「念のために聞くけれど・・本当に行くのかい?」
「予約したのは今日だろう」
「それはそうだけれど電話して明日に変更してもいいのでは?」
「こういった事は早い方が良い。
それに1人で買い物に出ることは初めてでもない」
「でもケルベロスなしで行った事はないだろう。迷子になったりはしないか?」
「道は覚えた。地図も持った。心配ない」
などと色々心配するフトミミに淡々と答えながら
バージルは黙々と出かける仕度をし玄関で靴を履く。
何をしているのかというと・・別に何のことはない。単なるおつかいだ。
いや、おつかいといっても買いに行く品自体はバージルの所望した物で
それをフトミミが探して電話で予約し
受け取りに行くのがバージルになるだけの話・・なのだが・・
「それにこれは元々俺の言い出した話だ。
これ以上は1人でやらねば意味がない」
「強情・・いや、頑固だなぁ」
こういった所は部分的に再生の母似だなとフトミミは苦笑する。
バージルが言い出した話というのは別に大した事ではない。
ただ単に純矢を喜ばせたいという事から今回の話は持ち上がった。
相談を受けたのはブラックライダーだが
ブラックライダーの話によると純矢はケーキが好きなので
どこかいい店はないかと考えた時、この辺りの情報に詳しい
この鬼神に白羽の矢が立ち、そして良い店と良い品があるので予約を入れ
今日がその受け取りの日となっているのだが・・。
まぁ本人にそうまで言われてはもう止めることもないだろうと
フトミミは肩をすくめて自分がいつも持っている物とは別の携帯を1つ差し出した。
「一応持っていくといい。いや、使う必要はないかもしれないけれど
こちらから緊急の連絡が必要になるかもしれないからね。
使い方はわかるかな?」
「鳴った時にここのボタンを押す・・か?」
「うん、それでいい。
で、しつこいようだけど本当に行く気かな?」
「行く」
「・・・ま、いいか。じゃあ気をつけて」
「行ってくる」
ガラララー
どざアアアアー
だが玄関を開けた瞬間見えたのは滝のような豪雨。
フトミミが散々行くのかどうとか聞いていたのはこれが原因だ。
この雨では水嫌いのケルベロスは同行できないし
こんな傘をさしていてもびしょぬれになりそうな雨の中
わざわざ大事な物を受け取りに行くにもどうかとも思うのだが・・・
「えー・・・・それと最後に聞くけれど・・」
「くどい」
バージルはぴしゃりと言い放って紺色の大きな傘をぼんと広げた。
ざぶざぶざぶざぶ
道は激しい雨に排水が追いつかず、歩くごとに水をかき分ける音がするが
バージルは靴の中まで水が入るのもかまわず、ただ黙々と歩いた。
濡れたからといって別に大きな問題はない。
今の時期なら風邪もひかないだろうし
ちょっと靴の中が気持ち悪いのを我慢すればいいだけの話だ。
とにかく指定された場所に行ってちゃんと品物を持って帰ってくれば
ずぶ濡れになろうが排水溝に片足突っ込もうが
車に撥ねられようがバージル的にはかまわなかった。
ちなみに上にある例は全て前例があり
さらに最後のはまともに衝突したというのに
ダンテ並みの頑丈さから加害者とポリスメンを煙に巻くのに
サマエルが苦労したという余談がある。
どざああー
「・・、」
だがそうこうしているうちに普通に歩いているそばから
走ってきた車が水たまりの水を盛大にひっかけて行ってくれる。
バージル少しムッとしたがそれ以上は気にしなかった。
そんな事よりも何よりも純矢を喜ばせる事の方が重要だった。
そう言えば・・・誰かのために何かをするというのは
一体何年ぶりになるのだろうか。
バージルは傘の意味がないくらいに激しくふる雨の中
淡々と歩きながら物思いにふける。
そう言えばその昔、確か生みの母が少し元気のなかった時
片割れと一緒にどうするべきか真剣に悩んだことがあった。
その時は結局散々二人して悩んだあげく結論がでず
本人に直接聞きに行ってそのこと自体が回復剤になり
母にいつもの笑顔が戻ったという事もあったが・・・。
・・・・今考えてみれば少々間抜けな話だが
その時はまぁ子供心というやつで・・・
ずぼ
などと思い出していると片足が何かにはまる。
それは水没して見えなかった道路脇の溝だろう。
バージルは少しムッとしつつそこから足をひっこぬき
脱げそうになった靴をはき直し、取り落としそうになった傘をしっかりにぎって
また何事もなかったかのように歩き出した。
ついでに自分を奮い立たせるつもりで教えてもらった歌でも口ずさんでみる。
「・・・あるーこーあるーこー私は電気ー」
トールに教えてもらった実は子供向けな歌を
そのまんま間違ったまま口ずさみ、バージルは豪雨の中を淡々と歩いた。
ひどい天気で周囲には誰もおらず
なおかつ豪雨の音で他の誰にも聞かれる事がなかったのは
彼唯一の幸運だったのかもしれない。
「・・た・・いや、ごめんください」
カランコロンとドアベルを鳴らして入り
一瞬道場破りのセリフを吐きそうになった口は
なんとか別の言葉に置き換えられる。
しかしこんな雨の中、しかもほぼ全身ずぶ濡れなバージルは
ただでさえ人目を引くのに今日はさらに目立って怖いくらいだ。
店内にいた店員、おそらくバイトだろう女子高生風の女の子が
いらっしゃいませと言おうとして後半が悲鳴になりかけたのは無理もない。
バージルがなんとか濡れずにすんでいた予約の紙を出して
名前と事情を説明しなければ最悪警察に通報されていたかもしれない。
ともかくちょっとおっかなびっくりな店員に品物を出してもらい
支払いを済ま・・
「・・・?」
だが支払いをしようとしてポケットをさぐっても
持っていたはずのそれがない。
他のポケットも探してみたがダメだ。
そう言えば今日の上着は昨日と違うもの。
その時財布は移し替えただろうか?
「・・・・・・・」
不思議そうにする店員を残したままバージルは青を通り越して白くなった。
ついでに時々見ているアニメの歌が頭の中で流れる。
財布を忘れて街へ出るのはまぁある話としても
支払い時にその事に気付くのはとても愉快なんて言ってられない。
・・・あれはただ単に恥ずかしいのを誤魔化しているだけか?
いやそうだろう。普通こんな場面で愉快などと笑っていられる奴の気が知れん。
きっとそうだ、いや絶対そうだ。
今決めた。
などと1人わけのわからないツッコミを心の中で裏手付きでやるが
もちろんそんな事をしていても解決になりゃしない。
だが軽く錯乱していたバージルの背後で
こんな雨の中だというのにドアベルが音を立て別の客が店内に入ってきた。
しかしバージルはそれどころではなくて気付かなかったが
それは客というにはバージルよりも数段にアレだったため
アルバイトだろう店員が今度は本当に小さな悲鳴を上げた。
「君」
背後を取られた事にも気付かなかったバージルの肩が
後からぽんと叩かれる。
いや、それはぽんというよりその手が水を多量に含んでいたため
ドべちゃと表現した方が正しいかも知れない。
白くなっていたバージルが聞き覚えのある声と異様な感触にようやく振り返ると
そにいたのは白い着ぐるみ・・?のクマ?・・のようなもの。
正確には多分ウサギの着ぐるみ身体だけ
頭は多分前壊したから代用のつもりだろうクマの着ぐるみ頭のみを着用し
おまけにこの雨の中を律儀に歩いてきたため全身ずぶ濡れな
クマなのかウサギなのか土左衛門なのか分からない
奇怪極まりない着ぐるみだ。
当たり前だがこんな状況でこんな格好で現れる人物など
思い当たりたくもないが該当するのは1人しかいない。
そしてその身体ウサギ、頭だけクマなヤツは聞き覚えのある声で言った。
「すぐそこでこれを落としただろう。
ダメじゃないかこんな大事な物を」
そう言ってぼったぼたに濡れた手で差し出したのは
稼ぎのある仲魔が週に300円づつ入れてくれたり
家の手伝いをして時々中身が少しづつ増えている
バージル専用の財布。
落としたとは言っているがおそらく家に忘れていた事に気付き
後を追って届けに来てくれた・・・・の・・・だろうが・・。
「小銭ばかりだが大金だろうに。・・とにかく無事に渡せてよかった。
いや、お礼はいらない。今度からは気を付けてくれればそれでいい。
ではもう落とさないように」
クマウサギはたたみ掛けるようにそう言ってまぁがんばれというつもりか
もう一度ぐちゃと肩を叩いて背を向けると
べっちゃどっちゃと濡れた音と大量の水線をひきずり外へと消えていく。
バージルは財布を片手にしばらくそれを見送って
通報しようかどうか大いに迷い、カウンターに隠れながら
受話器に手をかけている店員をよそに
二重の意味で泣きたくなった。
支払いを済ませて外へ出る。
受け取った箱の中身は確認はしていないが
大きさからしてホールサイズのケーキだろう。
濡れないようにしっかり包装してくれたのはありがたいが
多分それはさっきの事を見なかったことにしてくれたと言う意味も
がっちりきっちり丸め込んであるのだろう。
しばらくは出入りできないだろうが、まぁいいかと思いつつ
バージルは財布とかクマウサギの事はなかった事にして
その厳重に包装された箱を持って外へ・・・
ござああぁぁああー
ようとした瞬間から風と風雨が顔にぶち当たる。
少しはマシになるかと思っていた嵐だが
どうらや激しくなるのはこれかららしい。
しかしバージルは気にしなかった。
多少うっとおしいかもしれないが
これを持ち帰った時の母の顔を見るためなら
こんな程度の嵐も風も障害には値しない。
傘はさすと壊れそうなのでそのまま持ち
大事な箱は小脇にかかえて降りかかってくる強い雨にさらされながら
バージルはふんと1人鼻で笑い。
止められるものなら・・止めてみるがいい!
どこにもいない敵に向かって無意味な挑戦状をたたきつけた。
もしこの時この場にBGMが流せていたのなら
某初めてのお使いのテーマではなく
ターミ○ーターのテーマだったに違いない。
ゴオォーーガランガラン!コンカラカン
ゴミ箱のフタ、ビニール袋、からのペットボトル
そんなものが飛んでくる中をバージルはひたすらに歩く。
風圧は気にしなければいいだけの話だが
今持っている物は愛用の刀ではなく衝撃にデリケートなケーキだ。
物を避ける時には持っている箱をあまり動かさず水平に保たなけばならない。
最初は簡単な事だとは思っていたが
武器とは別の物、しかもそれを守って移動するという行為を
あまりどころかほとんどしたことがないバージルにとっては
これは少し難しい行動だ。
せめて向かってくる者が悪魔ならよかったろうが
今の相手は斬れもしない強烈な風と
ぬぐってもぬぐっても視界を邪魔する激しい雨。
・・・まぁこの状況に悪魔がたされていないだけマシか。
バージルは前向き考えて飛んできたどこかのゴミバケツを
がんと無造作に足で蹴り飛ばして軌道をそらせた。
だが歩いているうちに帰りに近道として通ろうと思っていた橋に
なにやら人だかりができているのに気がつく。
見ると集まっているのはどれも土木関係の人間だ。
いくつもの土嚢やバリケードなどを持って皆忙しそうに走り回っている。
まさかとは思うが一応聞いてみると・・。
「あぁ、この橋も堤防ももう古いからね。
水位が上がってきてちょっと危ないから今封鎖したところだ」
え?とは思いはするが、危なくて通れないというのならどうしようもない。
昔の彼なら強行突破でもなんでもしたかもしれないが
今の彼は随分と丸くなっているし手にはちょっと衝撃に弱い物を抱えているため
ここは他の道を探すしかない。
しかしどこを通るべきか。
きちんと包装されているとは言え、あまり豪雨にさらされていると中身が・・・
がさ。
と、その時考えをめぐらせていたバージルの手に何かが押しつけられる。
とっさに掴んでしまったそれは濡れないようビニールに包んだ一枚の地図だ。
しかもよく見ると現在地とここから向こう岸に渡る最短の道が
マジックで書かれてあるではないか。
「おーいトオル!そっちの補強手伝ってやれ!」
「・・!あ、うむ、承知した!」
豪雨の中であまり視界はきかなかったが
どこかで聞いた声と巨大な図体が後を通り過ぎ
呼ばれた方へ逃げるようにそそくさと退散していく。
そんな巨体と古風な口調をしているヤツはそうはいないだろう。
・・・今回の事、全部1人で解決するつもりだったが・・・
バージルは押しつけられた地図を見ながら小さなため息をつき
少し気落ちしつつも気付かないふりをしてその場を後にした。
雨はそれから少しづつながら雨も小降りになり
視界も効くようになって難しいかと思われた帰宅はいくらか楽になった。
だが家ももうすぐというころになってバージルはふと足を止める。
周囲の空気が突然変わった。
それも広範囲。かろうじて帰る場所までは含まれていないようだが
それでもこれだけの結界、しかもどこか禍々しい空間を展開できる者など
この東京内には数えるほどしかいない。
そしてその予想を裏付けるようにして人気の消えた道の水たまり
電柱の影、細い道などから赤い身体に金の首輪という共通点を持つ
街で見かけるわけのない獣達が合計6匹姿を現した。
いつもはワニや蛇やトカゲだったりするそれらは
今回は動きを重視しているためか全てが豹に姿を変えている。
いつも連れている分には一匹足りないが
それは主を乗せてどこかで高みの見物を決め込んでいるのだろう。
バージルは濡れてぐずぐず音を立てるのもかまわず
靴を横に走らせ身構えた。
閻魔刀は持っていない。
今手にしているものは傘一本と衝撃に弱い箱1つだけだ。
しかし武器はなくとも乗り切る覚悟はできていた。
それに実際に見た事はないが
話によるとこの結界の主とこの獣達に物理的な攻撃は通用しない。
向こうもこちらを殺すつもりでは来ないだろうが
あのどう見ても良さげに見えない性格からして
こちらの邪魔をしようとしているのは明白だ。
バージルは走った。
それと同時に赤い獣達が一斉に飛びかかってくる。
なんでケーキ買いにお使いに出たくらいで
暴風雨にさらされ、財布を忘れ、ぐっちょりなクマウサギに財布を届けられ
橋を閉鎖され、先回りで地図を渡され、回り道したあげくこんな戦闘になるのか。
彼に聞けばこう答えただろう。
これもまた俺への試練だろうと。
だがその他の彼を知る者に聞けばこう返ってくるだろう。
血だろ。 (例の弟と父の)
フェイントでかわし、電柱を蹴り、時にはかき消え
それでも持っていた箱は水平に保ったままバージルは走った。
あと少しで家が見える。
雨に濡れたのはこんな天気だ、おそらく見逃してくれる。
今度の事は内緒にしていたので1人で出歩くなと怒るかもしれないが
ちゃんと行って帰ってきたのなら誉めてくれる。
前に立ちふさがっている獣はあと2匹。
大丈夫、落ちついてかわせば逃げ切れる。
誰かのために何かをし、何かを守りながら走る。
立ちふさがる相手を斬り伏せずかわして逃げる。
それはどれもこれも今まで彼になかったことだ。
それは昔の彼からすれば無意味で有益な事など1つもないが
やったことがない分新鮮で難しく、そして楽しかった。
「・・ほう?なんじゃ、主の前以外では鉄面かと思うておったが
あやつめ笑うておるではないか」
人家の屋根の上、降る雨の全て弾き返していたマザーハーロットが
雨と風の中少し楽しそうに走っているバージルを見ながら
隣に立っている初老の男におかしそうな声をかける。
傘もささず濡れて立っているその姿は
結界で隠されていなければ間違いなく水死体か幽霊と見間違われただろう。
男は何も言わずバージルを目で追っている。
一応何かあった時のためについてきたのだが
あの様子ではなんとか家に帰るくらいはできそうだ。
ちなみに今回の事で根回しをしたのは現在地の分かる携帯を渡し
トールに連絡を入れて位置を確認し財布を父に届けさせたフトミミだ。
ブラックライダーはやりたいようにやらせておくつもりだったが
やはりそんなつもりはなくても彼もダンテの兄らしい。
今度からはやっぱり1人じゃなく、こっそりでもいいから誰かを見張りに・・・
びゅう
ばん! どぼん!
「「あ」」
だがそう思っている最中、獣達の攻撃をかわしきったと思ったバージルが
突風で飛ばされてきた看板に横っ面を強打され
その拍子に足を滑らせ、近くにあったドブに落ちた。
普段そこは膝くらいまでしかないが
今は増水して流れは急ではないものの人1人は余裕で飲み込める。
だが背中からドブに落ち全身埋まろうが、かろうじて突き出した手の上で
なんとか箱だけは沈めなかったのは反射神経と根性のたまものだろう。
「・・・・・」
「・・・今のはわらわではない」
何か色々言いたげな目をするブラックライダーに
マザーハーロットが抗議する。
「ぬお?!フトミミ殿!バージルが落ちた!
いや河ではない!近くのドブだ!メーデーメーデー!」
そして下ではやはり様子を見守っていたのだろうトールが
携帯にあせって怒鳴る声が響いてきた。
「・・・うん、まぁ・・・気持ちとしては・・・嬉しいんだけど・・・」
風呂に入れたとはいえ、何とも言えない異臭を残し1人しょげているバージルと
その前に置かれ、持って帰った当人と同じくちょっと臭って
変形して四角をしていない箱を見ながら純矢は心底複雑な顔をする。
その中身も彼の臭さの原因も今フトミミから聞いたが
さすがに内緒で自分を喜ばせようとした努力を怒るわけにもいかない。
だがバージルはさっきから黙り込んだまま微動だにしない。
死守したはずのケーキ箱はドブ臭いわ変形したわで
おそらく繊細であろう中身はさらにものすごい事になっているだろう。
だが純矢はしばらく考えてその箱に手を伸ばしガサガサと開け始めた。
バージルは一瞬制止しようとしたが
だが中から出てきたのは彼の想像していた物とは違っていた。
中にあったのはクリームのホールケーキではなく
個別包装がされているカップケーキ。
もちろん個別に可愛くラッピングされてあるので
最後に受けた衝撃もドブ臭さもそこまでは達していない。
呆然とするバージルに純矢はどことなく困ったような笑いを作った。
「・・えと・・まぁ色々苦労してくれたのは嬉しいんだけど
事前の確認とか・・予定とか・・その・・・
もうちょっとしっかりした方がいいと思・・」
ごん
だが言い切る前にバージルは前のめりに突っ伏し
おでこからちゃぶ台に激突したとても景気のいい音がした。
それは精魂力尽きたというのはこういう事なのだと実感した瞬間だった。
「あ・・いやでもさ、何かしようとしてくれるその気持ちは嬉しいから。
それにここのカップケーキ美味しいけど
俺1人じゃ買いに行くにも恥ずかしかったし・・・」
「う、うむそれに今回の件、特筆して失敗したわけではないのであろう?
無事行って持って帰ってきたのであればそれで完遂したのだから
そう後になって落ち込む事もなかろう」
「そうだね。私もいくつか連絡し忘れた所もあった事だし・・
ほら、そうがっかりしない。ちゃんと1人で行けることは実証できたんだから」
それとなくフォローしてくれる母と仲魔の言葉が余計に痛い。
というか今になって考えてみれば
どう考えてもこれは別の日に落ちついて行けば良かったという自分のミス・・
というかうっかり、もしくはドジ以外の何者でもない。
バージルは腐った。
まだ残っている臭いも手伝って本気で腐れそうなほど腐った。
が。
「でもホント、ありがと。気使わせてごめんな」
ぎゅうと後から抱きつかれてそんな事を言われては
さすがにそれ以上は腐れず、おまけに自分より小さい手に
頭をなでなでされてしまってはもう黙るしかない。
バージルはヤケクソ気味にむくりと身を起こし
「・・・・・・ごめんは余計だ」
ようやく聞こえる程度にそれだけ言って
ちょっと赤くなってそっぽを向いた。
「・・うん。ごめ・・じゃない、ありがとうな」
「・・・・・」
ちらと視線をやると母はいつも通り笑っている。
・・・しかし・・・よくよく考えてみれば別に自分がムキにならなくとも
母はいつもこんな顔を見せてくれていたような気がする。
そう思うとまた腐りたくもなるが、それ以上母を困らせるにも悪いので
バージルは今回の事をでっかいため息1つにまとめ
額を押さえつつ落とす事で終わらせる事にした。
「それじゃあバージルさんの買ってきてくれたこれ、みんなで分けようか。
トール、スパーダさん呼んできてくれ。
えっと、紅茶のはサマエルに取っておくとして
ミカはチョコと紅茶とどっちがいいのかな」
などという声を中心に少しづつ騒がしくなっていく食卓で
バージルはもう一度ちゃぶ台に突っ伏した。
しばらくぼんやりしているとほのかに香るティーカップが目の前に置かれる。
置いた手は血色がなく無言だったためブラックライダーだろう。
それは香りからしてストレートの紅茶。
バージルは目と香りだけでそれを確認していたが
その手が視界から見えなくなる寸前口を開く。
「・・・1つ聞く」
引きかけていた青白い手が無言のままピタリと止まる。
そしてバージルは眉間にシワをよせつつもこう聞いた。
「・・・俺は母さんを笑顔にしたのか
ただ単に笑われただけなのか・・・・一体どちらだ」
少し間をおいて血色のない手がすっと引っ込み
さらに少したってからことんと1つ、目の前に何かが置かれる。
それは純矢が美味しくて質がいいと話していたメイプルシロップのビン。
バージルは黒騎士との付き合いはあまり長くないので
意味は分からなかった。
意味は分からなかったが・・・
なんだか意味も分からずさらに落ち込めた。
ご褒美つけたってことは後者です。
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