赤いコートをひらめかせ
外も中身も派手な赤の王子は暗い森を歩きます。

色彩が派手なのでこういったところを歩くととても目立つのですが
これだけうっそうとしていて不気味な森だというのに
予想に反して森の中はとても静かで何もいなくて
すぐ何かに出くわすと思っていた王子はちょっと肩すかしをくらいました。

「・・なんだよ。期待はずれか?」

しかしそう思っていても王子は立ち止まる気を起こしません。
理由はわからないのですがこの先に何かありそうな気がするからです。

そしてそのあやふやな部分の予想だけは的中しました。
道もない森の中をまっすぐに歩き続けていると
どこからか魔力のような冷気のようなものが漂ってくるのです。

「・・って事は、こっちでいいのか」

その根拠も帰り道も今向かっている方向の事も
とにかく細かいことは考えず、王子はさらにずんずん前へ進みました。

「おいそこの赤いの!!」

しかしもう少しで森が開けそうになったその時
今まで鳥の声1つしなかった森のどこかからそんな声が聞こえてきました。

しかし辺りを見回してみても声の主は影も形も見あたりません。

おいコラどこ見てる!!お前だ!オ!マ!エ!
 そこの赤くて白くて頭悪そうで生意気そうなやつ!」

などとどっちが生意気なのかわからないような言葉は
よく聞くと自分のすぐ足元から聞こえてくるではありませんか。

まさかと思って王子が視線を下にやると
すぐ足元に手のひらくらいの白いクモがいました。

まさかとは思いましたがそれは確かに青い目でこっちを見て
足の1つをつんとこっちへ向けてきています。

遅ぇ!!どこに目つけてんだ!
 呼ばれたらすぐこっち見やがれ!」

その怒鳴り声はやはり足元のクモが発しているようです。
ですがドスのきいた怖い声とちんまりした外見が激しく一致していません。

赤の王子はしゃがみ込んでそれに訝しげな目をむけました。

「・・・なんだオマエ?」
「それはこっちのセリフだ!てめぇ半魔だな!?こんな所で何してやがる!」
「ちっこいくせに一々声のデカイ虫だな、大声出さなくても聞こえてるぜ?」
質問に答えろ!!ここから先はてめぇみたいな半端な奴の行くとこ・・のわ!
「ふぅん?その口ぶりじゃオマエこの先に何があるのか知ってるんだな?」

たくさんあった足を一本つまんでプラプラさせると
逆さになったクモは目を赤くして小さい火を吐きますが
出す火は小さいし逆さまなので当たりません。

なにしやがんだゴら!!放せこの赤チビ!!」
「へぇ?こんな状態でもまだそんな口がき・・いでぇ!?

さらにぷらぷらさせて遊んでいると
どこからかのびてきたシッポに王子は手をちくっとさされ
放り出されたクモはしゅたっと綺麗に着地しました。

「・・・ってえなテメェ!クモなのかサソリなのかハッキリしろ!!」
「クモじゃねぇ!ファントム様だチビ!!」
「オレよりチビなくせに吠えてんじゃねぇ!」
「そのチビ相手に怒鳴ってるのはどこのどいつだあぁ!?」
「クモのくせにうるせェな!あんまり大口叩いてると踏むぞ!」
「クモじゃねぇって言ってんだろ記憶力ねぇチビだな!」

などと非常にどっちもどっちな言い合いをしていると
突然ぴしゃんと2人の間に小さな雷が落ちてきました。

そしてファントムと言ったクモの上に
スズメ大くらいの小さな鳥が飛んできて
その上で何やら注意するような声でぴーぴーと鳴きます。

「あぁ!?なんだグリフォン!
 は?関わるなって!?・・いやヘタに火吹いたら火事になるのはわかるが
 ここから先はアイツが・・うお!?

と、まだ何か言おうとしたファントムでしたが
今度は木々の間からのびてきた黒い影のような物に身体をすくわれました。

それはただの影のように見えましたがよく見ると目が2つあり
それを中心にさっと形を変えて大型のネコのような獣になりました。

「オイコラ!なんだよシャドウまで!?
 まさかコイツが例のアレだって言うんじゃ・・おいちょっと待・・!」

しかし頭の上にファントムをのせた真っ黒な獣は
王子の方を一度だけちらりと見て、まだ何かわめいているファントムと
その横にとまったグリフォンごと森の中に消えていきました。

赤の王子はいつの間にか突きつけていた銃を手にしたまま
何が何だかよくわからず頭をかきました。

「・・例のアレねぇ?もうちょっと詳しく聞き出したかったが
 どうせあの様子じゃ正直に答えてくれそうもないか」

銃をしまってまぁいいやと思いつつ
赤の王子は変な獣達が消えていった方向に向かって歩き出しました。

根拠も理由もないのですが、あの黒い獣が去りぎわに
ちょっとだけこちらを見て道案内をしたような気がしたからです。

そして変な連中の消えた方向へ歩いていると
それから少しもしないうちに森がとぎれ、立派なお城が姿をあらわしました。

ですがそのお城、こんな深い森の中にあるうえに
所々に氷がはっていてとてもひんやりしています。

赤の王子はそれがどうしてなのかの理由をまったく考えず
その中にずかずかと入っていきました。

城の中には森と同じく誰もいないかと思ったのですが
元々ここにいたのだろう悪魔達が所々で眠っていたりしました。

こんな状態なら撃ち放題狩り放題なのですが
王子は寝ているところを撃ってもつまらないので無視して進みます。

そうしていろんな謎をまったく無視してすすんでいた赤の王子の足が
ある部屋の前でぴたりと止まりました。

そこはこじんまりした場所にあったドアの前なのですが
そこには張り紙がしてあり、こう書いてあったのです。

入るな

ドゴン!!

王子は一秒のためらいもなくそのドアを張り紙ごと蹴りあけました。

入るなと言われればよけい入りたくなるのが赤の王子の性分なのです。

壊れたドアを踏みつけて中に入るとそこは寝室のようでした。
さっきから外で感じていた冷気が部屋の中で充満し
まるで冷蔵庫の中にいるようでしたが
そんな中、王子は部屋の中央にあったそれなりに豪華なベットの上に
誰かいるのに気がつきました。

一瞬死体かと思いましたがそれにしては妙なので
一応用心のためショットガンを抜きそれに近づきます。

しかし近づいてそれを見た王子は感心したように口笛をふきました。

そこでかすかな寝息をもらしていたのは人間の形をした悪魔でした。
細身のその身体は遠くから見ると女の子と間違えそうなほど細く
服の隙間から見える肌には機械ではかったように正確な模様があり
身体全体にはりめぐらされたそれは時々発光していてとても綺麗でした。

「へぇ、こんな所にこんなお姫様が落ちてるとはねぇ」

赤の王子は足音も消さずズカズカと近づいてその顔をのぞき込みますが
その悪魔は目を覚ます気配がまったくありません。

王子はためしにショットガンをしまい、持っていた銃を本気で向けてみましたが
その鋭い殺気にも呪いで眠っている姫は目を覚ましませんでした。

その無反応加減にムッとした王子は今度は耳元に銃口をあわせ
驚かすつもりで引き金をひこうとしましたが
子供のように横向きに丸くなって寝ている姫を見たら
なんとなくそんな気も失せてしまいます。

王子はさらにムッとして銃をしまい
どすんと姫の真横に腰を下ろして覆い被さってみましたが
それでもやっぱり姫は眠ったままです。

王子はなんだかイライラしてきました。

だって自分が何をしようが無視されるのは誰だってイヤなものなのですし
王子はさらにその気が、いえ、簡単に言うとワガママ度が強いのです。

「・・・オイ、いつまで寝てるつもりだお姫様」

聞く人が聞けば腰を抜かしそうな声でささやいて
模様のはいった頬をつついてみても、やはり反応は寝息だけです。

・・なんでここまで寝起きが悪いんだ?
いくらなんでもここまですりゃ起きるだろうに。

王子はそこでようやく不思議に思い
ちょっと考えて姫のほっぺたにキスをしてみました。

寝てる人を確実に起こすといえばこうするか
上から串刺しにするかしか起こす方法を王子は知りません。

「・・・まさかな」

なんだか極端な話ですが、しかしやってみてから考えてみると
だいたい今時そんな典型的な方法で起きるわけが・・

などと思っていた次の瞬間。

「・・んん?」

今までずっと閉じられていた姫の目がすうと音もなくあき
今まで寝息しか聞こえなかった口から初めて声がもれたのです。

え?なんだよ、そんなオーソドックスな方法でいいのかと
少し拍子抜けしている王子をよそに、2度ほどまばたきをした姫は
首をひねって真上にいた王子の方を見


「G×#%ーーー!!」

びーーむ


声になっていない絶叫とともに
顔から天井に大穴があくほどのビームを発射しました。

王子はギリギリで回避しましたが
持ち前の反射神経がなければ自慢の顔がなくなっていたかもしれません。

「・・あぶ!あっぶねぇ!?オマエ何しやがる!」
「それはこっちのセリフだ!!なんでいきなり俺の上にいるんだ!
 っていうかアンタ誰だ!どっから入ってきたんだ!」
「オレか?オレは通りすがりの奴で、入ってきたのはそこのドア(壊したけど)
 で、上にいたのはあんまりによく寝てるもんだから
 何しても起きないのかどうかの実験・・うお!?

などと得意げに普通に話していると
今度は姫の身体から無数の光の矢が発射されそこら中に降りそそぎます。

けれど王子もダテに名前で呼ばれるのも怖がられるほど
周辺の悪魔達から恐れられてはいません。
自慢のコートに穴を開けつつもなんとか全部よけきりました。

「ヒュウ、なんだか知らないがお目覚めの激しいお姫様だな。
 だが先に言っとくがオレはそんなに大した事はしてないぜ?」
「じゃあ小さい事はしたんだな!?」
「そう怒るなっての。ちょっとここにキスしただけ・・でッ!?

頬を指して説明してあげると姫は目をまん丸くして
いきなり腕を振って真空の刃をくれ
とっさに飛び退いた王子の横にあったソファが砕けて粉々になりました。

しかし王子はさっきから何を言っても攻撃されっぱなしです。

「何だよ、そんな大したことじゃないだろ?別にそのくらい誰だっ・・・」

などといつもの調子で軽くあしらおうとした赤の王子は
途中で言葉を切って固まりました。

真空刃を放った体勢のまま姫が泣きそうな顔をしていたからです。

どうやらそれは王子には大したことではなくても姫にとっては大問題だったようです。
姫はしばらく泣きそうな顔で王子をにらんでいたかと思うと
今まで寝ていたベットに引き返し、シーツにくるまってふて寝をしてしまいました。

こうなってしまうと王子はどう言い訳しても完全な悪者です。

「・・な・・オイちょっと待てよ。そこまでふて腐れる事ないだろ?」
「・・・・・」
「勝手に入ったのは悪かったって。
 でもオマエ全然気がつかなくて、どれだけ声かけても起きねぇし
 それにオレは別に襲うとかいう気はなかったんだし」
「・・・・・」
「ただ散歩途中にここを見つけただけの通りすがりだったんだよ。
 それにほんの軽くの冗談のつもりで・・」
「・・・・・」
「おい・・」

すっかりいじけてしまった姫に王子はまだ何か言おうとしましたが
以前兄に『お前は余計な言葉が多すぎる』と言われたのを思い出し
何か言いかけた口をぱくと閉じました。

王子は丸くなったシーツの固まりを前に考え込んでしまいました。

別にこのまま帰ってもよかったのですが
なんとなく放っておけないのです。

「・・なぁおい」
「・・・・・」
「悪かったって」
「・・・・・」
「出てこいよ」
「・・・・・」
「・・・・なぁ」

王子は何だか切なくなってきました。

初対面で名前も何もしらない上に
人を見るなりビームを出したり光の矢を発射してきた悪魔ですが
なんだかこうされると王子としては悲しくなってきます。

王子はしばらく考えてから姫のまわりをうろうろ這い回り
何を思ったのかぽんと1つ手を打ったかと思うと
身をさっとひるがえして・・ベットから転げ落ちました。

ドスン!いてえ!

「・・!」

その途端、今までガンとして出てこなかった姫が慌てたように顔を出し

ぱし

「!」

素早く飛んできた手に腕を掴まれました。

「なっ!!」
「・・やっと出てきたな?」

落ちたと思った顔が間近にあり
してやったりと言わんばかりに笑っているのを見て
姫はやられたと思いました。

「こんの・・!だましたな!?」
「仕方ないだろ。出てきてこっち向いてくれないと謝ってる意味がないんだし」
「謝ってすむ問題じゃないだろ!はなせバカ!」
「イヤだね。ちゃんと聞いてくれるまでは絶対に放さない。
 それにオレだってそんなに嫌われるってわかってたらあんな事しなかった」
「だったら最初から・・!」
「悪かった。ごめんな」
「う・・」

そう真剣に言われるとさすがに強く言えなくなってきたのか
姫はシーツに埋もれたまま恨めしそうに涙目でにらんできて
王子は不覚にもドキリとしました。

しかし王子はなるべくそれを表に出さないようにしつつ
余計なことを言わないように慎重に話しました。

「そうスネるなよお姫様。せっかく目が覚めたってのに
 ふて腐れてるだけだなんてもったいないだろ?」
「だから誰のせいだと思って・・!」
「しかし寝てる時も可愛いが、怒った顔もなかなか可愛いな」
「こん・・!!

ドガーン!バリバリー!

しかしまたしても余計な事を言って姫を怒らせたその時
壁をぶちやぶる轟音がして何か大きな物が進入してきました。

「お!やっぱり起きて・・って、なんで赤チビまで一緒なんだよ!?」

姫を見て嬉しそうにし、王子を見るなり青い目を真っ赤にしたのは
見た目はさっきまで手のひらサイズだったファントムです。

どうやら姫が起きたのと同時に大きさが元に戻ったらしいのですが
王子はそんな事よりやっと会話になりそうだった所を邪魔されて舌打ちしました。

「・・チッ、いいところで邪魔しやがって。気のきかねぇクモだな」
「オイコラ赤チビ!俺の知り合いに何してやがる!!」
「知り合い?」

そう言えばさっきこのクモはここの事を知っていて
ここに来るのを拒んでいたような気がします。
だとすると残りの鳥と獣はここで王子が姫を起こすことを薄々ですが予感していて
あそこで邪魔をしなかったのでしょう。

「そいつを起こしてくれた事はまぁいいとして!
 それ以上そいつに何かしたら丸焼きにしてやるぞコラ!!」
「あいにくだがまだ何もしてねぇよ。
 どっかの目の前の誰かが絶妙なタイミングで邪魔してくれたおかげでな。
 おいお姫様」
「へ?」

いきなり話をふられた姫は変な声を出しましたが
王子はかまわずその額をとんと指で押して不敵な笑みを向けました。

「今度はもっと落ち着いた時にでも、じっくり会おうぜ?」
「え?ちょ、ちょっと待て!何をそんな勝手な・・!」

しかし抗議の声はぐいと強引に引き寄せられ
首筋にチクリとした痛みを残された事で止まりました。

「予約のしるし。また今度、絶対に会いにくるからな!」

口の前で指を立てて楽しそうにそう言うと
王子は赤いコートをひるがえし、近くにあった窓から身を躍らせ
その姿を別のものに変えて飛び去りました。

「あッ!
コラ待てクソチビ!!てめぇ何しやがった!!
 おいグリフォン追え!・・は!?何いってやがる!見逃してどうすんだ!」

などという騒々しい声を聞きながら姫はただ呆然としたまま
赤い跡の残った首を押さえる事しかできませんでした。

姫にすればそれはもうメチャクチャな出会いで
けれどそれは良くも悪くも印象的な出会いであったのは確かです。

どこからともなく黒い影の獣が寄ってきて嬉しそうに身を寄せてきましたが
それでも姫はまだ1人で呆然としていました。



そして一方、大きな鳥に見送られながら飛び去った王子はというと
しばらくしてあの姫の名前を聞くのも
自分の名前も教えていなかった事にも気付いたのですが・・

「・・ま、いいか、それは今度会った時にでも聞けばいいし
 こっちの事は思いっきりじらしてから教えてやれば」


その方があの複雑な模様があるくせに中身がまっさらなお姫様に
こっちの事をしっかり焼き付けてやれるだろうからな。

そんなことを考えながら赤の王子は時間の動き出した森の上を
それはそれは上機嫌で飛び、後で合流した家族達に不思議がられました。

ですがその姫は王子が考えているほど軽い存在ではなく
会えば会うほど自分の方がハマっていく事になるなどとは・・


面白いおもちゃを見つけたような気分でいる王子には
まったく見当がついていませんでしたとさ。






なんつってな話。
続きませんよ。恥ずいから。


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