「・・こっちは・・ダメ、サイズ小さい。こっち・・洗濯しにくいな。
これは・・・飾りが多い。これ・・うっ・・似合わない」
「・・・・」
「これ・・・悪くないけどちょっと値段が高いな。
うーーん・・男物って数が多くないと思ってたけど人のを選ぶとなると難しいんだな」
ハンガーを入れ替えつつ色々表情を変えていく少年の横で
背の高い男がそれをただじーと見ている。
その表情はあまり起伏は見られないものの
見る人が見ればちょっと楽しそうだという事がわかるだろう。
「バージルさん、候補としてはこれとこれだけど・・強いて選ぶならどっちがいい?」
「母さんが選ぶならどちらでもかまわないが」
それは年頃の少年に向けられるにしては似合わない単語だが
そう言われる事にもすっかりなれてしまった少年は
そんな呼ばれ方をされても気にする事なく、持っていた上着を青年の方に押しつけた。
「自主性のない事言わない!ほら、そんな所で面白そうに見てないで
ちょっとは自分の着る服ぐらい自分で選ぶ!」
「だが母さんの選ぶ物と俺の選ぶ物は大して変わらない」
「その俺が迷ってるんだから聞いてるんだよ。
最終的に選ぶのは着る本人の仕事なんだから。
ほら、こっちとこれ、どっち?」
「なら・・・こっち」
「よし。じゃあこっちな。次、これとこれでは?」
などと大きいサイズの服売り場で変なやり取りをしている2人組は
一見して服に興味のない外人さんとその案内をしている少年に見えるが
その様子は事情を知っていて、なおかつ2人の間柄を知っていれば
やっていることは間違いなく世話焼きの母とめんどくさがりの子に見えただろう。
だが幸いなことにその両方の事情を知るものはここにはおらず
体格の良い男に次々と服を押しつける少年を
若い店員が遠巻きに数人、楽しそうにながめているだけだった。
そこは東京のとある百貨店。
以前純矢がバージルの服を探そうとしていて
風邪を引かれて見送りになっていた場所だ。
体調が回復し、予定も決まった。
そして当日になりいざ玄関に立ったときの彼の様子は
さながらこれから好敵手との決着を付けに行く剣士のようで
その背中にばっちり背負われていた丸出しの閻魔刀は
即座に置いていきなさい命令が下ったそうだ。
しかしそれでもよほど楽しみにしていたのか
バージルはまったくがっかりせず、見た目には分かりにくかったものの
今までにないテンションをしていたと、後に見送りをしたフトミミが語った。
それはともかく、休日に来たためそれなりの人出はあったが
その場所は大きいサイズの服売り場なのであまり人はいない。
そんな中で純矢とバージルはやいのやいのと服を選んでいるのだが
どんなのがいいのかと聞けば最初に言った通り
純矢の選ぶのならなんでもいいというので
なら当たり障りのないものを選ぼうとはするのだが
なにせバージルは元がいいので、適当に服を選ぶということ自体が難しい。
ラフなものは間抜けに見えるし
あまりカッコイイ選別をしてしまうと表を歩くとき目立って仕方ない。
つまり着る服が普段着であれなんであれ
うまく調節しないとやはりどうしても目立ってしまうのだ。
「もういい加減困らされるのにもなれちゃったけど
そろそろこの性質にも底を尽きてもらいたい所だな・・・」
「何の話だ?」
「・・うん、いやなんでもない。
ところで参考までに聞くけど、これは嫌っていう服とかある?」
「派手な物と赤いものは嫌だ」
「・・あ、納得」
そう言えば今選んでいるのは、その赤くて派手な片割れが嫌がりそうな
落ちついた物や青系統のものばかり。
ダンテと同じ顔をしてはいるが、この兄はそう言う所は似ていない。
これがもう片割れのダンテなら
さぞこっちの意見を無視しまくり、視線を引く選択をしまくって
スタイリッシュで男前だろとか言いつつ自信満々に見せびらかし
嫌がる純矢を引きずって上機嫌で歩いてくれただろう。
「・・そういう所は似なくてよかったよホント」
「だから何の話だ?」
「・・うん、なんでもない。ひとり言。それじゃ次ズボン見に行こうか」
「・・・母さんは時々目が死ぬんだな」
けれどそうやってげんなりするのはまだ彼の中に一般常識が残っている証拠。
その普通の部分がなくなった時彼は完全な悪魔になる・・・のかどうかはまったく不明だが
12体悪魔達をたばねる少年の気苦労はまだまだ底を尽きないのである。
「・・・しかし・・・思うんだけど・・」
ごん ガチャガチャ どす ごと
試着室がせまいのか、時々どこかぶつける音をさせながら
中でゴソゴソしているバージルを待ちつつ純矢はつぶやく。
「・・・何か言ったか?」
「いや・・出てきてから言うからとにかくちゃんと着て。
・・きつくない?足は曲げられる?」
「少し苦しいが・・着ているうちになじむと思う」
そう言ってしばらくしてカーテンを開けたバージルは
なるべく目立たない物を選んで渡したつもりなのに
やっぱり本人に自覚はなくても元がいいのか、値札が付いたズボンをはいていても
どこかのファッション雑誌に掲載されていそうなほどさまになった。
「どうだ?」
「・・・・うん。悪くないよ。で、思うんだけどさ
何着てもかっこよく見えるのはズルイと思うんだよな」
誉めているのか恨んでいるのか分からない微妙なセリフに
バージルの顔が怪訝そうなものになった。
「・・何の事だ一体?」
「いやさ、俺ってあんまり体格よくないだろ?」
「かもしれないが・・それがどうかしたのか?」
「だからさ、いくらいい服着てもあんまり男らしく見えないんだ。
ヘタすると後ろから見ると女の子と間違えられたりするし
いくらかっこよくなろうと思ってても、目の前にこんなかっこいい人がいたら
そっちの方が断然かっこよく見えるし・・なーんかズルイんだよな」
あまりそういった事に興味のないバージルは
ちょっと考える様子を見せた後、しばらくして冷静にこう返してくる。
「だが母さんは体格は劣っていたとしてもその分内面が大きい。
それは他の仲魔連中の誰に聞こうが肯定される事実だ」
「そ・・そうかな?」
「人にはそれぞれ適合不適合がある。
無理に自分を別の物にしようとする必要はない」
それはいつだったかダンテにも言われた事がある。
その時はもっと簡単に
『変な背伸びしなくてもオマエはオマエのままが一番いいんだよ』
と言われたものだが、そのこうなりたいなと思う本人に言われた所で
今の言葉も含めどうにも納得がいかない。
だがバージルの場合この先にまだ続きがあった。
「それに・・・母さんはそのままの方がいい。
その性格のままトールのような体格になられても違和感があるだろう」
「そうかなぁ・・」
「俺は今のままの母さんが好きだ。だから気にする事などない」
「・・わ・・わかったからそう言う事を真顔で堂々と言わない」
「本心を言うのがいけないことなのか?」
「・・・・いや、悪くはないけど・・・人前ではちょっと・・」
あと冗談抜きの真顔で思いっきり直球で言われると
正直男だとわかっていてもさすがに照れる。
ともかく純矢は赤くなりつつ居心地悪そうに次に渡そうとしていたジーンズを抱きしめた。
「なら2人だけの時に言えばいいな」
「あぁそれなら・・って待て!
それはそれでなんか余計マズイ気がする!」
「なら一体どうしろと・・」
「・・・えーっとえーっと・・・適度に人がいるところで
他に聞こえないようにそーっと言うならいい・・かな?」
「ならば今度からはそうしよう」
実はそれ、考えてみれば最も間違った方法なのだが
軽く錯乱していた純矢がそれに気付くことはなかった。
だってそれ以前に・・・
「あ・・でもさ、バージルさん」
「?」
「・・・・・物分かりがいいのはいいんだけど・・・・・・・チャックは上げようよ」
バージルは一瞬、顔から表情をすとんと落としたような顔をし
その顔のまんま、レールがもげそうなほどの勢いでカーテンを閉めた。
その後、試着室に引きこもった魔人を口説き落とすのにちょっと時間がかかり
同時にいらない注目を浴びてしまったのは言うまでもなし。
まぁそんなこんなで服を買ったり周囲からの視線を買ったりしつつ
ほぼ純矢が選んでバージル用の普段着を数点購入。
途中和食の飲食店に入ってお昼をとったが
さっきの失態をまだちょっと引きずっているのかバージルはずっと無言のままだ。
しかし茶碗蒸しをふーして食べさせてやるとすぐに立ち直ってくれた。
食い物で立ち直る所もダンテ似かと思いつつ
2人はついでに紳士服の方も見て回った。
最初はただのぞくだけにしようかと思っていたのだが
そこにいた店員が運悪く人の良いおばさんだったため
人のいい純矢とその性質を少し受け継いでしまったバージルは
進められるがままあれやこれやとファッションショーのごとく試着させられ
最終的に手頃な値段のスーツを1つ購入しておちついた。
というかやっぱりバージルが目立つため
いつの間にかえらい人数の店員に取り囲まれてしまい
買って逃げないと収集がつきそうになかったからだ。
別にスーツなど買う予定のなかったものだが
必要ないというものでもないだろうと純矢が判断した。
いや、それがあまりにも似合いすぎてて
買わずにはいられなかったというのも理由の1つだったが。
「少し値が高かったようだがいいのか?」
「・・うんまぁ・・いつかは使うかもしれないし。
備えあれば憂いなしって言うし」
この少し世間ズレした魔人がこんなぴっちりしたスーツを着て
世間に出るという事もあまりないだろうが、可能性がまるでないとも言い切れない。
「それに今まで選んでた服の中で一番似合ってたしさ」
「・・・・・・・」
「あぁ!ウソウソ!冗談だから本気な目しないで!」
実は少し本気も入っていたが
それを言ってしまうと毎日四六時中びっちりしたスーツで過ごされそうなので
純矢は慌てて訂正し、今度はエレベーターにのって食器売り場へ。
ちなみにエスカレーターはバージルが怖がるので使用できない。
一応ちゃんと乗り方は教えてあるのだが
数歩手前まで来るとその足は石のごとく動かなくなるので
それはまた近くのスーパーの人のいない時間帯を狙って練習する事にした。
さらに付け加えるとエレベーターも嫌なのか
手を握って乗り、さらに降りるまでその状態を続けていないと乗ってくれない。
それはただ単にエレベーターが嫌いなのか
狭い場所に押し込められるから心細くてそうしたくなるのか分からなったが・・
とにかく降りた先の食器売り場で2人はティーセットを見て回った。
さすがに百貨店だけあって多彩な種類があり、値段もそれなりにするものが多い。
バージルもこういった物はわかるらしく、一緒になってガラスケースをのぞいては
装飾がどうの値段がこうのと議論する。
「・・これは観賞用だな。実際に使うものとしては機能性が悪い」
「でもこんなに値段がして、なおかつこんなの入れておけるケースがあるんなら
やっぱり買う人はお金持ちと見た」
「しかしいくら資金があるとは言え、これを購入するのはセンスの問題だな。
これだけ豪勢な物を所持するということは
それなりの権力と威厳その他もろもろと釣り合っているかどうかが問われる」
「確かにこんなやつばっかりたくさん持ってる人もちょっとね。
・・あ、でもこっちのセット物いいな。色も綺麗だし薄くて持ちやすそうだし」
「・・確かに実用もできそうで悪くない。買うのか?」
「いや、こういうのは見て楽しむだけの方がいいんだよ。
だってこんな立派なやつ買っても俺の家じゃ不釣り合いだし
こんなので優雅なお茶するほど優雅な生活してないだろ?」
それにフレスとかトールがすぐ割りそうだしなと笑いながら
純矢は少し前マカミが壊した茶碗の代用品を安売りのコーナーのカゴから1つ選んだ。
「あ、そうだ。バージルさんのマグカップも少しかけてたろ?」
「いや、あれはまだ使えるが」
「でもスペアがないとそれが完全に使えなくなった時に困るだろ?
今買った方がいいよ。ちょうど安いし」
「・・それもそうか」
確かに壊れた時にかわりを探していては遅いだろう。
バージルは勧められるまま安売りをしていたコーナーの中で手頃な物を探し始める。
そしてしばらくして彼は1つを物を手に取った。
「これでいいか?」
「どれどれ?」
デザインはシンプルで手にも小さすぎず
これくらいの重さなら中身を入れても丁度いい軽さだろう。
「うん。薄手で軽いし指もちゃんと入る。値段も悪くない。
バージルさん鑑定眼あるな」
そう言うと普段あまり表情を崩さない顔がちょっと驚いたようになり
目をそらしてこほんと咳を1つする。
それはおそらく照れたのだろう。
純矢は1つ笑ってそれも一緒にレジへ持っていき、精算をすませた。
「さてと、これで大体の用事はすんだけど
後はせっかく来たんだからウインドウショッピングでもしようか」
「それはいいが・・どこへ行くんだ?」
そう聞くと純矢は滅多に見せないとても楽しそうな顔をして
あまり驚かないバージルの顔をちょっと驚かせた。
「へへー、俺の癒しの場所」
目で見て楽しむという話は一応聞いたことがある。
だが正直言って今までバージルはそう言った事をした経験があまりない。
自分の目で見て知識をつけるのは重要だと思っている。
だがそれと楽しむという行為はまったく別物になることを最近純矢が教えてくれた。
「うわ・・・味濃そう。でも見てるだけでもチョコレートの香りがただよってきそうな
濃厚なケーキっていうのもまたいいよな」
「そこの大きな物は何と書いてあるんだ?」
「紅茶シフォン。あ、サマエルが好きそうだな。
シフォンケーキは前ブラックが作ってたから今度相談して作ってもらおうか」
「この・・緑のはなんだ?」
「抹茶ムース。好きな人は好きだけど初めての人にはちょっと渋いかもしれないな」
「それで・・結論からして母さんが好きな物は一体どれなんだ?」
「ん〜・・どれって言うかここの雰囲気全部が好きだな」
それじゃ答えになっていないが、それは紛れもない事実だ。
純矢が選んだのは百貨店にはつきもののケーキ売り場。
純矢はダンテほどの甘党ではないものの
実際に買って食べなくても色々なケーキを見て回るだけで幸せになれるタイプらしい。
後をついて歩いているバージルにはまったく分からなかったが
買いもせずただケーキを眺めて歩くだけだと言うのに純矢は本当に楽しそうだった。
「そんなに物欲しそうな目をするならどれかを購入すればいいだろう」
「ダメ。買ったら買ったで欲がなくなっちゃうだろ」
「??」
「さっきも言ったかもしれないけど
こういうのは欲しいなーと思って眺めてる時が一番楽しいんだよ。
買って食べたらそれで終わるけど、見て楽しむっていうのはずっと続けられるだろ?」
バージルは歩きながら考えた。
昔の自分を例にあげるなら、欲しい物は力だ。
だがそれをあえて手に入れようとせず
その力を追いかけている時が・・一番・・楽し・・い・・??
「・・あ、無理に考えなくていいって。
バージルさんはバージルさん並の価値観があるんだし」
頭の上に?が飛び散っていたのが見えたのか
純矢はちょっと歩くのが遅くなっていた魔人の袖を引きつつ
再び華やかなショウケースを物色し始めた。
その見るだけの行為というのが何がどう楽しいのかは
こういった平和的な事から離れていた魔人にはあまり分からない。
けれど楽しそうな純矢を見るのは悪い気分でないのだけは確かなことだった。
「わ・・これ綺麗なデコレーションしてるなぁ・・
どうやって包丁入れるんだろ・・って・・・なに?」
「ん?」
こちらを見上げた拍子に不思議そうな顔をした純矢に
バージルも怪訝そうな視線を返した・・つもりだったのだが・・。
「いや、バージルさん・・なんだか顔が笑ってるんだけど」
「・・・・」
楽しさの意味は分からなくても、平和から縁遠い生き方をしていても
そして自分に自覚はなくても、やはりこの少年といると不思議な話
どんな者でも感化されてしまうらしい。
「・・・いや、別になんでもない」
「そうか?何でもないって顔してないけど・・」
「本当になんでもない。だが・・」
「だが?」
「楽しいという事は今少し・・・分かったような気がする」
それはなんでもすっぱりものを言う彼の物言いにしてはあいまいなものだが
それはまだその言葉の意味が掴み切れていないのだろう。
けれど少しだけでも分かったのならそれで十分だ。
「そっか。それは何より」
まったく分からないよりは何となくでも感覚を掴んでくれた事に
純矢は嬉しそうに荷物を持ったままのバージルの腕に
自分の腕をからませた。
そしてそれから2人はペット売り場ものぞいた。
純矢は動物好きなのでこういったところがあれば絶対のぞく。
最初はあまり表情のなかったバージルもだいぶとまんざらでもなくなってきたのか
純矢と一緒に色々な水槽やケースをのぞいて
時々ほんの少しだが笑うようになってきていた。
「そう言えばサマエルはこういう小さい魚とか好きだったな。
ミカはむっつりしながら家の亀の世話一番焼いてくれてるし
あ、そう言えばフトミミさん近所の猫と友達になったって話してたな」
「・・・・」
「うわ、見て見てこのハムスター丸い!太りすぎじゃないのか・・ん?」
しかししばらくして1人ではしゃいでいると、横から服のはじっこを掴まれる。
なんだろうと思って見上げてみると、どこか心細そうな目と視線が合った。
そう付き合いが長いというわけではないが
純矢は仲魔のこういった時の心境変化には敏感だ。
その無言のままの意図を察し、見た目は大人だけれども
何かを欠落させた魔人に向かって小さく笑った。
「そんな心配しなくても、俺は誰か1人を可愛がったり
そのせいで誰かを忘れたりなんかしないよ。
それにここにいる動物はたしかにみんな可愛いけど
俺はもうたくさんの生き物を飼ってるみたいなものなんだから
これ以上はさすがに・・ね」
「・・・・」
袖を掴んでいた力が少し弱まる。
純矢は嘘もお世辞もその場しのぎも言わないので
それはちゃんと信用できる言葉なのだ。
だが純矢はふと、影を落としたような顔を見せ
「それとさ、俺・・人間に見えるけど悪魔だし
色々変な事に巻き込まれる体質だし・・」
と、檻に閉じこめられた動物のような切ない目をし
バージルは自分が何か言ったわけでもないのに内心しまったと思った。
そう言えば見た目にはほどんど分からないが
純矢は半分づつの自分とは違い、ちゃんとした悪魔なのだ。
けれどその中身の心は人間のままで、最近まで普通の少年として生きてきた身で
見た目には普通の少年だけれども
他の生き物とまったく別物になってしまったこともちゃんと自覚している
おそらく他に類を見ない特殊な存在だ。
「みんなはまだいくらか耐性があるかもしれないけど
こんな小さくて弱い動物なんか飼ってなにかあったら大変だ。
それにきっと・・・俺なんかに飼われたら不幸になるだけだよ」
だがその途端、表情豊かとは言えないバージルの顔が
それを聞いて急にムッとしたようなものになった。
「だから俺なんかに飼われるよりも
もっともっといい飼い主に飼われた方が・・わ!」
だがその言葉はふいに後から伸びてきた腕によってさえぎられ
そしてその腕はまるでないと眠れないほど愛着のあるぬいぐるみを抱くように
ぎゅう〜と前で閉じこめるように組まれた。
オイコラこんな公衆の面前で何すると思ったが
前にあったガラスに映った表情の真剣さに、純矢はもがいていた動きを止め
見えはしなかったが頭の真上にあった顔を見上げる。
それはじっと前にあったハムスターのケースを見ながら微動だにしていない。
2人はしばらくその状態で固まっていたが
幸い人が多いためあまり気にする人間がいないので
しばらくそのまま2人の間だけで妙な時間が経過する。
そしてしばらくして、何だどうしたという気配に促されたのか
じっと動かなかったバージルがようやく口を開いた。
「俺は・・・今まで幸福、不幸という言葉の意味を・・
あまり考えたことなどなかった」
「?・・うん」
「俺は幾度かの敗北を繰り返し、一度死んだ身だ。
だがその俺でさえ、こうしてまた地に足を着け
母さんと出会い、多くの仲魔に囲まれ・・知らなかった多くの事を学んでいる」
その事を確かめるかのように、ぎゅうと拘束していた腕が強まる。
けれどその力加減はあまり強すぎず弱すぎもしない
ちゃんとこちらの事を配慮しているという不思議な甘え方だ。
「だから俺は少なくとも・・・不幸などではない。
その・・だから・・・母さんのそばで・・幸せになれないなどと言うことは
絶対・・・ない・・・と・・思う」
言い終わろうとした所で自分の言ってる事が分からなくなってきたのか
それとも恥ずかしくなってきたのか、最後の方は消え入るような言い方だった。
それは横から聞いていたらちょっと分かりにくい表現方法だったが
それでも彼の言いたかった事はちゃんと伝わったらしい。
純矢は上にあった白銀に手をのばし、それを撫でた。
「・・ありがとな」
今までロクな目にあってきていない自分だけれども
不器用ながらにそう言ってくれる人物がいる事は・・自分にとっても幸せな事だ。
その形は時々にしか見えないが
昔は見えも見ようとも考えなかった幸せの形は
ちょっと奇妙な形をしつつもちゃんと確実に育っていた。
そして時間はながれてその日の夕方。
電話で呼び出されたトールはケルベロスのリードを引いて駅までの道を急いでいた。
頭上には木の枝や電線を飛び渡りながらフレスベルグがついて来ていて
駅までの簡単な道だけれども迷子になることはまずない。
そして指定された場所に行く途中
上の方でギィという声がしケルベロスが足を止めた事によって
純矢が指定の場所にいないという事も分かった。
そして2匹の向かう先について行き、たどり着いたのは公園だ。
そろそろ日も暮れ始めて人もいなくなってきた公園内には
今の所見慣れた男と探していた少年がベンチにいる以外には見当たらない。
しかし男の方はぐったりベンチに寝ていて
少年がその横でよしよしとばかりに肩を叩いている。
トールは男の方がぐったりしているのに少し驚き
けれどなんとなく何があったのか予想もしつつ走り寄った。
「・・主」
「・・人酔いだよ。俺がちょっと調子に乗って引きずり回したから・・。
駅まではなんとかもったんだけど、そこからフラつき出して・・ここでバタンだ」
トールはちょっと顔をしかめたが軟弱者とは思わなかった。
自分だって人の多い所は苦手だし
バージルはいつも家にいるのでいきなり人の多いところに出たら
調子を狂わす事だって十分あるだろう。
それに何より、自分だって社会に出たてのころ
大勢の人の輪に囲まれて緊張のあまり気絶しちょっとした騒ぎになったのだから
その気持ちは分からなくもない。むしろ同情に値するくらいだ。
「最近は慣れてきたと思ってたんだけど
やっぱり丸一日人混みをうろつくのはまずかったな」
「だがそれもまた人の世界を生きるための試練ではあるな」
「・・はは、そうかもしれないな」
「バージル、我だ、動けるか?」
ぐったりしていた身体から答えるように腕だけが上がる。
傷ではない事はディア系ではどうにもならないと学習したので
トールはともかく大きな身体をかがめて背中を向け、おぶる体勢をとった。
そしてフレスベルグがベンチにとまって首をかしげ
ケルベロスが心配そうに鼻を寄せてくる中、バージルは実にゆっくりと
青白くなった額を押さえながら起き上がりトールの背中にのった。
「では主は荷物を頼む」
「ん。・・あ、こらフレスは色々凍らせるからダメだ。
先に帰ってブラックに知らせてくれ」
魔力の制御ができていない白い鳥は
自分も何か手伝いたそうにベンチの上をウロウロして
木製の足元にうっすらと霜を作っていたが
そう言われると首を1つかしげ、バササと空へと羽ばたいていく。
たくさんの荷物を純矢が持ち、持てない分の荷物はケルベロスにまかせて
帰宅準備完了だ。
「それじゃ帰ろうか。おみやげに大学芋買ってきたんだ。帰ってからみんなで分けよう」
「あぁ、あの甘くて金色をした芋か」
「トールは甘い物大丈夫だよな」
「しゅーくりーむという物でないのなら大丈夫だ」
「・・うわ、まだ言ってる。そんなに嫌だったのか?美味しいのに」
「・・・・・食感が苦手なだけだ」
「あのさ、フトミミさんの言うこと・・」
「ぬあああ!言うな!
思い出すから言わんでいい!!」
それは以前フトミミが言ったシュークリームを食べたときの食感の話だ。
彼に悪気はまったくなかったのだが
『大きな虫の卵を食べて中身を出した時はこんな感じなのかな』
というさりげない一言が未だに効いているらしい。
この鬼神、身体はデカイが相変わらず神経が細い。
でもなぜかバージルとは仲が良くこうして何かあった時には
体格の事もあっておんぶの係になっていたりするのだが
そんなトールはダンテと仲が一番悪かったのだから不思議なものだ。
「・・トール、悪いことはすぐ忘れるようにしないと気がもたないぞ?」
「いや気持ちとしてはわかってはいるのだが・・」
べし、ぺしべし
と、背中でぐんにゃりしていたバージルが
手だけ動かして何か言いたげに意思表示してくる。
なんだ歩き方が荒かったのかと思ってトールは歩みをゆるめたが
純矢は持っていた荷物を1つケルベロスに渡して
「はいはい、ここだよ」
と言いつつぺたぺた肩を叩いてやる。
どうやら自分が忘れ去られないか心配していたらしい。
「寝てる間にいなくなったりしないから、とにかくしばらく休んでなさい」
「・・・・」
じーと無言でこっちを見ていた目がようやく閉じられる。
こんなでかくて手のかかる子供はストックに放り込めば一番早くて楽なのだが
それをせずそばにいてやるのは、何というかやはり親心だ。
ちなみにバージル的には純矢の背中で寝るのが理想だが
以前それをやろうとして体格差で潰し怒られた事があるため
今の所大きさ的に無理のないトールで我慢している状態だ。
「・・人恋しがるのは人な証拠だから悪いとは言わないけど
いつかはちゃんと1人で出歩けて俺に頼らないでも生きていけるようになってほしいな」
「・・半魔というのは難儀なものだ」
「仕方ないよ。両方のいいところも悪いところも含めて
いろんな特性をいっぺんに持ってるんだから」
けれどそう言って笑う純矢はどことなく楽しそうで
あまり困ったような様子が見られず、トールは少し首をかしげる。
しかしそう言えば純矢も元人間なんだから
そう言った自分には理解できない所の1つや2つあるだろうと思い
ちょっとずり落ちそうになっていたバージルを背負いなおして
赤く染まりだした家路を歩いた。
しかしその影は夕日のせいではないほど異常な大きさだったり
白い犬の影は犬ではなくライオンのような影だったりしたのだが・・
その影の元になっている者達が幸せそうに見えたためだろう。
時々帰宅途中の人間などとすれ違っても
それを気にする人間は誰1人としていなかった。
メールでアンケ回答下さった方のリクにお答えした風邪引き後の買い物編でした。
なんか自分で書いてても幸せになったような気がしました。
ちなみに父は置いてくる時『ついてきたら凄く怒ります』と言われたので
石幽鬼と一緒にお留守番。
ちょっとしょげたけどお芋で機嫌は直りました。
似たもの家族です。
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