その日は別に台風が来ているわけでもないのに
昼をすぎたあたりから激しい雷雨になった。

一体何事だと思ったがこの土地にはこんな天気はたまにあるのだと
洗濯物をたたみながら無口な魔人は淡々と説明してくれた。

窓から外を見ると木がガサガサと遠慮なく揺らされ
時々風にあおられた雨が叩きつけるような勢いで窓を洗っていく。

純矢は一応傘を持っていったがこの風雨だと役に立ちそうもないし
さてどうしようかと迷っていると、帰りにミカエル達が車で迎えに行くとの電話があった。

フトミミは少し遅れそうだからと連絡があったし
水嫌いなケルベロスの散歩もこの雨だと無理だろう。

バージルの家での仕事は家事やケルベロスの散歩、あと買い出しだ。
なので家事が済んでしまうとこの雨ではもうする事がない。

しかしバージルはあまり暇というものを感じたことがなかった。

ここはそうめまぐるしい変化のある場所ではないが
襲いかかってくる悪魔がいないかわりに目さえ開けていれば色々な物が目に入る。
テレビや雑誌、新聞、借りてきた本
最近純矢に教えてもらったインターネットというものも
どういった理屈で動いているかまでは知らないが
少ない動作と簡単な操作で色々とできてしまうので
バージルはかつてここでゴロゴロしていたダンテとは違い
どんな時間も有意義にすごしていた。

カッ!ゴロゴロ・・

外が一瞬光り遅れて空気を震わせるような音がする。

雷の日には停電するとやっかいなので
インターネットはしないという言いつけを守り
大人しく本を読んでいたバージルは何気なく外を見た。

これだけの勢いだとそう長く続かず雨もすぐやむだろう。
風もそろそろおさまってきているのでこの嵐もすぐ終わり
夜にはもう何事もなかったかのような夜空が広がるに違いない。

ジリリリリ!ジリリリリ!

そんな事を考えているとふいに電話が鳴った。

今ブラックライダーは定位置の台所にいるので距離的には自分の方が近い。
バージルは本にしおりをはさんで立ち上がると
にぎやかにこっちの名前を連呼する鳥を横目に古風な電話の前へたどり着き
まだ何か騒ごうとしていた妖鳥に口の前で指を立て『静かに』としてから
受話器を持ち上げた。

「もしもし」
『!バージルか!?』

しかし聞こえてきたのは少し慌てたような、それでいて聞き慣れた大きな声だ。
その向こうでは何かがゴロゴロと鳴っている。
おそらくこちらと同じくそばで雷が鳴っているのだろう。

「トールか。どうした?」
『い、いやすまぬが主はまだ帰っておら・・うぉお!?

ガラガラドーンという音と一緒に声が一瞬途切れる。
そう言えば少し高いビルが仕事場になっていたとか話していたから
今かけているのは雷の落ちやすい場所なのだろう。

「母さんならまだだが・・どうした、急用か?」
『い、いや急用・・というほどではな・・・・
 ・・いや、待て、やはり急用にしていいか?』
「どっちだ?」
『・・う・・いやその・・話せば少々長くなるが・・』
「急用なら短縮しろ」
『・・・ぐ・・だからその・・短く言うと・・・・動けなくなった』
「?怪我でもしたのか?」
『いや、そうではない。今日は悪天候だというので仕事が早めに切り上がったのだが・・
 運悪くというか・・運良くというか・・その帰りがけに・・・・少々落雷に・・・』
「・・ちょっと待て、今何と言った?」

少々どころじゃすまないような話に思わずそう聞き返すと
急に受話器の向こうが静かになった。

『・・・・』
「おい」
『・・・・・・・・』
「トール」
だから!落雷にあったと言ったのだ!!
 仕方がなかろう!ビルの仕事だったのだし避雷針もまだ設置されていなかったのだし!
 何より我は人よりそういったものを引きつける体質なのだし!!』

何を怒っているのか知らないがバージルは一瞬耳を押さえてそれを遠ざけて
びっくりして目を丸くしたフレスベルグを見ながらそれを少し遠めに持ち直す。

「・・待て、落ち着け。俺が聞いているのはそう言う事ではない。
 落雷を受けてケガはなかったのかと聞いている」

トールは電撃に耐性のある悪魔だとは聞いているが
いくら耐性があるとは言えども自然界で生み出される電撃の質は
一瞬でありながら計り知れないという事もバージルは知っている。

『・・・ない。その点はまったく問題はない』
「・・そうか。ん?なら・・」

どうしてケガもしていないのに動けなくなっている。

安堵と一緒に出てきたそんな疑問を口にしかけたその時
いきなりすっと横から受話器を取られる。

あ、と思って見ると一体いつからそこにいたのか
おふくろさんの着るようなかっぽう着を普通に着こなし
フライ返しを手にしたブラックライダーがいた。

「・・・・・・」

とられた受話器からは何か声はするものの
ブラックライダーは一言も話さずただその言葉をじっと聞いている。
なんで何も言わないのか、それでちゃんと伝わってるのかとか疑問はあったが・・。

「・・・少し待て・・・行かせる・・・」

それでもちゃんと会話は成立していたのか
そんな言葉を最後に無口な男は受話器を置いた。

そしてさらに無言のまま奥に戻ったかと思うと
雨ガッパ一着と同じ雨具の入った大きな袋を持って来る。

誰を行かせるとも言ってなかったし
こっちが聞こうとしていたことを中断させたのだから
それが誰に渡される物なのかはバージルにも察しがついた。

「場所はどこだ?」

無言で差し出されたそれを着用しつつそう聞くと
血色の悪い手が片方上がり、バササと音を立て
そこにさっきからこっちを見ていた鳥がとまる。

一瞬それで大丈夫なのかと思いはするが
大丈夫だとばかりにその普段脳天気な妖獣は
ギイと少し強めに鳴いた。




時折光って音を立てる空を見上げながら
バージルは日の落ちた夜の街を走る。

雨はもうかなり小降りになっているのですぐにやむだろう。
先程まで頻繁に鳴っていた雷も少しづつ間隔があきだしている。

何よりあの無口な魔人が自分に外出許可を出したのだ。
おそらくこれ以上天候が悪くなることもないだろう。

そんな確信をもちつつバージルは暗くなった空を見上げ
雨粒を氷に変えて落としながら飛んでいるフレスベルグを追って走った。

あの鳥はケルベロスのように鼻はきかないがその分目がいい。
それはおそらく人ではない者の気配や魔力なども見ることができるのだろう。
視界の悪い夜の空を、白い鳥は迷うことなく真っ直ぐに飛んでいた。

そうして行き着いたのは建設中のビルだ。
まだ骨組みができて間もなくシートに覆われたその穴だらけの建物の中に
フレスベルグは迷うことなく入り込んでいった。

・・こんな所に?

多少の疑問を持ちつつバージルはざっと周囲を見回し
人いないことを確認してから手もかけずにフェンスを飛び越える。

着地の後さらに周囲を確認するが
幸いまだそこは進入警報装置のたぐいは設置されていないようだ。
それでも一応警備員がいないかどうかを確認しつつ
バージルは慎重に作りかけのビルを白い鳥が飛び込んだ階数目指して上っていく。

そしてその階数に到着すると、暗闇の中でギーという声がこちらを呼んだ。
そこは明かりなど何もないが近くのビルからくる明かりと
元々夜目のきく体質のおかげでそう不自由はしない。
かぶっていたフードをとって軽く水気をはらい、声をたよりにそちらに行ってみると
奥まった場所の資材置き場のような場所に白い影が1つ落ちているのが見えた。

近寄って行くとフレスベルグは足下を凍らせたまま
こちらを見上げてそれ以上動かない。

しかし見回してみてもその周辺にトールの姿はない。
だが床にはトールが使っていたのだろう携帯だけがぽつんと落ちている。

まさかそんな事はないだろうが一応警戒のため
背中に隠し持ってきた閻魔刀を出しつつバージルは言った。

「・・トール、いるのか?」

するとフレスベルグの横にあった資材のシートの固まりが
いきなり、しかもかなりの範囲でごっそり動いた。

バージルは素早く飛び退いて身構えたが
しかしそれはよくよく感知してみれば彼の知る異形の気配ではない。

それにこんなに近くに来るまで気がつかなかったのだし
フレスベルグも大人しくこっちを見上げているのだから敵だとも考えにくい。

いくつかの疑問を持ちながら様子を見ていると
シートの中で丸くなっていたのだろうそれが起きあがり
明かりも何もない近くの街灯だけが入り込む暗い中で
ゆっくりとその目をこちらに向けた。

顔は金色の覆面のようなもので覆われていて
その脇からは白く立派なツノが二本下に向かってのび
その下からは大きさに似合わない綺麗な黒髪が垂れている。

そしてそれが雷の光によって一瞬だが全体が見えた。

それは天井の関係で身をかがめていて
大きな人と呼ぶにはかなり無理のある巨大な人型の何かだった。

その大きな全身や丸太のような褐色の手足は
ただ大きな人とか成長著しい人と言うには完璧に無理があり
おまけにその片方の手にはどう見ても人間には使えないサイズの鉄槌が
バージルの閻魔刀と同じく、そこにあるのが当前であるかのように握られている。

バージルとそれは暗い中でしばらく視線を合わせていた。
いや、巨人の方は少し緊張した面持ちでこちらを見ていたのだが
しばらくしてバージルは考えるように顎に手を当て、1つの疑問を口にした。

「・・・トール?」

その途端、こちらをじっとうかがっていた巨人が
ふうという盛大なため息と一緒に大きな手で汗をぬぐうような動作をし
心底ホッとしたかのように肩の力を抜いた。

「・・どう説明しようかと迷ったが・・やはり眼力か」

その声は普段聞くよりいくらか大きいが
それはさっき電話口で聞いていた声そのもの。

そして改めてよく見てもその巨大な身体のパーツのいくつか
つまり肌の色髪の色、あとやたらとデカイ所などは
バージルのよく知る大男の物とまったく同じだ。

「それが・・お前の本来か?」
「・・うむ・・この通りの大きさゆえ、これ以上ここからどうする事も・・うおお?!

カッ!
ドーーーン!!

その言葉の最中、閃光と同時にかなり近くで轟音がする。
こっちに出てこようとしていた巨体はまたシートの中に丸まってしまい
バージルは結構な音がしたのにもまったく動じず小さく首をかしげた。

「お前・・確か電撃には耐性があるとか言って・・」
ある!だが耐性と言っても我の場合は吸収型だ!
 あんな強力なものを何度も吸収してはしばらく人に戻れんではないか!」
「・・あぁ。それで」

なるほど。それでここから動けなくなっていてなおかつ言いにくそうにしていたらしい。
確かに大丈夫なはずのものに逆に足下をすくわれていては
彼の性格からすれは言いにくいだろう。

「生まれ持った体質とは言え、ここでは少々厄介な代物だな」
「・・・・仕方あるまい。今回たまたま運良く誰にも見つからなかったが
 今後気をつけねばたまったものではない」
「確かにな」

ふて腐れたように身を丸めるトールに苦笑を向けつつ
バージルは落ちていた携帯を拾い上げ家に連絡を入れた。

丁度純矢は帰っていて、すぐに来たそうにしていたが
自分がいるからもう少し天候が安定してからにしろと言って通話をきった。

「・・主は何と?」
「すぐに迎えに来ると言っていたが
 もう少し天候が回復するのを待てと言っておいた。
 ・・しかしそれ以前にお前、その手でどうやってこれを操作した?」

そう聞くと白い手袋に覆われた巨大な手がバージルの足下を指す。
目をやると誰かが落としたのだろうボールペンが一本、ぽつんと落ちている。

つまりそれでキーをつついて連絡を入れてきらしい。

「・・・器用なことだ」

素直に感心すると表情の出ないトールの顔がかなり疲れたようになり
ついでにどこからともなく地面のホコリが舞い上がるほど
大きくて大量のため息がもれた。

「・・・人間・・いや悪魔も必死になると何でもできるものだと
 非常に嫌々だが実感させられた」
「・・・・」
笑うな!!
「すまん」

抑えたつもりだったがやはりあっちも夜目がきくらしく
即座に飛んできた怒声にバージルは素直にあやまった。

でも悪いとは思いつつ、やはりつっこまずにはいられないのが
彼の最近取り戻しつつある人のサガというやつで・・。

「・・しかしお前はあの笑い上戸の魔人に『雷帝』などと呼ばれているのに
 その雷が苦手とはな」
だから笑うな!!お前とて怖いものの1つや2つや5つや6つあるだろう!!」
「なぜいきなり倍以上に・・」
「五月蠅い!とにかく・・をわぁあ!?

カッ!
バリバリバリーー!!

「とにかく・・怖いものは怖いのか」

突然やってきた地面を割りそうな光と轟音に
再びシートに引っ込んでしまった大きな固まりが
ちょっと間をあけてうんとうなずいた。

しかしバージルとてトールの気持ちは部分的にだがわからなくもない。

ここでの生活はバージルも気に入っているし
それが台無しになる事も今の母に迷惑がかかる事も出来れば避けたい。

それにバージルには昔は考えもしなかったある思いが1つある。
それを置いておいてトールを笑うことはできないだろう。

そんな事を考えてさて今はどうするべきかと考えていると
足下で霜を作って大人しくしていたフレスベルグが
バサバサ飛びはねながら突然こんな事を言い出した。

「トールトール!おれ電撃はんしゃ!はんしゃ!」
「・・?反・・?そうか!」

ちょっと考えた様子を見せたトールが
いきなりがばと出てきて嬉しそうな様子を見せる。
バージルが不思議に思っていると、地面にいたフレスベルグは
とてとてと円を描いて歩きいていきなり強烈な冷気を発生させたかと思うと
その小さな姿を倍以上に変化させ、ホコリやゴミなどを派手に巻き上げて舞い上がり
トールの肩の上にちょうどいいサイズでおさまった。

一瞬いつもの調子でそこが凍結しないか心配したが
元の大きさに戻るとその迷惑な性質は引っ込むらしく
白いマントも大きな肩も凍らない。

「フレスベルグには電撃系統を反射するスキルがある。
 こうしているのなら少なくともこれ以上落雷にあう事もなかろう」
「では後は母さんの迎え待ちということか」
「そうなるな・・」

やれやれと大きな身体が近くにあった壁にもたれて座り込む。
そのまま1人で突っ立っているのもなんなので
バージルもならってその横に腰を下ろした。
そうすると体格の悪くないはずの彼もいつもより随分小さく見えてしまうのだが
バージルは別に気にしなかった。

「・・ところでトール」
「ん?」
「先程の話の続きだが・・」
「・・なんだ、まだ何か笑うつもりか?」
「違う。お前が言った通り、俺にも怖いものの1つや複数がある。
 だから暇つぶしと謝罪もかねて俺の怖いものの話でもしてやろうと思っただけだ」

え?!と声には出さなかったがトールはびっくりしてバージルの方を向き
肩にいたフレスベルグが軽くバランスを崩してちょっと不服そうな目をする。

トールはバージルとそれなりに付き合いがあるので
そんな物はないとまでは思っていなかったが
それを自分から進んで話すという心境までは理解できなかったからだ。

「なんだ。何を驚く」
「・・いや、いきなり妙な事を言い出すと思って・・」
「あいにく俺はお前の事を笑えるほど完璧ではない。
 それは俺も、お前も、他の仲魔連中も例外のない事実だ」
「・・黒騎士殿やフトミミ殿もか?」
「この世(バージル脳内)で完璧なのは母さんだけだ」
「・・・・・・時々思うが・・・おぬし少々変わっているな」
「俺はそう思わん」
「・・・・・」
「それで、聞くのか聞かないのかどちらだ?」
「・・む・・まぁ・・参考までに聞いておく」
「よし」

視線の高低差ができてしまった事もあまり気にならないのか
かなり上を見上げていたバージルの視線が
何事もなかったかのようにビルの隙間から見える夜景にうつる。

ちなみに難しい話が苦手なフレスベルグは
大あくびを1つしてトールの肩上で羽づくろいを始めていた。

「まず俺は今の母さんが好きだ。
 だがそれゆえそこから離れる事、失う事、嫌われる事が怖い」
「ふむ」

それは耳が麻痺するほど聞いているし
後ろについた理由等もなんとなくわかる。
自分だって純矢は尊敬してるし敬愛してるし
一度一瞬だったが思いっきり嫌われた事があるからよーくわかる。

「加えて頼みもしないのに勝手に動く刃物のような階段(エスカレータ)も怖い。
 閉鎖されて上下にのみ動くつり下げ箱(エレベーター)も怖い。
 使用済みの調味料ビンををプラスチックとビンに分別する作業も
 ビンを破壊するかプラスチック部分を引きちぎり分別不能にしそうで怖い。
 あと3丁目の広い敷地にある栗の木。住んでいる気のいい老夫婦はともかくとして
 あの木は通りがかった時よくうれた棘だらけの実を
 絶妙なタイミングで俺の頭の上に落としてきた事があるのでそれも・・」
「・・ま、待て・・待て!ちょっと待てい!

黙って聞いていればそんなトークを真面目な顔してするバージルに
トールはなんだかそのバージル自体が怖くなってきてストップをかけた。

「・・一応確認しておくが・・・それは全て本気の話か?」
「冗談を言ってどうする」
「いやそれはそうだが・・・おぬしあまり表情をかえぬくせに妙な物を怖がるのだな」
「お前ほどではないと思うが」
「ぐ・・」
「だが俺はここで様々な事を学ぶにつれ
 1つどうにも説明のつかない怖さを1つ知った。・・何の事だか分かるか?」
「・・いや我はおぬしのように頭がいい方ではない」
「いや、これは頭の善し悪しに関係はしない」
「では一体何を怖いと思う」
「・・・・」

何か考え込むような沈黙の後
防音シートの隙間からのぞく夜景を見ながらバージルは静かに言った。

「俺は・・・怖いと思えるこの感情そのものが怖い。
 何かを失う事、未知に遭遇する事、思わぬ自体に直面する事
 ごくささいな事であろうと心を動かされ、後ろに引こうとするこの心が・・俺は怖い」

それは彼の本心からの本音だ。
いや元々彼は偽ったことを口にした事はないが
それは本音の奥の奥にある、彼にしては珍しい小さな弱音のように聞こえた。

「これはかつて俺にはなかった。
 ・・いや、元々あったのかも知れないが必要ないと判断し無意識の中に封印して
 人と関わる事により自然と表に出てきたのかもしれん」
「・・・・・」
「お前は以前話していたな。
 ここはただ戦って道を切り開くよりも遙かに生存することが難しい世界だと。
 俺は元々ここで生まれ落ちたため、いくらか人の世界に学はあるつもりだ。
 だからお前の言葉もその時は住む世界の価値観が違うだけだと思っていた。
 しかしこれは知識があり力があったとて、どうなるものでもない。
 だから俺は・・・この怖いと感じるこの感情が怖い」

怖いと言うより気が重いという感じでそんな事を言い終えたバージルに
トールは見た目には分からないが難しい顔をし、素直な感想をもらした。

「・・おぬし・・やはり難しいことを考えるのだな」
「・・そうか?」
「うむ。我は怖いと思う事は多々あるが
 それ自体を怖いと思う事など想像もつか・・」

むぎゅう

と、その時トールの肩にいたフレスベルグがいきなりひょいと降りてきて
トールとバージルの間にあった人1人分くらいの隙間にむりやり身を詰めてきた。

「・・おい」
「な・・なんだどうした??」
「バージル怖い!トールも怖い!だからおれ一緒にいてやる!」
「「は?」」

わけがわからんとばかりな声を同時に出した2人をよそに
真ん中で詰まっている大きな鳥はいつも通り
賑やかに話し出し・・・いや断片的にこんな事を言い出した。

「ジュンヤいった!おれがまだおれじゃない時にいったいった!
 1人だったら怖くて死んでた!悪魔でも死んでたっていってた!
 でもみんなと一緒だから怖くないない!だから死なないっていってた!」

それはフレスベルグが今の状態でない時
つまり合体前の別の悪魔であった時の記憶だろう。
その事ならトールにもかすかにだが記憶がある。

どんな時に言った事かまでは思い出せないが
それは確かジュンヤがようやくそこらの悪魔に殺されない程度の力をつけ
自分達も相応の力をつけたころに言われた事だ。

自分は確かに悪魔だけど、中身がまだ中途半端に人間だから
1人じゃきっと怖くて怖くてダメになってた。

きっと自分をこの世界で生かしているのは
たくさんの悪魔を焼き殺すような悪魔の力よりも
こうしてみんなが一緒にいてくれる事なのだと
確かそんなことをボルテクスにいたころのジュンヤは話していた。

「おおおれおれ怖いのよくわからないない。
 でもでも一緒だったら怖くないのはジュンヤでわかる!
 だからおれ一緒にいてやる!怖くないように一緒にいてやるやる!」

よくわからないと言ってるくせにやたら得意げな妖獣は
一応配慮はしているのか大きなクチバシのとがってない所で
両脇にあった太い腕と肩をどすどすとつっつく。

それは配慮はしていてもやはりちょっと痛かったが
しかし妖獣をはさんでいた鬼神と魔人は顔を見合わせて一瞬沈黙をつくった後
ほとんど同時にぷっと吹き出した。

だってそれはごく簡単で大したことでもないというのに
そうやって言われてこうして一緒にいるのを考えると
今まで怖いと思っていたことが本当に怖くなくなったのだから。

・・やはり母さんは凄い。
目の前にいなくても残した言葉だけでも救いになる。

それは鳥をはさんだ向こうにいる鬼神も同じ思いなのだろう。
さっきまであれほど怖がっていた音が間近でしたのも気にせず
表情のないはずの顔で笑っていたのをバージルは感じていた。


そうして意味も分からず一緒にいてやると宣言した鳥はというと
二人して笑われ和まれた意味もわかってないらしく
両方の顔をきょときょとと忙しく交互に見た後
そんなに曲げて大丈夫かと思うくらいにしっかり首をかしげた。






「し・・鹿」
「か?かーかか火事!」
「自転車」
「・・や・・山」
「ま、ま?ま、ま、魔族!」
「クローン」
「ん・・んー・・・ん??」
「バージル!バージル!負け負けバージルまた負け!」
「・・おぬし・・頭はいいはずなのに何故そこまでしりとりに弱い」
「う、うるさい。少し油断しただけだ。
 それにこんな言葉遊びに強いも弱いも・・」
「バージルバージル!つぎ!つぎ!つーぎ次!サマエルのルから!」
「い、痛!わかったからつつくな!
 ・・それにしてもまたしてもルからはじまるのか?」
「(ぎゅうぎゅう押してくる頭を押し返しつつ)文句を言うな。
 俺もお前もミカエルもサマエルも全部ルで終わる名前だろう」
「しかしルもそろそろネタが尽きそうだが・・次はんと同時にルも禁止してはどうだ?」
「いいだろう」
「じゃあいっこまえにしてエからエー!」

とっくにやんでしまった雷や雨にまったく気づかず
暗い中でくっついたままそんなやりとりをしている連中を遠目で見て
純矢と一緒に迎えに来ていたミカエルが『どうする?』とばかりにそれを指す。

しかし純矢は黙って首を振って
『なんだか楽しそうにしてるから、もうちょっと後で迎えに来よう』と肩をすくめ
見つからないようにそっとその場を後にした。

まぁ主がそうしたいのならかまわんが・・と肩越しに振り返った先の連中は
広いスペースの狭い場所に密集したまま
まだ地味な遊びを繰り広げていた。


「エース」
「す・・スイカ」
「か、か、かきのたねたね!」
「ネジ」
「じ・・自転車」
「や?や、やややきとりやきとりー!」
「・・・・。リボン。
 ・・あ」



「・・・・・」
「・・・・・」

「・・・・・
無言で見るな














誰かと一緒だと怖くないと思った話。
あと兄は知識の詰め込みすぎでしりとりがヘタだといいなとか思っただけ。

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