「・・ホントにごめんなさい。そんな複雑な事情があるってわかってたら
事前に連絡くらいは入れたんだけど・・」
「いえ・・いいんですよ。おかげで散らかってたのがちょっとスッキリしましたし」
と、かろうじて残ったソファに向かい合っていた純矢の言った通り
元々ガラクタ置き場みたいに散らかってたダンテの事務所は
いろんな物がほどよく消し飛び、ついでに日当たりも風通しもよくなって
ちょっとばかり健康的で開放的になったように感じる。
防犯上ではあまりいい状態とは言えないが
その点は今仲魔達が総出でなんとかしようと
それぞれに動き出していてくれた。
なぜ悪魔狩りの不始末を我らが補わねばならんのだと
ぶつくさ言いながらトールが同じく不満げなケルベロスと一緒に
フトミミになだめられながらガチャガチャと瓦礫の撤去をしてくれているし
ミカエルはサマエルと一緒に図面を作って修理計画を立ててくれ
マカミとマザーハーロットは買い出しに使えそうな店を探してくると言って
ピシャーチャ持参で出かけている。
最後の組み合わせだけちょっと不安が残るが
それよりも前にまず片づけるべき問題は
まず純矢をはさんで店以上にボロボロになって
さっきからお互いそっぽを向きっぱなしな半魔兄弟と
目の前にいる兄弟の母そっくりだけど別人だというこの不思議な女性についてだ。
ダンテが必死になって説明した事情によると
この彼らの母そっくりな女性はトリッシュといって
以前戦ったとある悪魔の王が母に似せて作った悪魔なのだそうだ。
外見は写真の母とそっくりだが、なにせ中身まで同じに作られていないので
彼女とダンテは協力したり敵対したり、また協力したりととにかく色々あった末
最終的に彼女はダンテの側につき、今は人の世界に定住しているのだとか。
「・・じゃあ昔ここにいた同居人って、トリッシュさんの事ですか?」
「そうよ。でも私はもっと世界を見てみたかったから
ここを離れて別の所で自分なりに仕事をしつつ生活してるの。
ダンテのやってる表向きの仕事、つまり便利屋をしながらね」
「デビルハンターじゃない普通の便利屋をですか」
「普通・・って言うにはちょっと無理があるかも知れないわね。
便利屋っていうからには色々な仕事を請け負ったりするし
普通じゃない物騒な仕事だってそれなりに多いし。
でもどこかの誰かさんみたいな選り好みはしないから
これでもその手の方面じゃ有名な方なのよ?」
「へぇ・・」
そりゃこんなに美人だし仕事もできるし
おまけに何でもできるというなら確かに有名にもなるだろう。
「で、その仕事の中に悪魔絡みの情報があればダンテの方に回して
ダンテの蹴った便利屋の仕事の方を時々私が受けたりするの」
「・・あの・・さっきから聞いてるとダンテさん
そんなに仕事の仕方がいい加減なんですか?」
「本業のハンターとしては申し分ないわ。
でもその事を知ってて依頼を持ちかけてくる人は少ないし
何しろその人、そんな性格でしょ?」
「ですよね・・」
と言いつつダンテの方を見ると当のハンターさんは
これ以上ないふんぞり返り方でぶすっと不機嫌そうにそっぽを見ている。
まぁ言われてみればこの性格とこの店の状態で
今まで1人でやっていけてたという方が奇跡だ。
などとちょっと失礼な事を口に出さずに考えていると
トリッシュは優雅に微笑みながら肘をつき顔の前で手を組んだ。
「でも日本人だとは聞いてたけど・・確かに日本人ね。
控えめだし歳のわりにはしっかりしてて礼儀正しいし」
「そうですか?俺は別に普通だと思いますけど・・」
「けどそれくらいの年頃の男の子からすれば大人しい方でしょう?」
「・・はあ、それはたまに言われます」
「ふふ、ダンテが執着するのが何となくわかるわ。
だって目とか性格とか優しそうなんですもの」
「・・いやそのだから・・俺は普通に日本人なだけ・・いや悪魔だけど
何か凄い芸ができるとか居合いが出来るとか空手ができるとか全然ないし・・」
などと赤くなりつつ必死に謙遜してる所などまるっきり日本人なのだが
トリッシュは軽く吹き出してから今度は少し真面目な顔をして
さっきから時々こちらの様子をうかがうようにして
目だけをかすかに動かしていたバージルに目をやった。
その多少の雰囲気は違うものの、やはりダンテとよく似た男は
実はトリッシュにとって少々面識がある。
そのいくらか昔のその時は
お互い同じ悪魔に仕えていた手駒のような存在だったが
彼はその時の事を覚えているだろうか。
「それとそっちのあなた、私の事・・覚えてる?」
なるべく意識しないように何気なくそう聞いてみると
バージルはほんの少し目つきを鋭くさせて
こちらに向かって拒絶するような空気をにじませてくる。
おぼろげながら覚えていて警戒しているのか
それとも覚えていなくても昔の事には触れられたくないのか。
しかしどちらにせよ、トリッシュもそんな昔の事をほじくり返す事を
好きこのんでしようとは思わなかった。
「・・そう、ならいいわ。人違いだったみたい、ごめんなさい」
その途端、2人の間でかわされていた複雑な空気がふっと普通の物になる。
だがそれに気付いたのは当の2人と
その横でちょっと緊張していたダンテだけだったのだろう。
そんなことなどつゆ知らず、そういった空気にまだ鈍感な純矢が
ちょっと意外そうな顔をして聞いてきた。
「・・?トリッシュさんバージルさんと会った事あるんですか?」
「ううん。似てると思ったんだけど違ったみたい。
それにダンテとも混合しちゃったのかもしれない。そうよね?」
そう言ってトリッシュがぱちんとしたウインクは
ダンテにぶつかって肩で笑うような仕草で返ってくる。
だがその仕草の中に少し感謝の意が込められていたのを知ったのは
その事を知るトリッシュだけだったのだが
ともかくいくらかホッとしたダンテはため息をつきながらこうも付け加えた。
「おまけにさっきまで同じような顔が3つも同時にそろってたんだ。
多少の混乱くらいはするだろうさ」
そうして忌々しげにやった視線の先には
さっきの騒動に紛れてフォースエッジに戻った・・いや逃げ込んだ父がいる。
おそらくややこしい事に巻き込まれたくないのか
妻似の女性は苦手なのかのどっちかだろうが
とにかくこれ以上場を混乱させる要因が1つ減っているのは
純矢にとってはありがたい事だ。
「・・えーと・・まぁスパーダさんの事はおいといて
トリッシュさん全然悪魔とかそういうのに見えませんね。
俺みたいな普通の人から見るとちょっと近づけない美人さんには見えますけど」
「あらありがとう。でもね、私がこんな風なのは
元々そこのダンテを罠にかけるためだったのよ」
「え?」
「さっきも話した通り、私はある悪魔に意図的に作られてるの。
今は色々あってダンテとは協力してる仲だけど・・私は元々そんな悪魔なの」
少し影をにじませてそう話したトリッシュを純矢はしばらく凝視して
「・・あ、じゃあ俺から見た昔のダンテさんと同じだ」
と、いともあっさり言ってトリッシュの目を丸くさせた。
「実は言うとダンテさんも元々俺を狩る立場だったんですよ。
しかもあんまり話も聞かないで面白そうだからとかいういい加減な理由で
出会い頭に撃ってくるわ次に会った時も行動が陰湿かつ凶暴だわで・・」
「・・おい少・・」
何か言いかけたダンテの口はコンクリートも砕けそうな肘鉄で止められる。
「まぁそれから色々あって・・って簡単な言葉じゃくくれないほど厄介な経過をえて
今こうしてこのバカ・・いやダンテさんは俺の近くに普通にいるけど
そう言う点からすれば俺とダンテさんと同じですよね」
その前置きをまったく気にしない割り切りの良さに
トリッシュは完全に呆気に取られた。
そしてその事については脇腹を押さえつつダンテがこう説明してくれる。
「・・言い忘れてたが・・コイツに人だとか悪魔だとか
昔の敵がどうとかいう線引きは存在しない。
あんまり固いこと考えてると足元すくわれるから・・気をつけるんだな」
だからダンテも再生されたというバージルも
伝説とされていたスパーダでさえも
この境界線のない少年の所に自然と集まってきてしまうらしい。
成る程。
ダンテの所に面白い客が来ていると連絡をくれたルシアが
あまり事情を話さずやたらに楽しそうだったのも納得だ。
「ふふ、そうなると私たち元ダンテの敵仲間って事になるのね」
「・・いや、俺としてはもうこんなイヤな物体金輪際敵に回したくないです」
「あらら、随分と嫌われてるじゃないダンテ」
「照れてるだけだ」
「ざけんな!!」
ブン! がン!
落ちていた空き缶を投げつけたものの
それは身をひるがえしてかわされ、後にあったシートごしのオブジェにぶつかる。
中でぐげとかうめき声がしたような気もしたが
それでもその悪魔達があまり騒がないのは
ここにいる連中が確実にヤバイと本能的に感じ取っているからに違いない。
そんな様子を楽しそうに見ていたトリッシュだったが
その2人の掛け合いをちょっと不機嫌そうに見ているバージルを見て
急に思い出したようにぽんと手を1つ打った。
「あ、そうだ。お兄さんが帰ってきたのなら
預かってたもの、返しておいた方がいいわよね」
そう言って首に手を回し、目のやり場に困るような胸元から
鎖につながれた何かを取り出す。
それはペンダントにしてはちょっと大きい、銀の台座のついた赤い宝石だった。
銀の金属部分は元々別の色だったのだろうか、所々の色が違うが
赤い宝石の部分はその色あせた部分に似合わず
内部で綺麗に光りを屈折させている。
バージルは思わず息を止めた。
それは忘れるはずがない。
それはかつて自分とダンテの両方に渡され
己の信念をつらぬくため2つそろえる事に相当執着していた物だ。
だが今自分の手にそれがなくそこにそれがあると言うことは
自分の過去の行動が全て失敗しているという事実に他ならない。
「・・わ・・大きい宝石。そんなの持ち歩いてて大丈夫ですか?」
「あ、これはただの宝石じゃないわ。
私がダンテから預かってたアミュレット、つまりお守りよ。
ダンテも1つ同じ物を持ってるお母さんの形見の品なの」
「・・え?」
「これは元々そこのお兄さんの所有物で本当はダンテが持ってるべき物なんだけど
ダンテは2つ持ってるといいことがないって言うし、それに・・」
チャリ
だがその言葉は横からさっとそれを取り上げたダンテによって阻止される。
トリッシュは一瞬何か言いかけたものの
余計な事言うなという目で睨まれ肩をすくめるだけにとどまった。
なので2つとも持っているとつらくなるというダンテの胸の内は
純矢には知られずじまいに終わったのだが。
「・・ともかくこれはアンタに返しておく。
オレにはオレの分があるし、2つそろってると色々と物騒なんでな」
そう言って無造作に突き出された数年ぶりの形見の品にバージルは困惑した。
かつてこれは自分のより所であり
道を開くためには必要不可欠な物だった。
だが今の彼には代わりになるものが隣にいるし
歩むべき道ももうこの足をつけている地にちゃんとある。
これを再び手にすると言うことは
自分はまた昔に逆戻りしてしまうのではないだろうか。
この赤い石の中に込められた、かつての自分の執念や思いに
取り憑かれてしまうのではないか。
そんな不安にかられてか
バージルはどうしてもそれに手を伸ばすことができなかった。
だがダンテはそれを黙って突き出したまま
珍しく辛抱強く兄の出方を待っている。
だがそんな兄弟達の葛藤の中に手を入れたのは
ぽんと固まっていたバージルの肩を叩いた純矢だった。
「・・ほら、どうしたんだ?本当のお母さんの形見なんだろ?」
しかしそう言われてしまうとバージルにはまた新たな不安要素が生まれてくる。
これを手にした瞬間、この再生の母はもう母ではなくなってしまうのではないか。
これを持つ事で今までの暖かい生活が全てリセットされてしまい
自分はまたこれを巡って血を流すような兄弟に戻ってしまうのではないか。
だがそんな不安がなんとなく分かったのだろう。
純矢は笑って背中を軽く押してくれた。
「大丈夫。俺はバージルさんが得心するまでちゃんとついててあげるし
もし何かあったらまたどうにかするつもりだしさ。
だからバージルさんはちゃんと前だけ見てればいい。
ほら、前に言ったろ?俺はあんまり頼りにならないかも知れないけど
そばにいてあげる事ぐらいはできるからって」
その言葉にずっとアミュレットを睨むようにしていたバージルの目が純矢の方を向く。
その再生の母の目には嘘も偽りも脚色もない。
あるのはただ真っ直ぐで強くてそれでいて優しかった
人間でありながら半魔の自分達を育ててくれた母と同じような目だ。
バージルはしばらくじっとそれを見た後、すうと息を吸い込み心を固めると
ずっとダンテの手からぶら下がっていたそれに手を伸ばし
しっかりと手の中に握り込む。
長い間自分の元から離れていたそれは
カチャと小さな金属音を立てたものの思ったほどに自分を拒まず
まるでさっきまで自分の一部であったかのように自然と手になじんでくれた。
「・・よかったな。本物のお母さんが戻ってきて」
そしてそれでも再生の母は変わらずそこにいて
ぽんと自分の背中を叩いてくれる。
昔ならそれほど重要には感じなかったが
何かが変わらずにいてくれるという事がこれほど嬉しいと思ったことはない。
バージルは急にすっと顔から表情を消すと
何も言わずに大きな身を曲げてぎゅうと純矢の腹にしがみついた。
「わ・・こら・・よせよもう・・」
「あらあら、随分と仲が良いのね」
「いや・・仲がいいというか甘えたというか・・・とにかくすみません」
「謝らなくていいわ。形はどうあれ幸せなのはいい事だもの。ね?ダンテ」
と楽しげに言われた所でダンテとしては正直
頭のてっぺんから足の爪の先までまったくもって良くも面白くもなかった。
そりゃ自分にだって多少の非はあるかも知れないが
自分に対してはそっけない純矢がほとんど同じ顔をしているはずの兄にだけ
あれだけ甘くて優しいのだから面白いワケがない。
大体こっちは大人の手前色々やりたいところを我慢したり自粛したり
ちょっと距離を置いたりちょっかいかけたり駆け引きだってやってるのに
それがなんで人の都合なんてお構いなしのアンタの方が
そこまで無条件にそいつに許されて・・
などという不満がありありと顔に出ていたのだろう。
トリッシュは吹き出しそうになるのをなんとかこらえて立ち上がった。
「さてと、それじゃあ家族団欒を邪魔しちゃ悪いし
また面倒を起こしても悪いから私はそろそろ退散するわね」
「え?でもトリッシュさん・・」
「いいのよ。どうせちょっと様子を見に来ただけだったんだし
それに今日はまだ・・」
ピリリリリ ピリリリ
「あら、噂をすれば・・ちょっとごめんなさいね。
・・ハロー?」
会話を止めた携帯の音はどうやら彼女の顧客か何かかららしい。
手慣れた様子で携帯を開き、手際よく交渉をしている様子は
男以上に仕事のできるキャリアウーマンそのもので
純矢は腹にでっかいのをくっつけたまま素直にカッコイイなと思った。
「・・というわけでゆっくりしたいのは山々なんだけど
ちょっと今途中の仕事が残ってて」
「あ、いえ。ゆっくりするもなにもここもこんな状態ですし」
で、元はと言えばその状態にしたのは一体誰の責任だとか
ダンテはちょっぴり青筋を立てつつ思ったがあえて黙っておく。
そんな家主の心境を知ってか知らずか
トリッシュは笑って番号と英文の並んだカードを純矢に差し出した。
「それじゃこれ、私の連絡先。もし何か困った事があったら遠慮なくかけて」
「あ、どうもすみません」
「それじゃあねお二人さん。仲がいいのは仕方ないけど
あんまり周囲を壊しちゃダメよ?」
そんな言葉と投げキッスを置きみやげに
金色と黒の対比も美しい美女は半分壊れた玄関から颯爽と出ていった。
あまり外国の女の人と面識のない純矢はちょっと見とれてしまったが
それを同じように見ていたバージルの目が何か言いたそうにダンテを睨む。
もちろんその意図が示すのは
自分と同じくあの顔を昔生きて動いていた状態で知っている弟への非難。
「・・オレのせいじゃない」
そもそもあんな母さん似の女に逆らえるかよとダンテは思うが
あんなイマドキな母を見ることになったバージルはまだ非難の目で見るので
見かねた純矢が仲裁に入ってくれた。
「え〜・・トリッシュさんの事はともかくとして
とにかく壊した所の修理と掃除をしようか。
いくらスッキリしたって言っても風通しよすぎるのも物騒だし」
「・・おい」
「あ、それとミカが言ってたたキッチンで死滅してる機能を改善しないと。
外国での外食っていうのはあんまり信用できないし
この際だからダンテさんにもいくら1人だからっていっても
最低限の生活管理の仕方くらいは覚えてもらわないとな」
「・・おいちょっと待て」
「それに買い出しの出来る場所もいくつか探さないと。
この近所にまともな買い物できそうな店なかったし
まぁマカミ達が見つけてくれるだろうからみんなで手分けすればなんとか・・」
「おいコラちょっと待て!」
1人でぶつぶつやっていたのがそこでようやく止まり
本来ここで主導権をにぎるはずのダンテに向かって
客であるはずの純矢の不思議そうな視線があたった。
「ん?何ダンテさん?」
「楽しそうに予定立ててる所悪いが、その前に1つ聞かせろ。
オマエ一体ここへ何しにきたんだ?」
それは以前純矢宅でひたすらゴロゴロしていたダンテにも返せるセリフだが
当の純矢はさして気にした様子もなく肩をすくめて笑った。
「そうだな、まずバージルさんの事とか今までのお返ししてやろうとか
理由はいくつかあったんだけど・・いくつかは消化されちゃったし
今一番の目的とすれば一週間くらい居座れる環境を作って
ダンテさんをたくさん困らせるってのが目的と言えば目的・・かな」
それはあっさりと言われたものの
冷静に考えるとそんな軽くまとめて言えるような事ではない。
なにせ今まで1人だった所に死んだと思っていた兄やら父やら
性格バラバラな悪魔が多少数が減っているとはいえ多数。
そして本人に自覚はないがその周囲で必ず何かしらの騒ぎが起こる
台風の目のような少年とかがいっぺんに転がり込んでくるのだ。
それはもう魔界の扉があいたとかそんな所の話ではない。
けれど・・
「・・困らせる・・ね」
「そう。最低でも俺のところで色々やった分くらいはな。
そんなに長くいれるワケじゃないけど頑張るからさ」
そう言って笑う純矢にダンテは目を細めた。
これから起こる騒動や混乱、その他もろもろの事を差し引いてでも
ダンテにとって重要なのはたった1つだけ。
遠い距離にいた相棒がこうして手と目の届く所にいて
声と笑顔を見せてくれているのだ。
それに比べれば店の1つや2つくらい安いも・・
「・・っわ!こら!なんだよバージルさん!」
などと考えているのがバレたのか
それとも双子だから考え方が似てただけなのか
またしても大事な相棒をひっぱって背中に隠したのは
性格は違うが一番合ってほしくなかった好みが似てしまった兄だった。
ダンテは一瞬銃に手をのばそうと思ったが
これ以上店を破壊するわけにもいかないのでぐっと我慢して兄を睨んだ。
「・・あんたがそこまで学習能力ないとは意外だな。
そいつはここじゃオレの客だ。だからアンタに所有権はない」
「母さんは物ではない。それ以前にこんな悲惨な場所に招いておいて
所有権も何も誇示できるものがあると思っているのか」
「場所がどうこうよりオレはそいつとの付き合いがアンタよりも長いんだ。
おまけに最近まで声しか聞けない遠い距離にいたんだから
多少の譲歩ってもんがあるだろう」
「・・おいこら2人とも・・」
「譲歩を要求するのならそれ相応の場所と環境を整えてからだ。
それとそのいつまでたってもその自分最優先な思考と
直情的な性格を改めてから物を言え。譲歩の言葉が汚れる」
「アンタにそれを言われたら世も末だな。
そもそもここをこんな状態にしたのは誰のせいだと思ってる」
「直接の原因は俺だが根本的な原因はお前だ」
「・・あのさ2人とも・・」
「いきなり殴りかかってくるところをどうやって説明すりゃいいんだ。
大体昔の母さんの写真とまったく同じって時点で何か気付くだろうが普通は」
「事前に何の説明もなくあんな状況に突然立たされて
冷静に考えろという気か貴様は」
「じゃあその王様気質で無駄な知識がつまってる石頭は
一体全体いつ使うためにあるんだ」
「お前のない脳みそを横と後ろから仕方なしにフォロー・・」
「
やめんかそこのバカ2匹」
ゴッッ!
永遠に続くかと思われた不毛な口論が鈍い音と一緒にぴたりと止まる。
止めたのはいくつかの書類を手にしたミカエルとサマエルで
ダンテを殴ったミカエルの手にあったのはダンベル
バージルの方にいたサマエルの手にあったのは中身のない酒瓶だった。
「・・・オ・・オマエら・・・人を止めるにも物を選べよ・・
しかもなんでオレの方が強力・・」
「あらゆる事に耐性があるのだから問題ないだろう」
「なおスキルで止めた場合、私は冥界破かプロミネンス
ミカエルの場合デスバウンドかマハジオダインになり
修理経費の計算をもう一度1からやり直さなければなりませんが・・」
「・・あぁ・・わかった。わかったからとにかくその鈍器類を下ろせ。
それと・・今・・修理経費とか言ったな」
「はい。材料費補償費施工費用もろもろを
大まかにですが計算してみましたので」
「・・かせ」
頭をさすりつつ差し出された紙をひったくるようにして見たダンテの顔が
殴られた痛さも加算されて見る間に曇っていく。
純矢が横からのぞいてみたが
それは英語だし$で書かれていたし、こちらの物価相場も知らないので
それがとても高額なのかダンテにとってだけの高額なのかわからなかった。
「・・・まさかと思うが・・これを全部オレ持ちか?」
「ざっとの計算ですので多少は上下するかと思われますが
それが平均だと思っていただければ」
「・・・・・・」
忌々しげに頭をかきむしって原因の兄の方に目をやれば
ちょっとは悪いと思っているのか少しだけ目をそらされたが
その後『お前だって悪いだろう』というアイコンタクトを返される。
「だがそれはこちらの修理業者に頼んだ場合の費用だ。
もしも我らに依託するなら・・こちらになる」
そう言ってミカエルが兄弟の間に差し出したのはもう一枚の紙。
ダンテが手にとってざっと目を通してみると、最初に出された額より遙かに安い。
それを睨むようにしていたダンテがぶんと音がでそうな勢いでミカエルの方を見ると
主人の前以外ではほとんど笑わない大天使はぶすっとした顔で
「・・家族割だ。主に感謝しておけ」
と彼にしてはかなり慈悲ののった言葉をよこしてくれた。
ダンテは目に見えて表情を明るくし、気取った動作でそれを返した。
「じゃあこっちで進めてくれ。利子もローンも嫌いだから即金で払う」
「では了承したとみなす。ただし細かい注文や文句は一切つけさせんぞ」
「そこまで完璧に仕上げられるって言うならなご自由に」
その挑発的な言い回しにミカエルはちょっと怖い笑みを浮かべつつ
ふんと息巻いて手をボキボキならした。
「・・見ているがいい。100人乗っても大丈夫な事務所にしてくれる」
「今の若い人には分からないかと」
さらさらと手帳にメモを書き足しつつサマエルが冷静につっこみ
純矢は苦笑しつつようやく落ち着いた事にホッとした。
そしてそのあまり治安のいいとは言えない場所にある
腕はいいけど多少気まぐれで多少ワケありな店主の経営する便利屋は
その日から急に個性の激しい人たち(でも全部人外)の出入りが激しくなり
時々何かを言い合う声や何かを殴るような音がしてきたりで
治安が悪いとか店主が怖いとかいう以上に
なんだか余計近づきがたい場所になったとか。
とにもかくにも1日目終了。
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