とある夜・・といってももう朝という時間帯になったころの事
バージルは唐突に、ぱちりと目を覚ました。

別に何か物音がしたわけでも何かの気配がしたわけでもない。
ただ何となく目が覚めたのだ。

首をひねって部屋にあった時計を見ると、まだ起きるには早い時間で
窓を見るとまだ太陽も昇りきっていないのか外はうす暗い。

いつものクセで枕元にあった閻魔刀を掴みながら
バージルはむくりと身を起こし、念のため周囲の気配を探る。

しかし別に何も変わったことも気配もなく
自分がいきなり目を覚ますような要因はどこにも・・・

「・・・・・」

いや、1つある。
今まで温かかったが冬が近づいて来ているせいか
薄い布団一枚では少し肌寒いのだ。

バージルは自分の腕を少しこすって体温を上げようとしたが
それくらいで暖まるなら苦労はない。

どうするかと思ってふと横を見ると、ベットと盛り上がった布団が見えた。

きっとあの中は温かいのだろうが、以前勝手に潜り込んで怒られたことがあるので
さすがに同じ事を繰り返すにも抵抗がある。

バージルは黙って膝立ちになり
寝こけている母の顔を無言でのぞき込んだ。

起こして事情を話せば入れてくれるかもう一枚布団を出してくれるだろうが
よく寝ているところを無理に起こすのはためらわれる。

昔の彼ならそんな遠慮などせず実力行使でもなんでもしただろうが
あいにく今はそうはいかなくなった理由が彼の能力の中に存在した。

『母の名に誓って』

これはジュンヤには詳しくわからなかったスキルだったが
簡単に言うと母(ジュンヤ)の名において無益な殺生や無慈悲なる行動
つまり横暴な行動が優しい母の名において抑制されるもので
戦闘にはまったく必要ないスキルであるものの
この平和な東京で生きて行くにはそこそこ重要なスキルだ。

そんなわけでバージルはちょっと困った。
寒いので眠れないが、布団を出すにも場所がわからず
潜り込もうにも前にやって怒られた前例があるのでそれはマズイ。

閻魔刀片手に腕を組んでバージルは考えた。

でもそのパジャマはよく寝れるようにとのつもりなのか
青地に丸っこい羊がころころ散らばっているのでちょっと間が抜けている。

・・・庭で稽古でもすれば暖まるだろうか。

そう思ってバージルは母を起こさないように足音を忍ばせそっと部屋を出た。
片手には刀を持っているので少々物騒だが
本人はまったく気にせずひたひたと階段を下りる。

家は以前まで毎日雨戸を閉める習慣があったのだが
今はほとんどの戸や窓は鍵もかけずに開け放されたままだ。

何しろ今通り過ぎた部屋の床の間には
一見ただの石に見えるが実は元はかなり大きい幽鬼がいて
しゅると出した触手の先についた目をぱちくりさせていたり
廊下にあった止まり木には外敵の進入に警告を発してくれる妖鳥がいたりするので
あまり厳重な用心がいらないのだ。

バージルはこちらを見て何か言いかけた妖獣の口をはっしとつまみ
静かにしていろ、と口の前に指をあてて庭に向かう。

その庭にもまだ普通の犬にしか見えないが
実はかなり大きい地獄の番犬がいて・・・

「・・・・」

ふとそこでバージルは足を止めた。
そう言えばアレは寒さと水に弱く暑さに強いと
話していたのを聞いたことがある。

バージルはそのまま少し考えて再び庭に足を向ける。
だがその目的は当初とはちょっと変更されていて
彼が部屋に戻ったのはそれからすぐの事だった。




「・・・ん」

カチ

純矢はいつも通りに目を覚まし
枕元にあった目覚まし時計の針を確認し、タイマーのスイッチを切った。

以前バージルに破壊された事もあって
あれからベルが鳴る前に起きる習慣が付いてしまい
それはそれで健康的だが、純矢としては何か納得がいかない。

ともかく純矢は身を起こして横にあったカーテンを開けて
下で寝ていたバージルに声を・・・

「・・・・」
「・・・・」

かけようとして、そこにいたケルベロスと目があった。

「・・・なにしてるんだケル」
「・・・見テノ通リダ」

見ての通りとはつまり・・
カイロか湯たんぽの代わりなのだろう
入りきりもしないのに布団に入れられ、窮屈そうにしている状態のこと。

そう言えば起き上がってみてわかったが今朝はちょっと肌寒い。

あぁそれでかと純矢はあっさり納得した。

「・・・そっか、今朝冷えたし毛布の場所を教えてなかったからな」
「・・・納得スルノハカマワンガ・・早ク起コシテクレ。狭クテカナワン」
「わかったよ」

そう言っていても自分で起こさず、逃げもしなかったと言うことは
窮屈だったにしろケルベロスも寒かったので暖まるには丁度よかったのだろう。

「バージルさん、起きて。ケルが起きたいってさ」

そう言って肩をゆすると一度しっかり目を覚ましていた魔人は
今度はかなりゆっくりと目を開ける。

「ごめん、寒いならそこに毛布入ってたから
 使ってくれればよかったんだけど・・場所教えてなかったね」

寝ぼけ眼のバージルはむくりと起き上がり
しばらくぼーっとしてから、あぁそういえばそうかと
所々寝ぐせのついた頭をかく。

純矢は押入から大きめの毛布を出して
まだぼんやりしているバージルの脇に置いた。

「じゃあこれ、バージルさん用のにしとくから。
 今度から寒くなったらこれで・・・って、バージルさん聞いてる?」

しかし2度寝をしたせいかその目はまだうつろなままで
放っておいたら目を開けたままでも寝てしまいそうだ。

「・・・ケル、ちょっと離れてろ」

慌てたようにケルベロスがその場を離れた直後
純矢が瞬時に悪魔化し、その手がぶんと横に振られた。


ずばん!!


!!

自分の周りのみに起こった爆音にバージルの目が覚醒する。

これは最近ジュンヤが真空刃を改良して作った技で
周囲にあまり害を出さず一定範囲だけに大きな音を立てる変な技だった。

一応威力はないように調節してあるので
音と雑誌で殴られたような衝撃以外にはほとんど害はない。

「・・起きた?」
「・・・・・あぁ」

多少荒っぽいとは言え
本物の真空刃をくらわしてたダンテよりは遙かにソフトだ。

「そんじゃ寒くなってきたから毛布ここに置いておくよ。
 好きなように使っていいから」
「・・・・・」
「・・・そんな目しても駄目。ベット狭いんだから2人は無理」
「なら母さんがこっちに入・・」
「どのみち布団のサイズで駄目だってば」

今までの事情が事情というのもあるのかもしれないが
でかい魔人の親離れはまだまだ先が見えていない。

「・・主、ヨケレバシバラク我モココニ待機シテイテモイイカ?」
「え?」
「最近冷エルノデナ。夜ト朝ハスコシ外ニハイヅライノダ」
「あ・・そうか」

ボルテクスには四季がなかったので気にならなかったが
そう言えばケルベロスは寒さには弱い。

「・・じゃあケルは暖かくなるまでバージルさんの暖房係をしてもらおうか」
「?・・主ハ寒クナイノカ?」
「俺は別に寒いのは何度も経験してるから平気だよ。
 それにここ(ベット)は俺の絶対領域だから俺以外入るの禁止」

それは冗談なようだか本当の話だ。
なにしろその一見なんの変哲もないベット
純矢が初めて自分のお金で買った大きな買い物なので特別思い入れがあり
今まで家の中で自由に歩き回って良いと言われたケルベロスでさえも
乗ってはいけないと言われた物なのだ。

とにかく主と一緒に寝れないのは残念だが
距離はかなり近くなるのでケルベロスは納得した。

「・・ソウカ。ナラバシカタナイナ」
「だから母さんがこちらに来れば・・」
「・・バージルさん、いい加減に1人で寝れるようになろうね」

無意識なのかワザとなのか、何度別部屋に布団をしいても
次の朝には必ずここに転がってる魔人の頭を
純矢は軽くぽこんと叩いた。



そうして次の日から天然湯たんぽと毛布のおかげで
バージルは寒さのあまり目を覚ますことはなくなったが
そのかわりにしばらく朝の寝床と外の寒暖差に戸惑うことになり・・

布団から出れなくなってヤドカリ状態になったり
寝ぼけ眼で歩いていて階段からころがり落ちたり
開いていないドアやフスマに激突してドアやフスマの方を破壊したり
歯磨き粉と洗顔フォームを間違えて大騒ぎになったりと

バージルは寒い日に慣れるまでのしばらく
自覚はないが漫画のような行動をして
純矢ばかりでなくケルベロスまで一緒に手を焼いたとかなんとか。








寒くなってきた時になんとなく書いた季節ネタ。
で、またネタ提供に常連さんのメッセをちょっとだけ参考にさせていただきました。
怒ってません?怒ってませんよね?と逃げ腰になりつつ感謝です。


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