ひとしきり笑い合ったボロボロの悪魔2人は
やがてさすがに疲れたのか、笑い声を最後に力のないため息に変換し
一緒になってがっくりと肩を落とす。

連続の戦闘や強敵と戦ったわけでなないのだが
状況が状況だっただけにちょっと変な疲れ方をしてしまったのだ。

「・・とにかく、誰かが迎えに来てくれるまで動かない方がいいですね」
「・・そうだな・・と言いたい所だが、そうもいかない」

そう言ってスパーダは眼鏡を付け直すと
軽く身体を動かし調子を確かめ立ち上がろうとする。
動くなとは言われたがやはりいざという時に動けないのでは困るからだ。

「あ、ちょっとスパーダさ・・」
「・・大丈夫だ」

まず片足、もう片方、地面から手を離し、二本の足で立つ。
そしてそのまま一歩前へ・・

「うわっと・・!」

出ようとした所で足元がかすみ、結局自分より小柄な少年に支えられてしまう。
見ると膝から下が少し透けてかなり力が入りにくい。

「・・やはりダメか」
「わかってるなら無理に動かないで下さいよもう・・」
「・・すまない・・君の連れている悪魔達と違って何一つ頼りに・・」
「それはもういいですから、とにかくしばらく座ってて下さい」

呆れるようにそう言ってジュンヤは自分より大きな身体を支え
なるべくゆっくり地面に下ろしてくれた。

「でもディアラハンが効かないってのも結構不便ですね。
 効けば一発で治してあげられるんですけど・・」
「・・なに、これも自業自得だ。それに気にするなと言ったのは君だろう」
「そりゃまぁそうですけど・・」

しかしそうは言っても目の前で元気がないままというのは
回復第一に考えてきた身としては納得がいかない。

だが素直に休ませるというなら今彼の背負っている剣
フォースエッジの方に戻せば一番いいのだが
まさかジュンヤ1人置いておくわけにもいかないので
スパーダはその最善策をあえて黙っておいた。

だがその時ふと、ジュンヤはスパーダの考えとは逆に
以前やった彼特有の回復方法の事を思い出してしまう。

方法としてはちょっと恥ずかしくて抵抗はあるが
やり方を変えればできない事ではないはず。

ジュンヤはかなり迷ってから上を向き
さらに横とか下とかそこら中に視線を飛ばしてから
一連の動作を不思議そうに見ていたスパーダの前にずいと手の甲を突き出した。

「?・・一体何かな」
「・・・前・・ほら、やったじゃないですか。スパーダさん式の回復の仕方」

スパーダは何の事だろうとしばらく考え、はたと思い当たって目を丸くする。

「それはそうだが・・・しかし、いいのか?」
「・・いいも悪いも・・・仕方ないでしょう?
 顔とか口とかは絶対ダメですけど、その他の所でも大丈夫ですよね?
 はいどうぞ」

さっさとしてくれ、こんな事で手を貸すこっちの身にもなれとばかりに
ジュンヤはそっぽを向きつつ手の甲を押しつけてくる。

しかしスパーダはその手ではなくジュンヤの方をじっと見て
やがて困ったように苦笑しながら首を横に振った。

「・・・いや、やめておこう。心遣いは嬉しいが今回は厚意だけ受け取らせてもらうよ」
「そんな事言ってる場合じゃないですってば。まだ何かあったら危ないですし
 せめてちゃんと動けるくらいにはなってもらわ・・なぁ!?

いきなり出していた手を力一杯引かれ
ジュンヤは受け身も取れず前にあった身体にどんと激突する。

「・・・ジュンヤ君、何か忘れていないか?」
「へ?」

そしてわけもわからず見上げた先には
息のかかりそうな距離にあったいつもとはまるで違う
別の生き物であるかのような鋭い目。

「人との関わりがあり、ある程度の理性を持つとはいえ
 私もやはり古来から存在する純粋な悪魔だ。
 あまり腹がへっている時に甘い顔をすると・・歯止めがきかなくなるぞ?」

痛いほどに手首を掴まれたまま鋭い目に射抜かれ
背筋がまともにぞくりと凍る。

だが次の瞬間、スパーダはふっと表情をゆるめて手を離すと
あやすように頭を撫でながらいつも通りな笑みを浮かべた。

「・・・と、いうのは冗談だ。申し出はありがたいが
 さすがにこれ以上君の手を借りるわけにはいかない。だから・・」

そしてひょいと身体を持ち上げられ反転したかと思うと
ぼすと背中から抱き込まれ、強すぎない力で拘束される。

「今はこれで我慢しておくことにしよう」

ってことは、これ以上何かする気もあるって事なのかと一瞬怖い想像をしかけるが
スパーダはそう言ったきり本当になにもしてこないので
ジュンヤは抱き込まれてカチカチに固まっていた身体からようやく力を抜いた。

しかしそれでもまだ怖いのかずっと黙り込んでいるジュンヤを見かねて
耳元で少し笑うような音がする。

「・・すまない。少し怖がらせてしまったな」
「・・い、いえ・・そう言えばその・・ダンテさんにも
 オマエは一番ヤバイ悪魔に甘い顔しすぎだって・・言われた事ありますし
 バージルさんにも始祖だから気を付けろとかなんとか言われた気もしますし・・」
「ははは。そうかそうか」

あのバカ息子共

心の中で思いっきり舌打ちして
スパーダは目の前にあった黒い髪にそっと寄りかかった。
抱えていた少年はぎくりとした様子は見せるが逃げようとはしない。
おまけに・・

「・・あの・・でもホントにつらいなら言って下さいね。
 強い人はなかなかできないだろうけど・・
 弱音吐くだけでも結構楽になったりしますし」

心配そうにそう言って多少の下心のまざった腕をぽんとたたいてくれる始末。

スパーダは鼻から噴出しそうになった血とか魔力とかその他もろもろを
意地となけなしの理性でギリギリで押さえ込み目の前の黒に頬ずりした。

「・・ジュンヤ君はやさしいなぁ・・」
「・・変な風にしかケガを治せない人をほっとけないだけですよ」

なんだかもうやけくそになってきたのか
ジュンヤは仕方なさそうな声は出すもののそれ以上の抵抗はしてこなかった。

「・・それより本当に大丈夫ですか?ディアラハンが効かなくても
 重ねがけすればなんとかなるかも知れませんよ?」
「いや、こうしていれば多少は楽なので心配はない」
「え・・?」
「言わなかったかな。何も直の接触だけが回復の手段ではないのだよ。
 その気になればこうしているだけでもある程度は可能だ」
「それって・・・極端に言うと握手だけでもいけるって事ですか?」
「かなり効率は悪くなるが」
「ちょっと!だったらどうしてそれを一番先に・・!」
「だから効率が悪いんだ。現に今も以前とは半分以下の効率で
 完全に元通りになるには一晩はかかる。
 ・・それともジュンヤ君は一晩中私とこのままでもかまわないと?」
「・・い・・いやそれもちょっと・・」

さすがにそれも恥ずかしいと身を小さくするジュンヤの頭を
スパーダはぽんと軽くたたいて微笑んだ。

「だろう?それにいかに私と言えども
 丸々一夜こんな状態で我慢を続けるにも・・」
「わー!もういいです!わかりましたから我慢して下さい!」

ぎゅうううと喋っている間に強くなっていく力に慌て
とりあえず近くにあった顔に頭突きをして黙らせた。
ごきとかいう結構いい音がして痛いとか聞こえたが
自衛のためにこの際無視だ。

「と・・とにかく・・ちょっとだけですよ。
 多分誰かが迎えに来てくれると思うんで・・それまでだけで」
「・・・わかっている。それに少し確認もしたかったのでね」
「?なんのですか」

答えるかわりにすっと取られたのは
袖のなくなった服からのぞいた模様の入った腕。
何の事かわからず疑問符を浮かべていると
白い手袋をした手がその上をするすると確かめるように動き回り
くすぐったくなるのと同時に意味が分かった。

「・・あ、心配しなくてもこっちはもう大丈夫ですよ。
 戦うのは上手くないけど、治すのだけは得意ですから」
「後遺症などは?」
「平気ですってば。すぐ治せば跡は残りませんし
 ・・そりゃ確かにちょっと痛かったけど、もう平気です」
「・・・そうか。よかった。こんな綺麗な手に傷でも残したら大変だ」
「なんかそれバージルさんにも言われそうなんですけど・・」
「だが治りたての最初を見るのは私の特権だ」

変なところで優位に立ちたがるのもこの家族の特徴らしく
ジュンヤは一瞬目を丸くしてからぷっと吹き出した。

「?何か可笑しかったかな」
「いや、それにしても・・似てないようでそっくりですね。スパーダさんの家族って」
「・・そうだろうか。私はあまり自覚はないが」
「そうですよ。性格はバラバラですけど。やっぱり家族ですね」

楽しそうな声色と警戒心のカケラもないふんわりした空気に
責任感や罪悪感に固められていた理性がみしりと不吉な音を立てる。

思わず腕に力が入りそうになって慌てて思い直すが
あまりこんな邪魔の入らないおいしい状態で会話をしていると
いつリミッターが切れるかわかったもんじゃない。

さてどうしたものかという理性と
このまま押し倒したろかという素直な心を持て余していると
急に手首のあたりがぼんやりと熱をおびてくる。

「・・・?スパーダさん、何か・・あったかいんですけど」
「・・ん?・・あ、いや・・・・ちょっと待ってくれ」

まさかと思って袖をまくると
思った通りその異常が出てきたのは装備していた変わった形の篭手からだ。

袖に隠れて見えなかったそれは今まで何事もなかったはずなのに
急に何かを警告するかのような熱を発生させている。

「・・・まさか・・・閻魔刀に続いてお前まで?」

ぼんやりと発光する篭手は答えなかったが
そのかわりジュンヤに触れている手の分だけが温度をすっと下げる。

オレをはめたまま変な事すんなというつもりか
はてまた閻魔刀と同じくこの少年を気に入ったのかはわからないが
とにかくその物言わぬ炎の化身、状況と場合によっては
装着者の手を炭にしてくれるつもりらしい。

「・・あの・・もしかしてそれもあの魔具みたいなヤツですか?」
「・・うむ。あれと違い少し原始的で言葉は使用しないが
 装着して力を発揮するという点では同じ魔界の品だよ」
「そんなの着けてて大丈夫ですか?」

ぼんやりと赤い光りを放つ篭手を見ながらジュンヤがそう聞くと
ダンテの家から勝手にそれを拝借してきたスパーダは
苦笑しつつそれを少しジュンヤから遠ざけた。

「・・おそらく君に何もしなければ大丈夫だろう。
 君を守ろうとしているのか自分の間近で不埒な事をするなというつもりなのか
 どちらにせよ篭手のくせに少々短気な・・・あっつ!」

篭手のくせにというのと短気という所で腹が立ったのか
本当に短気らしい炎の篭手は急に色を変え
じゅうと中にあった手を焼きだした。

「わ!こら!手負いの人に乱暴するな!めっ!

だがそれを見てあわてたジュンヤが
子供を叱るようにべちと加熱していたそれをはたく。

すると篭手は一瞬驚いたように色をおさえると
それ以上の反抗はせず、すっーとおとなしく温度を下げていった。

おそらく怒られた事とその理由の両方が分かって納得したのだろう。
ちょっと火傷した手をぷらぷらさせながらスパーダが苦笑した。

「はは。それにしてもジュンヤ君は閻魔刀にしろこれにしろ
 言葉も通じないのに何でもおさめてしまうな」
「・・でもその分言葉の通じる人達に苦労させられてるような気がするんですけどね」
「仲良きことは美しきかなか?」
「・・・使い方が違います」

しかしそう言いつつも火傷した所にきっちりディアラハンをしてくれ
ちゃんと治るようにごそごそと寄り添い直してくれている少年に
スパーダはもう嬉しいやら情けないやらやっぱり嬉しいやらでたまらなくなり
見えないのをいいことにだらしない顔全開で抱きしめ直し
黒い髪に頬ずりした。

「あぁやっぱりジュンヤ君は・・」
「・・優しくないですよ」

声はかなりむくれていたがちゃんと逃げもせず落ち着いてくれているので
スパーダはもう迎えなんて来なくてもいいやと
いや、むしろ永遠に誰も来ないで欲しいなどと本気で思った。

しかしやはり楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうもので
しばらくまったりしていると遠くからこちらに向かってくるバイクの音が聞こえてくる。

「・・ダンテさんみたいですね」

少しホッとしたようにジュンヤがそこを離れる。

スパーダはせっかく暖まった布団を引きはがされたような気分になるが
さすがに今の状態で息子達と張り合う気にもなれないので
引きずり戻したい衝動をおさえ込み、仕方なさげにため息を1つついた。

「・・仕方ないな。かなり名残惜しいところだが続きはまたの機会としておこう」
「・・またそう言う事を平気で・・」

言うところも家族ぐるみですか、と抗議しかかった時
素早く引き寄せられたかと思うとはくという空気を食べるような音が
耳に直接入り込んでくる。

それはゆっくり耳の形をなぞったあと
耳たぶあたりでかなり恥ずかしい音をわざと立てるようにし、ようやく離れた。

だがそのほんの一瞬の間にスパーダの透けかけていた部分はほぼなくなり
そして誰かさんと似たような確信犯的笑みをうかべた人型の悪魔は

「・・すまない。少し足りなくてね」

などと悪びれる様子もなくそう言って
やはりわざと音を立てるように手首に同じものを落としてくれ
完全に固まってしまったジュンヤをようやく離すと
指を口に当てながらささやくように言った。

「・・だが先に言った通り、私も悪魔だ。
 そのうち我慢もきかなくなるかも知れないのは覚えて・・」

ぶごう!!

などと嬉しそうに言いかかった口説き文句は
聞いてる間に腹が立ってきたらしい篭手の火炎放射でさえぎられた。

なので真っ赤になったジュンヤから怒られる事はなかったが
スパーダはその後、顔面の見た目までは回復してもらえたものの
ダンテ達が来るまでの間ちょっと距離をあけて座られる事になった。

けどそれでもやっぱり見捨てもせず逃げもせず
近寄るなとも言わずにそばにじっと座っていてくれた事は
スパーダにとって何より幸せだったとか。



「・・・あの・・・あんまり見ないでくださいよ・・」

「・・見るのもダメなのか?」

「・・・あぁいう事された後にそんな幸せそうな顔で見られると
 なんか・・無性に落ち着かなくて・・」

「・・・・・」

「うわー!もー!だからそんな緩みきった顔で見ないでくださいってば!
 男前台無しな上にダンテさん達にバレるーー!!」








二人っきりでアレなオヤジ。
・・ちうか赤くなりながら必死にこんなの書いてた俺も我ながらどうかしてると思う。

ちなみにイフリートは閻魔刀に比べてちょっと短気ですが
ベオ同様装着されてないと動けません。
無言のストッパーそのに。

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