと他の場所と調和するように修復されている。
そして元あった家具やジュークボックスも綺麗にして適度な位置に配置しなおされ
ちょっと前までとても店とは思えなかった、悪い意味で味のある事務所は
やっと人を呼んでもいいくらいのアンティークな事務所になっていた。
ただちょっと帰ってきた女性陣のおかげで酒臭いのが欠点だが
ダンテとしてはそれは気になる要素ではない。
「・・オマエらの豪遊ぶりは見ればわかるとして
えらく小綺麗になったもんだ。設計はボスか?」
「設計は私だが最終調整はトールにまかせてある。
それよりも窓を開けろ!改装早々ここを酒蔵にする気か貴様ら!」
へぇ?いつも怒鳴るだけかと思ってたが、意外にセンスはいいんだな。
などと思っていると奥からそのトールが転がるように走ってきて
なぜか隠れられもしないのにミカエルの背後に避難してきた。
「主!おかえりと同時に緊急避難を所望する!」
「・・?うん、ただいま・・なんだけど、何でいきなり隠れるんだ?」
「そこの女人連中が・・!我に酌の相手をしろとやたらにしつこく
おまけにそちらの魔具の方はベタベタとあちこち触ってきて始末に悪く・・!」
「あらいいじゃない。一応自制してそれ以上は我慢してあげてるんだから。
それとも・・もっと刺激的な方法でお近づきになった方が良かったのかしら?」
やヴァい仕事の専属女優顔負けの色っぽさで流し目をくれるネヴァンに
その本質がわかるらしいトールはひいぃと身体を縮ませ
ミカエルはそれをかばいながら純矢にさっと目隠しをした。
「これこれ、あまりそれらで遊ぶでないぞ。
あまり遊びすぎると後が面白くなくなるのでほどほどにな」
「あら、それもそうね。ごめんなさい美味しそうな・・じゃなくて大きくて器用な雷帝さん」
などと赤い髪の美女は優雅に微笑むが
口がちょっとすべっていたため誰1人としてその謝罪を信用できず
お前ら一体何を結託してやがるんだという気持ちだけが部屋一杯にふくらんだ。
が、それを問いただす勇気はこの場にいる誰1人として持ち合わせていなかった。
「おぉそうじゃ、それよりも昼間業者が来て冷蔵庫とやらを置いていったぞ。
邪魔になるので雷帝が所定の場所まで持っていったが
そやつは電化製品に触れんと言うのでそのままにしてある」
「・・あ、それじゃ届いたのか?新しい冷蔵庫」
「うむ。そのようじゃからはよう使えるようにしてたもれ。
わらわ達の酒のつまみの鮮度が落ちてしまわぬうちにな」
付け加えられた勝手な話はともかくそれはいいニュースだ。
これでたくさんの生ものを買っても腐らせずにすむ。
「よし!じゃあさっそく電源入れて買ってきた物つめこもう!
トールこれ持って、あ、そうだミカはケルと一緒に洗濯物入れてきて!
バージルさんそれ割れ物入ってるから気を付けてな!」
まるで新しいおもちゃが来た時のような様子で
純矢は買い物袋を両手に満載し軽い足取りで歩いていく。
何だかもう母っぷりが板に付きすぎてダンテは呆れもできなかった。
しかし今までがだらしなかった分良い統率者ができた事は喜ばしいのか
黒い番犬がそれを頼もしげに見ていたのが少々屈辱的・・
「こらベオ!ダメだろ!あっちでダンテさんと遊んでろ!」
などと思っていると奥から黒いボールのようなものがぽーんと飛んできて
一度床でばいんと弾み、ちょうどダンテの目の前に来たころには
牙のずらりと並んだ小型のジョーズみたいになっていた。
「おかえりジュンヤ君ジュンヤ君。おみやげはおみやげは?お・み・や・げ」
「・・・フレスみたいに連呼しなくてもちゃんとありますよ。
はいこれ。どうやって食べるのかわからないけどお徳用なチョコレート。
好みがわからなかったからノーマルのとホワイトで」
「おぉ、凄い。まるでレンガのようだな。これは食べるのに骨より歯が折れそうだ」
「いえ丸ごと食べるのは無理だから少しづつわってみんなで食べま・・
ってもう開けてるし!そしてものともしてないし!?」
「うん甘い、美味しい。そしてこの2種類が口の中で混ざり合う感覚がまた楽しい」
「(夕食の前に甘い物バカ食いしないでほしいけどあまりに幸せそうなので何も言えない)」
「・・・・あの・・主、先程から聞こえてくる悲鳴は無視してもかまわぬのか?」
「かまわん。どちらも邪魔しかしないので捨てて置け」
事務所の改装と生活空間の確保完了。
ごっついブロックのチョコ(製菓用)はいっぺんに食べられないように買ったつもだったけど
純粋な悪魔の歯の前では意味がなかったらしい。
でも後から割ってちょっとづつ食べさせてもらおうという悪知恵が働き
結局また家族でケンカになってたりすると楽しい。
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