「いよーっす純矢!今日はいい天気だな春真っ盛り
 お日様がまぶしくて顔がゆるむいい日和じゃないかこのやろう!」
「おはよう勇。今日は曇ってるしまだ2月の冬だし夜から雨だし
 あんまりだらしない顔してると気味悪がられるから気を付けた方がいいぞ」

寒い朝の登校中、どーんと後から追突してきて
いきなりハイテンションだったクラスメイト。

息継ぎなしの冷静なツッコミをまともにくらって
今まで持っていた満面の笑みをぼたと音がするくらいな勢いで地面に落とした。

「・・・お前、最近冷たくねぇ?」
「気のせいだよ」
「なんだよー、お前去年はもっと乗ってきてくれただろ?」
「毎年毎年同じ事されるとさすがに飽きる」
「うわ!お前やっぱ冷てぇ!俺の心の友は今いずこに!?」
「ジャイ○ンみたいな事言ってないで早く行こう。遅刻するぞ」
「あら、2人ともおはよう。今日はギリギリじゃないのね」
「あ、千晶ー!聞いてくれよ純矢が・・」
「勇君が成長してないだけよ」

何のことか話をする前からすっぱり斬り捨てられた勇が固まった。

なんのかんので言いたいことを全部完全に先読みされているのだから
仲が悪いとか悪くないとかは別にしてこのクラスメイトもあなどれない。

「おーい、勇。そんなところで固まるなよ。おいていくぞ」

ボルテクスという世界で敵になってしまった友人を
少し前にいってしまった純矢が呼ぶ。

こうして普通の生活に戻るまでに多少時間はかかってしまったが
今現在はこうして普通の高校生として何気ない生活をしている。
ただその中で純矢だけは以前とかなり違う生活環境になってしまっているのだが
純矢はそれを誰に言うつもりもなく心の中にしまってある。

そんな風に彼らがコトワリなど関係のない普通の生活に戻った
それはまだ寒い冬のある日の事だった。



日本人なら誰でも知っているだろう2月14日はバレンタインという日になり
女の子が好きな男の子にチョコレートを渡すという習慣があった。
これは聞くところによると日本だけの習慣であり
人によっては製菓会社の策略だと鼻で笑う人もいる。

だがそんな事はおかまいなしに年に一度、その日はやってくるのだ。

そして女子の大半はそれを策略とか商売だとかあまり関係なしに
異性に気持ちをうちあける機会、あるいは自分をアピールする事に利用したり
時にはただ買い物だけの機会として使用したりする。

そして逆に男子はというと・・

「見ろ!去年は2つだったのを今年は4つ!!2倍だぞ2倍!!」
「うん。それはよかった。
 でも女友達にくれって必死こいて頼み込んでもらうチョコは
 義理チョコとしてもどうかと思うぞ俺は」
「・・義理チョコというよりもそれはもうエサの領域ね」
「なんとでも言え!とにかく俺は4つの勲章を手に入れた!
 一般人から色男にレベルアップ!また一歩大人の階段を登った!」

と、チョコをもらったもらわないので色々と価値が決定した気分になれ
人によっては天国にも地獄にも行けてしまう複雑な日だったりする。

ただその中には例外もいて、純矢のように何も気にせず
いつもと全く変わらないタイプもまれにだが存在した。

「でもよかったんじゃないか?
 本命はなくてもちゃんと気にかけてくれる子が1人でもいるなら」
「・・純矢君、その甘さがこの人を堕落させてるとか思わない?」
「いいさ別に。落っこちたら拾い上げればいいんだから」

そう言って笑う純矢に千晶は呆れた目を向けつつも
どこか不思議な気持ちを抱かずにはいられなかった。

この温和な性格は昔からのものなのだが
ある日を境に急に大人びたというか貫禄がついたというか・・
とにかく妙な落ち着きが出てきて少し不思議に思っていた所なのだが
何があったのか以前それとなく聞いてみると。

『・・うん、まあちょっとね』

などとやんわり返されてしまい
それ以降千晶はその事については何も触れていない。

何があったのかは気になるところだが
あまり詮索するのもなぜか悪いような気がしたのだ。

ともかく少しばかり印象の変わってしまったクラスメイトは
まだ騒いでいる勇の相手を律儀かつ冷静にしていて
他の男子からはよくやるよとばかりな呆れたような視線をもらっている。

他にいくらでも友達ができそうな純矢だが
この2人との関係はボルテクスの事もあるため
いつまででも大事にしたいと思っている関係の1つだった。

「・・あ、それはそうと純矢君、頼まれてた物買っておいたから
 帰る前にでも取りに来てくれる?」
「あ、そっか。ありがと」
「お?何?なんの話?」
「あら、1人でうかれてると思ったら耳はいいのね」
「いいだろ別に。それで?何の話だ?」
「千晶、話していい?」
「別にかまわないわ」

お好きにどうぞとばかりな千晶に
一応の確認をとってから純矢は話し出した。

「ほら、バレンタインって普段はあんまり見られない珍しいチョコとか
 特設コーナーができたりでたくさん売られてるだろ?」
「うんうん」
「俺がチョコ好きなのは知ってるよな」
「あぁ」
「だから千晶に頼んでまとめ買いしてもらったんだ。
 ・・あっと、別に深い意味はないぞ。
 どこの売り場も女の人ばっかりで、男1人じゃ買いにくいし
 それと千晶は目利きがいいから頼んだだけなんだから」

何か絶叫しかかった口を押さえ込み、純矢は一応のフォローを入れておく。

「それに頼んだのは1人分じゃなくてかなり大量なんだよ。
 ほら、前に話した居候さん達の分とかがあって
 男1人だとそれだけ買うにもかなり勇気がいるし、何より不審がられるだろ?」
「・・・なんか・・それはそれで色気のない話だよな」
「あら、最近の流行だとそっちの方が主流らしいわよ?
 なんでも自分に送るチョコを自分で買うのが今の流行りなんですって」
「・・・マジ?」
「ニュースでもやってる話よ。
 ちなみに私も自分用の物ならいくつか買ったわ」

それはそれであまり花のない話ではあるが
それもまたバレンタインの楽しみ方だ。

「・・・お前ら、花も実もある青春まっさかりな高校生が・・・」
「花しか見てない人はいつか頭の中も花で埋め尽くされるハメになるわよ」

いつも通り冷たい千晶に勇が固まり純矢が苦笑する。
だがそんな中、ふいに廊下側の窓から違うクラスメイトが顔をのぞかせ純矢を呼んだ。

「おーい高槻、お呼びだぞ」
「え?誰が?」

その男子は楽しそうに笑って意外なことを口にした。

「下級生の子達だよ。お前に用だって」

勇ががたんと音を立てて立ち上がり
千晶があまり興味なさそうに頬杖をつく。

純矢は何の用かなと思っていたが
この日に知らない女子から呼び出される時の相場は
大体何の用かは決まっていた。





ガラララー

「ただいまー」

玄関を開けて靴をぬいでいると
いつも通りちゃっちゃっと足音を立ててケルベロスが迎えに出てくる。

「ただいまケル。これ持ってくれ」

純矢はシッポをぱたりと一回だけふった白い番犬に持っていた紙袋を渡し
コートとマフラーをとって近くにあったハンガーにかけ
ちゃんと揃えてあったスリッパを履き・・・

「・・あれ?」

だが普段ならワンテンポ遅れて出てくる青い魔人が来ない。
本でも読んでいるのかと思って居間の方へ足を向ける。

しかし居間に入ってもいつも顔を見に出てくる魔人は姿が見えない。
他の部屋か散歩にでも行っているのかなと思って荷物を下ろしていると
すっかり定位置になった台所から、すっと音もなくブラックライダーが出てきた。

「あ、ブラックただいま。これ役に立ったよ」
「・・・・」

そう言って差し出された紙袋をブラックライダーは無表情な目でちらと見た。
そこには一杯・・とまではいかないがそこそこ色々なチョコが入っていて
結構にぎやかな状態になっている。

そう、それは今日純矢が学校でもらってきたものばかりだ。

純矢はカッコイイとかイケメンとかそういう印象はあまりないが
仲魔達に好かれる分、人間にも好かれるだろうから
ブラックライダーは今朝何も言わずに大きめの紙袋を持たせていたのだが
それは十分に役に立ったらしい。

「・・いやさ、なんだかよく分からないけど
 名前も知らない下級生の子とかがいっぱいくれてさ。
 嬉しくないことはないけど・・・ちょっと複雑だな」
「・・・・」
「あ、それとこれ千晶に頼んでたチョコ類だから。
 みんなが帰ってきたら一緒に食べよう」

そう言ってケルベロスに預けていた袋をブラックライダーに渡して
純矢は服を着替えようと踵を返し・・

がし!

「うわ!?」

いきなり足元に出現した手に足首を掴まれ、顔面からコケそうになった。

なんだと思えば近くにあったコタツから手が出ていて自分の足首を掴んでいる。

しゃがんで布団をめくってみると
なぜかそこには姿の見えなかったバージルが詰まっていた。

そう言えば入ってきた時少しコタツの位置が高かったから
底上げでもしたのかと思ったが、これが入って盛り上がっていただけらしい。

「・・・何やってんの、バージルさん」

猫はこたつで丸くなるマネでもしてるのかと思ったが
声をかけるとすごく険しい目と無言で返される。

この場合は何か言いたいことがあるけど言いにくい状態だ。

根気よく言い出すまで待ってみようかと思ったが
横からぺそとケルベロスが前足でつついてくる。

どうやら事情を知っているらしいから喋ってもいいかと聞いているらしい。

「・・ケル、何かあったのか?」
「アッタト言ウホドノモノデハナイガ・・」

少し疲れたようにそう言ったケルベロスは
テレビ台の横に隠してあった何かをくわえて持って来た。

それはケルベロスとの散歩の時に持っていく後始末ぶくろだ。
でもケルベロスは外で用を足す事をしないので
単なるカモフラージュとしていつも持っていく物なのだが・・

開けて中をのぞいてみると、お使い用の小さい財布と一緒に
綺麗にラッピングのされたプレゼント用の何かが数個入っていた。

中が何かは聞かなくても大体分かる。

「え?どうしたんだこれ?」
「散歩途中デ知ラナイ人間ガ話シカケテキテ、コイツニ渡シテイッタモノダ。
 主ノヨウナ制服トイウモノヲ着テイル人間ヤ
 時々散歩途中デスレチガウ人間ナドイロイロイタガ・・・」

まぁ確かにバージルの容姿なら、多少なりとも知らない人間から
憧れとしてチョコをもらうこともあるだろう。

バージルはまったく気がついていないが、それは散歩途中ですれ違う女子高生やOL
時々行く図書館の常連の女学生にいたるまで
実はどれも自分を見ていた女性ばかりの物であるのだが
しかしそれでどうしてコタツにこもる必要があるのかというと・・

「主ガ一度知ラナイ人間カラ物ヲモラッテハイケナイト言ッタカラ
 一応ハ断ロウトシテイタノダガナ。シカシ・・・」
「断り切れずに結局受け取って、俺に怒られると思ったのか」

再生の母からもらってしまった慈悲の心は時としてやっかいな代物だ。

純矢はしょうがないなと苦笑して
ブラックライダーが引きこもり用に調節してくれたのか
低温でほどよく暖かかったコタツの中をのぞき込んだ。

「・・・確かに知らない人から物をもらうのはあんまり良い事じゃないけど
 今日はバレンタインだからしかたないんだよ」
「・・・馬連・・?」
「バレンタインデイ。日本にいつの間にか定着した行事で
 女の子が好きな男の子にチョコレートをあげるっていう日だ」
「・・保険の勧誘ではないのか?」
「・・・誰から聞いたのか知らないけど違うよ。
 とにかく今日は知らない人から物をもらっても怒らないから、出ておいで」

そう言うと狭いコタツにこもっていた魔人は素直に出てきた。
よく入ったなと思うほど大きさに違いはあるが
それでも潜り込んだと言うことはかなり後ろめたかったのだろう。

「それにしてもバージルさん、やっぱりモテるんだな。
 数も俺より多いし、まったく知らない人達だったんだろ?」
「・・・面識のない人間に好かれても嬉しくない。
 大体・・俺は受け取れないと言ったのに
 それでもいいからと押しつけてくる物に一体何の価値がある」
「気持ちを物に変換するってやつなんだろうな。
 ほら、バージルさんが刀に相手を斬ろうとする気持ちを乗せるような感じ?」
「・・・・・」
「・・・あ、ごめん。例えが悪かった。
 えーっと、俺がバージルさんにおにぎり作ってるのと同じような感じ・・かな」
「知らない人間なのにか」
「女心は複雑だって話だから、全く知らない人でも
 いきなり好きになったりするんだろうな」

などと話す純矢の手にも自分と同じような物があるのにバージルは気付いた。

「・・それは?」
「あぁ、これは学校でもらったんだ。
 実の所俺もどうしてこんなにくれたのかよく分からないんだけど」

いや、それを分かっていないのは多分本人だけだ。

普通の高校生にしては温和で落ちついた雰囲気を持つ純矢の事は
実は学校内ではそれなりに噂になっていたりする。

それにこの一見普通の少年、実は妙なカリスマを持ち
悪魔から天使までいろんな連中に好かれてるのだから仕方ない。

そう仕方ない。

仕方ないのは分かるけど


なんか腹立つ。


ごぢ

「っだ!?

変な体勢でしがみつかれた純矢は
やっぱり変な風に倒れて変なところを強打した。

「ちょっとコラ!なんだ!?」
「なんでもない」
「なんでもないのに人を押し倒す人はいません!」
「・・・・・・母さんが悪い」
「なんで!?」
「大体母さ・・うぐ?!

「あ、すまない。気がつかなかった」

と、何気ないようだが思いっきりバージルの尻を踏みつけたフトミミは
悪びれる様子まったくなしにその上をさらに踏んづけて通り
やけに多い荷物をどさどさコタツの上におろしていく。

「あ、フトミミさんおかえり。
 ・・なんか荷物多いみたいですけど、ひょっとして・・」
「あぁ、高槻も?」

バージルと同量くらいのその荷物は
やっぱり色々ラッピングされた今日の収穫物。

「バイト先やご近所から色々頂いてしまってね。
 人間ではない身としては少々複雑だが
 これで送り主の気が済むのならそれでもいいだろう」
「・・・それもそうですね」

そう言えばフトミミさんご近所に人気あったっけと思いつつ
無言で転がり回っていたバージルにディアラハンをする。

こう見えても鬼神な彼にバレンタインというのもなんだが
種族はどうあれ要は気持ちなのだ。

で、実はこの時台所で夕飯の下ごしらえをしているブラックライダーも
近所の買い物仲間のおばさんからお年寄りまで色々ごっそりもらっていたりするのだが
無口な魔人は聞けば答えはするが今の所は蚊帳の外だ。

そしてそれからさらに時間が経過して。

「ただいま戻った、主ーー!!」

家に帰りつつケンカをしかけているような声がしてトールが帰宅してきた。

「主!明日はなんだ?!職場の事務の連中が妙な物を渡してくるわ
 時々遊んでやっていた子供連中が小さい包みを渡してくるわ
 明日はそやつら全員がどこかに左遷でもさせられ・・・」
「・・あのさトール。それくれたのって
 みんな女の人とか女の子だとかじゃないか?」
「?なぜ分かる」

聞けば仕事先のおばちゃんとか公園で知り合った幼稚園児の集団とかから
今日の収穫を頂いたらしいのだが、本人はこの日の事を全く知らず
何か集団でお別れでもあるのかと思って帰ってきたらしい。

説明してやるとなんだと納得してくれたが
こんなガタイなトールもその一本気な性格からかけっこう好かれていたらしい。
見れば子供からもらったというのは一個十円とかいう駄菓子まであって微笑ましい。

「へぇ・・トールって子供に人気あるんだな」
「それは喜んで良いことなのか?」
「そうだな。純粋な子供や動物に好かれるのは悪い事じゃないと思うよ」
「・・・そう言うものか??」

と言われてもトールは別に子供が好きと言うわけではない。
ただデカくて珍しくて律儀な性格をしているため
寄ってきたのをかまって相手しているうち、自然となつかれただけだったりする。

それから少ししてサマエルとミカエルも帰宅した。
で、例によってその2人の手にもあまり見慣れない
でも今日のためにある物が袋入りでぶら下がっていた。

「おかえり。その様子だとミカももらったんだな」

一応今日が何の日かは知っているミカエルが渋い顔をする。

「・・・私は断ろうとしたのだが、サマエルが受けておけと言うのでな」
「人間社会での地位を大切にするのなら
 どんな物であれ、人の好意を拒否するのは好ましいことではありません」

それは俗に言う人付き合いだ。
確かにサマエルの言う通り、人の好意を全部を全部拒否っていたら
悪魔だけど社会的人間関係がよろしくなくなる。

「で?ミカのは誰から?」
「・・・受付嬢から上層部、年季の入った掃除の老年代まで色々だ」
「わ、ミカモテモテだな」
「・・・私は甘い物は好かん。全て主に献上しておく」
「ダメだ。せっかくくれたんなら一個だけでもちゃんと食べろ」
「・・・・」

とても渋々ながらミカエルはそれをまるで夏休みの宿題のように睨んだ。
だがそれをコタツの中から顔を出したマカミが楽しそうに見ていたので
後でクレとせがんでくるのを渋い顔で見つつ、喜々として押しつけて解決するだろう。

「・・で?なんでサマエルも同じような物持ってるんだ?」
「女同士でも交換するという風習があるようで、私もいくつか頂いてしまいました」
「あぁ、そう言えば女の子同士で交換するっていうのもあるみたいだな」

それにサマエルの容姿と物腰なら女の人にも人気が出るのだろう。
もらった数はミカエルほどではないがかなりある。

「それと社内の人間数人にそれとなく催促されるなどもしたのですが・・」

おそらくどれも冷静にスルーしてきたのだろう。
サマエルはもらい物の紙袋とは別の場所から
シックにラッピングされた小さめの箱をすっと差し出してきた。

「私がこれを差し上げるのはジュンヤ様しかおりませんので
 全部丁重に断って参りました。お納め下さい」
「・・え?あ、うん・・ありがとう?」

って、こんな美人にそんな丁寧に渡されるのも
元が蛇だと分かっていても何だか複雑だ。

しかも受け取ったそれは思いっきり本命物で大人っぽいブランドチョコ。
純矢は嬉しいより先に高校生として閉口してしまった。

ホォーッホッホッホ!主!主はおるかえ!
 なにやら楽しそうな俗世の風習の品を持ってきてやったぞ!」

そんなところにいきなり地面から出てきたマザーハーロットが
派手な笑い声を立てて追い打ちをかけてきて
床でくつろいでいたケルベロスが下から出てきた赤いワニに押しのかされ
ムギチョコの袋と格闘していたトールの後に避難した。

そう言えば悪魔であっても唯一の女性型がこれだけだというのも変な話である。

とは言え、その存在感は普通の女性型悪魔5体分くらいはあるんじゃなかろうか。
そんな女帝魔人も俗世の風習は好きらしくごそごそと這い出てきた獣達に
今日の物であろうちょっと大きめの何かを持たせていた。

「どれが主の好みなのやら見当がつかなんだゆえ
 とりあえず楽しそうな物を選んできてやったわ!」

と、獣達が背負っていた箱がどげと無造作に落とされ
透明のフィルムの部分から中が見えた。

中にあったのはハイヒールを履いた女の片足チョコ
等身大


・・・
食えと?


その場でそれぞれ自分のノルマを片付けていた全員が全員全く同じ事を考え
純矢の顔が引きつった。

「・・・まぁ・・そりゃあ・・・見た目には楽しいかもしれないけど・・・
 これ食べろってのはある意味嫌がらせじゃないか?」
「ん?では色まで似せてあった乳型の方がよかったか?」
よくない!!てか一体どこでそんなの物色してきたんだ!!」

ともかくその等身大の足チョコはどう見ても1人で食えないので
ブラックライダーの提案で溶かしてケーキに姿を変えることになった。

そしてその日高槻家にはチョコレートの香りが充満し
甘い物苦手なミカエルと鼻のきくケルベロスがストック帰りを申し出たりしたものの
それぞれの物を少し交換したりチョコケーキに絵や字書いたり
世間ではあまりないようなバレンタインの過ごし方をした。

「・・・トールそれ何?イモムシ?」
「・・・一応・・・ケルベロスなのだが・・・」
「・・あ、ごめん。・・で、バージルさんは字は上手いけど
 どうしてそんな複雑な字を書いてるんだ?」
「今日は場連多員という日なのだからこれでいいだろう」
「・・・いや・・カタカナで書くんだよそれ。族の人じゃないんだから」
「ホォーッホッホッホ!主!これなどどうじゃ?」
「こら!!シンプルにわいせつなマークを食べ物に書くな!」
「え?ではこれもだめな部類になるのですか?」
「・・・いや、地図記号は別にいいや」
「高槻、悪魔狩りの彼を書いてみたんだが」
怖!!フトミミさんリアルがすぎて怖い!!」

などと色々やらかしている間に1人1つのケーキは
色んな物が書かれまくった不格好な代物に出来上がる。
唯一綺麗だったのは十円玉のがらを書いていたブラックライダーのみだった。

ちなみに床の間に置いてある形見の刀にも
純矢の指示でこっそりとそれはおすそわけされる。

「・・うん、知らない人から物をもらうってのはちょっと緊張するけど
 こういうバレンタインなら悪くないかな」

気がつけば白チョコだらけになっている面々を純矢は見回す。
ケーキを作っている間にちょっかいを出したのか
身体のそこかしこがチョコ色になったマカミが呆れたように首をひねる。

「何言ッテヤガル。コンナノイツモヤッテル事ジャネェカ」
「でもこんな風にどこを見てもチョコレートづくしってのは年に一回しかないだろ?」
「ジュンヤ様がお望みなら、週に一回のペースで同じ事をするのも可能ですが」
「はは、そう何回もやってたら楽しさがなくなるだろ?
 正月も誕生日もバレンタインも年に一回だけだからこそ面白いんだからさ」
「・・そういう物でしょうか」

よくわからんと小首をかしげるサマエルだったが
実はその風貌で今日何人の男をドキドキさせがっかりさせたのか
主人にのみ忠誠心を持つ本人はまったくもって知らない。

ちなみにマザーハーロットもいつもの遊び場で
それなりに派手な撒き餌(ばらまき)をしてきたのだが
形とか愛はどうあれ、ちゃんとした一品物を渡したのは純矢だけだったりする。

「あ、それとサマエルもハーロットもありがとう。
 ハーロットのは・・ちょっとアレだったけど、まぁそれはこれで結果オーライだったろうし」
「ホォーッホッホッホ!そうか気に入ったか!
 ならば今度は(パヲーン)型のキャンディーを・・」
だからそういう店で買い物をするな!!
「ところでジュンヤ様、そちらの分はどちらから?」
「・・・学校でもらったのと友達に買ってもらったのとだよ」
「ほぅ?友達とな」

しかしマザーハーロットがつまみ上げた学校で友達に買ってもらったという分は
他多数より落ちついた物であるのに不思議と目を引き
質も見た目もジュンヤの好みに合わせてある代物で・・

マザーハーロットは骸骨の顔ではわからなかった
何もかも悟りきりそれを楽しんでいるかのような怪しい笑みを浮かべた。

「・・おぬし、本当にそやつは友だと申すか?」
「・・え?うん。結構付き合いの長い友達だけど」
「ほほぉ、友達のう。それはそれは・・」
「・・な・・なんだよその意味深な言い回し」
「ホォーッホッホッホ!気にするでない!
 そなたはそれくらいの方が似合うておるしのぅ」
「??」

ワケが分からず置いてけぼられた純矢に
マザーハーロットの高笑いとサマエルの微笑が向けられる。

そしてそれを見ていたバージルがかなり不機嫌な目をしていたのだが
純矢はクチバシのまわりを固まったチョコだらけにし
それでもまったく気にせず飛び回るフレスベルグを捕まえようとし始めたため
それに気付く事はなかった。


そんなわけで
結構な人気を保持しているこの少年、無欲かつ鈍感であるがゆえに
一年に一度しかない特別であるはずのこの日も
あまり色気もなくいつも通り平和に過ぎていった。

・・が、今回は身近な所に嫉妬深い新入りが一名いたため
その新入りが夜一緒に寝るのだと変な駄々をこねだし
バレンタインの夜にでっかい外人さんと寝るハメになり
抱き枕にされていた分で翌朝筋肉痛なるという
やっぱり色気のない話になったとか。





「は?寝違えた?
 なんだよ、昨日のが嬉しすぎて眠れなかったとか言うつもりか?」
「・・・いや・・・ちょっと・・
 嫉妬深い犬が一緒に寝るってきかなくて・・
 説得してたら徹夜になりそうだったし・・仕方なく・・」
「あぁ、あの目つきの悪い大きくて白い犬?だめよ躾はちゃんとしないと」


してるつもりでも聞いてくれない時もたまにあるし
実は犬じゃなくていい歳の外人さんだなんて口が裂けても言えず
純矢は身代わりのケルベロスに心の中で謝りつつ
早くあの甘えん暴魔人を元の場所へ返そうと改めて誓った。








なんとなく生まれて初めて書いてみたバレンタインネタ。
書いてる通り色気もクソもありませんが、これが私の流儀ってことで。

ちなみにハイヒールチョコは昔実物を見たことがあって
まず最初に「・・これどうやって食うんだ?」と疑問に思いました。


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