フトミミはジュンヤと同じく、外見は悪魔と言うよりは人間に近い。

いやタトゥーのない分ジュンヤよりも人間に近い。
むしろ顔色がちょっとさえない事を除けばその外見は人間そのものだ。

まぁ彼は大元をたどれば元は人の感情から生まれたマネカタなのだし
その中でもちょっと特殊なマネカタだったのだから
悪魔と言うには少し遠く、限りなく人に近い鬼神と言った方がいいかもしれない。

・・前置きはさておきつまり何を言わんとしているかというと
フトミミは仲魔の誰よりも人の世界の順応が早かった。

朝、新聞配達(日によっては牛乳配達も同時進行)に始まり
昼はコンビニの店員スーパーのレジ係本屋の店員パン屋の従業員
夜はレンタルビデオの店員カラオケボックスのアルバイトなどなど
彼はできるバイトはなんでもかんでも、片っ端から何でもやった。

普通そんなことをしたら一週間もしないうちに体力切れになりそうなものだが
あいにく彼は人間ではない上に身体は仲魔内ではかなり頑丈な部類になるため
その心配はまったくない。

その気になれば24時間どころか1週間働けたりすることも可能だが
それはさすがに怪しまれるので実行した事はない。

彼の一応の主人である純矢に迷惑がかからないように
ちゃんと朝にはご近所さんと挨拶をかわし
夕方か深夜にはちゃんと家に戻ってくる。

土日には姿を見せないがそれはお休みでどこかへ出かけている・・
と思われているが実はそう見せかけてちょっと遠いところでまたバイトをしていた。

とにもかくにもフトミミは仕事が好きだ。
朝ご飯と夕ご飯はちゃんと家で取るようにしてはいるが
やはり家にいる時間よりも彼の生活時間の大半はバイトだった。




「・・しかしお前はどうしてそうあれやこれやと次々に手出しをしたがる。
 それほどの意欲と能力があればそれなりの地位も信頼も得られるだろうに」
「そうは言っても私が欲しいのものはお金を出して買えるものや
 地位とか名声や楽して暮らせる場所ではないのでね」
「今さり気なく社会構造を批判しましたね」
「はは、それも私が固定された地を嫌う理由の1つだ」

などとサイバース社内のとある休憩所で
ゴミ回収をしている業者さんと社長風の男とその秘書っぽい女が
見た目にお互い無関心そうにそっぽを向いたままそんな会話を交わす。

言うまでもなくがさごそとゴミを回収しているのがフトミミ
社長風で突っ立ったまま渋くコーヒーをすすっているのはミカエル
そのそばで優雅に手帳を見ているふりをしているのがサマエルだ。

「つまりは質よりも量を選ぶという事か?」
「それもあるが理由は他にも色々ある。
 説明すると少し長くなってしまうけれど・・いいかな?」
「・・いや、いい。問題なくやっているのならそれに越したことはない」

そう言ってミカエルは飲み終わった紙コップを渡す。
人ではない鬼神とは言え、この男はジュンヤの相談役も務めていた事があり
なおかつ今現在最も人の世界に適応している仲魔なので
放置していても問題を起こさないし信頼が置ける。

「それじゃ、しばらくはここに出入りするかもしれないけど・・」
「わかっている」
「お互いに」

3人共あまり目立たないようにするという習性からか
さりげなくそれだけを見た目には無関心そうに言い合い
フトミミは大きなゴミ袋をかかえ掃除用カートを押しながら去っていった。

しばらくして残されたミカエルは
サマエルから少し離れた所に腰を下ろす。

「心配ですか?」

しばらくして手帳から目を離さないままサマエルが聞いた。

「・・いや。あれは我らの誰よりも人の世界に適応しているのでそれはないが・・
 逆に言えばその問題のなさが少々不気味に思える時がある」

無表情に字を追っていた青い目がふと前を見上げた。

「・・・元はマネカタ、そしてその前はアマラ深部の思念体、その前は人間。
 彼は私達の中でも色々と特殊な前例をお持ちですから」
「それは分かっている。だが・・」

自動販売機をながめながら社長のような大天使は
ふうと渋いため息をもらす。

「私が信頼しながらもあれを不安に思うのは・・・
 なまじあれが人に近く、それゆえに曖昧で底の見えない
 主とはまた別の・・表に出る事のない隠れた部分なのかもしれんな」

サマエルはしばらくミカエルを凝視したが
それには答えず、再び手帳に目を落とし黙って字を追い始める。

しかし黙ってはいたが、それはサマエルなりの無言の肯定の仕方だった。





ビル清掃が終わると次は間髪入れず近くのコンビニの臨時バイト
その後は時に運送屋の手伝い、時には弁当工場、時にはレストランのウェイター
体力と経験が豊富なだけあってフトミミはどんな所でもうまく立ち回り
毎日来なくてもピンチの時にいれば5人分くらいの仕事を平気でこなすので
どこでも臨時バイトとしてはかなり重宝されていた。

もちろんその中では正規の社員か店員としての話も上がったが
フトミミはそれを全て丁重に断っている。

理由はいくつかあるがその全てはまだ誰も把握していない。

もちろんあまりそうは見えないが彼の主人でもある純矢も同じだった。

「・・それにしてもフトミミさん、毎日楽しそうにバイトするんですね」

いくら忙しくても絶対にとる家での夕食で
必要はないが食事をちゃんとする鬼神に感心したような声がかかる。

玉子焼きをハシで半分に切りながらフトミミは笑った。

「そう見えるかな?私は別に普通にしているつもりだけれど」
「実際仕事をしてるのを見てるわけじゃないけど・・そう見えます」
「そうだな、人の世界の仕事というのは悪魔と戦う時のような緊張感はないけれど
 それとは違ったものが見れて楽しいには楽しい」
「違ったものって・・何ですか?」

しかしフトミミは答えず素早く残っていたおかず類を口に詰め
音も立てず食器をまとめると口の中のものを噛みもせず一飲みにして

「それは高槻が社会へ出てからの楽しみにしておいた方がいい。
 それじゃ行ってきます」

と、何やら意味深な言葉とさわやかな笑みを残して
食器を流れるような動作で台所へ持って行き
聞き返す間もあたえず風のように行ってしまった。

その一連の動作の速さもウエイターやらなんやらを数多くこなした結果なのだが・・

「なんか・・・フトミミさんって俺より先に
 社会人として世間に溶け込んでるような気がするんだけど・・」

俺元人間なのに、その俺の方が置いて行かれてるなぁとちょっと哀愁にくれる純矢の足を
分けてもらった玉子焼きをほおばるケルベロスが
まぁそう気にすんなというつもりでぺそと叩き
それをふりかけご飯を手にしたままのバージルが不思議そうに見ていた。




そんな最も人間世界に順応したフトミミだが
実は彼にはまだもう一つ、純矢に知られていない顔がある。

いや、別にそれは夜は別の顔を持っているとかそんな物騒なものではなく
それはちょっとした拍子に表に出てくるだけで
別に隠しているというわけではない。

これも滅多にある話ではないが、今日はたまたまそれと遭遇した。

それは深夜のコンビニでバイトをしていて
裏手の人気のないところでゴミ集めなどをしていた時のこと。

「・・・?」

暗い中の人の気配にフトミミは手を止めてそちらを凝視する。

男が2人、闇に紛れるような色合いの服を着て
帽子を目深にかぶり、こっちを見ている。

それは闇に紛れているつもりなのだろうが
彼は悪魔なので夜目が効くためあまり意味がない。

こんな裏口に客もないだろうしそんな格好でこっちを見ているなら
考えられる事は1つしかないだろう。

そう言えば最近ここ近辺で小さな窃盗やひったくりが頻発しているとかで
注意するようにと巡回の警察官がやって来て話をされたが・・
どうやらたまたまフトミミの所に当たりが来たらしい。

もっと大きな稼ぎが欲しくなったか
それとも自信をつけてもっと大きな事をしたくなったか。

のんきにそんな事を考えていると男達はポケットに手を入れたまま
もしくは長い棒のような物を持って無言で近づいてくる。
こんな人気のない場所でこんな状況では
それが何であるかは考えるまでもない。

「あいにく私は金庫の場所も番号も知らないんだが・・」

だがそんな冷静な言葉に男達は一瞬足を止めたくらいで再びこちらににじり寄ってくる。

あぁ、人間でもこういった何かを狙う所は
少し悪魔に似ているなとフトミミはのんびり思う。

それはこちらを脅すかどうかして強盗
もしくは暴力で黙らせて金をあさるつもりなのだろう。

しかしフトミミはもちろんそんな悪事に付き合ってやる義理など
元から爪のアカほどもなかった。

無言で振り下ろされた鉄パイプらしき物をひょいと横にのいて避け
その腕を片方とって痛い方へとねじり上げる。

もちろん加減はしている。
だがそれは悪魔である彼の力からしての話であって
その力は人間にすれば万力のような強力な力だ。

男からまだ若いと思われる悲鳴が上がり
もう1人いた男が慌てたようにポケットから手を出して殴りかかってくる。
その手にあったのは暗闇でちらりと光った折りたたみ式のナイフだ。

だがそれを確認したフトミミの目つきがほんの少しだけ変わったのを
慌てていてまだ経験の浅いのだろう若い男達は気がつけなかった。

掴んでいた男の腕をさらにひねって地面に叩きつけ
そこからさらに身をかわしてナイフをよける。

だがおその拍子に腕の裏がほんの少し斬られ
爪でひっかいたような浅い切り傷ができた。

しかしそれはワザと。
本当ならこんな気の動転した攻撃などくらわないし
こんな攻撃など本物の悪魔の攻撃に比べれば蚊に刺されるのと大して変わりない。

だがこちらの世界は法律やらなにやらが厳しいので
そんな事は滅多にないだろうが、一応戦闘のような事になったとしても
まず自分から手を出してはいけないという決まり事が仲魔内ではできていた。

ほんの少し斬られた腕を見ながらフトミミが小さく笑う。

「あぁ・・切れたじゃないか。制服もここも」

そしてその直後、いつもは人の良さそうな温和な笑みが
人を見る目がない者ですら震え上がりそうな
まるで虫を見る蛇のような、無感情で冷たく鋭い目に変わった。

「正当防衛成立だ」

その突然感じの変わった無機質な物言いに
武器を持っていた男達が動揺する。

男達は気付いたのだろう。
一見ひ弱そうに見えはするが、これは狙ってはいけない相手だ。
この相手は決して踏んではいけない地雷のようなもので
手出ししなければ害はないが、一度踏んでしまうと取り返しがつかない相手なのだ。

しかし気付いたときにはもう遅い。
尋常ではない速さで腕が伸びてきたかと思うと
ナイフを持っていた方の男が体格のあまりよくないフトミミに
ものの1秒もかからず強力な力で地面に倒され
その背中を石のように重い足でどんと押さえつけられる。

もう1人いた男も逃げようとはしたが襟首を片手で掴まれると
たった腕一本だけで全身をぶんと棒のように振り回され
近くにあった壁に叩きつけられ、続けざまに足首を踏みつけられた。

もちろんそんな事をする力は人間のものでないため
踏まれた足はとても綺麗にあらぬ方向へ曲がってしまい
もう自力では到底使えなくなっている。

悲鳴を上げて這いずる男に
フトミミは笑っているはずなのに感情のまったくのっていない
能面のような不気味な笑みを向けた。

「まだやるかい?そうするともう逃げるための足がもう一つなくなってしまうけど」

それを聞いた男は轢き殺されかけたような悲鳴を上げ
仲間を置き去りに片足と両手を使って必死で逃げていく。

「・・あぁ、でもあの様子だと腕だけでも逃げることはできるか」

まるで昆虫採集でもしているかのような口調に
残された男は震え上がった。

そしてその悪い予感はちゃんと的中して
ついさっきまで持っていた自分のナイフが目の前で白い手に拾い上げられ
すっと音もなく首に当たる気配し、押さえつけられた首から潰れたような悲鳴が上がる。

「何を怯えるんだ?こういった物を持ち出すということは
 それなりの覚悟をして来たという事だろう?」

今まで脅し目的でしか使われた事のない刃がつうと皮膚の上をすべる。

それはナイフを熟知していないと出来ないような、かなりギリギリな力加減で
皮膚を切るか切らないかの微妙な所でゆっくりと移動していく。

「ナイフというものはね、脅しという目的にも使えるが
 やはり何かを切ってこそ価値のあるものなんだよ」

そしてようやく冷たい感触が首を離れたと思った次の瞬間
地面にあった男の指の間ギリギリの所にがんと鋭い刃が突き刺さる。

「武器というものは大体そうだ。
 持っているだけでは満足できず、いつか必ず使いたくなってしまう。
 君は私にこれを向けた時点でわかっていたはずだろうに」

などとのんきに話している間にも、まだ一度も血を流していない安物のナイフは
手の間ギリギリをがっがっと固い音を立てて移動していく。

もちろんその力加減は人のものではないので
突き立てるたびに地面が削れていき、綺麗だった刃先が徐々にこぼれていく。

男からはもう悲鳴も上がらない。
いっそひと思いに刺してくれれば痛みで声が出たかも知れないが
フトミミは純矢や仲魔以外にくれてやる慈悲は持ち合わせていなかった。

さてどうしてくれよう。

非力な身で非力な道具を使い
たかが金銭のためだけに身の程知らずにも自分を狙った事
どれほど激しく後悔させてやろうかと思惑はふくらむが・・。


しかしここは東京。
彼の再生させた都市。
こんなゴミでもやはり元からあったもの。


フトミミは無機質な表情をふっといつもの温和な表情に戻し
強烈な脅しをかけ続けていた刃先を最後に相手の耳元に突き立てる。

その拍子に安物だったナイフは
その力加減に耐え切れずパキンと音を立てて折れた。

押さえつけていた身をどけると
男は悲鳴のような絶叫のような声を上げて転がるように逃げていく。

「あ、忘れ物だ」

フトミミはそう言ってナイフの折れた部分と柄の部分を
男のポケットに手慣れた動作で投げつけ、それはきっちり正確にそこへ収まった。

きっと後から見つけて手を切ったりして驚愕するに違いない。

それから少ししてフトミミが後片づけをしていると
今の声を聞きつけたのか店長が出てきた。

変な声がしたので何かあったのかと聞かれるとフトミミは笑って・・

「いえ、ちょっと発情期の野良猫と遭遇しまして
 近づこうとしたら少し引っかかれたんですよ、ほら」

などといろんな算段をしてワザとつけた切り傷をまくってみせる。

普段から真面目で勤務態度もいいフトミミなので
店長はそれをまさか強盗を脅すためにつけた口実の傷などとは夢にも思わない。

人のいい店長は災難だったなと笑うと、手当をするから中に入りなさいと
実は結構恐ろしかったりする人の形をした鬼神を中に招き入れた。





それから数日後、とある屋台。

「ういーすこんちは、おやじさ・・あれ?」
「いらっしゃい」
「あれ?あんた・・この前おやじさんの手伝いしてた兄ちゃんだろ?」
「今日おやじさんは?」
「それが今日は風邪でダウンしてまして私が代打で出てるんですよ」
「はぁ・・ここんところ寒かったからね。
 えーと・・とりあえずビールとちくわと・・」
「スジですね。そちらの方はたまごから・・でしたか」
「お、もう常連の好みまで覚えたのか?」
「なれた様子でしたので覚えておきました。はいどうぞ」
「はは!若いのにしっかりしてるなぁ」
「しかし兄ちゃん、若いのにこんな遅くまでよく働くねぇ」
「いえ、ここで働くと色々と経験になることも多いので」
「はっは!こんなオッサンどもの話相手が楽しいってのかい?」
「えぇ楽しいですよ。むしろこういった場所でしか聞けない話なども
 お酒の勢いでたくさん見たり聞けたりしますしね」
「おう、言うねぇ。じゃあ会社や上司の愚痴とかでもOKかい?」
「もちろん。どんなお話でも無駄になる事はありませんよ」
「じゃあ聞いてくれよぉ、実は俺の上司がさぁ・・」
「あぁところでよ、この辺であった若い奴の強盗犯みたいなのが
 自分から警察に駆け込んで捕まったって話があるんだけど
 兄ちゃんの所は大丈夫だったのか?」
「・・さぁ?私の所は平和そのものですからね。
 そんな物騒な話はあまり聞きませんが」
「そうなんだよな。最近どこもかしこも物騒で困るんだよ。
 で、その若い連中、どう見ても人間じゃできなさそうなケガしておいて
 コンビニの店員に素手でやられたとかなんとか言い訳したり
 もう1人は意味不明の事わめいて精神病院送りになったって噂なんだと」
「へえ?」
「大方バイクで信号無視でもしてトラックとぶつかりでもしたんだろうよ。
 ・・まったく近頃の若い奴らの考えることはよくわからん」
「ははは、それは確かに物騒な話ですね」
「もう捕まったからいいようなもんだが
 兄ちゃんみたいな人の良さそうなのは狙われそうだからな。気をつけなよ」
「わかっています。十分気を付けますよ」




そして人であるようで人ではなく
ほんのちょっとの二面性を持ち合わせた人型鬼神の視線の先には

今日も東京という小さくも広い砂漠の中を生きている
非力で強欲で哀れで、そして星の数ほどの色々な顔を持つ
人間達がうつっている。







ってな感じでフトミミさんは普段こんな感じ。
バイトしつつ人間観察をしてコネを作ったり情報収集したりするのが
ライフワークだとでも思っておいて下さい。

あと普段は人畜無害ないい人ですが悪人には容赦ありません。
ナイフを見ると人が変わるのは大元のせいってことで。



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