えぇそりゃ確かに言いましたとも。

そりゃあ自分で言った事には責任持たないといけないのは分かってるけど
でもよくよく考えてみれば俺の背負ってる責任って
他の人の一体何倍くらいの重さがあるんだ?

・・・わかってるよ。

ぼやいた所でこの人・・というか悪魔というか
とにかくここの家族には通用しないんだろ?

でもそれにしたってこの一家ってのは・・なんていうか・・
わざとじゃないんだろうけど・・・色々と困るんだよなぁ・・・。

「・・・君・・・ジュンヤ君」
「え?・・あ、はい?」
「さっきから浮かない顔をしているが・・体調でも悪いのかね?」
「あ・・いえ、ちょっと考え事してて・・」
「心配事があるのなら相談にのるが・・」
「いえいえいえ!他愛ないことなんで気にしないで下さい!」
「そうか?」

考え事の本人に相談できるわけもなく、信号待ちでぼんやりしていた純矢は
横にいた背の高い男を見上げて一生懸命ごまかし無理矢理笑った。

それは普段なら作り笑いだと誰にでも見破られるものだったが
相手の男はかなりうかれていたのかあまり気にせず

「では行こう」

と言って信号が青になるのと同時に
こちらの歩調に合わせるようにゆっくりと歩き出す。

その服はさすがに目立つのかいつもの紫のスーツではない
グレーのセーターに黒のズボンと大きめのコートという普通のものに変えてあったが
やはり身にしみた気高さというか、この家系特有の目立ってしまう要素というか
そんな物がちらちらにじみ出てきてなぜか人目を引く。

外国の古風な街並みを歩けばさぞ絵になっただろうその後ろ姿に
純矢はじわじわと自分で言ったことを後悔し始めていた。


それはいつだったか純矢が何かのはずみに
ケーキの美味しい店を紹介すると言ったのが始まりだ。

その時はノリというか社交辞令のように言ってしまった言葉だが
いざこうして実行してみると、それがいかに無謀な事であったのかが
今さらになって思い知らされる。


『ジュンヤ君、こんにちは』
『あ、スパーダさんこんにちは。今日はどうしたんですか?』
『いや、以前君がお茶に付き合ってくれると言っていたのを思い出してね』
『・・え・・?あ、そう言えば・・・』
『今日はバージルも少し遠くまで散歩に出ているようだし
 君の都合はどうかと思って来てみたのだが・・・今はどうかな?』
『えと・・・今のところ別に予定はないですけど。
 でもいいんですか?今日の今のいきなりで』
『かまわないさ。私はもう忙しいという身ではない。
 君の方の都合が悪いのなら日を改めるが』
『いえ、それは問題ないですよ』
『そうか、それならよかった』

などとさりげなく訪ねてきたふりをしているが
実はこの父バージルや他の仲魔達がいなくて
さらに純矢の予定がなくて断れなさそうな隙を
かなり周到にねらって来ていたりするのだが。

しかも何気なく一緒に街へ来ては見たものの
容姿がいい伝説の魔剣士は黙っていても変に目立つ。

考えてみれば普通に歩いているだけでも普通に注目を集めてしまう
あのダンテやバージルの父なのだから当然と言えば当然だ。

しかも長年生きてる貫禄というか威厳というか
普通に生きてれば絶対出せそうもない高貴なオーラを
やっぱり黙っててもにじみ出してくるのだからたまらない。

行く先々で人がふり返り(特に女性)
散歩中の犬などが怯えて飼い主を引きずって逃げ出し
人ごみに入ろうものならその人の波がモーゼの十戒のようにぱっかり半分にわれる。

さすがに純粋な悪魔、しかも伝説とまでなった悪魔というのは
人間社会での浮き方が一味違い、なんかここら辺だけは伝説っぽい。

・・・いやそんな感心の仕方してる場合じゃなくて。

ぼす

「・・いて」

ため息をつきつつ頭を抱えようとした矢先
前を歩いていた黒いコートにぶつかる。

「あ、すまない。少しぼんやりしているようだが・・・疲れたのかね?」

何もしてないうちからもう疲労し始めていている純矢に
映画の中の俳優のような男が声をかけてくる。

これがダンテかバージルならまだストックに入れて待機させておけるが
あいにくこの悪魔は契約外なため、命令も待機も効かないので
あまり目立ちたくない純矢としては精神的に疲れる一方だ。

「いえ、まぁ・・・ちょっと疲れましたけど、すぐそこだから大丈夫ですよ」
「あまり無理をするのはよくない。手を引くか背負って・・・」
「いいです!ダメです!行為としては紳士的でも
 公衆の面前でそう言うことをするのは感心しません!」
「それは残念」

何が残念なのか知らないが、ともかく2人はとある小さな道沿いにある
少し地味な小さなケーキ屋に入った。

そこは勇が雑誌にのってたとか言って千晶と一緒に連れてこられた場所なのだが
静かな雰囲気と質素な店内、あと質素ながらも美味しいケーキがあるので
自分も味にうるさそうな千晶でさえも気に入ったという穴場の場所だ。

入った時デカイ外人連れだったため店員に少しびっくりされたが
純矢はできるだけ人目につかない静かな場所をお願いしますと言い
店の一番奥でどこからも死角になる場所を案内してもらった。
トイレに近かったりするがこの際贅沢は言っていられない。

「・・えー・・じゃあスパーダさんは何にしますか?」
「青汁と長芋でなければなんでもかまわない」
「・・・そんなメニュー普通ないですよ。
 ってかどこでそんなの食べたんですか」
「君の家で以前黒の魔人がお茶請けにと出してくれた事がある」

そりゃ明らかに嫌がらせだろ
と純矢は口に出して言わなかった。

「・・俺はチョコレート系と紅茶にしますけど
 あとあるのはフルーツ系とチーズ系、あと抹茶系ですね」
「抹茶?あれもケーキにできるものなのか?」
「・・・あの・・・まさかそれも・・・」
「砂糖をたせば飲めるのだろうが・・・いや、さすがにあれはきつかったな」

菓子と一緒に出さず抹茶オンリーで出したのなら、それもやっぱり嫌がらせだろう。

「・・・じゃあモンブランとコーヒーでいいですか?」
「そうだな。それが無難だろう」

また自分の知らないところで変な抗争が起きてないだろうなと思いつつ
純矢はさっきからこっちをチラチラ見ていた店員を呼んだ。



運ばれてきたチョコガナッシュとモンブランを食べながら2人は色々な話をした。

と言ってもそう深い話ではない世間話程度のものだ。

学校での話、互いの食べ物の好み、友達の話などなど。
それと純矢は一応バージルの昔のことを聞いてみたのだが
今は今、昔は昔として置いておいた方が良いと言われ
それもそうかと詳しくは聞かない事にした。

ただ今と違って性格が研いだ剣先のように鋭くて
ダンテとよく衝突していたとだけは話してくれた。

「・・だとしたらダンテさんと会わせた時、やっぱりケンカになるんでしょうか」
「どうだろうな。君の影響で幾分丸くなった感じはあるが・・
 同じ血を分けた者同士の因縁というのは簡単には消えないものだ」
「・・・・」
「だがあのバージルをあそこまで変えた君のことだ。
 私は悪い結果にならないと信じている」
「・・・あの、信頼してくれるのは嬉しいんですけど
 そこの所でのお手伝ってのはもらえないんでしょうか」
「そうは言っても私はもういない身だ。
 それがまだ現存するとなると、またしても妙な亀裂を生む可能性もある。
 ・・あ、砂糖をもう2本もらえるかな?」

じゃあなんで死んでるヤツがコーヒーに砂糖3本も使うんだしかもミルクなしで
と思いつつ純矢は無言でスティックシュガーを渡す。

ちなみにダンテはミルクも入れた上で砂糖5本は使い
バージルはミルク以外何も入れない。

「ところで・・そちらのケーキ、随分と味が濃いように見えるが」
「あ、いえ見た目ほど濃くないですよ?食べますか?」
「なら少し」

ダンテならここで喰わせろとか言ってきそうなものだが
父の方は大人しく自分でフォークを伸ばしてきて少し取って口に入れる。

「・・ふむ・・なるほど。色は濃いが味の方はしつこくない」
「でしょう?俺のここでのお気に入りなんですよ」
「では君はショートケーキとチョコレートケーキと言われた場合
 チョコレートケーキを取る方なのか」
「そうですね。味もどっちかっていうと濃い目の方が好きですし」
「そうか。君はどちらかというと・・・う」

その時スパーダが何を思ったのか鼻を押さえて横を向く。
チョコを食べると鼻がむずむずしてクシャミが出るとかそういうやつだろう。

「あ、鼻紙いりますか?」
「いやすまない・・・ちょっと待ってくれたま・・
 は・・・・っ!・・」

ぐしゅん!  ばしゅ!!

くしゃみ自体は大きくなかったが
音と一緒にスパーダが身体を震わせたのと同時にその姿がいきなりまったく別物
赤黒くて全身が鎧のような・・形は人間に似ているがまったく別の生き物に変わる。

純矢の持っていたフォークがちゃりんと音を立て皿の上に落ちた。

『・・いや・・すまない。人の世界に慣れていると
 こういった性質まで似てしまうらしくて』

大きな角が頭に2本あり、背中に羽まで生えた立派な悪魔が
赤黒い手でカップを取って、照れたようにコーヒーをすする。

が、その悪魔、それをソーサーに戻し純矢が固まっているのを見て
ようやく自分の異変に気付いたのか、慌てて意識を集中させ
しゅと小さな音を立てて元の姿に戻った。

純矢はフォークを落とした状態でまだ固まっている。

スパーダは少し視線を泳がせ咳払いを1つして

「・・・こちらのも食べるかね?」

その言葉にようやく純矢の動きが戻ってきた。

「・・・あ、じゃあいただきます」

言いながら落ちていたフォークを拾って
向かい側にあったモンブランを少しもらう。

「・・あ、こっちは少し甘い」
「そちらは少し苦みがあるのでそう感じるのではないか?」
「でも中のクリームとかも結構甘いですよ。
 これだとコーヒーに砂糖3本もいらないんじゃないですか?」
「いや私にはこれが丁度いいと思うが」
「スパーダさんも甘党なんですね」
「ダンテほどではないが・・・少しね」
「少しですか?」

などと話す2人の間に何気ない時間が過ぎていく。


さっきの事は


秘技、
見なかった事にした






おみやげにいくつか持ち帰りの分を買って2人はその店を後にし
露店で売っていたたい焼きを買って、公園のベンチでのんびりする事にした。

アレを誰にも見られていなかったのはよかったが
変な音を立ててしまったのであまり長居はできなかったからだ。

けどそういやこんなナリしててもやっぱり純悪魔なんだよなぁと
においを嗅いだり裏返したり色々吟味しながら
庶民の食べ物をちびちび食べている貴族風の男を見上げた。

スパーダは見られていることには気付いていたが
あえてそれに気付いたようなふりをして

「・・何かな?」

あんこのついた顔のままで不思議そうな顔をしてみせた。
すると思惑通り純矢は少し慌てたようにポケットからティッシュを出して
口の回りを拭いてくれる。

「はは、みっともなくてすまない」
「いえ、そうじゃなくて・・・
 スパーダさんて今はそうは見えないけど
 やっぱり悪魔らしい時もあるんだなって思ってただけです」
「君の言う悪魔らしさという物差しがどのようなものかは分からないが・・」

ふとどこか遠くを見るような目をして伝説の魔剣士は言った。

「魔界の尺度から見れば私はあまり悪魔らしくはないのだよ」
「え?」
「悪魔でありながら魔界を捨て
 人の側についたのが最も分かりやすい例だろうが・・」

半分少しまで食べ終わり、残ったしっぽを口に放り込む。

「その他にも色々と悪魔らしくないがゆえ、いりもしない恨みを同族から買い
 そのツケが精算しきれず、息子達に回ってしまう事もいくつかあった」
「・・・・」

その悪魔でないような人間のような境遇に自分を重ねて
純矢の表情が少し少し暗くなる。

だがその事に気がついた魔界の異端者は
静かな笑みを浮かべてぽんと肩を叩いてくれた。

「だが私には私の事を理解してくれた人間の妻がいたように
 君には多くの部下・・いや、仲魔という者達がいる。
 多少他人とは違う険しい道を歩むことになるだろうが
 それもまた・・・私達のような幸せ者の特徴だ」

純矢は一瞬呆気にとられたような顔をして吹き出した。

「・・スパーダさん、前向きですね」
「しかしそう言う君こそ、年若いというのにバイタリティー旺盛だと思うが」
「そんなことないですよ。俺はただ・・」
「いや、謙遜する事はない。君がやってきた多くの事は
 床の間の幽鬼からある程度聞いている」
「え!?ピッチからですか!?」

確かにピシャーチャはそれなりに仲魔歴の長い悪魔だが
口が大き過ぎて言葉はおろか濁音しか出せないのにどうやって話を聞くのだろう。

しかしその疑問はすぐにスパーダが解決してくれた。

「あの幽鬼とは多少波長が合うらしくてね。
 言葉間での会話としては見た目に成立しないが、会話には不自由しない」
「・・・・」
「あ、一応断っておくが私はうなり声で会話はできない」
「・・・そ、そうですか」

一瞬スパーダまで壊れたスピーカーみたいな言葉であの幽鬼と会話するのかと
純矢は一瞬怖い想像をしてしまった。

「しかしあの幽鬼にしろ大淫・・いや、女帝魔人にしろ
 本来は邪悪である者達が君に関わるとどれも大人しく変貌するのには
 私達家族の事も含めて感心させられる」
「・・・え〜〜〜と・・・」

それに関しては微妙な所だ。
仲魔達の事はまぁいいとして、問題はこの悪魔一家。

今はいないダンテはその昔かなりクールだったとの記憶はあるものの
それが仲魔になって日を追うにつれ、他の仲魔と変なケンカはするわ
自分をおちょくるわ、いらないトラブルを呼び込むわ、人の話は聞かないわで
いい大人と言うより始末の悪いダメ大人に成長していったような気がするし。

バージルは元がどんなものかは分からないものの
自分の事を本気で母親代わりにして真面目に慕ってくるし真面目に甘えてくるし
おまけに弟への対抗心を持ったままなためか
変に嫉妬深いというか寂しがりやになってきているし。

そして最後にこの父。
最初は落ちついたいい父親かと思っていたが
なんだか最近この父も知らない間にダンテの悪さとバージルの冷静さをたして
2で割って紳士という言葉で丸めこんでごまかしたような性格になってきているし。

誰とでも仲良くなれるのは良い事だろうが
純矢は自分の場合、それが良い事なのか悪いことなのか
未だに判断がついていない。

「あの・・・1つ聞いていいですか?」
「なにかな?」
「奥さん、つまりダンテさん達のお母さんって・・・
 ひょっとして人類最強の女の人だったりとかしませんか?」
「は?」

それはこんなやっかいな一家の中で、たった1人の人間だったのだから
それ相応に凄かったんだろうという想像から来た質問なのだが・・。

「・・・何を想像しているのかは分からないが
 妻は別に私と一緒になったからと言って飛び抜けた力があったわけではない。
 それに君の想像通りなら若くして亡くなったりしてはいないだろう」
「あ、そうか・・」
「主」

ちょっと考えれば分かりそうな事をやっと自覚した直後
聞き慣れた声にいきなり呼ばれて純矢は軽く驚いた。

見ると会社の営業回りの途中だろうか
書類カバンを手にしたミカエルがいくらか早足でやって来ていた。

その時実は横にいたスパーダが内心でっかく舌打ちしていたりするのだが
それに気付かず純矢は長年の友達とばったり会ったかのように手を挙げて答える。

「あれ、ミカ偶然だな。仕事中か?」
「今は丁度移動中だ。
 しかし主、その者はあまり信頼が置けぬのであまり2人になるなと言ったはずだ」
「いや、前に俺がお茶に行く約束してたから
 今日たまたま時間があったんでお付き合いしてただけだよ」
「・・・たまたま?」

そう言えば確か今日はちょうど仲魔達の予定があって
ジュンヤが1人ヒマな日だったはず。

まさかそこを狙って出し抜いたのかと仲魔ではない悪魔に目をやると
見た目は温和だが狡猾さがにじみ出た怖い笑みで返される。

高位の天使はコイツはダメだと素早く判断し
何を思ったのか携帯を出し、意外と素早いキー操作でどこかに連絡を入れた。

「あぁ、私だ。今から後の会議予約を全てキャンセルだ。
 理由?急用だ。詳しくは後日に連絡すると伝えろ。至急だ」
「こっ!こらミカ!?」

何やってると取り上げようとした手をかわし電源ボタンはぶちりと切られる。

「何やってるんだよ!今仕事中だろ?!」
「社会的に仕事は大事な事だが、今の私的には主の方が大切だ」

言ってる事はもっともだが、実は結構ワガママかつ失礼な発言に
スパーダは気を悪くした様子もなく苦笑した。

「・・信用のない事だ」
「表面的に害がないとは言え、悪魔狩りの血縁なら仕方なかろう」

さして嫌そうな様子を表には出さずにいるスパーダをよそに
ミカエルはどっかと純矢の横に腰を下ろした。
どうやら家に帰るまでは意地でも一緒に行動するつもりらしい。

そう言えばこの2人、悪魔と天使という対照的な存在になるのだから
自然と対抗意識が芽生えてしまうのだろう。

と、この2人の対抗意識の原因が自分にあるとは思わず
純矢はもう言っても無駄だと思い直し
まだ袋に残っていたたい焼きをミカエルに差し出す。

ミカエルは甘いものは好きではない部類だが主のくれるものには遠慮しないらしく
無言でそれを受け取って無言で頬ばり始めた。

公園のベンチで両脇をいい歳のオッサンに囲まれているというのも変な状況だが
そんな事を気にする繊細な神経はもう退化するかダンテ一家に喰われた

「・・知らないぞ。後でサマエルに謝れよ?」
「分かっている。私はただ今しなければならんと思う事をするまでだ」

バリバリのビジネススーツで真面目なことを言ってはいるが
食ってるものはしっぽまであんこのたい焼き
言ってることは娘を心配する過保護な父だ。


多少他人とは違う険しい道を歩むことになるだろうが
それもまた・・・幸せ者の特徴・・・か。


ミカエルはふと、なんだか嬉しそうにこっちを見ている純矢に気付いて
何事かと少し驚いたような目をした。

「・・どうかしたのか主」
「いや、なんでも。
 ただスパーダさんが教えてくれた事でちょっと思い出し笑いしてただけ」

びし!と音が出んばかりの勢いで純矢から見えない位置に血管が浮き出る。

こういった時モロに感情が表に出ないのは
さすがにクセのある仲魔達のリーダー格をつとめていただけはある。

実は物凄い殺気のこもった目で当の悪魔を見れば
別になんでもない風に穏やかに微笑んでいるだけ。

だが悪魔と対になる天使のカンからして
その表情の下では挑戦的な態度を隠しているのだと確信できた。

ミカエルはもそもそとたい焼きを食べ終え、何を思ったのか
すっくと立ち上がるとスパーダに向かって無言の視線を突き立てる。

それは『来やがれ。決着つけてやる』と言う挑戦の目だ

スパーダもそれが分かったのかすっと立ち上がりぽんと純矢の肩を叩いた。

「ジュンヤ君、すまないが私はこの天使と少し話があるので
 名残惜しいが今日はここでお別れだ」
「・・え?ミカと?」
「それぞれ住む世界が違っていた者同士だ。
 情報交換をするのも悪い話ではないだろう」
「そりゃまあ・・そうだけど・・・」

で、その情報交換をするのになんでそんな対照的な顔してるんだと思いはしたが
そろそろ帰らないといけない時間なのは確かなので
純矢はあまり深く考えないことにした。

「じゃあ夕飯までには帰ってくるんだぞ。
 あとスパーダさんも人前で消えたりしないように考えて行動して下さい」
「承知」
「わかっているさ」
「あ、それとミカあんこついてるぞ」

そう言って純矢は口に付いていたあんこをスパーダと同じようにとってくれた。

ただスパーダの時と違うのは、本人がその事に気付いていなかったことと
拭いたのがティッシュではなく素手だったこと。
しかもそれをまったく躊躇なしに純矢がなめた事だろう。

「食べた後は口に付いてるかどうか確認しろよ。一応社会人なんだから」
「・・・すまん」

だがミカエルはヘタをすればヘルズアイくらいに威力のある眼光を
睨み返すのに必死でそれどころではなかった。

「・・では天使長殿、どこへ行こうか」
「・・こういった事はそちらの方が詳しいだろう悪魔狩り父」

と、なぜか名前で呼ばない2人に違和感と嫌な予感を覚えて
純矢は一瞬声をかけようとするものの、それより早く2人ともまるで
これから重大な仕事にでも行くような雰囲気で背を向けて歩いていく。

純矢はそれを見えなくなるまで見送って、どうしようかと首をひねりまくるが
どちらも大人だろうから妙なマネはしないだろうと考え
たい焼きの入っていた袋をゴミ箱に放り込んで
おみやげのケーキを手に家路につくことにした。




そしてそれから数時間後。

「・・・・・・ただい・・ま」

約束通りにミカエルは夕食直前くらいに玄関から帰ってきた。
ただなんの話をしてきたのか、その姿は疲労困憊もいいところで
玄関で靴を脱いだところでバタンと力尽きる。

「おかえ・・え?!なんだミカ!?どうした?!」
「・・・・いや・・・少々我を忘れるほど・・話し合いに熱中してしまってな」
「そんなになるまで一体何を話してたんだよ!?」

しかし本人が話し合いをしていたと言うだけあって
ステータスを調べてみるとHPは1ポイントたりとも減っていない。

だがその代わりにMPがゼロ寸前。
確かミカエルは勝利の雄叫びのスキルを持っていたはずなのだが
それでも回復していないとは一体どういう了見なのか。

疑問は尽きないがケガをしていないならケンカはしていないのだろう。
でもこんなに疲れるまで何やってたんだろうと思いつつ
純矢は奥にいたフトミミに援護を頼んだ。

「・・あれ?珍しいね。一体どうしたんだい?」
「さぁ、なんでもス・・じゃなかった
 例の紳士な人と話し込んでたらしいんですけど・・」
「あぁなるほど」

と、聞いた瞬間で何があったのかを理解してしまい
温厚な鬼神は困ったもんだとばかりに苦笑する。

だがこの時純矢は知らなかった。

東京の上空、下に害の及ばないほどの天高くで
とある悪魔と大天使が世紀末対戦みたいなタイマン勝負をしていたことを。

そしてその勝負は数時間におよび
主人を心配させないようにとかけ続けていたメディアラハンが底をつき
双方さすがに疲労困憊になった所で勝負が引き分けになったことを。

「ミカ、起きなくていいから靴だけぬいで。
 あ、バージルさんそっち持って」
「母さん、閻魔刀を見なかったか?」
「え?床の間にあったろ。
 それよりミカを居間まで持っていくからそっち持って」
「・・わかった」

ずるずると泥酔して帰ってきたわけでもないオッサンが運ばれていくのを
廊下の止まり木にいたフレスベルグが首をかしげつつ不思議そうに見送る。

そしてその時もう一方の魔剣士の方はと言うと
活動限界ギリギリまで戦いまくって、なんとか魔刀の中に戻り
心配してるのか目を一個だけ出してじーと見ているピシャーチャの横で
今日リフレッシュした分全部の精神力を消耗して療養中だった。


誰にも知られなかった天使と悪魔のタイマン勝負

平和な東京上空ドローにて終了。








うまいケーキが食べたいなと思いつつ書いてたらできた父の話。
父のような大天使とはそれなりにケンカしそうだと思って書いてたら
最終的にこんな事になりました。
グレネードジェントルメンと万能の金色天使はゲーム内でも強いんで
勝負は永遠にドローのまんま。
というか2人とも一応大人なので一回やったらもう次同じこと繰り返しません。
顔で笑って目で笑わず、愚痴はこぼさず心で呪う。

時代〜遅れの〜〜男〜に・・じゃねぇ!!


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