「・・・・・じゃあ・・・すみませんけど・・ちょっとかがんで下さい」
「いいとも」
それはまるで自分が悪いことをするみたいな言い方だったが
スパーダは気にせず素直に身を折ってくれる。
けれどやはり体格差があってか少しやりにくい。
ホントにこの悪魔一家の母というのは偉大だったんだなと思いつつ
純矢は思いきってダンテと同じ白銀の頭をぎゅうと抱きしめると
ケルベロスを撫でていたのを思い出してそれを撫でた。
「・・・・・・まったくもう・・・」
『 しょうのない人ね 』
ぶち
呆れたようなその台詞とかつての妻の台詞が記憶の中でリンクしたのと同時に
幸せの余韻にひたっていたスパーダの中で
何かがいきなり音を立てて切れた。
そう、その見た目から忘れがちだがスパーダは純粋な悪魔だ。
見た目は紳士だが理性がボロい。
「・・?・・わ!?」
とん めこ
だがその悪魔の血に従って暴走し純矢を押し倒しかけたスパーダの顔に
何か跳ねるような軽い音を立て、横から飛んできた何かがめり込んだ。
それは小さいながらも結構な力があったのか
そこそこに大柄なスパーダを完全に純矢からどけ
かしゃと軽い音を立てて純矢の手元に転がった。
見るとそれはさっき没収したはずの閻魔刀だ。
しかしそれを操るはずの主人は今柄の部分で突きのかされ
もう1人の主人は未だに目を覚ましていない。
と言うことは・・・
「・・・・・閻魔刀・・・?」
そのつぶやきに転がっていた刀から答えるようなごく小さな放電がおこった。
どうやらこの刀にはスパーダとは別の意思が存在して
他に止める者がいない状況下で主人の暴挙を止めてくれたらしい。
ほっぺたに丸い跡を残したままという
少し間抜けな状況になったスパーダが起き上がり
ちょうど純矢が手を伸ばせば握れる位置に落ちている愛刀を睨んだ。
「・・・・・まさか・・・私に刃向かうとは・・・
・・・これも君に再生された影響か」
その一振りの刀が純矢を守ろうとしたのか
主人の威厳を守ろうとしたのかは分からないが
それは飼い犬に手をかまれたような状況だったにしろ
今のは止められていなければ色々と危なかったのは事実だ。
ちょっとあざの出来た頬をさすりながら
正気に戻った父が頭を下げてくる。
「・・・いや、すまなかった。
どうも君には調子を狂わされてしまって・・」
「あの・・・俺べつに調子を狂わせるとかいうつもりこれっぽっちもないんで
出来れば普通にしてて下さい。切実に」
妙な話だがそんなつもりはないのに純矢の周囲は
なぜだか意図せずこんなんばっかりになりやすい。
もういい加減に慣れてしまったが。
「・・・・・っ・・?」
しかしそうこうしている内にバージルが目を覚ましそうになり
純矢は慌てて転がっていた閻魔刀を隠し
はやく行きなさいとばかりに手でスパーダを追っ払った。
スパーダはまだ何か言いたそうだったが
紳士たるもの引き際も肝心なので素早く隣の部屋へ行き
姿と気配を完全に消した。
一方バージルはというと殴られた頭をさすりつつ怪訝そうに周囲を見回し
純矢を見つけて少しホッとしたような顔をする。
「・・・・・母さん・・・・」
「ん?何?」
「・・・誰か・・・来たのか?」
しかし平然を装っていてもさすがにあんな騒動をした後はわかるのか
いきなりそんなことを聞かれて純矢は返答に困った。
当たり前だが死んだ父に押し倒されかけたなどと
いくらなんでも言えるわけがない。
・・ぽそ
しかしどうごまかそうか迷っている最中
開いていたフスマが何かに一度だけ、かすったように軽くノックされた。
開いている、しかもフスマにノックするなど変な流儀だが
そんな事をするのはこの家では1人・・いや一体しかいないので
わかりやすいと言えばわかりやすい。
「・・あ、ピッチか?」
内心助かったとばかりに言った問いに答えはなかった。
だがそのかわりにフスマの下の方から何か小さい物が
ためらいがちにちょろっとだけ、こちらに出てくる。
それを見たバージルは少なからずぎょっとした。
それはオレンジ色の触手みたいなもので
先の方に小さな菱形の目がついていて、じーーとこっちを見ている。
「入っておいで」
そんな事など気にする様子もなく純矢がそう言うと
それはノックと同じくちょっと控えめに入ってきた。
それは確か家の床の間にいつも庭の花と一緒にあった
オレンジ色の筋が入った拳大くらいの石だ。
しかしその石は底から何か小さいものを出しココココと変な音を出しつつ
ちゃんと自分の力でこちらに入ってきて、純矢の近くでピタと止まった。
よく見ると底から出ているのは、さっき見たオレンジの大きな悪魔の牙の部分。
それを虫の足のように小刻みに動かして移動しているらしい。
そして牙を収納してことんと元の石になった元巨大な幽鬼は
バージルから見えない部分、つまり背後からさっきのぞかせていた
触手のような目のような身体の一部を1本だけにょろと出した。
あんまりかわいいものではないが純矢は気にせず
「・・お見舞いに来てくれたのか?」
それはそう言ってもらわないと何しに来たのか全然分からないような生き物だが
そう言われた幽鬼は『うん』というつもりなのか、ことんと石の身体を前へゆする。
「だってさ、バージルさん」
「・・・・・」
こんな摩訶不思議な生き物にまで見舞われる自分というのもどうかと思うが
しかしこんな控えめかつ健気に心配してくれると悪くは思えない。
バージルは無言で手を伸ばすと
指先でオレンジ色のスジが入った石を撫でてみた。
その途端出ていた目がちょっとびっくりしたように引っ込むが
怒ってないのだと分かると目が本来ある2本に増え
子供がラクガキで書いた宇宙人みたいな姿になる。
それでもあんまり可愛いものでもないのに
なぜだかふと笑みが漏れた。
「・・あ、笑った」
「・・・・」
「あ、いや、バージルさんもそうだけど
ピッチも今ちょっと笑ったんだよ」
「・・?」
そう言われても目を2つ出している地味な石は
笑っているとかいう言葉などどこを見ても見当たらない。
この幽鬼は本来でも会話能力はまったくないが
純矢はこの悪魔との付き合いは長い部類になるので
言葉は通じなくてもそれなりに表情などが分かるらしい。
さっきバージルを食って捕まえた時からは想像できないが
実はこの幽鬼、主人に似たのかおとなしくて優しいのだ。
「多分さっき捕まえた時、大丈夫だったのか気にしてるんだ」
「・・・・」
「・・さっき薬飲んだから後は安静にするだけだ。
心配ないよ。ありがとな」
そう言われると目を出していた石は安心したのかすぽっと目を収納し
来た時と同じくココココと小刻みな音を立てながら部屋を出て行った。
去り間際にもう一度だけにょろと目を出していったのは挨拶のつもりだろう。
なんだか不思議な物を見たような目をするバージルから
タオルを取り替えながら純矢は笑った。
「・・・見た目はあれだけど・・いい子だろ?」
そう言われてもピシャーチャは普段ただの石なので
実際にバージルがあぁして移動しているのを見るのは今日が初めてだ。
しかも捕まった時はあまり分からなかったが
あれの本体はどう見積もっても2メートルを優に越えていて
身体の大半が牙の並んだ口でできていた。
そんなバケモノを子でくくれるのかどうか疑問な所だが
考えてみれば純矢の元にいる悪魔達、つまり仲魔と呼ばれる者達は
下僕や使い魔というよりも立場的には家族に近い。
ならば自分が母と慕っているこの少年の下にいる悪魔達は
よく考えれば自分も含め、みんな子供のようなものなのだ。
しかしその時
突然バージルの脳裏にある恐ろしい考えが浮上し
体調とは別の変な汗が背中からどっと噴き出る。
「・・・母さ・・ん・・!」
「ん?」
元気であったなら飛びかかって来ただろう剣幕で
バージルはかすれた声をふりしぼり言った。
「・・・俺は・・・まさか・・ダンテの弟になるなどという・・・っ!」
バージルは枯れた声でそこまで言って、ごほげほ激しく咳き込み出す。
純矢はそんなのは今病人が心配することじゃないだろうと思いつつ
安心させるように布団の上から身体をぽんぽん叩いてやった。
「心配しなくても俺はそんな位置づけなんてしないって。
バージルさんがお兄さんで、ダンテさんが弟だろ?」
「・・・・・」
頼む、それだけは、それだけは覚えておいてくれ!とばかりに
兄はぎゅううと手を握ってきて必死に目で訴えた。
「・・ほら、わかったからもう寝ないと。病人は寝るのが仕事だ」
「・・・・・」
「まだ明るいから寝れないのは分かるけど・・」
「・・・・・」
「無理にでも寝ないとよくならない・・・って、いい加減に離しなさい」
ぽこと頭を叩かれて掴みっぱなしだった手がようやくとれた。
握力がかなり強いのでそれはでかい子供というより
なんだか映画のゾンビかジェイ○ンに手を掴まれた感じで
嫌というわけではないが、外見と性格があんまり一致していないというのも
ちょっとばかし困りものだ。
純矢は布団をしっかりと肩口までかけ直し、開いていた隙間をきちんとふさいで
その横にごろんと寝そべった。
「・・・でも今日の予定あいちゃったな」
「・・・すま・・」
「いいよ。別に気にしてない。
行けないなら楽しみが先に伸びるから、それはそれなりに楽しいし」
「・・・・・」
落ち込んだような目をするバージルに純矢はふとあることを思い立ち
ごろと一度転がってバージルの近くによると
まるで寝る前の内緒話でもするかのように小さく言った。
「・・昔話しようか?」
「・・?」
「俺が知ってる元人間で悪魔にされた人の話。
どこの本にも載ってない地味な昔話だけど
退屈しのぎと眠気を誘うくらいにはなるぞ」
バージルはちょっと考えて
それが何のことか思い当たり、軽く目を見開いた。
それはきっと世界でもほとんど誰も知らない昔話。
知っているとしても断片的に、この東京に存在する数体の悪魔達と
海の向こうにいる自分の片割れしか知らない話だ。
「・・・いい・・・のか?」
「ん?何が?」
仲魔達からいくらかの話は聞いているが
純矢はこの東京を再生する前にはあまりいい経験をしてないらしい。
だからその分自分たちに愛情をくれるのだろうと
少し遠くを見るような目で話したのは一番人に近く見える鬼神だったはず。
「・・か・・さんは・・」
あまり昔のことを思い出したくないんじゃないのかと言おうとしたが
それはぽんとあやすように布団を叩かれて言えずじまいになった。
「まぁ確かに嫌なこともあったけど
でもその分いいこともあったから俺は気にしてないよ」
「・・・・・」
「それに・・・その昔話がなければみんなとも会わなかったし
バージルさんとも会わなかっただろうからね。
だからプラスマイナスゼロだ」
そう言って話す母の目は歳に似合わずどこか落ちついていて
一体どんな経験をしてきたのか、どんな目にあってきたのか分からないが
穏やかで澄んでいて、そして優しかった。
「・・・・・さん・・」
「ん?」
「・・・聞かせてくれ」
純矢は小さく笑うと手近にあった座布団をたぐり寄せ、簡単な枕を作ると
ある日いきなり悪魔にされて、たった1人で砂の世界に放り出された
ある人間の話を始めた。
バージルは黙って聞いていた。
純矢は先生の見舞いに行って受胎に巻き込まれた事から
今までにあったことをちょっと昔話風にアレンジして話して
少しづつ分かりやすく語って聞かせた。
バージルは無言で聞いていたが
やはりさすがに第3カルパの話になると不機嫌な顔をする。
けれど純矢はそれに多少のフォローを加えつつ話をし
東京を再生した事までを話し、最後にダンテと別れた話をして
おしまいと締めくくる。
そしてバージルは・・・
まず枕元にあったティッシュに手を伸ばし
今までかまなかった分の鼻をいっきにかんだ。
ついでに我慢していた咳も全部出す。
そうして落ちついたところで、何を思ったのかこう聞いてきた。
「・・・母さんは・・・今・・幸せか?」
それはおそらく昔がそんな波瀾万丈な状態だったのなら
今の状態には満足しているのかと聞いたつもりなのだろう。
純矢は寝転がったままでちょっと考えた。
「そうだな・・・幸せとかどうとかあんまり考えたことないし
これから先もどうなるかもよく分からないから
あんまりハッキリした事は言えないけど・・
今の所は・・・まぁ・・幸せ・・・かな?」
それは確かにハッキリしない答えだが
そのあいまいさというか無欲さがこの少年をあの世界で生き長らえさせた
いくつかある理由の1つなのかも知れない。
「そう言うバージルさんは・・・あ、今風邪中だからダメか」
「・・いや・・・そうでも・・ない」
「え?だって咳も出るし熱もあるし、身体もだるいから辛いだろ?」
「・・・・だが・・か・・っ・・」
そこで軽く咳き込んでバージルは次の言葉をつなげようとした。
純矢はそれを辛抱強く待っていてくれたのだが
しかし考えてみればそれはかなりありきたりで恥ずかしい台詞なのを思い出し・・
「・・・いや・・・なんでもない・・」
と、何でも言う彼にしては珍しく、発言を途中で中止した。
「?・・・だが・・・なんでもないのか?」
魔人は答えず、こちらに背を向けて丸くなる。
何を言いかけたのかちょっと気になるところだが
大人しく寝てくれるのならそれ以上わざわざ追求する必要もないだろう。
「ま、いっか。とにかくお話はこれで終わりだ。
後はちゃんと寝て、明日くらいには治ってるように」
ぽんぽんと布団の上から肩をたたき
純矢は手を伸ばして近くにあった本棚から適当な本を出すと
元の位置に戻って読み始めた。
どうやら寝付くまではちゃんとそばにいてくれるらしい。
バージルはそれを背中で感じながらホッとしたように目を閉じた。
確かに生きていると色々と辛い事に遭遇する事もあるだろうが
その時には母が近くにいてくれるから・・それはそれで幸せだ。
などと言うには少し照れがあったらしく
普段は顔色の白い魔人の顔は、熱とは別の理由で赤くなっていた。
それを隣の部屋で聞いていた父が折れんばかりに愛刀を握りしめ
その愛刀にやめろ馬鹿という意味なのか、落ち着け馬鹿という意味なのか
どすとアゴを突くことで抗議されたり
石の幽鬼に足をつつかれてたしなめられていたりするのだが
しばらく部屋には小さくページをめくる音だけが響いていた。
「バージルさん、お昼だよ。
梅がゆなんだけど・・食べられる?」
「・・・・・」
「え?無理?」
「・・・・・・・・」
「・・・あ、そゆこと」
ちゃんと起き上がっても手を出してこないと言うことは
つまり食わせろと言うことだ。
「意地っ張りなのか甘えたなのか・・一体どっちなんだか」
「・・・・・」
一さじすくって口に入れてやりながらため息を1つ。
「・・・・」
「熱い?」
「・・・いや・・・」
「だって今顔しかめたろ」
「・・・・・・・・・」
「・・・参りましたよ、もう・・」
熱かろうがなんだろうが、とにかく食わせろという無言の視線に根負けし
純矢は次の分をすくってふ〜と冷まし
「ほら、おとっつぁんあ〜ん」
ヤケになったのか定番の台詞を言いながらそれを口に入れてやる。
しかしバージルもバージルで・・
「・・・いつも・・・すまないねぇ・・・」
「・・なんで知ってるんだよバージルさん」
「・・・何度か・・見た・・」
「そういや時代劇好きだっけ」
「・・・・・」
「・・ん?あぁ、そっか。
『それは言わない約束でしょ』?」
「・・・・・」
「・・・ひょっとして気に入った?」
「・・・・・・少し・・・」
そんなこんなで、かつての波乱をなんとか生き抜き
今でも結構波乱な人生を送っている少年は
たくさんの悪魔達や、手のかかる大きな息子や
それを変な方向に見守っている父などと一緒くたになりながらも
まぁまぁそこそこ
平和で幸せに暮らしている。
すっかり話がそれた風邪話。自分的にはノーマルだと思うんですが・・・。
しかし書いてるうちに父がどーーしても暴走するんで
最後のストッパーとして物言わぬ刀にまでご足労いただきました。
でも物言わないから楽。
あと最後のネタは若い人に分かるかどうか心配だ。
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