ブラックライダーには謎が多い。

同じ魔人であるマザーハーロットもそれなりに謎は多いが
ブラックライダーは無口かつ無感動に無表情
おまけに個性の強い仲魔内であまり自己主張をしないためか
彼は破天荒で派手な女帝に比べその内面の謎は地味ながらに多かった。

自分からはあまりすすんで動かず
黙っているとその存在すら忘れそうで
それでもいつもただ静かに付き添っている影のような存在
ブラックライダーというのはそんな悪魔だった。

彼を死兆石で生み出しそれなりに長い付き合いのある純矢でさえも
彼について知っていることはあまり多くない。

まず無口であこと。
氷結系のスキルに優れ耐性も吸収系であること。
何も考えていないようでも実はそれなりに博識で
たまにだが見た目に反して大胆な行動や提案もしてくること。

所持スキルは
ソウルバランス  デスカウンター
絶対零度     チャクラの具足
メディラマ     三分の魔脈
マカカジャ     メギドラオン

あと純矢が個人的にあるだろうと思っているスキルが『高揚無効』。
ちょっと熱くなった連中をまとめて物理的か精神的に冷やしてしまう
影の番長的な素質のことだ。

そして人の世界で生活し始めてから知ったのは・・

人に化けると古い喫茶店のマスターか執事の職が似合いそうな
白髪のまじった初老の男になること。
常時血色が悪くやっぱり無口であること。
飢餓の魔人であるのになぜか料理を担当しだし
でも唯一カレーだけは作らないこと。

あとこれはあまり関係ないが
飲んだものが元骸骨らしく目と耳からも出てしまうこと。
目を開けたまま眠れること。
近所のご年配の奥様方に人気があること。

そしてもう一つ、あまり実用性はないにしろ
彼に関してわかった事が1つある。

いや、それはわかった事と言うより
新しい謎と言った方が正しいのかも知れない。

以前その事について比較的一緒にいる時間が長い
バージルに聞いてみた事がある。

「あの無口な魔人が家事をしていない時に何をしているか?
 ・・そうだな、テレビを見ているか本を読んでいるかのどちらかだな。
 ただテレビの内容や時間帯はいつも決まっていて
 詳しいことは分からないが人が笑っている内容の物が多い。
 本は・・どこから借りているのかわからんが
 絵ばかりの本、漫画というのか?あれを見ている事が多いな」

そして色々な情報に詳しいフトミミにも一度聞いてみたことがある。

「あぁ、彼の情報源はちょっと特殊でね。
 商店街でおしゃべりなおばさんや気の良い店主に捕まっては
 長い間話し込んでいるのを何度か見かけた事があるよ。
 ただ話し込むと言ってもほとんど聞き手側に回っているみたいだけれど
 逃げもせず本当に長い間そうしているから彼もまんざらでもないんだろうね」

と、それなりに詳しい話を聞いても
彼の脳内がどんな形で構成されているかはやはり謎が多い。

そしてそれが一番よく現れるのが
朝起きて服を着替え、顔を洗ってから台所に行った時だ。

トントントン・・ジュー  

その無口な魔人は毎朝いつもそこにいて
包丁や焼き物の音を立てながらただ黙々と作業をしている。

「おはようブラック」
「・・おはよう・・」

声をかけると一応の返事は返すが
彼は振り返りもせずやっぱり無心に何かを作っていた。

ブラックライダーは無口だ。
だから彼が考えている事には謎が多い。

だがそんな彼の後ろにあるテーブルの上には
その謎の一部がとても小さな範囲で凝縮されていた。

「・・あのさブラック」

後ろ姿の気配だけが『何』とばかりにこちらを向く。

純矢はそれを見つつもテーブルの上を指して
前々から思っていたことをさりげなく聞いてみた。

「ブラックのこういうセンスってのは・・・一体どこから来てるんだ?」

その指した先にあったのは
大小形の差はあるがテーマが綺麗に統一された弁当たち。
本日のテーマ『スーパーマリ○ブラザーズ・・・の敵キャラサイド』。

何 故 ?

と言いたいところだが、なにせ物はただの弁当だ。

味としては申し分ないし、変な呪いが込められているワケでもないし
昨日はピ○ソ風だったしその前はおせちみたいな純和風の渋いのだったし
その前はハローキ○ィだしその前は宇宙じゃない方の戦艦ヤマ○だったし・・

何だか思い起こせば起こすほどそのセンスに疑問はつもるが
とにかくその純矢のもっともで素直な問いにかけに対し
ブラックライダーは少し間をあけてから火と手を止めると
無言のまま居間へ行き、何か大量に持って戻ってきた。

それはいくつかの本とDVDやCD、あとちょっと古びた雑誌などだ。
それはどれもこれも借り物なのか古かったり黄ばんでいたりして
どれも状態は良くなかったが肝心のジャンルはというと・・

難しそうな小説からアニメ雑誌、漫才や落語のDVD
古い少年漫画があると思ったら最新の料理本があったり
戦闘機や戦艦などのマニア向け月刊誌があれば漫談のCDもあったりなどなど
それはてんでバラバラなチョイスの仕方をしていて
いくつかにはしおりがはさんであったり
キッチリ字の書いたふせんが貼ってあったりする。

つまりそれはジャンルが素っ頓狂であるにもかかわらず
律儀に全部読んでいるという証拠だ。

そしてその物品やいくつかの証言を元に
彼の好みというものを推測すると・・・

「・・ブラック、もしかしてお笑いとか人が笑うのとか
 そういうのに興味があったりするのか?」

そう聞くとお笑いとはほど遠い印象を持つ初老の男は
いつも通りの無表情のまま、しばらく黙り込んだ後。

「・・・さぁ・・・」

と、肯定でも否定でもない、何だか判断に困る返事をくれた。

「さぁって・・・自分でも分からないって事なのか?」
「・・・・・」

しかしそう聞いても無口な魔人から答えはない。

これはちょっと珍しい事だ。
確かに彼は無口だが聞いた事にはちゃんと答えは返してくれるし
いい加減な答えやあいまいな答えを返してくる事もあまりない。

じゃあ答えたくないとか言うと都合が悪いとかそんなのかとも思ったが
別に隠し事をしているようでも悪巧みを考えているとかでもなさそうだし・・。

純矢はしばらくその無表情とにらめっこをしていたが
なにせ付き合いも長く信頼も置いている魔人の事なので
逆にそうして根掘り葉掘り聞く事の方がだんだん悪いことのように思えてきた。

「・・んー・・ならいいや。変なこと聞いてごめん」
「・・・・」

すると無口な魔人は別に気にしてないとばかりに目を伏せた後
持ってきた物を全部片づけ、何事もなかったかのように元の作業に戻った。

彼の情報網がちょっと特殊であることも
知識の付け方が若干ズレていることもわかったが
結局その真意というか意図が彼のどこらへんにあるのかまでは
その時知ることはできなかったのだが・・
それは後日、ちょっと意外な形で知ることになった。





「信頼しきるってのも問題なのかなぁ・・」

とある昼下がり、日の当たる縁側でお茶をすすってから言われたその言葉に
横で本を片手に同じくお茶を飲んでいたバージルが怪訝そうに眉をひそめた。

「・・何の話だ?」
「?あ、ゴメン。声に出てた?」
「普通に出ていた。・・何だ、以前聞いていたあの無口な魔人の事か?」
「うん、実はそうなんだけど・・この前本人に直接聞いてはみたものの
 なんだか謎が余計に深まっただけみたいでさ」
「害がないのなら気にする事ではないだろう」
「それはそうだけど・・その害はないけど謎だけが残るってのが
 余計に気になるというか何というか・・なぁ」

そう言って純矢が納得いかなさそうに手を伸ばしたのは
今日のおやつの堅焼きせんべい。

でもそれは市販の物ではなく問題の魔人の手作りで
味的には申し分ないもののその固さたるや尋常ではなく
悪魔でなければ人体部位で最も固い歯であっても大変な事になっていただろう。

そんなキンキンで岩のようなせんべいをバリバリ平気で噛み砕き
お茶をすすってからバージルはちょっと不思議そうな目を向けてきた。

「母さんは気にかける観点が変わっているな」
「・・いや、俺が変わってるってよりも俺の周りのみんなが変わってるんだよ」
「俺も含めてか?」
「うん」

1ミリのためらいもなく即答されバージルはちょっと傷ついた。

そしてその後なんだか腹が立ったので
どすと勢いを付けて膝の上に寝転がってやる。

純矢はあやうく持っていたお茶を落としそうになったが
こういう事にも慣れてきたのでもうあまり動じない。

「おっと・・!こら、危ないだろお茶持ってるのに」
「知らん」
「そんなにふて腐れなくてもバージルさんはまだマシな方だって。
 それにまだ仲魔になってからの日も浅いんだしさ」
「日が浅いのなら腐ってなどいない」
「・・なんか怒る観点がズレてないか?」
「・・おや?おやおや。
 何やら憂鬱な気配をさせておるかと思えばおぬしらであったか」

などとちょっとかみ合わないやり取りをしていると
どこからかその空気を嗅ぎつけたのか、それともたまたま帰ってきただけなのか
赤い獣達に乗ったマザーハーロットが廊下の奥からのっしのっしと現れ
いつも持っている杯から立ち上る毒気のようなものを
むふわ〜と挨拶代わりに吹きつけてきた。

「何じゃ何じゃ?このようなのどかな日和に2人そろって妙な顔をしおって。
 面白い話なら是非わらわに聞かせてたもれ!」
「・・そう言うハーロットはいつでもどこでも酒くっさぃなぁ。
 あと人の不幸そうなのを嬉しそうにするのは趣味が・・・・あ、そうだ」

そう言えばこの楽天的な魔人、どこで何をしているのか知らないが
妙なことに詳しいし同じ魔人でもあるので
ブラックライダーの事を何か知っているかもしれない。

そう思って少しおっかなびっくりで相談してみると
いつも笑いを絶やさない魔人は珍しくちょっと考え込んだような顔をして
こんな事を話し出した。

「・・わらわもあまりあやつに関しては詳しい方ではないが
 おぬしの聞きたい事についてならある程度の推測はついておる」
「ホントか!」
「うむ、あやつの行動理由の数割は興味と趣味じゃろうが
 残りの数割はおぬしのためなのかも知れんぞ?」
「へ?俺?」

思わず自分を指した純矢に向かって
マザーハーロットは1つつまんだせんべいをカードのように向け
ひらひらさせながらこう続ける。

「ほれ、人は笑うて寿命が長引くとも健康になるとも言うじゃろう。
 おぬしは人ではないが精神的には人じゃからのう。
 あやつの行動の何割かはおぬしのその部分を見越しての行動やも知れぬ。
 ・・とは言え、これはわらわの完全な推測に過ぎぬがな」

そう言ってせんべいをぺきぺき割り、赤い獣たちにぽいぽい放りながら
楽天的な魔人はケラケラ笑った。

途中で興味がなくなったのか眠くなっただけなのか
いつの間にか寝てしまったバージルを膝にのせたまま
純矢はお茶を手に考えた。

確かに思い返してみると
あの不思議なセンスといい知識の妙な偏り方といい
人を笑わすためだと言うのなら多少は納得がいく。

しかしだ。
あの無口無表情無感情を形にしたようなブラックライダーが
果たしてそんな事を本当にしようなどと思うのだろうか。

いやしかし、時々奇抜な事をする彼の事だし
時々さりげなく影のようにこちらを助けてくれる彼の事だし
こっちに来てから色々と得る情報量も増えたことだし
見た目にはそうは見えないがそれなりに彼との意思疎通があり
なおかつ変なことには詳しいマザーハーロットが言うのだし・・・

「ところで主よ」
「ん?」
「特に問題なさそうにしておるが敷いておるぞ」

そうして考え事をしていてふと指された方を見ると
考え事をしている間に手が降りたのか、まだ熱いお茶の入っている湯飲みが
爆睡しているバージルのおでこにのっかり
きっちりした赤丸を作っていた。

どっちも気付けよとは思うのだが、どっちも気づきやしねぇのがある意味すごい。

その直後、びっくりした声とその声に飛び起きたのと
その拍子にとんできたお茶がひっかかってさらにびっくりした獣の声とか
その全部に対して爆笑する女の声とかが加わって
静かだった縁側が急に大変な騒ぎになった。


そしてそんな騒ぎのあった次の朝。


トントントン・・

それはいつも通りいつもの場所で
背中を向けたまま今日も無言で作業をしていた。

「おはようブラック」
「・・おはよう・・」

声をかけるといつも通り
そっけない挨拶とそっけない態度が返ってくる。

そしてその後ろのテーブルを見ると
今日はご飯のところにむっつりした顔が描いてあって
おかずの所が何だか奇抜な形で構成された弁当が並んでいる。

確かそれは大阪である大きな塔をデザインした
岡本なんとかという人の絵柄だったのを思い出す。

純矢はそれを見て昨日マザーハーロットが言った事を思い出した。


『ほれ、人は笑うて寿命が長引くとも健康になるとも言うじゃろう』


センス的にはちょっとちぐはぐで、笑わせる・・とまではいかないが
もしそうしようとしてこんな不思議な物ができているのなら
これはこれで彼の少しカワイイ所になる・・のかも知れない。

ぷっ

そう思うとなんだか可笑しくなり思わず吹き出すと
今まで止まらなかった音がふっと止まり
まったく振り向かなかった死人のような顔が
ちらりとだけこちらを向いた。

そのいつも通りの無表情は
怒っているようにも訝しんでいるようにも見えなかったが
純矢は笑ってしまった事にちょっと気まずくなり慌てて目をそらし

「・・・あ、ごめん。バージルさん起こしてくる」

そう言って逃げるようにその場を後にした。

ブラックライダーはしばらくそれを黙って見ていたが
すぐ興味をなくしたのか何事もなかったかのように元の作業に戻った。

「ブラック!ブーラック!はじっこはじっこー!」

それから少ししてフレスベルグがすっ飛んできて
がしっっとその頭の上に器用かつ乱暴に着地した。

はじっこというのは卵焼きやかまぼこのはじの部分で
見た目が悪いそれはおもにフレスベルグのおやつになる部分だ。

ブラックライダーは頭の上で騒ぐ鳥をものともせず手を動かし
よけてあったおやつの部分を上へ差し出し
フレスベルグはそれを頭の上にのったまま受け取って
もぐもぐ一個づつ落としもせず器用に食べた。



だがその時足の下にあったいつもの無表情が
ほんの少し、よく見ないと気付かないくらいに小さく笑っていたのを
ウマイウマイ!はじっこはじっこと喜んでいた妖獣が気付く事はなかった。









真実は本人のみが知るって話。

もどる