それはたまたま家にいる人員が少なかった時の事。

純矢はその時別にする事もなく1人でテレビを見ていたのだが・・

コココココ・・

おそらくこの生き物にしか出せないだろう足音が近づいてきたのを感じて
画面から視線を外す。

見ると足元にやはりピシャーチャが来ていた。
この悪魔はあまり自分から行動するタイプではないので
定位置の床の間からこうして移動してくるということは
当てはまる理由は1つしかない。

「ん?スパーダさんか?」

ことんと石の身体が前へゆすられる。

この幽鬼の定位置としている床の間には
とある魔剣士の忘れ形見であり同時に住居でもある
カッコイイのか悪いのか分からない刀が置かれている。

それにこの幽鬼、その魔剣士と多少話が通じるようなので
こうして純矢の所に来たと言うことは
彼がそこから動けなくなったなんらかの理由があるのだろう。

純矢は立ち上がって床の間に向かった。
後からはコココという音を立ててピシャーチャが一生懸命追いかけてくる。

だが床の間にあった閻魔刀の所まで来たが
その様子はいつもの刀となんら変わりない。

「・・えーと・・」

そう言えばこの刀、以前たしか自力で動いて
元主人に押し倒されかけた所を助けてくれた事があったが・・
だとすると勝手に触って怒ったりしないだろうか。

「・・いいかな?」

了解を得るつもりでそう聞くと、ちゃんとした台にのせられていたそれは
カタンと少しはねるように動いて柄の部分を下に落とした。

どうやらいいよと言っているらしい。

純矢はそれを確認して柄の部分を掴んで持ち上げ、さらに聞いてみた。

「・・・スパーダさん?」
『・・・あぁ、やっと繋がったか』

返事は頭の中に直接くるような不思議な声で
少し疲れたような伝説の父の声に間違いなかった。

「?・・どうしたんですか?なんだか疲労感のある声ですけど・・」
『・・・いや実は・・・昨日君が学校へ行っている間
 バージルとチェスの勝負をしていたんだ。
 しかし・・・少々あなどっていて長期戦になってしまってね』
「・・・・あの・・・まさかそれで体力使い切ったとか言うんですか」
『恥ずかしながら・・ね』

姿は見えなかったが気配がすまなそうに小さくなる。

そりゃ確かに何千年も生きて・・いや、死んでる悪魔さんなのだから
もうちょっと普通に生活しろと言うのは無理な話なのかもしれないが・・

「・・子供の運動会で全力疾走して
 次の日筋肉痛で動けなくなったお父さんじゃないんですから・・」
『ははは、面目ない』
「・・・スパーダさん、そうは見えないけど一応死んでるんですから
 もうちょっと自分のペースというかスタミナの事は考えて下さいね。
 えっと・・・ディアラハンで治りますか?」
『やってみないと分からないが・・ここから出るぐらいになら回復するだろう』
「じゃあちょっとじっとしてて下さい」

長い刀を両手でしっかり持ち、純矢は意識を集中させ全身を変貌させると
使い慣れた治癒のスキルを発動させる。

両手から発した光は持っていた刀の中に吸収され
次の瞬間ジュンヤの横に軽い放電が起こり
いつもの格好をしたスパーダが膝をついた状態で出てきた。

だがその身体は回復しきれていないのか所々が透けて見える。

「・・・やはり完全というわけにはいかないか」
「その様子だと重ねがけしても無駄みたいですし
 後はゆっくり休んで戻すしかないですね」
「はは、手間をかけてすまないね」
「しかし・・・激しい運動とか戦闘ならまだしも
 どうしてチェス勝負なんかで出てこれなくなるほど消耗したりするんですか」
「何かに集中するということはそれだけ精神力を浪費するということだ。
 今の私は生命体というよりは霊体に近い存在なのでね」
「あ、それでディアラハンじゃ完治しないんですか」

じゃあチャクラドロップの方が効くのかなと思ってポケットに手を入れようとするが
それより先にスパーダが思い出したように手を打つ。

「あぁ、そうだ。そう言えばもっと確実な回復方法があった」
「え?そうなんですか?」

どんな?という素直な疑問を顔に出すジュンヤに向かって
スパーダは笑いながらトントンと自分の口をさしてみせた。

「生きとし生けるものの摂取は
 ここから行われるものだと聞いたことはないかな?」

ジュンヤは数秒後
生きてないじゃんというスパーダへのツッコミの事などボガンと忘れ
その動作の意味を察してこれ以上ないくらいに目を丸くした。

「・・!あのまさか!?」
「場所はどこでもかまわないのだが
 やはり一番効率のいいのは同じ場所になるんだ。
 心配しなくても牙を立てて血を吸うなどという無粋な事はしない。
 ・・・協力してくれるね?」

ぶしー!!

その優しく問いかけるような
でもよく聞くと顔から火が出るようなほどの要求に
ジュンヤは顔から火を出す代わり真っ赤になって頭から湯気を出した。

「え・・!ちょっ・・と・・!」

おいこらちょっと待て
なんでよりによってそんな方法しかないんだよと思いつつ
ジュンヤはあせったように腕を使いずりずりと後ずさりをするが
それを無理に追おうとはせず、なるべく驚かさない程度に
少しづつ慎重ににじり寄ってくるスパーダは
果たして紳士的と言っていいのかどうなのか少々疑問だ。

しかしそうこうしている間にジュンヤは壁際に追い込まれた。
だがその追い込み方も獲物を捕らえるような強引なものではなく
そこへ対象をさりげなく誘導したかのような優しいもの。

強引に来られれば拒否の1つもできるだろうが
こうされるとさすがにどう逃げていいのか分からない。

嫌なら拒むか大声を出せばいい話なのだが
ダンテ以上に大人の目をしたスパーダの視線は
まるで精神的に未熟な者を捕らえて離さない不思議な凄みがあって
怖いながらも目をはなすこともできずジュンヤは壁に背中をはりつけたまま
ごくりと1つ息をのむ。

「・・あ・・の・・!」

乾いた口でなんとかそれだけ言ってみたが
スパーダは何も言わず小さく笑い、さらにゆっくりと距離を縮めてくるだけ。

何も言ってくれないのも怖いが
その全てまかせなさいとあらゆる事を丸め込むような大人の笑みもさらに怖い。

片手はまだ自由なので拒もうと思えば拒めるのだが
それより先にその得体の知れない迫力と
自分より何倍も経験を重ねた大人の風格が全ての行動を封じていく。

さらに音もなく顔の横に手をつかれて逃げ場がなくなり
石のように硬直していた手が肌触りのいい手袋の感触にそっと握られる。

そして互いの息がかかるほどの距離になった時
ジュンヤはとうとうたまらなくなって目をぎゅっとつぶった。


スパーダさんの奥さんダンテさんとバージルさんのお母さん!!
こんな意気地なしですみません!!


別に悪いことをしているわけではないのに
むしろ悪いのは完璧にスパーダのはずなのに
ジュンヤは心の中で力一杯謝って
何も見えなくなった視界の中、目蓋にさらなる力を込めた。


が。


ちゅ


そんな音がしたのは予想していた場所とは違う、もっと上の額のあたり。

その柔らかい感触はしばらく居座ったかと思うと
何事もなかったかのように離れていき
暗闇の中で感じていた静かで大きな存在感もあっさり離れていった。

恐る恐る目を開けると、そこには透けた部分のなくなった
つまり完治したスパーダのやたらと満足げな笑みがあるだけ。

「・・ご馳走様。でいいのかな、この場合は」

・・・え?と思って冷静になってみると
身体にはスキルを連続使用した後のような脱力感が残っているだけ。

どうやら今のでディアラハンの代わりになったらしいが・・。

スパーダは放心状態になっているジュンヤの肩にぽんと手を置き
指導を終えた先生のような顔をした。

「今回は君の純情さに免じてここまでにしておくとしよう。
 だが・・・」

放心したままの顎がすいと軽くすくわれ、親指で軽く唇を押される。

「いつかはここから直接頂ける事を・・切に願うよ」


カタン!

ぱしゅ!!


その直後、今まで床の間で沈黙を守っていた閻魔刀が突然飛び上がり
鞘に入ったままの状態でスパーダに飛びかかったかと思うと
次の瞬間雷光と共に紫色の姿が消え、一本の刀だけが地面に落ちる。

それはおそらくギリギリの程度までは見逃して
キリのいいところで元主人を自分の中に隔離したのだろう。

そして残されたジュンヤは壁にはりついたままの状態で
しばらく呆然としていたが・・


・・ぼて


やがていきなり全身のタトゥーを消失させたかと思うと
力尽きたかのように横へ倒れた。


ストン! スコココ・・! トトトト・・・!


見ちゃマズイとでも思っていたのだろうか。
閻魔刀の後で縮まってプルプルしていた石ピシャーチャが飛んできて
『大丈夫?大丈夫?』と目の前でオロオロしながらぐるぐる回る。

「・・・いや・・・大丈夫・・・・・・精神的には・・・・死にかけだけど・・・」

ダンテのように冗談をしたつもりだったのか
それとも本気だったにもかかわらず、わざと逃げ道を作ってくれたのか。

どちらにせよ年期を重ねた大人ってのはいろんな意味で怖いなと
ぐったりしたまま純矢は思った。







「・・なんじゃ面白うない。
 伝説の魔剣士とやらのあちらの手腕を見れると思うたのに」

「ははは、いくら悪魔の私とて常識はわきまえるさ。
 元妻を持つ身で息子もいる身でありながら
 あんな子供相手にそうそう手出しはしない」

「じゃがおぬしはわらわ達と違い契約されておらぬ身でもあろう。
 あれほど無防備な輩、喰おうと思えばたやすかろうに」

「宝石というものは傷がないから美しい。
 あの子も誰にも汚されておらず、純情であるからこそ美しいのだ」

「・・それは手出しできぬというそなたの言い訳か?」

「半分はそうだな」

「半分?」

「もう半分は・・・あぁいった反応が新鮮で楽しいからという興味と
 あぁして怯える様がたまらないという劣情だな。
 それに・・・もしあのまま行き着くところまでいってしまい
 力の限り鳴かせてみたのならどうなるかと想像すると・・・
 ・・・そちらの流儀で言うならばご飯300杯はいける」

「・・・ふむ」

「それにそういった事は一度実行してしまうとそれまでだが
 手出しせず止めておき想像するだけならどちらにも害はない。
 手を出せる範囲にあるがあえて手を出さないと言うのも・・
 楽しみ方の1つではないかな?」


骨の顔に怪しい影が落ち
変化しないはずの口元が小指の立った手の裏を当てて
ぐぐっと怪しく歪んだ・・・ような気がした。


「・・・おぬしも好きじゃのう」
「・・・いやいや、経験豊富な将軍様にはかないませんよ」


などどいう悪者丸出しな会話がとある骸骨顔の女帝と
話をしてる間に素に戻った赤黒い悪魔の間で交わされていた事は
女帝の尻の下にいてなおかつその時たまたま起きていた
獣の首3本ぐらいしか知らない。





父と女帝は利害が一致する腐った仲です。

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