走らないくらいの速度で急ぎ、何事もなく家の前にたどり着き
少しホッとしつつ玄関の戸に手をかけようとした矢先
妙な違和感を感じてその手を引っ込める。

・・・何か・・おかしい。

いつも誰かがいて防犯もしっかりしている家に鍵はかかっていない。
しかしその戸の向こうからはあまり気配に敏感でない純矢でさえ
何かが違うと感じるほどに妙な気配が伝わってくるのだ。

正直あまり開けたくないが、帰る家はここしかないので開けるしかない。

純矢は仕方なしに意を決し、そこに手をかけてがらりと開けた。

そして戸を開けた瞬間目に入ったのは
一体どこで調達してきたのか、奥まで続いている長〜いレッドカーペット

予感的中か!!

いやでもまだ外にまで出てなかったからよかったなどと変な安堵をしつつ
そっと戸を閉めて奥まで続いている赤色の先を見てみるが
いつも出迎えてくれるはずの連中が今日は1人も出てこない。

あれ?と思いつつ靴をぬいで上がり
赤い絨毯の上を恐る恐る歩いてみると
途中で矢印の書かれた紙が一枚ぽつんと置いてあった。

?と思いつつそれに従って歩いてみると
それは点々と居間に行くように続いていて
赤い敷物もちょうどそこで終点になっていた。

そして終点のちゃぶ台の上には
ホテルの受付とかでチーンと押して人を呼ぶタイプのベルが1つ
押せ』とばかりに置いてある。

何をする気なのか知らないがそれを押さないと始まりそうもないので
ドキドキしつつ純矢はそれを押そうと手を・・

すぱかーーん!!

伸ばそうとした瞬間、前にあったフスマがロウでも塗ったのか
すっ飛ぶような勢いで派手に開いた。

ちょっと待て!まだ何もしてない!とか
じゃあこれの意味は何だ!とか思うヒマもなく純矢はその状態で固まった。

そこにいたのは服装が黒で統一されたいつもの面々全員+α(父)。

ただそれだけなら格好よかったかもしれないそのメンツ
なぜか全員そろって鼻の下に金ダワシのような黒ヒゲをつけ
各自よくわからない決めポーズをとっているので
カッコイイとか思う以前にこの上もなく妖しい。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

そしてそれ以降、どうしていいのか分からず困る純矢と
その中心にいたブラックライダーとの間でしばしの沈黙が落ちる。

数秒後。

くい

すぱたーーん!!

ブラックライダーが黙って足元のヒモを引き
そこは開いた時と同じ勢いで閉じられた。

え!?何!?いまので終わり!?

と思っている向こうでこんな声がした。

「これ、完膚無きまでに失敗しておるではないか」
「・・言っておくが私は反対した。
 そもそもこれは急ごしらえで出来るような事ではない」
「?よく分かりませぬが・・まだ何か足りなかったとでも?」
「・・ヴゥ」
「イヤ多分・・アノ後カナリノあどりぶトカ吹ッ切レガイッタト思ウ」
「・・いえ、失敗というよりもネタが古すぎたのが原因かと」
「私もそれだと思う。今ので理解できるのは30代くらいからじゃないか?」
「???バージルバージル!わかったか!バージル!」
「・・わからん。俺は言われるままに着替えただけだ」
「・・そう言われると理解できる私が年寄りのように聞こえてしまうんだが」
「聞コエルモナニモ実際ニソノ通リダロウ」
「・・・・(ごそごそ脱いでる音)」

どうやらあっちはこちらをびっくりさせつつ笑かそうとしたらしいのだが
ディープなお笑い思考を持つ発案者のミスにより失敗に終わったらしい。

中で話している通り、若い純矢としては何をしたかったのかわからないが
あんまり目の前でコソコソやられ続けるのもなんなので
純矢はまだぶつくさやってる向こうの連中に声をかけた。

「・・・あのさみんな。何やろうとしてるのか知らないけど
 あんまり凝られると俺引いちゃうから・・気が済んだら出ておいで」

その途端、中がしーんと静まりかえり
ちょっと開いたフスマの隙間からまずバージルがのぞいてくる。

それを皮切りに1人2人1匹2匹とのぞく数が増えていき
最終的に結構な数の目にのぞかれちょっと怖かったが
やがてあきらめたのか今度は普通にそこがあいて
中からいつものメンツがぞろぞろ出てきた。

「・・・え〜〜と・・まぁ細かくは聞かないけど
 みんなで何かしてくれようとした意志だけは伝わってきたから
 ・・だから・・その・・・・ブラックやめて」

おそらく若い人にはわからないパフォーマンスの
実質的な発案者なのだろうブラックライダー。
黙って押入に入り、ガタガタと天井板をはずして
天井裏に逃げようとした所を掴んで止められた。

ちなみに彼がやりたかったのは
某有名全員集合のヒゲなんとかだった・・・らしい。

まぁとにかく、落ち着かないので全員いつもの服に着替えなおし
無表情のまま落ち込んでいた黒騎士をなだめ
丸いちゃぶ台に全員がついたところでミカエルが咳払いを1つし
あらたまったように口を開いた。

「・・ともあれ主、ご誕生日おめでとうございました。
 今後ともますますのご存命とご明細をお書き示しの上
 用法容量を守って正しくお越し下さい余と君で」
「緊張するのはかまいませんが、日本語は正しく組み合わせて下さい」

真顔で意味不明な事を言う大天使に邪神のいつも通りなツッコミが入り
ソファがわりのケルベロスを撫でていた純矢が声を立てて笑った。

「ははは、でもそんなに難しく考えなくても
 俺はいつも通りにみんなと一緒にごはん食べたり
 話をしたりするだけでも十分なんだけどな」
「高槻はそうかも知れないが、戦う事がなくなった今の私達には
 こんな事でしか君に何かを返す機会がなくてね。
 そう思って皆がんばってみようと思ったんだか・・ダメかな」
「・・いや、ダメだとかは言いませんけど・・」

言わないが・・しょっぱなからあんな理解に苦しむ様子では
全員分で一体何をやらかされるのかがちょっとばかし怖くもある。

そんな不安を嗅ぎ取ったのか、マカミがケケケと笑いながら上から垂れてきた。

「心配シナクテモあれ以上ハ何モシネェヨ。
 おれラダッテココデヤレル事ノ上限クライワキマエテルンダ。
 要ハ昔ヤッテタぎふとト変ワンネェヨ」
「・・そうなのか?」
「ソウダヨ。ホレソコノぼす。マズハオメェカラ」
「・・!う・うむ」

先陣を押しつけられたミカエルが慌てたように差し出してきたのは
ちょっといびつな形をした小型のドライリース。

「・・本来生花を買おうとしていたのだが
 これなら長持ちもするだろうと思って・・途中で変更した」
「急ごしらえの手作りですので多少形は不格好ですが
 元から不器用な方ですのでお気になさらず」
サマエル貴様!!

黙っておくつもりだったのをあっさりバラされ激怒するミカエルを無視して
サマエルがすっと差し出したのは裏返しにして素早く出したら
警察手帳と間違われそうな黒皮の手帳だ。

「今はまだ無理かも知れませんが、将来的にお役に立ちそうでしたので
 いつか必要と判断されたなら遠慮なくお使い下さい」

それはポリス手帳に見せかけるためなのか
恐ろしい裏情報を記入しろというつもりなのか
どっちにしろちょっと怖い。

「俺は・・・よくわからなかったがこれにしてみた」

そう言ってバージルが次に差し出したのは
透明な箱に入った手のひらサイズの柴犬のぬいぐるみ。
首の所に小さな時計がさがっていてそのまま置物にするらしい。

あまり男に送る物ではない気がするが
実はちゃんと純矢の好みとしてはあっていて
さすがに普段から無表情なのにべったりしているだけはあると
妙な感心をさせられる。

「私もあまりよくわからなかったんだが・・聞くところによると若い子の間では
 こういった物が流行っているというらしいので」

その息子とは対照的にあまり執着していないように見えるが
実は密かに淡々と機会をうかがっているスパーダが出したのは
少し高そうなシルバーリングのついたストラップ。

それは本物の指輪としては機能しないものの
息子には内緒でスパーダ本人も同じ物を持っていたりするので
実質ペアリング同然だ。

「ジュンヤジュンヤ!オレこれ探した探したー!
 好きの形探してみつけたみつけた!」
「・・・ヴ」

そして買い物ができない2匹が特に包装もせず目の前に置いたのは
綺麗な形をしたハート形の石と、四つ葉のクローバーを押し花にして
ちゃんとしおり状にしたもの。

おそらくフレスベルグは以前教えられた好きの形を一生懸命野原で探し
ピシャーチャは幸せになりますようにと同じく教えてもらった事を元にして
探してきてくれたのだろう。

そして同じく買い物ができないケルベロスも
包装をしていない画用紙を一枚くわえて差し出してきた。

そこにあったは・・いや、ぺたりと押してあったのは犬の足形。
巨大なのと小さいのがあるので
今のサイズ状態と元の魔獣状態の両方で押したのだろう。

どうやらよくにくきゅうを触らせてと言っていたのを思い出し
ケルベロスなりに考え足を汚しながらも作ったのだろう。
見るといつも白い足先がちょっと黒ずんでいて
じっと見るとぷいと目をそらされ、シッポがぱたりと一度だけゆれた。

「私はこれにしたんだ。あまり高価なものでもないし
 この季節なら複数あっても困らないだろう?」
「・・・・・」
「で、トールはこれだそうだ」

フトミミが差し出してきたのはシンプルな手袋。
そしてどう言おうかと困って動けなくなっているトールから引ったくられたのは
今時銀行強盗もかぶらないような目出し帽だ。

フトミミのはともかくトールのはなんでだよとツッコミたくなるが
実はこれにはちゃんとした意味がある。

「私がこれを買った時、君のタトゥーを隠すのだと思ったらしくてね。
 それじゃあ顔のがいるだろうと思って買ったらしいんだが・・
 別にどこかの誰かのような悪気があったわけじゃないんだ。
 ちょっとアレだが勘弁してやってくれないか」

まさかそれがただの防寒用だとか
犯罪者の御用達だとか夢にも思ってなかったらしく
そう説明されてもトールは気まずそうにデカイ図体で縮こまった。

「・・マァソレハイイトシテおれハコレニシタ。
 イットクガチャントシタ場所デ探シタカラ盗品ジャネエゼ」
「わらわはこれじゃ。多少入手に手間取ったがそれもまた一興じゃったな」

フォローのつもりかマカミガその横から出してきたのは
みかんくらいの大きさがある紫水晶の原石だ。
それならまだ純矢の誕生石というのでスジが通るが
マザーハーロットがその横にどちゃと置いたのは
交通安全、家内安全、恋愛成就や学問成就、果ては安産まである
各種お守りのフルコースだ。

「おれハ適当ニコンデイイヤト思ッテタンダガ・・
 ヤッパコッチニャソンナモンごろごろシテナイモンダナ。
 探スノニチョット手間ガカカッチマッタ」
「ホォーッホッホ!それを言うならわらわも少々手こずったぞ!
 なにせこれを買うにも敷地に拒絶されたゆえに
 仕方なく知り合いの政治家や社長
 あと(社会的都合により削除)や(以下同文)に命じて・・」
「・・ア、モウイイ。ソノヘンデヤメトケ」

一体誰に対しての嫌がらせなのかお茶目なのか知らないが
いきなり呼び集められた金持ちのオッサン連中が
各自神社でお守りを買わされるハメになった光景は
想像するに奇っ怪きわまりない。

邪なのを入れないのはわからなくもないが
逆にマザーハーロットを入れなかった事で関係ない所に火が飛び散ったと
一部始終を見ていたマカミは1人でげんなりする。

そして最後に残ったブラックライダーが
どっちゃり置かれた品々に呆然とする純矢の肩をとんとんと叩き
ごとんと目の前に何かを置いてくれた。

それは家で作ったとは思えない立派なケーキだ。
ただそれはチョコレート好きの好みを重視したためか全体がほぼ真っ黒
しかもなぜか円形ではなくマヤ文明の神殿の形をしていたが
所々に飾られたアメ細工は仲魔を模した繊細な細工がしてあり
白チョコで描かれた絵柄は古代壁画のような不思議なタッチで
品評会に出せば十分に賞が取れそうなほど
それは精巧かつ巧妙、そして何よりミステリアスにできていた。

そしてそのてっぺんにあるドクロ型白チョコの板には
ちょっとヨレヨレで頼りない、でもでっかい字でこう描かれてあった。

『母 さん江』


・・・・


「・・・間違ごうておらぬか?」

マザーハーロットがもらした一言に青の魔人がビクッとする。

そりゃ普通に描けば一筆で済むような所を
そんなに堂々と間違えているのだから仕方ない。

どうやらその字の部分だけはバージルが描かせてもらったらしいのだが
そんな派手に間違っていてブラックライダー黙っていたのは
おそらく作成中に見つかってそこは俺が描くとか言い出し
小一時間ほどもめた腹いせなのだろう。

とにもかくかくにも、そんな統一性のないプレゼントや
真っ黒いケーキを純矢はしばらく無言でじっと見ていたが・・

「・・・、」

何を思ったのか急に息を吸い込んだかと思うと
いきなりぼろぼろ泣き出した。

「母さん?!」
「主!どうした!?」


バージルとミカエルが肉眼で見えないほどの速度ですっ飛んでくるが
純矢は首をふって目をこすりながらこんな事を言い出した。

「・・・だって・・おれ・・・・みんなに・・こんなに・・してもらってるのに
 ・・・・どうしていいかわからな・・」

そうしてその時
仲魔のうちの数体がその意味を察して内心しまったと思った。


・・やりすぎた。


考えてみればこのとりとめのなく一癖も二癖もある連中の主人は
今までここにいる連中に振り回されてばかりの世話の焼きっぱなしで
こうして優遇されるヒマなどなかったのだ。

そんな世話焼きの優しい性格では
こうやって突然どーんと大量に優しくされると
逆にどう対処していいのかわからず困惑するのだろう。

さすがにそこまで考えていなかった面々がそれぞれに顔を見合わせる。

だがぐすぐすと鼻をすすっていた純矢の周囲が急に暗くなり
何だろうと思うのと同時に上、横、後とにかく前以外の場所全部から
大きく赤い物が回り込んできてぎゅうと強すぎないくらいに身を寄せてきた。

それは反射という物騒な性質であまり触れる機会がなかった
1つの胴体から7本出ている獣の首達だ。

「ホォーッホッホ!まぁた妙な事を気にしおるのう主よ。
 ここにおる者らがそのような見返りを気にしてここにおるとでも思うてか?」

そしてその首達の上から聞き慣れた声がして
こんと後頭部に金属の感触が当たる。

それはおそらくいつも彼女が愛用している杯だろう。
だがそれでも純矢はぐずぐず鼻をすすって顔も上げれず
たまに服をかじってくる首たちに囲まれながら小さく言った。

「・・・でも・・おれ・・みんなに・・なんにもしてやれなくて・・」
「何を寝ぼけたことをもうしておる。
 おぬしは今までわらわ・・いや、ここにいる者らの全てに
 もう両手では足りぬほどのものを渡してきておるではないか」
「・・?」

何のことか分からず顔を上げると
あまり可愛くない獣の首の1つと目があい
ぐけけとやっぱり可愛くない声で笑われた。

「それは目に見えず触れることも掴むこともできぬ代物じゃが
 それは我ら全てが共有し、主が存在する限り決して消えぬ
 おそらくどの世界を探そうが決して得ることのできぬ、至高の業物じゃぞ?」

首の1つが場所をゆずり、上からふわりと獣でも金属でもない
何かの感触が落ちてくる。

「・・まぁもっとも、そんな事を言われずとも
 最初からそれを後生大事にしておったのは他ならぬおぬし自身じゃろうがな」

そうして何やら楽しげな言い回しと一緒にぺしぺしと頭が叩かれた。
一瞬足の裏で叩かれたような気がしたが
それは離れる寸前するりと撫でていったのでおそらく手の方だ。

「さぁ笑うがよい主よ。
 この日のために我ら一同苦心した事を無駄にするでないぞ」

ひとつふたつまばたきをして振り返ると、
マザーハーロットがいつも通り、真っ赤で物騒な獣の上に陣取り
肉の一切ない白い顔でこっちを見下ろしている。

純矢はしばらく鼻をすすっていたが、やがてその意志が伝わったのだろう。

ごしごしと目をこすった後から次の涙は出てこず、照れたように笑って見上げると
形の変わらない骸骨の顔がにやりと笑ったように見えた。

「うむ、それでよい。それでこそ今日苦労した甲斐があろうというものじゃ」

がざざと奇妙な音を立てて獣の首達が離れていく。
言い方や態度はそうでもないが、実はこの魔人も結構優しい所がある・・

・・と思ったら最後に離れようとしていた首が1つ、ぼんと横から押してきて
別の感触に受け止められた。

よろけた向こうで受け止めてくれたのは紫色が目にイタ・・もとい目にまぶしい
この中では仲魔という輪には入らない紳士だった。

「・・すまなかったね。泣かせるつもりなどなかったのだが
 そういった事にまで配慮がいかなかった」
「・・い・いえ、・・俺がちょっと・・勝手に泣いちゃっただけだし
 色々あってちょっとビックリしたというか・・なんというか・・」

抱きしめて背中を撫でてくれるのはいいがさすがにちょっと恥ずかしいので
さりげなく押し返そうとしてみるものの
あまり力がこもっていないはずのその腕はなぜだかビクともしてくれない。

さすがにちょっと困っていると、どこかで鈍い音がして拘束がはずれ
ぐいと強めに腕を引かれて別の場所にぶつかった。

見上げるとそこにいたのはスパーダとは静かに折り合いの悪い
父親代わりの大天使だ。

さすがに2人ともこんな時にまで口論はしなかったが
その眼光は見ただけで人が死ねそうなほどに鋭く
ちょっと空気の読める者にはその天使と悪魔の背後に
牙をむいてうなる虎と口から火を吐きかかってる龍が見えたろう。

だが実際見えているのかトールが同じように怯えているピシャーチャを持って
部屋のすみっこで一緒に震えていたりする。

しかし当然それでは空気的にも居心地が悪すぎるので
サマエルとフトミミが一発づつ攻撃して強制終了させ
ようやくその場の空気が普通に戻った。

「・・あの・・ごめん。へんな事で中断させちゃったな」
「へーいきへいき!ジュンヤまえもそうだったからオレへいき!」
「ソウソウ。オメェノソンナトコハ今ニ始マッタコトジャネェヨ。
 ソレニンナコト気ニスルヨウナヤツハココニャイネェシナ」

それには痛いのを我慢して無言なオッサン2名をのぞいて誰も何も言わない。

そのかわりみんなして笑う所はいつかと同じだと
べろんと頭の上から垂れてくるマカミをどかしつつ純矢は思った。

「ホォーッホッホ!では落ち着いたところで早速アレをやろうではないか!」
「?アレって?」
「俺も昔やった。ケーキにロウソク。そしてアメとムチだったか?」
「・・いやバージルさん、アメとムチはまったく関係ないから。
 でも知ってるって事は用意してくれてる・・んだなやっぱり」

本音で言えばこんな立派なケーキに穴をあけたくない所だが
ブラックライダーから無言で差し出されたカラフルなロウソクは
きっちり自分の歳の数だけあった。

なんのかんのありはしたが、結局みんなもこういったイベントがどんなものか
実は楽しみにしていたのだろう。

それじゃあ拒む必要はないなと純矢は苦笑し
ちょっともったいないと思いつつ手伝ってもらい
黒いケーキにロウソクを立て、1つづつに火を付け
全員が黙って見守る中、それを一気にぷーと吹き消した。

「・・・・コゲ臭いですな」

正直な感想を口にするトールにケルベロスが鼻をひくつかせながら同意する。

「・・ウム。スグニ消シテシマウヨリモ
 ズット燃ヤシテオク方ガ綺麗デイイヨウナ気モスルガ」
「ダメだ。確かに火がついてる間は綺麗だけど
 ずっとつけてたらケーキがロウソク味になっちゃうだろ」
「一瞬だからこその美しさ、というものですね」

そう言ってサマエルがロウソクを回収してくれ
ちょっと穴はあいたが黒くて妙な形をしているケーキの切り分けをする事になった。
バースデーケーキとしてはちょっと大きいが
人数は多いので余る事はないだろう。

そう思って純矢が切り分ける包丁を頼もうと思った時
丁度横からすっと差し出された物があった。

なんだもう持ってきてたのかと思って何気なく掴むと
それは意外に大きくてなんかしっかりした柄をしてい・・



ばっと見るとそれは包丁ではなく閻魔刀だ。

しかも勘違いを重ねられちゃったらしいそれは白いおリボンがしてあって
ギャーやめろー!と思っているのか刀身がカタカタ震えていた。

「こっ・・!こら!バージルさん!これはケーキを切る物じゃないだろ!」

しかし怒鳴っても真顔でそれを差し出していた本人は
いたって真剣に説明してくれた。

「昨日のうちに手入れはしておいた。
 切れ味は申し分ないので思う存分ケーキ入刀してかまわない」
「そういう問題じゃない上にそりゃ結婚式の話だ!
 大体それ今まで何斬ってきたかもわからないってのに・・!」
「人を少し、悪魔を大量に、ダンテも数度やったが
 特に問題はな・・」

ゴッ

い、と言いかかった頭の上に
父と再生の母の複合ゲンコツが落ちたのは言うまでもない。





そうして何のかんのやりつつ古美術品みたいなケーキをみんなで食べ
オッサン連中がまた地味なケンカをしたりしてその日は終わったと思われたが
じつはこの話にはまだちょっとした続きがあった。

「・・主・・」

勢いにまかせて甘い物を暴食したので入念に歯を磨き
さて寝ようとしていたところをブラックライダーに呼び止められる。

なんだと聞こうとすると、なぜか黙って手招きだけをされ
?と思いつつそちらに行くと、廊下のすみの狭い所で
なぜかこっそりと郵便で来たらしい小包を渡された。

貼り付けられた伝票は国際もので全部英語。
しかし外国の知り合いなんて1人しかいないので
差出人の名前の所だけは純矢にも読む事ができた。

慌てて周囲を見回し、誰もいないのを確認してから
音を立てないように開封して中を出す。

出てきたのはそこそこに高そうで大人っぽい
チョコレートの詰め合わせだ。

・・知ってたんだな。
しかも電話もせずわざわざこんな事して。

そう思いつつ包みを見ると、ちゃんと配達日指定もしてあるし
破損や汚れがつかないようにと包装もそこそこに頑丈だ。

「・・変な所で律儀だなあの人」

笑いながら中を開け、入っていたカードを広げると
ちょっと達筆で読みにくいが長くない英文で何か書いてあった。

辞書があれば読めない事もないだろうが、さすがに即座には読めず
読めるか?とブラックライダーの方にそれを差し出すと
寡黙な魔人は暗い中でも目を細めずじーとそれを目で追い
純矢にようやく聞こえるくらいの静かな声で口を開いた。

「・・親愛なる・・相棒へ。
 こちらにある・・バレンタインとやらもかねて・・これを送っておく。
 ボトル型のは酒入りだが・・それくらいが・・ストレートに飲めるように・・なったら
 一緒につぶれるくらいまで・・飲もう」

だがやなこったと純矢は速攻で思った。

だってまだ酒という飲み物は直接飲んだことはないものの
酒入りの菓子やチョコを食べると必ず身体に変調が出てくるからだ。

酔っぱらうとか二日酔いになるとかそこまではいかないものの
洋酒が入っているケーキやチョコを食べると
少量であっても急激に眠くなったり頭がぼんやりしたりするので
そんなのをストレートで飲もうなどとは到底思えない。

しかもそれを何かにつけてトラブルを起こすダンテなんかと
一緒になって飲もうなどとは自殺行為もいいところだ。

しかしそうは思っても雰囲気に付き合うだけなら無下に断ろうとは思っていない。
まだ飲める年齢でもないが、そんな世界に興味がないわけでもないし。

そんな事を考えながら聞いている間にも
カードの最後の方に向かってブラックライダーの死んだような目線が行く。

「・・それ・・と・・・・・・・・」

だがその時、最後部分を読もうとしていた口が固まり
なぜかべふんとその姿が元の骸骨に戻ってしまった。

「?・・・どうしたんだ?」

しかしそう聞いてみてもブラックライダーはそれを見たまま動かない。
表情がないので何を考えているのかわからないが
様子からして何か凄い事でも書いてあったのだろう。

待っていても言ってくれそうもないので横からそれを取ろうとすると
それより先に別の手が後ろから伸びてきてびっと先取りされた。

びっくりして振り返ると、やっぱり気配でばれたのか
寝間着のバージルがいて、何か言う前にそれにざっと目を通し
やはり最後のあたりで顔がひきつる。

「・・・あの・・バージルさん読んだら返して・・ああっ!?」

しかしそれを聞く間も取り返す間もなく
彼はそれを一瞬で握りつぶし、丸めて食べた。

「こらぁ!!何やって・・!そんなの食べたらダメだろ!
 白ヤギさんじゃないんだからぺッしなさいぺー!」

純矢は必死で吐き出させようとしたがバージルはガンとして拒み続け
ようやく説得に応じてしぶしぶそれをトイレに吐き出すころには
もうそれは原形をとどめておらず・・

結局ダンテの書いたメッセージの最後に何が書かれてあったのかは・・

問いただしても黙り込んでしまうブラックライダーと
それから2・3日不機嫌なままだったバージルしか知らない。







おそらく表じゃ書けないような甘ったる〜〜い台詞が
じつにさりげなく書いてあったものと想像しておいて下さい。

あとネタに前こっそり頂いた絵を参考にしてたりもします。
書いてて楽しかったです。感謝!



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