とある冬の寒い日、サマエルがちょっとした残業から帰ってきたのは
深夜一歩手前の時間帯だった。

その頃にはバイト好きのフトミミと夜遊び好きのマザーハーロット
いたりいなかったりするマカミをのぞく仲魔ほぼ全員が帰ってきていて
茶の間の円卓(ちゃぶ台)を囲みテレビかチェスか将棋か勉強をしているか
もしくは寝ているかのどれかだった。

だがその日帰ってきたサマエルが見たのは
つけっぱなしのテレビに散らかった本や雑誌。
円卓のまん中に置かれた高そうなチョコがいくつか。
そしてあちこちボロボロになったミカエルと
そのそばで手足にタトゥーを浮かせ、ぐうぐう丸くなって寝ている主人。

「・・・・・・・・」
「・・ちょっと待て、今説明する」

何かいいたげに無言なサマエルにそう言って
何と戦っていたのかわからないミカエルはのろのろと立ち上がり
なぜか真っ先に高そうなチョコの入った箱を戸棚の一番上
つまりお子様の手の届かないくらいの高さに退避させた。




事の始まりは夕食後にさかのぼる。

夕食後、みんなで仲良く食後のお茶を楽しんでいると
ブラックライダーがお菓子を運んできたのが事の始まりだった。

それは貰い物のチョコレートの詰め合わせで
ちょっと多いからみんなで食べようと純矢が説明したのだが
でもなんか外国のブランドだし、お中元にしてもお歳暮にしてもおかしいし
一体誰からのだという話になり、そのあたりはウソが苦手な本人の自白により
すぐにダンテからの物だと判明した。

その場にいたのはミカエル、トール、バージル
ケルベロスにピシャーチャ、フレスベルグ、そして純矢で
当然反ダンテ派が多かったためにその事でちょっともめたりしたが
主人の好物を食うなとも言えないし、食べ物を粗末にするのは
同じく主人に怒られることになる。

仕方ないので地味にもめた後それは毒味もかね
全員で手分けして食べる事になった。

とは言えさすがにダンテの選んだものだけあり
甘い物好きでないミカエルにはちょっと甘すぎたが
どれも味が違って面白いし楽しいと純矢が喜んでいたので
それはまぁいいかと柔軟に考えることにした。

のだが。

「・・だがその物も甘かったが考え方も甘かった!
 冷静に考えれば気付けたはずなのだ!
 あの疫病神の送ってきた物品がそれだけで済むはずがない!」

というのもそのチョコの詰め合わせの中に
いくつか酒入り、つまり洋酒入りチョコが入っていたのだ。

ただそれだけなら何も問題もなかっただろう。
ただ1つ問題だったのは、純矢の口にした酒入りのチョコが
純矢の人生でまれに見る大当たりだったという事だ。

純矢は洋酒、ブランデーなどが入った菓子に弱い体質がある。
ただ弱いと言っても効かない時にはまったく効かず
軽い場合は顔が赤くなるだけ、まともに効くとひどく眠くなって
立ってでもうたた寝するくらいだと本人は笑いながら話していた。

そりゃ未成年なのだからそういったものに慣れてる方がおかしいのだが
まぁ家にいる時だから別にいいよなとパクつきだして数分後
そのどれでもない症状が出てきたのだとミカエルは苦々しげに話す。

「・・赤い顔でケタケタ笑い、つじつまの合わない事を言い続け
 全力で抱きつかれて嫌がるケルベロスを追い回し
 同じく逃げるのを捕獲したフレスベルグに眉毛をつけたいと言い出し
 トールと力比べをしようとして床が危うく抜けそうになり
 バージルには様子が違うと怯えられるのもかまわず
 悪魔狩りと見間違え馬乗りになってつつき回しながら
 意味の分からぬ言い回しで愚痴と説教を同時にはじめる始末・・」

魅了にかかりフルパワーで殴りかかって来られるよりはマシだったろうが
どうにかしようにもアイテム系は全部ジュンヤが持っているし
だからと言って実力行使で黙らせるわけにもいかず
上手くあしらい全力で引き留め、時にはごまかしてなだめながら
スキをみてストックに逃がしたり避難させたりと彼なりに大変だったらしい。

「ではここにいない者は皆ストックに?」
「・・いや、ストックに逃がしたのはトールとフレスベルグ。
 ピシャーチャは居間へ逃げ、バージルとケルベロスはそこだ」

そう言って疲れたように指されたのはなぜか押し入れ。

サマエルが黙って指された所を開けて見ると
奥のすみっこに若干迷惑げなケルベロスを抱え
丸くなって動かなくなっているバージルがいた。

サマエルは数秒黙り、そこをぱたりと無言で閉めなおした。

「連絡を下さればいくらでも都合をつけたのですが・・」
「いや・・お前がいたらいたで物理反射で余計に状況が悪化していた」
「では気まぐれな2名をのぞく鬼神と魔人の方々は?」
「フトミミは先程ようやく連絡がついて帰ってくるとの事だ。
 黒騎士は台所にいるが・・おそらく最後の砦として待機するつもりだろう」
「・・つまりは1人で貧乏くじを引いたと?」
「・・・言うな」

自覚があるのか苦い顔をし、ミカエルはそこらに散乱していた座布団を集め
起こさないようにぐうぐう丸くなって寝ているジュンヤにかけてやっ

「・・・ふが・・?」

ている最中、問題のそれがヘンな声を出してふいに目を開けた。

、と思ったがもう遅い。
開いた目がのろのろとミカエルをとらえもったりした動きで起き上がってくる。

「うがぁ〜〜・・ミカおふぁよい〜。
 ・・れ?そんで俺なにしてたんだっけ?」

と、そこで寝起きの猫みたいな目がはたりとサマエルをとらえた。

「あ、サマエルだ。サーマエル〜〜」

だらしない顔に間延びした声で手を伸ばそうとするジュンヤを
ミカエルがほぼ飛びつくくらいの勢いで羽交い締めにした。
おそらく酔っていて力加減が出来ていないのだろう
ゆるんだジュンヤの顔とは対照的にミカエルの顔は全力の必死だ。

「おっかえりー俺さっきまで楽しかったんだぜい
 いや今もじゅーぶんに楽しいけどさぁ眠いの半分くらい腹八分くらいで」
「・・・それは・・ようございました」
「でさぁ聞いてくれよさっきトールと腕相撲してたらトールひっくり返って
 ケルふんづけそうになってフレスとぶつかるしもーおかしーったら。
 あとマカミがちらっと帰ってきたんだけどすげえあわてて逃げちゃって
 もーなんだよアレ、ちょっと白昆布みたいで美味しそうって思っただけなのに
 逃げることないと思わないかぁ?いや結構美味しそうだったんで
 ちょっとかじったりはしたけど味なかったっけ?あれ?」
「・・・・・・」

サマエルはうわぁ・・と思った。

酒入りチョコくらいでこんなになれるジュンヤもすごいが
コレを今まで被害少なく押さえていたミカエルもすごい。

「主・・!もういいから休め!後は片づけておく!」
「えー?やだ俺ぇ・・くわぁ・・まだ眠くないぃ。
 テレビみて笑ってトイレいってご飯食べて屁ぇこくんだよー」
「順序がおかしい!そしてどこから仕入れたその下品な表現は・・!」

ガラララー

「ただいまー」

などとやっていると玄関から慣れた様子の声がくる。
しばらくするとそこそこ急いで帰ってきたのだろう
ファミレスの制服らしき物の上からコートを羽織ったフトミミが
ひょいと顔をのぞかせた。

「おや、もっとひどいかと思っていたけれどそうでもないみたいだね」
「これでも最小限に抑えたつもりだ・・!どうにかできるか?」
「やってみよう」

言うなりフトミミはなぜか手をコキコキと鳴らし
犬を呼ぶような軽いノリで羽交い締めにされたジュンヤを呼んだ。

「お〜い高槻〜」

細身のくせにブルドーザー並のパワーで
止めるのにも必死にならないといけない少年の目がはたとフトミミをとらえる。

「あ、フトミミさんだ。おかえり〜」

ミカエルがもう限界とばかりな勢いでジュンヤを放すと
その歩みはへろへろなのに一歩踏み出すごとに床がメキリと音を立て
軽く踏んだコタツのコードがバチン!とショートする。

しかしフトミミは爽やかな笑顔でそれを受け止め

ぷす

た、と思った瞬間、首の横あたりをさり気なく指で一突き。

するとジュンヤはピタと動きを止め、ぱさりと倒れかかり
さっきと同じくぐうぐう寝息を立て始めた。

「身体構造が人間のままでよかったよ」

事も無げにそう言って、はいとミカエルにその身を引き渡しながら
フトミミはさらりと笑って言い放った。

その場にいた全員がなんでそんな特殊技能もってんだと聞きたいだろうが
彼のことだ。きっとバイト上の経験だとしか答えないだろう。
が、しかしどんな仕事をしていてそんな技を覚えられるのか
聞いてはみたいが聞くのが怖い。

「・・・1つ聞くが・・まさか妙な仕事にまで手を出してはいまいな」
「大丈夫だよ。ちょっと知り合いの、・・・整体師さんからやり方を聞いて
 たまに酔ってくだを巻いた人とかで試していただけだから」

一瞬妙な間があった上、そりゃ人体実験っていうんだよとは
その場にいた2人は空気的につっこめなかった。

「それよりここは私が片づけておくから、早く運んだ方がいい。
 彼も悪魔だからそう長くは効かない可能性もあるからね」
「・・では私は寝室の準備をしておきましょう。運搬の方をお願いします」
「・・む、そうだな。ではフトミミは後を頼む。
 それ押し入れにバージルが入っているので
 可能なら説得して出しておいてくれ」
「わかった。可能なら、だね」

その短いくせにやたら不安をかき立てる不吉な言い回しに
ミカエルは押し入れを破らない程度に素早くノックし
なるべく早く自分で出ろ、鬼に注意と注意をうながす。

そして寝ている主人を運べるように抱き上げようとして
ふとなぜか途中で思いとどまり、体勢を変えてしゃがんだ。

「すまんが後ろに乗せてくれ」
「?抱き上げた方が容易なのではありませんか?」
「以前そうした事があったのだが、気に入らんらしいのでな」
「おやおや。寝ている時にまで律義なことだ」
「従者の鏡ですね」
「・・・茶化すな。とにかくたのむ」

2人がかりで起こさないようにそーっとジュンヤを移動させ
落ちないようにしっかり腕を回して背負わせると
目だけで2人に礼を言い、ミカエルはそっと歩き出した。

ジュンヤの自室までそう遠くはないが
元々浮いている時間の多かった彼にすれば
音を立てないようにそっと歩くのはなかなか難しい。

しばらくすると避難していたピシャーチャが
心配で後ろからコ、コ、コとついて来ようとしてはいたが
こちらはさらに苦戦しているのか距離が縮まる様子はない。

しかしそれにしてもジュンヤの身は軽く、しかも細い。
こんな細身でボルテクスを歩き、3つのコトワリとカグツチを制覇し
未だ悪魔12体の世話をやいているとは思えないほどだ。

いやもしかすると・・自分達が未だにくっついているせいで
この少年には余計な負担をかけているのかもしれない。

本人に聞けばきっと否定するだろうが
元々自分達はこの世界にいるはずのない存在だ。
それをいきなりこんな大量に抱え込んでいて苦労の1つもないはずが・・

「・・・んが?」

などと色々考えながら歩いていると
後ろから変な声がしてミカエルはギクリと固まった。

「・・?・?おぁ、あぁそうだ、これは・・ミカの後頭部とみた、そうだろう」

のろりと伸びてきた手に頭をがしがし撫でられ
ついでに首も軽く絞められ軽くうめくが
近衛の意地にかけここで立ち往生するワケにはいかない。

「・・あ、主、あとは我々にまかせ・・もう眠れ」
「・・えー?俺まだねむくないのにー・・」
「先程から何度か眠っているし、その声では説得力がない。
 いいから眠れ。早急、すぐに、迅速にだ」
「うぃ〜」

わかってるのかわかってないのか微妙な返事をして
ジュンヤは頭をいじるのと首を絞めるのをやめてくれた。

さすがに酔いも冷めてきたのか力加減はかなりマシだったし
素直に聞いてくれたところを見るともうそんなに無茶はしないだろう。

かなりホッとしつつ、でも一応ゆっくり歩き始めると
今度は後ろからちょっと小さめの声がする。

「・・なぁ〜ミカ〜」
「?」
「ごめーんなー」

歌うようにそう言って、背負っていた身体が脱力したように
べしゃと重みをかけうなだれてくる。

それは今の状況の事なのか、それともっと別の事についてなのか
どれに対してのごめんなのかはわからなかったが
ミカエルにはその両方で言える事が1つだけあった。

「・・何を謝る。主は何一つ間違ったことなどしていない」
「でもごめん・・・色々と」

さっきまで騒いでいたのに急にしゅんとし出すとは
一体この主人は何上戸なのだろう。

まぁともかく妙なテンションで騒がれるより十倍マシだと思いながら
ミカエルはふと苦笑しながら先を続けた。

「・・なに、気にするな。主は確かに我らの主だが
 それ以前にまだ年端もいかぬ人間でもあるのだ。
 あまり1人で背負い込まず時には吐き出すなりせねばもたんだろう」
「・・うぅー」
「主も、そして我らも万能ではない。そのために我らは主と共にある。
 それにいつも何かの面倒を見ている主が
 何かに寄りかかるのは決して悪いことではない」
「・・・?ぅえ〜つまり・・その方がいいってことか?」
「そうだな。そもそもそんな事を気にする輩は主だけだと私は思うぞ」

そう言ってミカエルは落ちかかっていた主人を軽く背負い直し

「・・私はあまり器用ではないのでな。
 今はこれくらいしかできんが・・」

手を伸ばしてジュンヤの頭を軽く撫でた。

とは言えそれは頭の固い彼にすればかなり珍しい行動で
彼の持つ絶対服従の法をやぶってでもこちらを気遣ってくれる
彼なりの不器用で破格の優しさだ。

ジュンヤは一瞬目をまん丸くし、へにゃと笑ったかと思うと
今度はちゃんと加減のされた力でぎゅうとしがみついてきて
ミカエルはちょっと赤くなった。

「・・なぁミカ」
「ん?」

見えはしなかったがすぐ横で嬉しそうに笑う気配がし
消え入りそうな声でぽつりと一言。

「・・・大すき」

その瞬間、階段を上がりかかっていた足がびしと完全に硬直した。

もう少しタイミングが悪ければけつまずいて弁慶を強打し
前のめりにずっこけて大惨事になっていただろう。

しかしそんな冷や汗をよそに当の本人からそれ以上の声はなく
すーすーという静かな寝息しかよこしてこない。

・・・何というか・・・さすがに主だ。
鶴の一声どころの話ではない。

じりじり熱くなってくる顔から熱を逃がそうと必死になりながら
ミカエルは内心でうなった。

おまけにこっちの意見も聞かずに言い逃げとは・・
・・いやそうではなく今のはただの寝言で酔った勢いの発言であり
別に返事がいるとかどうとかの話ではないのであって・・

などと考えている間に顔からは見事な湯気が立ちのぼり
ようやく追いついてきたピシャーチャが目を丸くてビクッとした。

ミカエルはその気配を足元に感じ、数度深呼吸をすると
ふっと呆れたような笑みをうかべ、びっくりしている幽鬼を見た。

「・・いや、気にする事ではないな。どうせ明日には覚えていまい」

そう自分に言い聞かせるように言って
ずり落ちかかっていた身体をよっこいしょと背負い直し
努めて何事もなかったかのように階段を上がり始める。

残ったピシャーチャは不思議そうに目をぱちぱちさせると
何があったか知らないが、ちょっと寂しそうだなと思いながら
少し慌てたようにその後を追いかけた。








ジリリリリリリ!

「・・ふが・・」

手を伸ばしあまり聞くことのないベルを止め
二度したい気持ちを押さえこみつつ目をこらして時計を見ると・・
どういった事かいつも起きる時間をとっくに過ぎている。

げ!?

まさかと思って別の時計を見てもやっぱり起きるには遅すぎる時間。

たかが時間、されど時間。
しかも朝の時間というのは1日で最も尊く貴重なものだ。

ぎゃー!!なんだよ!!誰だよ目覚ましいじくったぁ!?

飛び起きて服を取ろうとした瞬間何かにけつまずく。
見るといつも定位置にいるはずのバージルが
やっぱり迷惑げなケルベロスを抱き枕にし、変な所に転がっていた。

あれ?と思ったが生憎かまっている時間はない。
叩きつけるように寝間着を脱ぎ、高速で制服に袖を通し
超特急で靴下をはいた所でバージルがむくりと起きてきた。

「あ、ごめんバージルさん!さっきちょっと踏んじゃったかも!
 目覚ましが壊れたのか起きる時間がくるっちゃってゴメンな」

片手でブラシをかけ片手でベルトをいじりながらそう言うと
バージルはしばらくぼーっとしていたが、ようやく純矢を認識したかと思うと
ベルトを締めようとしていた腹に無言でしがみついてきた。

「え!?ちょ!朝からなんだ?!」
「・・・元の・・母さん・・!」
「もーコラ!元も前もありません!
 ちょっとホント、マジで遅刻するから勘弁してー!」

いくら何でもベルトしめるの妨害されて遅刻しましたなんて言えないし
トイレにも行きたいので、とりあえず引きずってればそのうち落ちるかと
変な状態でずりずりやっていると、ドアの所にはり紙がしてあるのに気付く。
流れるような字で書いてあったのはこうだ。

『 おはよう高槻。二度寝しないように部屋の時計をちょっと細工しました。
  本物はオーディオに表示されています。よい朝を。

                             フトミミ 』

よくねぇーー!!

全身で脱力してオーディオの表示に目をやると
デジタルで表示された時刻はまだいつもより早いくらいだ。

何のつもりかわからないがイタズラにしてはよく出来すぎていて
思わず頭を抱えて丸くなりたくなったが
腹にごっついのがくっついていてかなわない。

それからなんとかバージルを引っぺがして事情を聞いてみると
昨日自分が酒入りチョコを食べてちょっと人が変わってしまい
暴れてはいないがバージル的にはすんごく怖かったとのこと。

その事については純矢も多少の覚えはあるが
何もそんなおびえる事でもないし2日酔いもしてないんだから
こんな手の込んだイタズラされても困るのである。

しかしそうなると美味しかったけれど・・あのチョコはハーロット行きだな。

そんなことを考えつつのろのろと顔を洗いに洗面所に行くと
タオルで顔を拭いていたミカエルに出くわした。
 
「あ、ミカおはよう」
「・・・おはよう。よく眠れたか?」

その時ふと感じた違和感に内心首をかしげつつ
純矢はいつも通りに顔を洗い、差し出されたタオルを使う。

「うんまぁ。・・でもフトミミさんが目覚ましに細工してくれて
 びっくりしてさっき飛び起きたところ。
 ・・で、ミカの方はどうしたんだ?」
「?どうしたとは?」
「いや顔洗っても徹夜あけみたいな顔してるからさ
 あんまり寝てないか悩み事でもあるのかと思って」

ブラシを手にしながらミカエルは内心ギクリとする。

というのもあの後結局あまりにも落ち着かず
一晩中東京の空をトンビのようにうろうろ飛び続けていたからだ。

もちろんそんな事を正直に言えるはずもなく
ミカエルはなるべく違和感ないように誤魔化した。

「・・いや、少し疲れてはいるが日常生活に問題ない」
「・・ふーん、でもあんまり無理はするなよ。
 悪魔っていっても疲れがたまると身体に悪いだろうし」

そうやって息をするのと同じくらいごく普通に
気づかいをしてくれるのがこの少年の凄いところだ。
でもそんな所があってもやっぱり根は普通の少年で
あぁした場合にボロが出たりするのだろう。

そう思うとやはり一見幸せそうに見えはするが
やはり負担をかけているのではないだろうか。

その不安が顔に出たのだろうか、純矢はまたちょっと心配そうな顔をした。

「・・なぁミカ、ホントに大丈夫か?」
「・・・。本当に問題はない」
「ホントにホントのほんっっとうに本当にか?」
「・・・・・」

そう言われると主に充実な分、ウソの返答がちゃんとできずに
ミカエルは黙り込む。
しかし純矢は元からこんな話で困らせるつもりなど毛頭ない。
タオルでふいていた手の人差し指で1を作り
なぜかミカエルの鼻を下からむにと軽く押し上げた。

「・・・・・」
「・・・・・」

ヘンな鼻になったミカエルと純矢との間で妙な沈黙が落ちる。

「・・・何をする」
「・・いやなんとなく」

そしてさらに沈黙。

プッ

妙な空気に純矢が吹き出し
ミカエルもつられて少し笑ったところでビシと鼻をはじかれた。

「・・こら真面目にうけてないでちょっとは何かしろよ」
「うっ!」

そこそこの衝撃にミカエルはうめくが、それでも別に悪い気はしなかった。
おそらく純矢は場を和ませようとしてくれて
それ以上はなにも聞かないでいてくれるつもりなのだ。

ちゃんと力加減のされたピンで
あんまり痛くない鼻先をさすりながらミカエルは苦笑する。

「・・主も時折妙な事をする」
「そりゃずっと難しい顔してるよりは笑ってる方がいいだろ?」

ミカエルは何か言いかかったが、やっぱりやめた。
それ以上何か言うとまた何かされそうだったし
笑っている方がいいのは確かだったからだ。

もちろんそれは自分の事ではなかったのだが。

「さて、和んだところで朝ご飯にしようか。
 あとちょっと時間があきそうだからテレビでも見よう。
 贅沢だぞ。朝からのんびりテレビ見れるなんてさ」

などとのんきに笑いながら歩き出す後ろ姿に無意識に声が出る。

「主」
「ん?」

不思議そうに振り返るその顔に、躊躇いはわかなかった。
いつもは難しいはずの笑みがふと無意識にうかび
口から言葉が勝手にすべり出る。

「・・私もだ」

それは昨日ジュンヤが寝言同然に言った事の
しかもかなり時間のたった返答で
それだけでは何の事かまったくわからなかっただろう。

しかしミカエルはそれでもかまわなかった。
言った本人はきっと覚えていないだろうし
自分しか満足できない言葉だけれどもそれでよかった。

が。

「・・・え・・・。・・・あぁ・・うん、そうか・・・ありがと」

ゴッ!

満足感にひたっていた矢先、横にあった壁に頭からぶつかる。

それはまったく完全な想定外だ。
普通ならそこで『何の事だ?』とか『何が?』とか聞いてきて
なんでもないと返して終わるはずだったのに
そんな言葉が返って来るということは、まさかの つ ま り・・!

「・・!!まさか主!覚えているのか!?
「・・そりゃまぁ・・な。直接飲酒したわけじゃないし
 ちょっと気分が楽しかっただけでそう記憶が飛ぶほどだったわけでもないし
 そ、そりゃ・・その、ちょっとは言いすぎたかなって感じはあるけど
 あんな状態で嘘つくのもむずかしいだろうし・・」

とは言えさすがに後から照れがじんわり来たのか
赤くなり出す純矢とは対照的に、ミカエルの方は顔からざーと血の気が引くのと
かーっと上がるのを器用に順番にやってのけた。

「いやでもだな!今になってそんな事言い出すなんて反則だろー!
 あーもーウソじゃない分だけ蒸し返されると余計にはずかしいだろー!」

などとさり気なく追い打ちまでかけて頭をかきむしりだす純矢をよそに
ミカエルは突然ぼんと音を立てて元の姿に戻り
そのままずぼんと翼の中に引きこもった。

「わ!こら!こんな所でこもるな!
 事情を説明しようとしたらまた恥ずかしい事になるだろ!
 こらミカってばー!」

そしてその後、色々やっているうちに
余裕があったはずの時間は完全に消費され
2人そろって慌てて玄関を飛び出すハメになったとかなんとか。






じつは純粋に相思相愛だったりする主従関係、みたいな。

あと参考にしたのは自分の体質です。
原材料に洋酒が入ってるかどうかはいつもチェック。
もっと恐ろしいのは原液の方ですが。


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